【中央】攻略二階 6
「ふむ、やはり相手は貴様となったか」
「何か文句でも?」
「そんなものはない。逆に良くこちらを見て判断したと思う。そちらの男が戦っているのはうちでも力自慢の奴でな、真正面からの肉弾戦を最も得意としている。そしてあちらの青い女が戦うのはうちでも面倒な奴の一人でな、相手を逆上させた上で勝つというのを信条にしているようなところがある。そのために身内の中でもあまり良くは思われていない」
「それで、貴方はどうなの?」
「ふむ……まぁ普通だ。少し堅苦しい奴だと二人には言われるな。む、少し無駄話が過ぎた。さて、やり合うとしようか」
少し緊張感の無い会話。
顎に手を当てていた目の前の男は少し思い直して戦う構えになる。少しだけ彼から溢れていた圧力が収まったかと思えばこれである。
「名は無いが、【因子保持者】というものであることに意味はなし。ただ目の前の敵を屠るが使命」
「龍堂柏、【因子保持者】だろうとそれだけは変わらない。目的のために通らせてもらうわ」
「いざ!」
男は言葉と共に駆けた。
速く、なめらかなその動きは音を感じさせないものだ。
私もそれに呼応して駆けていた。
しかしバカ正直に前に出るわけは無い。男を横目に左から回りこむように走る。
当然その動きに彼は方向を転換、逃がさないという意志を込めた迷い無き動きは曲線を描く私に対して直線に駆けてくる彼の方が接近は速かった。
「せぁ!」
互いの距離わずかなところで男は懐から黒く塗られた二本のナイフを両手に握り右左のコンビネーションを繰り出してくる。
「……! ッ!」
避けがたい胴を初撃に、足、足、足と意識と視界が下へと向けられたかと思えば腕、胸、わき腹、と今度は上に向かっての連撃。
ステップを踏みつつ足への攻撃をいなし、突き出された片方のナイフを見ていれば視界の端で僅かに見えた別のナイフがこちらを奇襲する。これを避けるために動けば逃げ道を塞ぐように既に引き戻されていたもう一本のナイフが襲い掛かってきた。
「(一旦距離を離さないと!)」
反撃をしようにも少し見逃せばこちらがダメージを受けるのは必然であるが、かといってこのまま相手のペースに呑まれれば結局未来は変わらない。となると現状を打破するには距離を空けて仕切りなおしを図る。
「逃がさん!」
だがそれは相手も承知のこと。大きく後ろに跳躍すれば詰めるように細かいステップで隙無く近づいてきた。
とはいえそう簡単に近づかれるわけにはいかない。腰のポーチに入れてある道具の一つを手に掴み目の前で転がす。そして床に落ちるのと起爆したのは同時。
煙が場に立ち込めた。
「ぬッ!?」
突然の煙幕に警戒し、男が後ろへと下がったのを確認して、担いでいたアサルトライフルの引き金を引く。鳴り響く銃声は男の声をあげさせるには至らなかった。
当然といえば当然だけど、接近戦を持ち込んできた上であの素早い動きだ。見込みどおり速さを売りにしているということでいいだろう。
なら、
「すぅ……」
意識を奥底へ向ける。
より深く、自分の能力を引き出していく。もう恐れはしないそれを。
力が満ちる感覚。できるという感覚。
「そこね……」
煙という視界が利かないこの空間で、今の私は男の居場所を掴む。
さっきは様子見という意識が強かったせいで先制を許してしまった。だから次は、こっちの番だ。
「みつけたぁ!!」
「なに!?」
相手にとって私は煙の中から突然出てきたとしか感じないだろう。驚きの表情を浮かべる彼のことなど気にもせず、私は勢いに任せて腕を振るう。
対してあちらも突然の奇襲ながら見事な対応だ。両手に握ったナイフを掲げ、私の腕を防ごうとしている。
しかし、それは悪手だ。
きん、とかん高い音が鳴り響く。
それは私の爪によって綺麗に半ばから斬られた黒塗りの刃。
一瞬にして武器を失ったという衝撃に目を見開く男へ向けて、握りこんだ逆の手を顔面めがけて振りぬく。
「もげっ!!?」
無防備に殴られた男は宙を一回転して煙の中を飛んで行く。
べしゃりと音を立てたところから満足に受身を取れなかったのだろう。
彼が吹き飛んだ方向へと慎重に歩を進めていけば、やがて煙から出る。
「…………」
そこには白目を向いて倒れる男の姿。
ようは気絶してしまっていた。
「うーん、なんか呆気なかったわね」
倒れている男が目を覚まして反撃に移られても困るので、結局私は彼を縛ることにしたのだった。