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Factor  作者: へるぷみ~
青年はその因縁を睨みつける
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【中央】攻略二階 5


 「おやぁ、あなたはさっきの部屋にはいなかった子だねぇ」

 「初めましてだね~」

 「私の能力みたいのを知った上であの二人が来なかったってことはぁ、あなたはあたしに勝てるってことだよねぇ?」

 「う~ん、ボクの場合はほとんど流れで決まっちゃったっていうのが正しいかな」

 「えぇ、それってぇあたしが余りものってことじゃなぁい」

 「そんなことないよ~。ボクとしてもキミには思うところがあるから」

 「へぇ、知り合いだったっけ? そんな感じはしないけどなぁ。さっきは初めましてって言ってたし」

 「うん、初めましてだよ~。さっきの部屋で柏ちゃんとクロ君から話は聞いただけ」

 「じゃぁどぉしてあたしに思うところがあるぅ?」

 「うん、簡単なお話で――」

 「えぅ?」


 「キミの喋り方はとてもカンに障るんだ」


 それはある意味で彼女の逆鱗に触れた。

 はっきり言って目隠しをした女性にとってリョーカ・ブルーノの突然の激情は理解できないことである。もしこの光景を柏とクロが見ていた場合、彼らも理解できないと答えていただろう。それだけ理不尽な怒りだった。

 しかし、そのことを気にする人間はこの場においては逆鱗に触れてしまった当人である目隠しをした女性しかいない。


 「うわぁ、ひどぉ」

 「あまり喋られるとボクも我慢の限界があるから」


 リョーカ・ブルーノ表情はとてつもない笑顔だった。だが、その笑顔にはいつも仲間たちに見せる朗らかで周りを明るくするようなものはない。仮面のように貼り付けた極上の笑顔。それが今の彼女の怒りを最大限に表していた。

 手に持っていた水の槍はいつの間にか形を崩して床に水溜りを作っていた。しかしその水溜りがひとつ脈動したかのように波立てば、徐々に徐々にその大きさを広げていく。

 最初はリョーの足元を濡らすほどしかなかった水溜りは既に目隠しの女性の足元に届くまでにその領域を拡大していた。リョーの手には蓋を砕かれて中からこぼれだす水の入った容器。消耗品であるために使用は出来る限り控えてくれとケヴィンに言われていたそれを惜しげもなく空けていく。そして空っぽになった容器に用はないと云わんばかりに後方へと乱暴に投げ捨てた。


 「こぉんなに水を撒き散らしてぇ、それがあなたの能力なのぉ?」

 「答える義務はないね。答えを知る頃にはキミを殺すから」


 ここまでのリョーの口調に、少し違和感を抱くのは近しいものぐらいだが目隠しの女性にとって音とは最も重要な情報源であり、人の声や息遣いひとつとっても見逃せるものは無い。だから気づく、最初こそ間延びしていた前の前の少女の声がいつの間にかはっきりとした言葉遣いになっていることに。


 竜は何ものも通さない鱗を持つ。しかし、その鱗の中で唯一他の鱗に対して逆の向きをしている場所がある。そこは竜にとって唯一の弱点であり、そこを刺激されることを最も嫌う場所。そこが、逆鱗だ。

 逆鱗を刺激された竜は三日三晩でも収まらない怒りに身を任せる。それは天変地異を用意に起こす天災である。

 普段は何事も無く明るい表情と雰囲気をしている彼女だからこそ、怒ったときの変化は未知数。目隠しをした女性はその姿を初めて目の前にした人物だった。


 「これはぁ、まずいかもぉ」

 「懇願は聞かない。降伏も認めない。あるのは死だ」


 リョーカ・ブルーノから笑みが消えた。


 「あ」


 気づいたときにはもう遅い。

 目隠しをした女性の周囲すらも既に水で覆われていた。

 水の流れる音を仔細に聞き逃すことが無ければきっと彼女は無事だっただろう。

 しかし、目の前で音すらも消し去ろうという圧に神経は割かれ、致命的な音を聞き逃していた。


 突き出された右腕に従うように、水が目隠しの女性を囲う。

 徐々に狭まるその空気に触れて、すぐに身の危険を察知した彼女は離脱を図った。


 「すぅ――」

 「やらせないに決まっているだろう」

 「むがぁ!?」


 息を吸い、己の身の内から発せられる超音波。それを喰らえば最悪失神、最低でも相手の行動を妨げられるというもの。しかし、それを行うためにはある程度の息が必要であり、そのための時間は必要になる。

 だがそれより速く、リョーの突き出された手の指の一本が折り曲げられると、囲っていた水の中から突出した部分が発生し、女性の口を塞いだ。

 ほんのわずかな隙をつかれて、女性は詰んだ。


 「もがぁ、もが、もふぁ、Mofaaaaaaa!!!」

 「煩い」


 くん、と右腕が振り下ろされる。

 合図に呼応して囲っていた水は女性の体を包み込んだ。

 無論女性は足掻く。が、呼吸は出来ずまともに肉体は動かず、肉体に残存する空気だけが減っていく。

 その姿をリョーは感情のこもっていない冷めた目で見つめていた。


 やがて、


 「も、あ、ぁ」


 呼吸も叶わず、最初は活きよく動いていた四肢はだらりとし、水の中には僅かに黄色になった部分生まれていた。


 「ふん」


 再度、腕を振るう。

 ばしゃん、と音を立てて女性の首から上の部分だけが水から開放される。


 「ぷぁ!!」


 朦朧とした意識の中で死を隣に感じたところでの救いの空気。全身全霊でもって女性は息を吸い、


 「A――」


 バカめと、唇を歪ませて全力の超音波を出す。

 だが気づくべきだったのだ、何も考えなしに目の前にいる少女がそんなことをしていないのだということを。とはいえ酸素もろくに得られず回転していない頭と全身を水に覆われたことで周囲の世界と隔絶されていたことを踏まえれば絶好のチャンスに反撃をしないという考えにいたるほうが難しいが。


 「キミは愚かだね」

 「k、く、ふ」


 喉を介して発せられるはずだった渾身の反撃は不発に終わった。

 今、彼女の首からは急速に体温が失われている。目に見えないからこそ感じ取れる、そこから命が抜け出していく音。

 リョーカ・ブルーノの手は貫通こそしなかった。しかし、一生それを使用することは叶わないというレベルで彼女の指はそれを破壊した。


 女性を覆っていた水が重力に導かれて床へと広がっていく。


 身体の支えを失った女性はそのまま床へと崩れ落ちた。


 「さ~て、それじゃハクちゃんの方に手助けにいかないとね」


 だがそんな女性の姿など目端にも触れず、普段と変わらない笑みを浮かべたリョーは女性から排出されて汚れた水以外を引き連れて親友のもとへと駆け出すのだった。



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