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詩集 残雪の声

恋猫とわたし

作者: 紀 希枝

猫が鳴いています

恋しくて鳴いています

誰かを求めて 鳴いています


この数日

小さなアパートの横の

細い隙間の先にある裏道から

恋猫の鳴き声が 聞こえ続けています


最初の頃は

好奇心に招かれて 裏道を覗いたりしました

日の当たらない薄暗い裏道の 突き当たりの塀の上で

小さな雄猫が 一匹佇んでいました

ビルの影のような灰色の毛に 耳まで覆われていて

だけど お腹は夏の雲のように真っ白な猫でした

こちらを向いた瞳は黒く 濡れたように艶めいていました

わたしが鳴き真似を返すと ぷいと 塀の向こう側へ消えてしまいました

後には 空っぽの裏道だけが残りました


慣れてくると

鳴き声が聞こえても アパートの前を通り過ぎるようになりました

それでも時折 裏道を覗いたりしました

同じ時間だからか 雄猫は変わらずそこにいて

わたしが鳴き真似を返すと 前と同じように 塀の向こう側へ消えてしまいます

そうしていつも 空っぽの裏道だけが残るのです


ある日

裏道から聞こえてくる鳴き声が いつもとは違う気がしました

好奇心に招かれて 裏道を覗きました

日の当たらない薄暗い裏道の 突き当たりの塀の上に

小さな雄猫が 佇んでいました

ビルの影のような灰色に 耳まで覆われていて

だけど お腹は夏の雲のように真っ白な猫でした

わたしに気づくと 雄猫はすっと塀の向こう側へ消えてしまいました

最後に見た瞳は 偶然朝日に照らされて 青く艶めいていました

その日以降 裏道から恋猫の鳴き声は消えてしまいました


一年が過ぎました

わたしはアパートの部屋で 一人チョコを食べていました

あの人に渡すはずだった 甘い香りをした市販のチョコ

あの人に渡せなかった 歪な形をした手作りのチョコ

レシピに沿って作ったのに 何故だかあまり味がしなくて

慌てて用意した市販のチョコは とても甘い香りがしました


あの人にチョコを渡したくて 何度もメッセージを送ろうとしました

それでも勇気が出なくて 変な質問しかできませんでした

明日こそ 明日こそ

そうしているうちに 当日になってしまいました

結局あの人に 会う約束を取り付けれませんでした

結局あの人に チョコを渡すことはできませんでした


窓の外は静かで 星を散りばめた黒い天蓋が夜に覆いかぶさっていました

街という一つの命が眠っているのではないのか

そう錯覚するほど 静かな夜でした

最後のチョコを口に入れました

味のしない歪な形が 前歯と奥歯に砕かれました

形のなくなったそれを 唾液とともに喉の奥へと追いやりました

ごくりと 飲み込んだとき

見かけなくなった あの灰色の雄猫が わたしの耳の中で鳴き声をあげました


こらえていた涙が あふれました

あの人に伝えれなかった想いが 嗚咽となって喉からこぼれます

ああ

あの雄猫のように 想いを声に乗せて鳴くことができれば

あの人に伝えることができたでしょうか

人の目を気にせず ただひたすらに想いを口にし続ける勇気があれば

あの人に伝えることができたでしょうか


わたしは泣いています

恋しくて泣いています

あの人を求めて 泣いています


拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

旧暦の二月の季語『恋猫』をテーマに書きました。


批評批判大歓迎です。もっと私自身の思い描く世界を表現したいので、感想酷評、友人への紹介も期待しています。


長編の作品を幾つか載せる予定ですが、いずれもまだ修正中ですので先は長そうです。

少なくとも月に一度は、短編や童話や詩を載せるつもりなので、気が向いたらお読みください。


繰り返しますが、本当にありがとうございます。

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