あれから二週間後《遠藤Side》
入学式から二週間ほどたった。
その間になにか変わったことはなく、多少のポカはあるかもしれないが大きい問題も起こさず無難にこなしている・・・はずだ。
教師生活は思ってた以上にハードだが、この学園には分かりやすい不良とかはあまりおらず・・・少なくとも私が教えているクラスでは皆、素直に授業を聞いてくれる。
教師は大変だとは思ってたが思いの外順調な滑り出しを見せていた
・・・放課後、本来なら新米教師としてなにかとやることのある私は、なぜか職員室に向かう廊下でピチピチの女子高生四人に囲まれていた。
「さあ先生!白状してもらいましょうか!」
「・・・何をだ」
「とぼけないでください!昼休みに言ってた学校の桜の伝説ですよ!」
「先生!教えてください!桜の木に一体どんな秘密があるんですか?」
変なテンションで私に詰め寄る館川と自然に上目使いで訊いてくる姫園、そして二人の後ろで私に対して申し訳なさそうな顔をしている斉藤と鳳凰院。正直、私の方がお前らに訊きたいぐらいだ。
・・・昼休みに桜の木、か。おそらく私がつい言ってしまった『桜の下の伝説』の元ネタのことだろう。
「・・・とりあえず、立ち話もなんだし場所を変えないか?」
場所は移って、生徒指導室。ここは基本、どの教師が使ってもいいとのことなので早速使わせてもらう。
「・・・さあ、聞かせてもらいましょうか。ロマンティックな伝説とホラーな怪談が同じという先生の主張を!」
なんでこいつはさっきから若干偉そうなんだ。・・・まあいい、とっとと話して解放さしてもらおう。
「・・・話はこの学校ができる前、戦前にまで遡る。昔、この山が誰の所有地でもなかった頃、一組の男女がいた。その二人はお互いを深く愛し合い、将来を誓い合うほどの仲だった。
しかし、ふたりは愛し合ってたが共に親が決めた許嫁がいた。だが、二人は我慢できずに件の桜の下でたびたび逢瀬を交わしてたのだ。ある日、その事が両家の親にばれ、二人は離ればなれとなる」
「え~・・・」
「今じゃ考えられない・・・」
「・・・まぁ、今でも政略結婚はありますし、ねぇ?」
「それで、どうなったんですか?」
黙って聞けないのか女子高生達よ。これあまり面白い話じゃないぞ。
「・・・納得できなかった二人は駆け落ち同然で失踪する。しかし逃亡生活の末見つかり、今度は家から出られないよう軟禁同然の生活を送ることとなる。
・・・その後、戦争が起こり二人は家族と一緒に逃げ、数十年この地に戻ることはなかった。
数十年後、再びこの地に戻ってきた男は件の桜を探しに来た。その頃には男の家は戦争の影響でなくなり、しがらみがなくなったので女と一緒になれるんじゃないかと戻ってきたんだ。
女は桜の下にいた。女も男に会うために桜の下で待っていた。しかし、その時には女は桜の下で息絶えていた」
「そ、そんな・・・」
「な、なんとかならなかったんですか?」
「・・・難しいわね。昔は今よりも厳しかったと聞きますもの」
「それで!男はどうしたんですか!?」
食いつくな女子高生。これそんな面白いか?
「・・・男は女の死体を桜の下に埋めた。そこは二人にとってもっとも思い出深い場所なので、その桜を墓標代わりとして男はそこに通いつめた。それは男が急病で死ぬその日まで続いたらしい。
その時、奇跡が起こった。男が死んだ日、時期外れの桜が咲いたそうだ。
その事を一部の人間が『二人があの世で再会できた証』、『二人が永遠に結ばれた証拠』だという噂が流れ、それにあやかるようにあそこには恋愛成就の御利益があるという形になった。・・・私が知ってるのは以上だ」
「・・・・・・はあ~」
「・・・なんていうか、その」
「・・・よくある学校の噂かと思ったら」
「以外としっかりとした話があったんですね」
「・・・一応言っとくが、あくまでも私が知った噂だ。本当かどうかはわからんぞ」
嘘である。この話は誰かに聞いたとかではなく前世の記憶にあったホラーゲームの中の知識だ。もっとも、そんなこと言えないので、噂話としてしか提供できないが。一部簿かしてあるが問題はなかろう。
私の念のための言葉は彼女達に届かず、今は四人で今の話について盛り上がっている。その時どうすればよかったのか?なんとかして二人が幸せになる方法は?などとみんなで話している。
「お前たち、話が終わったのだから他に用がないならもう帰ってくれないか」
「!あ、あの!もうひとつあるんですけど!」
「・・・なんだ館川?」
他にまだあるのか。手短に済むものだといいのだが・・・。
「・・・あの、それでどう告白すれば伝説のように、こう、うまくいくんでしょうか?」
「・・・恋愛の御利益を望んでいるのなら、来年まで待て。この伝説の御利益は桜が咲いてる間だけだと言われてる。もっとも、ここ数年あの桜はここの職員でも咲いてるところを見たことがないらしい」
「・・・そうですか」
「それと、姫園」
「!へっ!?は、はい!なんですか!?」
「今私が預かってるカッサイだが、今のところ大きい問題は起こってない。安心してくれ」
「へ?あっはい、ありがとうございます・・・」
カッサイとは彼女の飼い猫で、入学式の日に事故でうちの学園まで来てしまった猫だ。今は彼女の両親が取りに来るまで私が預かっている。
しかし、自分の猫の話なのにリアクションが薄いな。なにかあったのだろうか。
「・・・他に何もないのなら、悪いがここを閉めたいのだが」
「あっはい、すいません」「・・・ありがとうございました」「お手を煩わせてすいません」「失礼しました」
思い思いに挨拶をしながら館川達は出ていった。・・・ようやく終わったか。まさか新米教師の私がこんなことで生徒に相談されるとは。
しかし、あの伝説で相談されるということは彼女達の誰かが恋をしているということか。最近の子はやはり勉強よりも恋愛の方が気になることなのかな。私の頃はどうだったのだろう。・・・女子高だから特になかったな、そういうの。
話を戻すがあの伝説は実は一部伝えてないことがある。とはいえ、わざわざ伝える必要のないことなので黙ってた。
黙ってたのは、女と男の死因。それに伴うもうひとつの伝説だ。
さっきの話に出てこなかったが女の死因、それは他殺なのだ。しかも、首を包丁で切られての出血多量。
さらに一般的な男の方の死因は急病と言ったが、もう一つに女の呪いというものがある。これは先程の女の死因から考えられたものだ。実際はどうかは知らない。
とにかく、そんな話があるせいかもうひとつの伝説はあまりよろしくないものだから、黙っておいた。そもそも、こっちの方はホラーゲームをやってないと知らない話なのであまり言いふらさない方がいい。
(そもそも恋愛のことならあいつらの見てくれなら問題ないだろ)
姫園は正統派な美少女だし、館川も今風のおしゃれな女の子だし、鳳凰院だってまずお目にかかれないレベルの美貌を持ってるし、斉藤だってあの中では埋もれてるかもしれないがボーイッシュな魅力のある女子だ。私が心配する必要が見当たらない。
そんなことを考えながら私は生徒指導室を後にする。もうこれ以上、めんどくさいこと話はなしにしてもらいたい。こちとらまだ入社して一ヶ月も経ってないのだから。勉強のことなら仕方ないが、それ以外は勘弁してほしい。
「・・・それでは、よろしくお願いします」「はい、よろしく。何度も言って悪いんだけど鈴木くん。鍵の紛失とかに気を付けてね」「はい、もちろんです」
職員室の前まで来ると、見知らぬ生徒がなにやら伊藤先生と話している。生徒の方は私に気づいたのかこちらに軽く頭を下げ、こちらに道を譲るように体を動かした。私が職員室にはいると一言挨拶をして職員室を出ていった。
「・・・伊藤先生、今の彼は?」
「ああ、今年からSクラスに入学した鈴木くんなのですが、私が顧問をしていた部に入部したいそうで」
「そうでしたか。伊藤先生はちなみに何部の顧問を?」
「サバイバルゲーム部です」
うちの学校にそんな部があったのか。ていうか、はじめて聞いたのだが。私の記憶が確かなら部活紹介にもいなかったよな。
「恥ずかしながら、私も彼が来るまですっかり忘れてましてね。いやー、今年で最後の部員が卒業するし、なにか大会とかには出てないしで、創立以来顧問らしいことをしたのが今の入部届けを受けとったことぐらいですよ」
「それはそれは・・・」
ほんとになにもしてない部活なのだな。顧問らしいことをしたのが入部届けの受理だけとは。
さっきの鈴木という生徒は伊藤先生いわく、入試テストを上位で合格した生徒しか入れないSクラスの生徒らしい。当然そこの生徒はかなり勉強熱心で、中には一年の時点で大学入試のための準備を始める生徒もいたらしい。
そんな生徒が内申に関わりそうにない部活に入る?なんか気になるな。
「まあ、うちの学園はどこかの部に所属するのが義務ですからねえ。中には自分の時間をとられたくない生徒がわざと活動してない部に入るのはよくありましたし、彼もきっとそうでしょ」
「・・・なるほど」
真剣に考えて損した。
そういえば、学園の学則でも『在学中は一つ以上の入部か委員会の所属を義務とする』とあったし、その学則に振り回されたくない生徒がそういう部活を選ぶことぐらいあり得たはずだ。答えがわかると一気に下らなくなる。真実とはなんてつまらないものか。
しかし、それはそれで気になることがある。
「しかし、鈴木はどうやってそんな部活の存在を知ったのでしょうか?」
「・・・さあ、それは私には。どこかでうちの部員が募集してたのですかねえ?」
・・・わかってたが、やはりわかる答えでもないな。まあ、大したことはないし別にいいけど。
「・・・えー、それではこれより職員会議を始めたいと思います」
そんなことを考えていると職員会議が始まり、さっきまでのことを忘れて会議に集中し始めた。
私がこの事を思い出すの当分先である。