96話 訳あり人
「本当に凄いスピードですわね」
「こんなにも早いなんて凄いよ!」
シャルとロゼッタはモニターに映った外の光景を眺めて、そう呟く。
外ではどんな障害物も一瞬映っただけで、すぐさま自身の視界から消える。
流石は神獣と言われるだけはある。
下手をしたらマッハが出ているのではないのか。
「次は涼太さんの番ですよ」
「あぁ、悪い」
俺は目の前にあるドミノの一つをゆっくりと抜き取り最上部に乗せる。
その振動で少しグラグラと揺らめく。
ふぅ、セーフ。
何とか俺のターンは終了だ。
「次はロゼッタだぞ」
「くっ、ギリギリですわね」
ロゼッタは慎重に安全圏を見極めてドミノを抜く。
「なぁなぁ、翡翠の騎士って知ってるか?」
「当然ですわ! セリア王国の懐刀にして英雄ではないですか。街中でもよく噂されているのは誰でも知っていますわ。というか今は話しかけないで欲しいですわ!」
「それって、俺なんだけど……」
「「ハェッ!?」」
シャルとロゼッタは驚きの声を上げる。
その衝撃で手元が狂い、積み重なったドミノは綺麗に床に散りばむ。
「ミセルちゃんとクリスちゃんは知ってたの?」
「当然です」
「逆にそんな強さを持った人が涼太さんとは結びつかなかったんですか?」
「確かに……」
「言われればそうかも」
ミセルは大侵攻で会議の時にも側に居たし、戦いでも出会っているからね。
クリスには隠してもいつも一緒にいるからバレるだろうと、最初から諦めていた。
「正体を明かして良いのですか?」
あえて隠していた事を知っているミセルは心配して尋ねる。
「このメンバーは信用しているから打ち明けたんだよ。それともう一つ理由がある」
「何ですか?」
「ラバン王国の国王誕生祭と魔法聖祭で俺は陛下の護衛をする事になったんだよ」
「つまり、涼太さんは翡翠の騎士として護衛につくって事ですか?」
「そういう事だよ」
「じゃあ、魔法聖祭はどうするんですの」
「護衛もずっとではないよ。みんなの競技が始まる時は側にいるつもりだな」
「それなら安心ですわね」
そしてそのまま、数時間が経過し、やる事がなくなったので俺は本を読む。
他のみんなもお菓子を食べたり、武器の手入れをする。
あー、暇だ。
何もする事がない。
外も変わらず草原と林木しかない。
同じ景色を見るのも飽きたな。
(むっ……)
「どうした?」
レイニーが何かを感じ取ったのか、急停止する。
(近くで人と魔物が戦っている様ですな)
「ほっとけば?」
(人の方が死にかかている様ですぞ)
うわぁ、面倒臭い情報提供だな。
助けられる命を無視すれば少なからず罪悪感が出る。
知ってて見殺しにするのは後味が悪い。
「どうしたんですか?」
「近くで人が死にかけてるらしい」
「助けましょう!」
クリスたちも見過ごせないか。
「シャルの村はあとどれくらいだ?」
「目の前の山を一つ超えた麓だよ」
「なら、先に行ってくれ。俺は後から行く」
山とは言っても、そこまで大きくもない。
魔力を辿れば見失う事もない。
普通に歩けば、2時間程度で着くだろうしな。
「私も……むぐっ!」
「分かりました。では後ほど」
飛び出そうとしたクリスをミセルは口を塞いで止める。
「ああ、後でな。レイニー、俺のいない間に何かあれば、村ごと守れ」
(分かりましたぞ、ご飯は肉が食べたいのですぞ!)
「俺特製の肉料理を食わせてやる」
レイニーは喜びを声に現し、早々にその場から立ち去る。
さて、急ぐか。
♢♦︎♢
「ハァハァハァ、お逃げください!」
「嫌じゃ! 2人を置いていけるか!」
「ダメです!」
1人の少女はその場に座り込み、足腰が立たない状態で涙目になる。
そして武器を持った2人、
1人は大剣を両手で持ち、体の至る所から血を流す。
もう1人は両手に持つ双剣を敵に向けて突きつける。
どちらも満身創痍な身体である。
グワァァァァァッ!
目の前にいるのは誰もが恐れる恐怖。
ドラゴン。
それも3つの首を持ったドラゴンである。
この世界でドラゴンとは最強の一角。
それも3つの首を持つドラゴンはSSSランクを超えた危険種だ。
「クソッ! こいつを送り込むとは、運が尽きたか……」
「爺! 妾は良いのじゃ! 使命よりも命を優先するのじゃ!」
「どちらにせよ……ハァ……逃げられません」
ドラゴンは荒ぶるオーラを辺りに放ち3人へと襲いかかる。
どうする事も出来ない状態だ。
ドラゴンの口にオーラが宿り、口いっぱいの業火が見える。
ブレスだ。
ドラゴンブレスを受けたのならば何者であろうと灰になる。それほどまでに強力な攻撃。
「ア……ァァ……嫌じゃ……死にとうない……妾には…………まだやるべき事が…みんなの命が無駄に……」
「お嬢様!」
双剣を携えた女性は無駄と分かっていても、身を挺して少女に覆い被さる形で守ろうとする。
(誰か……お願いじゃ……助けてくれ)
一雫の涙と共にブレスが放たれる。
「【反射】」
お互いを抱き締め、灼熱の業火に焼かれる覚悟を決めた筈の3人は何者とも知らない声を聞いた。
目を開けると放ったであろうブレスはドラゴンへと当たり、自身の業火を見に受け、苦しみの叫びの演奏を奏でている。
「な、何が起きたのじゃ……」
「いやぁ、何とか間に合ったな。間に合わなかったなんてクリスにでも言えば、失望されるだろうな。まぁ、その時は蘇生させるから問題ないか」
どうも、貰えるものは遠慮せずに貰っておこうがモットーの涼太さんです。
凄えな、3つの首のドラゴンなんてザ・ファンタジーって感じだわ。
今までの敵の中で一番ワクワクするかも。
「あ、どうも」
「お主は……人族か?」
「ん? ……人族って……」
1人は灰色の髪をクシに掛けられ手入れされたスタートヘアー、身長は小学生ほどで幼い。
もう2人は成人していることが分かる。
1人は髪を後ろで束ねた女性、爺さんの方は白髪に筋骨隆々で歳に合わないほどに鍛え抜かれた身体が目に映る。
隣の血だらけのお姉さんと爺さんは瀕死の重傷だ。
爺さんの腕は肩からなくなっている。
「えっと……よろしく?」
「なぜに疑問形なのじゃ……ッ! 後ろ!」
少女が慌てた声で俺の後ろを指すとドラゴンは猛突進でこちらに向かって走ってくる。
「あー、とりあえず君……おすわり」
ドラゴンは上から何かに押し潰されるかの様に体を地につけ、這いつくばる。
無論、重力をかけた。
少し強過ぎたかな?
地面にクレーターが出来てるけど、ドラゴンなら耐えられるよね。
俺はドラゴンの頭を椅子の代わりとして腰掛ける。
「とりあえず、怪我を治そうか」
放っておけば、出血多量で死んでしまうかもしれない。
事情も話さずにくたばって貰うのは困る。
「【天使の息吹】」
どんな大怪我でも大概は治る魔法だ。
上空から光の粒子が舞い降り、3人を包み込む。
すると傷口は塞がり、欠損していた爺さんの右手も再生していく。
「なんとっ……」
「爺の右手が!」
片角の爺さんは無かったはずの右手を動かして感触を確かめる。
「お主は何者なのだ……」
「あー、俺ね。俺は冒険者だよ。それで君たちは何者かな。見た所だと人族ではないが」
骨格や身長なども人族とは変わらない。
帽子でも被れば、間違いなく見分けなどつかない。
しかし、人族にはない角。
大体の予想はついているが、こういう場合は自分たちから正体を言うことに意味がある。
3人は少し躊躇したが、お互いの顔を見て決心を決める。
「ワシらは見ての通り魔族じゃ。鬼の国から参った」
「んぁ? 鬼の国って何だ。魔族と言えば悪い奴らって本で読んだんだけど」
「違う! 魔界にはいくつもの種族が存在し、それぞれの種族が国を収めておるのじゃ! 妾は……妾の国は……」
少女は何かを思い出すかの様に泣き崩れる。
「爺さん、説明してくれるか」
「その前に、お主はワシらが怖くないのか?」
「いや、外見が少し違うだけで見た所だと中身は大して変わらないっぽいしな」
「そうか……善き人に出会えた」
「いいから続き」
クリスたちを長引かせるのもダメだから早く終わらせたいんだよね。
あと下のドラゴンさんが欲しいから交渉もしたい。
「うむ、お主ら人族が悪だと言っておる魔族は一種の過激派じゃ。世界征服を企んでおるのじゃ」
「うん」
「そやつらは多くの部族から構成された軍団を作り出した」
「そして、手始めに魔界から手に入れようと?」
「ご明察の通りじゃ」
なるほどな、魔族領…じゃなくて、魔界か。
魔界では人族の領地とは違い、戦状態が続いているのね。
「……それで、魔界からこっちに逃げてきたと」
「悔しいが、鬼の国も標的にされ、我が種族は国から追い出された。およそ一か月の間、洞窟や森の中で隠れ過ごしていたが再び襲われたのじゃ」
「その一組が爺さんらね」
はぁー、面倒ごとのパラダイスかよ。
国王の誕生祭やら魔法聖祭も間近に迫っているのに、これ以上の揉め事は避けたいんだよな。
「悪いがそっちの事情をこっちに持ってこないでくれ。俺も暇じゃないんだ」
「まっ、待ってくれ! 頼む! ワシらを見捨てないでくれ! この通りだ」
何をするかと思えば、爺さんは俺に向かって膝をつけこうべを垂れる。
いわゆる土下座をこの場でした。
「お頼み申します! どうか…どうか」
「ヒグッ……もうあどがないのじゃ……この通りじゃ……」
2人も爺さんに続きて同じ行為に及ぶ。
参ったな、どうやら本当に崖っぷちの様だ。
小さな女の子にまで土下座されるのは気分が悪くなる。
「分かった。だからそれはやめてくれ。話し合いたいのならば対等にだ」
「すまぬ……かたじけない」
「では話し合いに戻る。その前に自己紹介がまだだったな。俺は月宮涼太だ」
「ワシは豪鬼と申す」
「私は遠蛇です。そしてこの方は……」
「妾は鬼の国の総代が娘、椿と申す」