94話 《鍛治》
学園の授業が終わり、のんびりと過ごしていたところ、俺はヘファイストスからの呼び出しを受けた。
燃え盛る炎。
灼熱の業火。
白光に発光。
太陽を側に置き、ただひたすらに槌を振るう。
何百何千、いや、万を超えたかもしれない。
俺は無心に鉄を打つ。
カンッカンッと金属同士がぶつかり合う音と、決して消えない業火のみが俺の耳に入る。
「ハァハァハァ」
「どうした、もう限界か?」
「うっせ! まだやれるわ」
ヘファイストスの投げかけに俺は反射的に反論する。
正直に言うと辛い。
何が辛いかと言うと槌を振るった回数ではなく、その槌の重さだ。
側には3種の槌があり、幅1メートルはあるであろう大槌に金槌程度の大きさの槌。
そして今、俺が震える手で持ち、ありとあらゆる部位の筋肉をフル活用して打っている槌。
マジでどれだけの重さなんだよ。
数トンは間違いなくあると断言できる。
どの様な材質で構成されているかも見当がつかない。
「もっと腰を入れろ!」
「あぁ!」
俺自身では納得のいく形になったいるが、ヘファイストスからして見れば甘いらしい。
まぁ、ヘファイストスとは神話でも鍛冶と炎を司る神。
その鍛冶の神にこうして直接教授して貰っているのだからありがたいことこの上ない。
「よし、焼き入れだ」
「了解」
俺は側にある冷やした超純水に緋く輝く刀を入れる。
熱された水蒸気で思わず目を瞑ってしまう。
そして最後に鍛冶押しをして整える。
つかを取り付けて完成だ。
うん、今までの出来の中で一番しっくりくる。
初めは高温にし過ぎて焼き入れの時に刀にヒビが入って発狂しそうになった。
中々の物だな。
「ちょっと貸してみろ」
「ほい」
俺はヘファイストスに造りたてホヤホヤの刀を渡す。
ヘファイストスはそれをじっくりと眺めて大槌に目掛けて振るう。
おいおい、何を考えてんだ。
やめて…俺の傑作を。
躊躇なく振るわれた刀はガギィンと重低音を鳴らし、大槌とぶつかる。
「ほぅ」
「アァァァァァァァァッ!」
ぶつかり合った刃の部分は見事に欠ける。
「何しやがんだ!」
「どの程度か見てやってるんだろ」
「ちょっと貸せ!」
俺は強引にヘファイストスから刀を奪い取り【時間回帰】を使う。
すると刀は何も無かったかな様に無傷の状態へと変わる。
ごめんよ。
「いや、正直だが中々の物だぜ」
「そりゃどうも。ヘファイストスには手も足も出ないがな」
「当然だろ。俺は鍛冶の神だぞ? 普通に打ったら神剣が出来る」
流石は神様。
いや、神が使う武器なんだから神具が当たり前か。
「で、どうだ」
「うん、悪くはない。だけど鉄にも限度がある。実戦で使うには材質が脆い」
「だろうな。普通に使うなら問題ないが、あの迷宮レベルだと木の枝と変わりない」
「となると……アレを使うしか」
「ああ、黒の迷宮のボスからドロップしたやつか」
本当は使いたくなかったんだけどなぁ。
初めての強敵を倒した記念品として取っておいたんだけど、使うしかないな。
金剛黒超合金。
黒に黒を重ねた漆黒の鉱石。
アダマンタイトよりも硬化で間違いなく世界でもトップクラスに珍しい鉱石だ。
調べたが、地上では伝説級の鉱石として扱われていると書斎に書かれていた。
ああ、勿体無い。
「素材は使ってなんぼだ」
「だよなぁ、よし! 思い切って使い切ろう」
俺はアイテムボックスから取り出す。
「よし、始めるぞ」
「うっす」
♢♦︎♢
「りょうくーん! ガブちゃんがご飯用意したって……アツッ! えっ……アッツ!」
閉ざされた空間の扉を開けようとしたアテナだが、中の熱気で熱されたドアノブを掴み、反射的に手を引く。
「フゥー、フゥー、フゥー。うぅ、水ぶくれになりそう。りょう君に治してもらお」
側に冷やす冷水もなく、腫れ上がった指を見て涙目になる。
「アテナー、何してるのよ」
「ヘファイストスとりょう君が入っている部屋のドアノブが熱過ぎて入れないんですよ」
「仕方ないですね、退きなさい」
パラスはアテナを下がらせる。
そして十分に水気の含んだタオルを手に持って、ドアノブに触る。
するとそのタオルからジュウッと蒸発する音が聞こえた。
そして数秒後に突然発火する。
「わっ、ちょっ! キャァァッ!」
パラスも同じく反射的に手を引っ込め、服に燃え移らない様にタオルを叩き落とす。
「ちょっと、どんだけヤバいのよ」
「中は灼熱地獄?」
「当然でしょ。ヘファイストスはまだしも、涼太さんは大丈夫かしら」
それから十数分経ち、中からドアノブが開けられる音が聞こえる。
開けた途端に凄まじい熱気が広がり、アテナとパラスは退避する。
「ったく……情けねぇな。二本打っただけでこのザマとは」
中からはヘファイストスと俺。
脱力した状態で襟首を掴まれて引きずられて出てきました。
「じ……じぬ……み、みずを……」
「水ですね! 取ってきます!」
超重量の槌を振るい続けた疲労と、灼熱地獄による脱水症状で俺はノックアウト状態だ。
息を吸っただけで喉が焼け切る様な熱さでやらないと完成しなかった。
「どうぞ」
「ありがとう」
コップに注がれた冷水を喉に通す。
常温の水だが、灼熱の部屋に居たせいか、心地よい冷水に感じる。
「ふぅ、生き返った」
「と言うか、鍛冶ってこんなにも凄かったんですか?」
「あぁ、素材が素材なだけに普通と同じやり方じゃ出来なかったんだよ」
「どんなのが完成しましたか」
「これだよ」
俺は完成した二本の刀を目の前に置く。
1つは刃渡り90センチの黒刀。
2つ目は2メートルを超す黒い長刀。
「なんかオーラ出てない?」
「こいつが無意識に魔力を放出していたせいで、刀が魔力を帯びたんだろうな」
「ヘファイストス、それって大丈夫なのか?」
「いわゆる魔剣だな。それもかなりの上物だ」
「へぇ、凄いですね……イタッ!」
アテナが刀を持とうとすると、何かに弾かれたかの様に手を離す。
何だ、何が起きたんだ?
「言っただろ、そいつは上物だって」
「どう言うことだ?」
「つまり、意思を持っているんだよ。持ち主以外には触れる事は出来ない」
「凄いな」
「地上でも結構な数があった筈だがな。まぁ、お前が打った刀よりは当然脆いが」
「ふぅん」
聖剣があれば魔剣もあるとは思っていたが。
魔剣とは言っても、邪悪な意味合いを持つ剣ではなく、魔力を帯びた剣なのね。
「名前はどうする?」
「えっ、必要かな」
「当然だろ」
「うーん、ちょっと試したい事がある」
俺は海が隣接する場所まで移動する。
「クハハッ、なるほど。海を斬ろうってのか、中々良いアイデアじゃねぇか」
「んじゃあ……フッ!」
長刀を握りしめ、全体重をそれに上乗せし一振りする。
数十秒後、地割れの様な音と共にゆっくりと振るった軌跡を描く様に海が割れていく。
すげぇ。
何もない状態で海が割れたよ。
こうして話している間にもどんどんと割れ目は広がり、幅数メートルの公道が生まれる。
「おもしれぇ。ちょっと貸してみな」
ヘファイストスは俺から刀を受け取る。
何をするかと思った瞬間にヘファイストスは天へ目掛けて刀を振る。
「ウソぉん……」
雲が割れた。
想定以上の性能だ。
「中々の出来だ。名前はどうする?」
「ああ、決まったよ。長刀は『黒刀・天羽々斬』もう一本が『黒刀・十握剣』だ」