86話 学園との交渉
冒険者ギルドに行くだけで1時間以上もの時間を費やしてしまった。
外を鳥の鳴き声が聞こえる。
さて、次はっと……。
俺は転移し、廊下を歩いて厨房へ向かう。
何か作ろうかな、サンドイッチはラバン王国とセリア王国の冒険者ギルドに作ったぶんは全て置いて来たからない。
神界でもつまむ程度しか食べられなかった。
うーん、悩むなぁ。
俺は腕組みをしながらパタパタとスリッパを鳴らして歩いて行く。
「「あ……」」
クリスと反対方向から遭遇した。
少し汗をかいている。
上のトレーニングルームで早朝トレーニングでもしてたのかな?
「どこに行っていたんですか!」
「ちょっ、待てって……ッ!」
クリスの回し蹴りが俺へ目掛けて繰り出される。
そのスピードとしなやかさは少し開けた十数日間の中で向上している事は見て取れる。
俺は片腕を盾代わりにして防ぐと、バシィィッ! と大きな音が廊下中に鳴り響く。
おいおい、女の子の蹴りじゃなかったぞ。
例えるなら女子高生が彼氏に甘える為にするワザとらしくあざとく行う蹴りではなく、プロ野球選手が金属バットをフルスイングしたかの様な衝撃。
一般人ならば間違いなく粉砕骨折級の重傷を負うに違いない。
もちろん肉体だけではなく魔力も使っている事は分かるがそれでも凄まじいと言わざるおえない。
「心配したんですから!」
クリスは俺の胸に抱き付いてきた。
俺はその小さな頭をそっと撫でる。
「悪かったよ。俺もここまで長引くとは思わなかったんだよ」
「行くときには行くと言ってください」
「分かったよ、当分は大丈夫だ」
「それではシャワーを浴びてきますので、朝食の時に色々と話しましょう」
クリスはそう言って、地下の浴場へと向かう。
さて、ご飯を作ろっかなぁ。
白米に味噌汁、脂の乗った魚の照り焼きだ。
あとは漬物とかでいいだろう。
パパッと作り終えた辺りでメイドたちが寝巻きから着替えてやって来た。
「ご主人様! お帰りになられましたか!」
「ご主人様ニャァァァァッ!」
「やぁ、久しぶり。悪いが朝食を席まで運んでくれないか?」
久しぶりだが、お膳に朝食を乗せた状態で迫られたら大変な事態になる。
「それで、涼太様の今日のご予定はどうされるのでしょうか」
「まずは自室にある書類の山を片付けないといけないな」
他にも優先するべき事が書かれている書類や手紙があるかもしれない。
まぁ、陛下や四大公爵以上の重要案件は無いとは思うが。
「涼太さん、今日の午後は空いていますか?」
「まぁ、大丈夫だとは思うよ」
「それでしたら商業ギルドへ保護者として一緒に来て欲しいです」
何かやらかしたのかな。
「理由を聞いてもいいか?」
「以前に取った宝石を売ったのですが、予想以上の値がついたので保護者が必要なんです」
「なるほどな、分かったよ」
「ありがとうございます!」
まあ、深い事情は聞く必要はないだろう。しばらく家を空けたことだし少しのわがままは聞くべきだ。
クリスたちは朝練でお腹が減っていたのか、ご飯を二杯おかわりしてから制服に着替えて出て行った。
片付けはメイドたちがするとの事なので任せ、俺は自室に戻る。
さて、山の様に積み重なった書類の片付けをしよう。
冒険者なのに書類の確認か……。
ふっ、慣れたもんだぜ。
まずは…セリア王国の商業ギルドからの要望?
要請ならあると思ったが要望か。
紙…つまりコピー用紙が無くなった為の補充と文房具類の販売もしくは特許の申請をお願いしたいと。
理由はラバン王国で貴族が欲しているため。
おかしいな、文房具は学園にしか売っていないはずなんだが。
広まったのかな。まぁいいや。
というか重なっていた束って、ほとんどお客様名簿かよ。
わざわざ送るってしっかりしてるな。
えっと、次も商業ギルドね。
特許申請した物の売り上げ報告書。
うわっ、申請したのは数種類だがバカみたいに売れてやがる。
まだ一ヶ月も経っていないのに特許だけで一千万近くか。
実に恐ろしい。
どんどん俺の財布が潤っていくぜ。
何に使おうかな。
でも欲しい物って無いんだよな。
それから卵の方もだいぶ値が下がったな。
まだ見積もる必要はあるが、この調子だと思っていたよりも早く高級食材というカテゴリーから外れそうだ。
それから学園からか。
あぁ、なるほど。
文房具の要望はここが起点か。
俺の用意した文房具はすでに完売しており、学生だけでなく購入した家族から欲していると学園に申し出ているのか。
迂闊だったか。
いや、出すなら全ての人に平等に渡って欲しい。
それに欲しているなら出し惜しみはしないに限る。
知識チートは産業や物価のバランスが崩れる可能性があるから控えていたが考えを更に改める必要があるな。
うん、やっぱり形だけでも店を持つ必要がある気がする。
視野に入れておこう。
あと学園側から黒板の設置をしたいから職員会議で決を取るための参考として黒板のサンプルを持ってくると。
了解です。
それじゃあ、学園長室へ行くとするか。
「どうも、お久しぶりです」
「ブォ、ブハァ……ゴホゴホッ」
自分の机の上でのんびりとお茶をすすっていたガウスさんは突然、目の前に登場した俺に驚く。
側にいたパルメラさんもビクッとされた。
「ゴホゴホッ、死ぬかと思ったわい」
「寿命ですか?」
「お主のせいじゃろう!」
えー、普通に転移して来ただけじゃん。
そんなに驚く事ですかね。
「久しぶりじゃの」
「お久しぶりです、月宮さん」
「ご無沙汰ですね」
「どこへ行っておったんじゃ、まさか迷宮に篭っておった訳ではなかろうな」
「半分外れ、半分当たりです」
やはり事情を知っているだけあって鋭いな。
まぁ、隠す手間がない分話す側としても楽だからいいんだけどね。
「どういう事ですか?」
「敵が強すぎて倒した後に10日間寝込んでました」
「ふむ、そこまでヤバかったの」
「全ての魔物が魔法スキル無効だったら?」
「あ、わし詰んだ」
ガウスさんは椅子にもたれて大きなため息を吐く。
分かってくれた様でなによりです。
「涼太さん、よくご無事でしたね」
「まぁ、よく生きていたと思いましたよ」
「無事で何よりじゃ、お主に死なれては困るからのぉ。本当に良かったのぉ」
ガウスさんは意味深げに俺に対して安堵の言葉をかける。
あからさまに面倒ごとを押し付ける顔だね。
そりゃ、無事で良かったねでは済まさないよね。
しかしそれは俺の思い違いかも知れない。
そうに違いない。
「では失礼します」
「まぁ、待ちたまえ。お茶でも出そう。お主にも頼みたい事があるからのぉ」
ですよねー、
分かっています、逃げられないよね。
俺は学園長の机の前にあるソファーに腰掛ける。
パルメラさんはカップに紅茶を注ぎ目の前に置く。
「よっこいしょッ……と…………どっこいしょ」
ガウスさんは椅子から立ち上がり、俺に対面する形で俺の前に座る。
なぜに移動する必要があったんだよ。
「ふむ、なんじゃろうな。デジャブを感じるのぉ」
「はい?」
「まぁ良いわ。確か…お主との契約では週に一度の勤務じゃったのぉ」
「そうですねー」
俺は棒読みで答える。
性格悪いなぁ、焦らすなんて酷いじゃないですかぁ。
「まぁ、ペナルティは必要じゃろ」
「そうですねー」
「そこでじゃ、お主がペナルティの内容を決めよ。それにパルメラが容認すれば、それがお主のペナルティの内容じゃ。パルメラが承諾しなければわしが考えた内容を行なって貰う」
クソジジィ!
ガウスさんの内容は聞かなくても危険だと言う事は分かる。
俺はパルメラさんの方を向く。
一切の表情を変えないところから見るに、私的感情に流される事はまず無いだろう。
さて、どうしたものか。
「パルメラさん、内容は俺へのペナルティをどうするかですよね?」
「はい、そうです」
よし、分かった。
その確認が取れただけで問題ない。
「俺へのペナルティはゼロだ」
「はい、それで構いません」
俺の言葉にパルメラさんは承諾をする。
ガウスさんも分かっていたのか悔しげな表情を見せた。
間違っていない。
俺は契約する時に「週に一度の勤務、ただし忙しい日は来られないかもしれない」とあらかじめ言ってある。
「引っかかると思ったんじゃがのぉ」
「正直、引っかかりそうでしたよ」
「しかし生徒が納得せんのじゃよ」
そうなんだ。
天使たちが訓練に付き合っているから問題はないと思ったんだが違ったのか?
「生徒に関しては俺に任して下さい」
「頼んだぞぃ」
俺とガウスさんは話を区切り、目の前にあるお茶を再びすする。
話は一見落着した様だ。
帰ろう。
「待ちたまえ」
「何でしょう」
「月宮さん、今のやり取りは前段に過ぎません。本題がまだです」
「そうじゃ、こっちの方が問題じゃ」
「あぁ、文房具の件ですか」
俺は手打ちをして思い出した事をわざとらしくアピールする。
金が関わってくる問題って話が長いから嫌いなんだよな。
「アレはお主が考案した物か?」
「ええ、そうですね」
はい、この世界では俺が最初ですね。
「頼むから何とかしてくれ。苦情が後を絶たないんじゃよ」
ガウスさんは頭を抱え下を俯く。
そんなに大変な事態ですか。
「めんどくさいですね」
「仕方なかろう、お主が蒔いた種であろう」
「はぁ、分かりました。必要な分を記載した用紙を貰えれば直ぐに用意します」
「ではこちらを」
パルメラさんはルーズリーフにボールペンで書かれた文字を俺へ見せる。
流石に用意周到だ。
えっと……多くない?
こんなにも必要なのかな。
思っていた100倍はありそうなんですけど。
まぁ、いくらでも創造を使うから関係ないんだけどね。
俺は四角く中には何も入っていない封のされたダンボールを大量に用意する。
そしてその中へ大量の文房具類を創造する。
「完了です」
「ありがとうございます。数を確認次第、月宮さんの口座に振り込ませて頂きます」
「それと黒板の件じゃがクリス君から聞いておるかな」
今朝に言っていた事だよな。
さて、ビジネスの話だ。
「これがサンプルです」
俺はアイテムボックスからノート一冊分の黒板とチョーク、黒板消しを出す。
「おお、これじゃよ。ようやく職員会議が出来るわい」
「それで月宮さん。黒板一枚に対していくらほどの値段を取り付けられますか?」
「種類が5つほどありますがどうされますか」
俺は今朝プリントした黒板の画像と説明が乗った紙を見せる。
「むぅ、この最初の二枚は何が違うんじゃ?」
ガウスさんは平面黒板と曲面黒板を指差す。
「曲面は板自体がカーブを描いていますので光の反射を防ぐ構造になっております」
「ほう、凝っておるのぉ。2つの黒板は便利そうじゃ。どうじゃ、パルメラよ」
「はい、大きな教室には持ってこいですね。お値段の方はいくらですか」
「安い物は6万前後、高い物だと50万前後でしょうか」
「ほう、思っていたよりも安いのぉ。では決まったらよろしく頼むぞい」




