85話 恐怖を抱き冒険者ギルドへ
目覚めてから女神たちの相手をしていた。
いや、本当に大変だったよ。
休む暇なく遊んだり、ご飯を作っていたんだから。
病み上がりがする様な事じゃない。
天使たちはあいも変わらず業務をこなしていた。
「んじゃ、行くわ」
「えぇ!? もっと居ていいんですよ!」
「いや、早く帰るべきだと思う」
なんだか悪寒がするんだよ。
俺の身に何か危険な事が迫っている予感。
確認する必要がある。
「ちぇ、分かりましたよ」
「んじゃな」
俺は渋々納得しているアテナの頭を撫でて地上へ転移する。
転移先は俺の家の前、
外は微かに日の光が射しているが、まだ薄暗い。
という事はまだ早朝か。
俺はそっと玄関を開けて家の中に入る。
中は全く物音がしない。
まだ寝ているのかな。
起こしちゃ悪い。
さて、まずは俺の部屋だよな、
届き物があれは置いている筈だし。
部屋ではシェイたちが丸まって寝ている。
いつも通りだな。
そろそろ1人部屋でも用意するか。
俺は忍び足で机に向かうと、そこには大量の手紙や書類が山積みになっていた。
「やっぱりか、仕方ない」
椅子に座り机のライトを点ける。
えー、まずはグリムさんからか。
依頼の件…ん?
依頼確認が済んで……。
あれ? 俺って冒険者ギルドに行ったよな……。
俺は顔を真っ青にする。
あれ…この前に冒険者ギルドへ何をしに行ったんだっけ?
思い出そう。
1、冒険者ギルドへ行く。
2、カインたちに会って駄弁る。
3、腕相撲でボコる。
4、ドラゴンを料理する。
5、ドラゴンの肉を貰う。
6、帰る。
おや。
どこにも依頼完了の文字がないぞぉ?
確かに俺は行きました。
冒険者ギルドに行ったんだよ。
だから何も問題はない。
嘘です。
現実逃避がしたかっただけです。
俺はギルドの刻印の入った封筒が3つある事に気がつく。
1つ目がラバン王国冒険者ギルドからだ。
恐らく依頼完了手続きがまだです。と知らせるための封筒だろう。
問題は残りの2つだ。
ガッツさんとシーダさんから。
あれ? おかしいな。
なぜか手が震えるんだけど。
栄養管理はきちんとしてるし、試した事はないけど、お酒も危険であれば【状態異常回復】で無効になるはず、白い粉もやってない。
ま……まあ、メールみたいな物だし。
元気ですか程度でしょ!
うん、絶対そうだ。
まずはガッツさんからだ。
【涼太へ。ちょっとはこっちに顔出せや! テメェ宛の依頼を処理すんのにどんだけ苦労していると思ってやがんだ!
何通かはそっちのギルドに送ったからな!】
何してくれてんの?
指名依頼はありがたいけど、断るなら全部断ってくれよ。まぁ、指名依頼をしてくれた人には申し訳ないから近々行こう。
【P.S……俺は知らねぇしな! シーダはお前の自業自得だから!】
俺はパタッと手紙を閉じる。
何も……見てない。
さぁて!
シーダさんの方も見るか、どうせ寂しいから帰ってきてね! とかだろう。
うん、そうに違いない。
俺はシーダさんから送られてきた封筒の中身を確認する。
封筒の中身には綺麗に折りたたまれた紙が一枚だけ。
俺が商業ギルドで売りに渡した紙だ。
そこにはたった一言だけ書かれていた。
【来なさい】
果たして【来い】とは何を指すのだろうか。
たった1つの命令形では分かりませんよ。
きちんと文章を作るときには主語や形容詞を使わないとダメですよ。
英語の時間で習いませんでしたか?
S:主語
V:述語
O:目的語
C:補語
それが組み合わさり、初めて文章が作られるのです。
それとも漢字の間違いかな?
【来い】ではなく【鯉】または【恋】。
鯉の姿煮って美味しいよね。
俺好きだよ。
恋なら嬉しいな。
シーダさんの様な方と恋方が出来るならこれ以上の感動は御座いません。
はっはっはー。
アドレナリンがどんどん出てくるぜ。
ついでに冷や汗も出てくるぜ!
あー、俺の人生短かったな。
いっそのこと世界でも滅ぼそうかな。
さて、現実逃避はこの程度にしよう。
緊急事態だ。
ギルドが開くのは午前6時から。
ただいまの時刻は午前5時30分。
セリア王国の冒険者ギルドに一番乗りで乗り込むには時間が惜しい。
ラバン王国の冒険者ギルドへ転移する。
「すいませーん!! 開けてください! 早くしないと! 俺が…俺が死ぬんです!」
まだ開いていない扉をドンドンと大きな音を立てて叩く。
頼む! 開いてくれ!
少ししてゆっくりと扉が開いた。
「まだ時間ではないですよぉ」
「お願いです。あなたの力が必要なんです」
「は? ちょっ……待ってください! 分かりました! 分かりましたから離してください!」
俺は我を忘れてお姉さんに迫り必死に訴える。
良かった、分かってくれたんだ。
「えっと……あなたはこの前の料理人の方ですか?」
「いいえ、冒険者です」
「へっ? でもドラゴンを料理して……」
「趣味です。そんな事よりもぉ! 依頼完了の手続きをお願いします!」
「わ……分かりました」
俺は受付窓口まで案内して貰う。
「ではカードのご提示をお願いします」
「はい」
受付嬢はカードを魔道具に挿入し、データの読み込みを開始する。
なんでこの魔道具だけはハイテクなんだろう。
魔道具だから?
「あぁ、ご報告にあった月宮涼太さんですね」
「すいません」
「大丈夫ですよ。はい、完了しました。それと指名依頼の件が結構な数ですね。その内、貴族の方の指名依頼が……6!? ハヒャッ!? 王ぞk……」
俺は瞬時に受付嬢さんの口を塞ぐ。
なに口走ってるんですか!
というかなんでそんなに多いんだよ!
しかも陛下もかぁ。
国王が冒険者ギルドに依頼するものなのか。
「も……申し訳ありません。ど……どうかご容赦を」
ほら、もぉ!
怖がらせてしまったよ。
「大丈夫です! 俺は無垢な一般人冒険者です」
「で……でも」
「そうだぁ! 朝食は食べられましたか?」
「いえ……これから食べようと思っていたところで……」
なら好都合だ。
アイテムボックスからサンドイッチの詰め合わせとプリンを出す。
「はい、食べてみて下さい」
「ハムッ……!!」
受付嬢さんは少し固まってから数秒が経った後に凄い勢いで1つを平らげる。
「良ければ皆さんの分もありますのでどうぞ。では失礼します、あと依頼の件は内密に」
俺は転移魔法で部屋へ戻り、【加治】【加工】のスキルと取り、スキルの限りを尽くして宝石類を加工して1つのブレスレットを造る。
うむ、我ながらよく出来た。
舐めるなよ!
俺が何も持って行かずにタダ謝りに行くと思ったか! 甘いな……実に甘い。
念には念を。
いつものお菓子に新作ケーキ、ジュエルシリーズにブレスレット。
完璧だ、この布陣さえあれば死角などない!!
♢♦︎♢
こんにちは皆さん。
さようなら俺。
「全く……どうしましょうか」
「本当にどうなるんでしょう」
ゴメンなさい。
口を開く隙すら与えられず乗られました。
乗られましたってどういう事かって?
つまり「OTL」のTの上にシーダさんがお座りになられているんですよ。
そこにいるMな諸君!
羨ましいか!
だが俺は耐えるぞ、そちら側へは行かないんだ!
と言うか、羨ましそうに眺める冒険者の割合が結構多いのはどう言う事かな?
「アレほど仕事を増やさないで下さいと言ったではないですか。王族に貴族、まさかここまで大変だとは思いませんでしたよ」
「お心遣い感謝します」
「ふぅ……まぁ、これくらいにしておきましょう」
シーダさんは俺の背中から立ち上がり、受付へ戻る。
あー、重かっ…くなかったぁ!
軽かったわー。
天使の羽の様に軽かったです。
シーダさんは手招きをして受付台へ俺を呼ぶ。
分かってますよ。
「ハロハロォ。久しぶりだね、涼太さん! もぉ、全然帰ってこないからシーダったらご立腹なんだぞぉ」
「ちょッ! ルーナ!」
突然のルーナさんの登場に俺とシーダさんは驚く。
「あははは、冗談だよ。お久だね〜」
「お久しぶりです、ルーナさん」
「ルーナ、先に仕事を終わらせるわ」
「ラジャー!」
早朝から元気なルーナさんは敬礼して隣の椅子に座る。
そこが定位置なのね、というか何か欲しそうな目でこっちを見てくる。
俺はバゲットに入っているサンドイッチをテーブルに置く。
するとルーナさんはそれを手に取り、パクッと小さな口で咀嚼する。
なぜ意思疎通が出来たんだろう。
「護衛以来の件の手続きは終わらせましたか?」
「はい! 早々と終わらせて来ました」
「よろしい、では指名依頼を受注しますのでカードを出して下さい」
「はい」
俺に拒否権は存在しない。
何も言わずにカードを差し出す。
「こちらに依頼の内容をまとめました。目を通して下さい」
シーダさんから渡された紙を見る。
なるほどな、断れんわ。
偉い重鎮の方からだ。
簡単にまとめると、
#
陛下:飯を作れ。
陛下:お前ん家のシャンプーを嫁が欲しいだって。
陛下:娘が会いたいらしい。
グリムさん:ラバン王国王室への重要書類の配達。
グリムさん:ラバン王国国王誕生祭の献上品の相談。
ハルさん:黄の迷宮への許可及びに迷宮の素材、魔石の回収。
ゲイルさん:ラバン王国国王誕生祭の献上品を王城へ。
シャナさん:ティーパーティへのお誘い。
#
笑っちゃうよね。
国の長が一番私的用事だなんて。
俺は思わず頭を抱える。
「よろしくお願いします」
「ラバン王国の国王誕生祭はいつなんですか」
「ご存知ではないのですか?」
「はい」
「国王誕生祭はケイオス学園の魔法聖祭の5日前に行われます」
へぇ……ってもう一ヶ月切ってるよね!?
大丈夫なのかな。
「セルビア公爵家の依頼は常時依頼となっておりますので期限は御座いません」
「期限のあるものは何ですか?」
「ライアット家並びにハイゼット家の依頼は期限が残り一週間とされています。他の方々は何も仰っておりませんでしたが、早いに越した事はないかと思います」
「ありがとうございます」
渡された冒険者カードをアイテムボックスに仕舞う。
ふぅ、これで終わりかな。
10日空けただけでこんなにも溜まってるんだよな。はぁ、でも帰ったら机にまだ大量の紙……。
頑張ろ。
「ふぃー、ごちそうさま!」
「ルーナ! 何で全部食べるのよ!」
俺とシーダさんが依頼について話している間にルーナさんは3人前はあったであろうサンドイッチを1人で完食していた。
「ごめんごめん、つい美味しくてね」
「まだありますよ、どうぞ」
再びアイテムボックスからサンドイッチを出す。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、それとシーダさんにはお世話になっているのでコレを良ければどうぞ」
「あら、何ですか?」
シーダさんはブレスレットの入った綺麗なケースを開ける。
すると顔がみるみるうちに驚きの表情へ変わる。
「わぁ、すっごい綺麗だね。涼太さん、どこか高級商店で買ったの?」
「いえ、自作ですよ」
「こんなの貰えませんよ」
「気にしないで下さい、感謝の印です」
「そうですか……ありがとうございます」
シーダさんは早速ブレスレットを腕に付ける。
うん、シンプルだけど華がある。
ちょうどマッチしてるね。
「わぁ、凄い綺麗だね!」
「ほんと……綺麗」
「それじゃあ俺は帰りますね」
「えー! もっと居ていいのに!」
「すいません、早めに来ますね」
「お気をつけて」




