80話 金稼ぎ
私たちは学園の外を出て街中へ向かう。
一度家に戻ろうかと思ったが面倒くさかったのでそのまま制服で移動する事にした。
時刻は午後3時。
日中では最も気温が高くなる時間だ。
周りでは手で扇子の代わりをする人たちや、建物の影で一休みしている人が見える。
「暑いよぉ」
「あら? そうでもありませんわよ」
シャルもこの暑さにやられて早くもヘトヘトだ。
涼しい顔をしているロゼッタだが、汗で制服が張り付いて気持ち悪そう。
明らかに強がりだ。
「ロゼッタ、無理はしなくていいんじゃないの?」
「なっ! わ……私は別に……ウゥ……暑いですわ」
我慢できずに本音を漏らす。
「と言うか、あなたたちは何故涼しそうなのですの?」
「それはもう快適ですよ。ねぇ、ミセル」
「まぁ……確かにそうですね」
この猛暑にもかかわらず汗ひとつかいていない私とミセルは2人で肯定する。
「何か隠しているの?」
「ふふっ、正解はこのシャツですよ」
私は制服を少し捲り上げてシャツを見せる。
「これは涼太さんがくれた魔法式が組み込まれているシャツです」
「は……え……魔法式って服に組み込めるんですの?」
「はい、快適に過ごせる様に自動調節される他にも色々あるそうです」
「いろいろって何ですの?」
ロゼッタは興味津々で私のシャツを触ったり伸ばしてみたりする。
「さぁ、教えてくれませんでした」
「あの涼太様の事ですからね……予想できません」
「うん、そうよね」
そう説明して視線を下にやるとシャルは羨ましそうに服を見つめる。
上を見上げると、目で訴えている子犬を思い出させる。
「涼太さんに言えばいいじゃない」
「はい、私も涼太様にお願いしました」
「そうしますわ」
「そうするね!」
クリスは捲り上げた服を元に戻す。
「それで……どうされますか」
「みんなはどうしたい?」
「特に予定はないですわ」
「ボクはついて行くよ」
うーん、特に行きたい場所はなしか。
お買い物でも高いものは買えないのよねぇ。
お父様からのお小遣いも決して多くはない。
いや……ないなら増やせばいい。
そうだわ!
それが良いわ。
でも稼ぐとは言ってもどうしようかしら。
涼太さんの家にある物は未知の賜物。
売れることは間違いないがあくまでそれは涼太さんの物だ。
私が手を出すなんて事は人として論外だわ。
となると冒険者ギルドかしら。
でも冒険者になれるのは15歳から。
それも学園の生徒は高等部で許可を取らないとなれない。
私たちじゃ無理よね。
「お嬢様、どうされたのですか。いきなり黙り込んで」
「いえ、手っ取り早くお金を稼ぐ方法を探していたのよ」
「それなら以前の宝石を売りに行けば良いのではないですか?」
その手があったか!
そうだわ、迷宮での宝石狩りで取った宝石類があるじゃない!
あれなら間違いなく売れるわ。
「決まりね」
「どこに行くの?」
「まずは商業ギルドよ」
私たちは商店街をまっすぐ歩いて行き、ひときわ大きな建物の中に入って行く。
つい先日にも家を買うためにやってきたわね。
「いらっしゃいませ、先日はお買い上げありがとうございました。本日はどの様なご用件でしょうか」
家を買った時の担当の人が出てきた。
私たちの事は覚えていてくれたんだ。
「買取をお願いしたいのですが」
「承知しました」
「それなりの物なので別室にてでも構いませんか?」
「ではこちらにどうぞ」
私たちは案内されて奥の部屋へ入って行く。
「ボ、ボク初めて奥なんて入ったよ」
「凄い事でもないんじゃないの?」
「いえ、基本は貴族の方や大きな取引の方のみ案内しますので滅多にございません」
「ひゃ、ひゃぁぁっ」
シャルはおどおどと慌てる。
ロゼッタはクスッと笑ってシャルの頭を撫でる。
「という事は私たちが貴族の令嬢だからですか?」
以前に招待状を渡しているから把握しているはずだ。
「それもありますが、今回は何やら大きな取り引きが出来ると私の感が騒いでいるのですよ」
「へぇ、そうなんですか」
やっぱり商業ギルドだからかしら。
この場合は鼻が利くというべきね。
「では買取商品のご提示をお願いします」
私とミセルはアイコンタクトでうなずきあう。
この場合はある程度を出して残りは手元に置く。
その場合の方が顔も覚えられて、高価な物をまた買取に来てくれるの贔屓にしてくれるからだ。
それに出し過ぎは査定に時間がかかるから面倒だと涼太さんも言ってたからね。
ジャラジャラと机の上に宝石類が積み重なっていく。
「少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「どのくらいですか?」
「この量からすると15分ほど必要です」
「そんなに早いんですか」
「はい【査定】というスキルを使いますので正確な報告を約束致します」
「ではお願いします」
【査定】って確かかなりのレア度が高いスキルだったわよね。
商業をする者であれば欲しいスキルだ。
【鑑定】は実戦向けだから生物などを詳しく調べるのに対して【査定】は無機物の宝石や武器、植物の詳細を詳しく調べるんだっけ。
「儲かったお金は4人で分けましょうか。何に使っても構わないわよ」
「えっ! ダメだよ。クリスちゃんとミセルちゃんのお金だよ」
「そうですわ」
シャルとロゼッタは申し訳なさそうに受け取りを拒否する。
「これは涼太さんが居なかったら得られなかったお金だからね。正直に言うと、私たちが自身で稼いだとは言えないのよ」
「そうなの?」
「うん、涼太さんも自由にすればいいって言ってたからね。どうせならみんなで分けるべきだわ」
「そうね……ありがとう」
「いいわよ、気にしなくて」
そう話しているうちに査定の宝石が残り数個。
そろそろ終わりそうだ。
査定した宝石は分別されて机の上に並べられている。
担当さんは合計金額だろうか。
計算のためにカリカリと羊皮紙に書いていく。
「お待たせ致しました」
「おいくらですか?」
「サイズと希少性を鑑みて六つの部類に分けさせて頂きました。低い方から5万の宝石が40個、10万の宝石が25個、50万の宝石が20個……」
「いきなり飛びましたね」
「はい、どれも一級品に御座います」
正直に言うと思っていた以上だ。
5万が40に10万が25、50万が20。
合計は1450万。
凄いわね。4人で割っても483万。
シャルなんてすでにフラフラしてる。
更にまだ半分なのよね。
「戻しますね。150万の宝石が35個……」
「「「「ふぁ!?」」」」
思わず私たち4人は声を上げる。
「いかがされましたか?」
「いえ……高価になればなるほど数が減ると思ったので」
「私どもからしても押さえておきたい品ばかりですからね。素晴らしいです」
な、なるほど。
そんなにポンポンとお金が出るなんて流石は商業ギルド。
凄いわ。
「そして1000万の宝石が6個…そして最後の1つなのですが……」
そう言い、目の前にひときわ大きな輝きを放つ宝石が丁寧に置かれる。
アレって確か天井に埋め込まれて私とミセルじゃ取れないから涼太さんにお願いして取ってもらったやつよね。
「3億の値つけさせて頂きたく存じます」
今度は文字通り開いた口が塞がらないという状態だ。
原石とはいえ億単位の値がつくなど滅多にない。
「査定に……」
「虚偽は御座いません」
キッパリと言い切られた。
……マジか。
中等部で億単位のお金を持つってあり得ないでしょ。
流石に想定外だわ。
よくて数千万程度だと思っていたのに。
キャリーオーバー過ぎるわ。
「合わせまして4億2700万に御座います。そして問題なのですが、成人になられていない方の高額取引は保護者の同伴が義務付けられております」
シャルはテンションがおかしくなったのか動かない人形になった。
ロゼッタも予想していなかったのだろう、冷や汗をかいている。
成人は15歳だ。
私たちじゃギリギリダメだわ。
「……どうしよう」
軽はずみな行動がとんでもない事態になっちゃった。
子供が動かすのは危険だと思う。
お父様に相談……いえ、まずは涼太さんよね。
こういうの慣れてるだろうし、これ以上の金額を取引してたし。
「問題のない範囲の金額は今日に貰い、残りは後日に保護者の同伴という形でも構いませんでしょうか」
「はい、構いません。お越しの際は私に声をおかけください」
「それでおいくらほど今頂けますか」
「原則で一千万単位から保護者の同伴が必要になります」
「では700万をお願いします、それと4人に分ける形でお願いします」
「承知しました」
担当の人は奥からお金が入っているであろうケースを持ってきた。
何か魔道具であろうか。
厳重にロックされている。
机の上には金貨1枚と銀貨74枚に銅貨が10枚。
均等に分けられた形で置かれる。
「お一人様175万に御座います。ご確認をお願いします」
私は目の前にある金の山を見る。
うん、確かにあるね。
「はい、問題ありません」
「ではこちらの袋をどうぞ」
担当の人は4つの袋を出す。
気配りが良いわね。
まとめて入れるとジャラジャラと金属同士がぶつかる音が聞こえた。
「では後日またお願いします」
「はい、お待ちしております」
私たちは商業ギルドの外に出る。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、クリス」
「あ、ありがと」
私たちは袋をアイテムボックスに入れる。
「それじゃあ、思わぬ事態になったけどお買い物に行きましょうか」
さて、どうしようかしら。
お金はたんまり入った……入っちゃった。
じっと止まっていても何も始まらないわよね。
あの馬鹿げた金額は忘れて今は楽しもう。
そこで私は思った。
以前に街中を歩き店を回っている中で運命の出会いであろうワンピースを買えるじゃないと。
しかしその値段は貴族向けとだけあって、私のお小遣いで買える範囲を超えている。
コソッと生活費を飾ろうかと思ったがミセルに激怒された。
だが、しかし!
今ならば買えるはずだ!
「ねぇ、ミセル。服が買いたいんだけどぉ」
「すでに何着も持っているではないですか」
ミセルは澄ました顔でサラリダメ出しをする。
「いいじゃん! お金入ったんだよ!」
「若い頃から無駄遣いしてはロクな人生を送れなくなります。グリム様からも言いつけられております」
「ケチ!」
「子供ですか……」
子供ですがなにか?
未成年だもん。
「はぁ、分かりました。ただし買う際は私にご報告下さい。嫌ならばグリム様に申し付けます」
「やった!」
私はついついガッツポーズをとる。
シャルたちはそれを見て苦笑する。
仕方ないじゃない、嬉しいんだもん。
「それじゃあ、行きましょう」
私たちは徒歩で街中の商店街に入っていった。
「そう言えば、みんなはお金が手に入ったらどうする?」
これだけの大金だ。
使い道は気になる。
私もまだ決めていない。
「私は……お父様にプレゼントを差し上げたいですわ」
へぇ、親孝行なんだね。
「シャルはどうする?」
「ボクは……村のみんなにお金を使って貰おうかな。冒険者に依頼して持って行って貰うよ。僕1人だけのために村のみんなが大金を出して学園に通わせてくれてるんだから」
「いい事ね」
確か、シャルの村って酪農や畜産があるんだっけ。
シャルに魔法適性があったから大金をはたいて学園に通わせる事にしたんだっけ?
本当に凄いと思う。
「ミセルとクリスはどうするの?」
「私は貯金ですね、何かあった時の為に残します」
「んー、私もお洋服を買ったらミセルと同じく貯金かな、今の生活に十分満足してるし」
涼太さんと一緒なら常に新しい事の発見だらけだしね。
何より今は魔法を覚える事が何よりの楽しみだ。
「まあ、今日は楽しもう!」