78話 怠惰な授業
2ーAの教室では大事な会議が開かれていた。
いや、会議とまではいかない。
学園で毎年行われる魔法聖祭の選抜しなければならない競技を誰が行うかを決めるホームルームを始めているだけだ。
どの学年が、そしてどのクラスが同じチームになるかは分かっている。
残り約一ヶ月で個人の練習をする時間も考えると今から練習しなくてはならない。
壇上には本来いるべき担任ではなく、クリスが仕切っている。
「ではトーナメントを含めた代表者を5名決めたいと思います。正直に言うと私は他の事に時間を割きたいので代表者から外れたいです」
学年主席のクリスは全く乗り気では無かった。
他の時間とは勿論、涼太と過ごす時間の事である。
選抜戦は基本的に代表者以外は暇になるからだ。
「ではお嬢様は演舞枠としましょう」
「そうですわね、美しい舞を披露してくださいまし」
もうすでに始めから決まっていたかの様に、クラス全員が同意を示す。
クリスの意見など始めから聞く所存などない雰囲気だ。
「ちょっ、無視ですか!?」
「クリスちゃん、諦めなよ」
「そもそも私は観客席から眺めていたいのよ!」
「じゃあ、多数決だ。ハイゼットが出場するべきでないと思う奴は挙手」
ジャッファルの声に手を挙げたのはクリスただ1人。
「分かったわよ! やればいいんでしょ! でも、それならミセルも必要よ!」
「確かにミセルは学生レベルではありませんし、模擬戦などに出れば勝ちは確定でしょう」
「あと4人だが……」
ジャッファルはそこで言葉を紡ぐ。
周りは何だと言った表情だ。
クリスは意図を理解した様だ。
「涼太さんの訓練なら伸び代があり過ぎて分からないですからね」
「ああ…お前ら2人はズバ抜けてすごい事は分かる。だが俺を含めて、他の連中がどうなるかが分からん」
「ジャッファル君、ハイゼットさん、2人はさっきから何を言ってるの?」
昨日の訓練に参加して無かった男子生徒が疑問をぶつける。
頭にははてなマークが浮かび上がってるのが分かる。
「とりあえず、今日から放課後に時間がある奴は教室に残れ」
「何かするのか?」
「先生の訓練が受けられるぞ」
それを聞いた生徒たちは目の色を変えてジャッファルの方を向く。
涼太の勤務は週に一度。
そもそも勤務とは義務だ。
涼太はそういう縛られた業務が嫌いで週一にした。
ただし訓練になると話が変わってくる。
訓練ならば自分のペースで過ごせるので、生徒たちも時間を気にせず、そして涼太もジュースでも飲みながら適当に教えられる。
今のところ、一日だけだったが涼太の授業の異質さに質問のしたい衝動を胸にしまっていた生徒も少なくない。
それが出来るのだ。
行かない訳にはいかない。
「ただし、先生がいない日もあるからその場合は自主練だ。あとこの事は俺らとJクラスしか知らねぇから黙っとけよ」
その言葉に全員が頷く。
「選抜戦の代表者は一週間前までに申請すれば変更可能になりますので、それまで頑張りましょう」
キーンコンカーン
キリの良いチャイムの合図が鳴った。
生徒たちは席から立ち上がって、次の授業の準備や教室の外へ出て行く。
壇上に居たクリスは振り返って黒板の淵に手を伸ばすが、すぐさま固まる。
(し、しまった。黒板じゃなかったんだ)
涼太の家の講義部屋はこの世界からして見れば、未知の最先端技術が詰まった部屋だ。
シャープペン然り、ルーズリーフ然り、黒板やチョークも例外ではない。
便利さを知ってしまった今では不便な事この上ないと実感せざるを得ない。
そこにポンっとクリスの肩に手が乗る。
「クリスちゃん……分かるよ……学園が古いのが悪いんだよ」
「シャルッ!」
分かってくれた事を実感して、クリスはシャルロットに抱きつく。
一度知った便利さと言う快楽は忘れられない。
それはシャルロットも同じの様だ。
「次は魔法訓練ですから行きますわよ」
「うっ……メンドくさ!」
「いいじゃん! クリスちゃんは優秀なんだから余裕だけど、ボクなんか焦りしかないんだよ!」
今までの事を思い出す。
自身はいつもこの様な授業では嫌な思いをして、最終的には補習送りにされている。
いつも一緒にいるグループの中で唯一落ちこぼれている自分には少なからず劣等感を抱く。
その中でも励ましてくれる友達のために頑張りたいが世の中上手くいかない。
「魔法の連射速度や習った魔法の練習をするだけじゃない」
「ボクには難題なんだよぉ」
「取り敢えず、涼太様に習った事をすれば問題はないと思いますよ」
「うぅ……がんばる」
そう話しているうちに時間は刻々と過ぎて行く。
着替える時間も含めると急がなくてはならない。
クリスたちは急いで教室から出て行く。
「以前の授業の続きだ。ウォーターランスの発動にあたっての詠唱は覚えているだろう。生成出来れば合格。出来る者は同時発動を頑張ってみたまえ。出来なかった者は補習だ」
補習送り。
それだけは何としても避けたいと学生は思う。
理由はよく分からない持論を長ったらしく話されるからだ。
中では嫌な顔をする生徒もいる。
それを見た教員はヨシヨシと生徒の困り顔を見て愉悦に浸る。
何とも性格が悪い。
しかし、この場にいる生徒の嫌な顔は教員から見たもの。
生徒の本心は……。
(あれ? 涼太先生は詠唱なんて必要ないって言ってたぞ)
(私……月宮先生の授業の後にクリスさんと少し練習をしたら出来ちゃったんだよねぇ)
(あー、先生の訓練受けてぇなー)
(がんばれ、ボク! ボクなら出来る! 迷惑はかけられないんだ!)
(チッ……クソくだらない授業ですね。ボイコットでもしてみようかしら。低レベルな事を言ってる事を理解出来てないのかしら?)
まさに狂乱。
この授業に対しての姿勢がある生徒はごく僅かである。
「先生、その魔法は出来るので自主練をさせて下さい」
「おや、クリス君。確かに君は優秀だが同時発動は出来ないだろう。嘘は良くな……」
嘘だと推測した教員はため息をつき、クリスの言葉を否定しようとしたが黙る。
いや……黙らざるを得なかった。
教員の目の前には、ズラッと四方十数メートルに渡り綺麗に整列した水の槍が空中に生成されている。
「……なにか?」
「……な……バカな」
普通ではあり得ない光景が目の前に広がっている。
教員はおろか、いつも一緒に過ごしている3人を除き、他の生徒たちも驚きを隠せていない。
「お嬢様、やり過ぎです」
「私は言われた課題をやり終えた。それだけよ」
「はぁ……面倒ごとになっても知りませんよ」
「その時はその時よ」
一向に自分の意見を曲げない姿勢のクリスにミセルも諦める。
こうなってしまっては、自分の意見を曲げないのを理解しているからだ。
「よ……よろしい。自主訓練を許可します」
「ありがとうございます」
クリスは軽く会釈をする。
後ろを振り向き訓練場の角へ移動し、いつもの様に無詠唱で土の壁を作り出す。
昨日の授業で涼太から教えて貰った壁歩きの練習をする為だ。
(よし、それじゃあ始めようかしら)
♢♦︎♢
ガウスはテレポートで地上へ移動した後に図書館の一角で本をパラパラとめくりは閉じの繰り返しをしていた。
「学園長、ありましたか?」
「無いのぉ、どれも創設からの歴史については書かれておるが地下については書かれておらんわい」
いかんせんな表情で探すが一向に地下の事についての記事が出てこない事に微かな諦めを抱いていた。
パルメラの方も調べているが全く出てこない。
「やはり禁書庫かのぉ」
「行かれるのですか?」
「いや……まずは涼太の帰りを待つとしよう」
ガウスは開いていた本を閉じて棚にしまう。
「涼太さんと言えば……先ほど学園長よりも実力があると仰っていましたが本当ですか?」
「うむ、それは間違いない。以前の模擬戦で感じたのじゃよ」
ウンウンと自身だけ納得した表情で頷く。
パルメラはどういう事かいまいち理解が出来ていない。
「私はお二方とも全力に見えましたが……」
「最後のワシのメテオを跡形もなく消した魔法を覚えておるか?」
「ええ……」
「あれは崩壊もしくは消滅の部類に入る魔法じゃ」
「ッッ!」
それを聞いたパルメラは驚きを隠せずにいた。
内心でもそれはあり得ないと主張する。
「……それは……神話の魔法に入ってきますよ」
「そうなんじゃが……ワシはあの家の中を構成しておる魔法の方が気になるんじゃのぉ」
「はぁ……」
パルメラはいまいちピンとこない様だ。
それもそのはず、あくまで世界で定義されている魔法は元素魔法。
例外として結界魔法などがあるくらいで、その結界魔法も深く解析は出来ていないからだ。
話でしか聞いた事のない魔法の更に上をいく魔法を話されてもよくは分からない。
「しっくりこんか? ワシの推測じゃが、あの魔法は魔法と定義して良いのかすらも危ぶまれるのじゃよ」
「申し訳ありません、理解が難しいです」
「まぁ……推測じゃよ、大切なのはその使い手の意思じゃ。涼太の様な欲のない心の持ち主ならば問題もなかろう」




