76話 学生の練習
俺は生徒たちをガブリエルに任して一度家に帰るため、その場から離れた。
時刻は午後4時。
練習を始めてちょうど一時間半が経った。
「ただいまー」
「おかえりなさいですニャ」
シェイが迎えに来てくれた。
「悪いがまだ少し出ていくよ」
「分かりましたニャ。お夕食はどうされますかニャ?」
「分からないから先に食べておいてくれ。それとクリスたちが帰って来たら、図書館裏の扉にいると伝えておいてくれ」
「了解ですニャ」
シェイは元気よく敬礼をする。
尻尾が少しシュンとなっている。
最近構ってあげられてないからなぁ。
「来るか?」
「いくニャ!」
それを聞いた途端にブンブンと尻尾を元気よく振り回す。
なんか……獣人って分かりやすいよな。
「みんなも呼んで来るニャ」
「分かった」
仕方ない、クリスたちには置き手紙を残すか。
俺は机の上にボールペンで書いた紙を分かりやすい様に置く。
よし、これでいいだろう。
「全員集合したニャ!」
「お待たせしました」
「よし、行こうか」
俺は転移で先ほどの場所へ移動する。
流石にメイド服を連れた男ってのは目立つから嫌だ。
「あら、お久しぶりですね」
「な……なぜ、し……師匠がここに」
地上の方のメイドたちは嬉しい出来事から奈落の底へ落とされた表情へ変わる。
「失礼ですね、主様に呼ばれれば来るでしょう」
「そ……そうですか」
「悪いが夕食の準備に取り掛かってくれないか。今日はもうここで済まそう」
「承りました、ほら行きますよ」
「承知しました!」
ガブリエルはメイドたちを連れて厨房の方へ向かっていった。
気のせいだろうか、何かガブリエルが上機嫌だ。
「涼太さん……私って才能が無いのでしょうか……」
「レナちゃん先生、大丈夫です! 私たちも出来てませんから!」
「でも……私はあなたたちの先生で……先生が出来ないなんて……」
早速、挫折してらっしゃるよ。
何があった……なるほど。
目の前にはジャッファルたちが歩法を完成に近づけている光景が映し出されている。
飲み込み早いな、おい。
「あー、魔力切れだぁ!」
「これおもしれー」
「ボク疲れたよ」
魔力切れか、
という事はひたすら練習をやっていたのかな。
「レナさん、大丈夫です。得意不得意は人それぞれです」
「涼太さん……そうですね。私……頑張ります」
「今日は終わりにしましょう」
「いえ! まだやれます!」
やる気はよろしいが、体がヘトヘトだからね。
気を張り詰めすぎるのも非効率的だ。
バタバタ!
何かが全速力で走って来る音が聞こえる。
いやまあ、この展開は分かってるんだけどね。
「とう!」
クリスが俺の姿を見た瞬間に飛距離十数メートルのジャンプをしてやって来た。
その後に続いてミセルたちもやって来た。
「何面白そうな事してるんですか!」
「ほら、魔法聖祭の練習だよ」
「なるほど、では始めましょう」
「いや、今終わったところ」
「ガビーン!」
クリスはショックを受けたかのようにその場に倒れこむ。
いやいや、別に君には必要ないでしょう。
宮廷魔道士をフルボッコにした実力だよ?
何もしなくても競技で優勝出来るでしょうに。
「とりあえず今日の訓練は終わりだから」
「うー、分かりました」
何か不満な様だ。
ヨシヨシと頭を撫でておく。
「レナさん、学園の門限は何時ですか?」
「一応夜8時までには自室に戻る規則になっています」
「なら問題ないですね。お風呂にしましょう。悪いがここの風呂の使い方を教えてやってくれ」
「了解です」
クリスたちには悪いが男の俺が案内する訳にもいかない。
俺も男子生徒たちを風呂場に案内する。
シャンプーや石鹸類の使い方とタオル類などどうすればいいかサッと教える。
「先生は入んねーの?」
「飯の準備だよ、食っていくか?」
「もちろん!」
他の生徒たちも食べていく様だ。
もともと用意するつもりだったから、書く必要は無かったんだけど一応。
さて、料理を作るか。
メイドたちにメニューは伝えてあるんだが、どの程度まで出来ているかな。
「主様、少々お待ちを。もう少しで出来上がります」
「いや、そんなに焦る必要はないよ。小一時間ほどは風呂に入ってると思うから」
始めてのうちの風呂だし、生徒同士で入るんだからそれくらいは必要だろ。
相当広いしな。
♢♦♢
「こんなお風呂初めてでした」
先ほどの悲しみと焦りの表情はどこへ行ったのか、ホクホク顔でレナさんが出て来た。
生徒たちも満足と言った表情だ。
「なんかいい匂いだ」
「おう、こっちコイコイ」
大きなダイニングテーブルの上には沢山の料理が並んでいる。メイドたちが運んでくれたのだ。
綺麗に並べられた食器はいっそう豪華さを増している。
「うわぁ、今日は豪華ですね!」
「人数が多いからな」
生徒たちは匂いに釣られるがまま、空いている席に座っていく。
うん、中々上手く出来ている。
ガブリエルも居るし味は全く問題ないな。
「ハフハフ、うめぇ!」
「本当に美味しいですね」
「大変だけど、コレなら頑張れそう」
まわりも絶讃の様だ。
ふふっ、やはり胃袋を掴むことは大切だからね。
ご褒美が大きければ大きいほど人はどんなに辛くても頑張れる。
因みにデザートは女性の心を鷲掴みにした。
訓練を頑張るからまた食べさせて欲しいと殺到がえるほどにだ。
「ハイゼット、悪かった。お前が学園の授業を低評価した時に少しながら苛立ちを覚えたんだ」
「で、どうですか? 結局のところ」
「先生さえ居れば他の教員はいらんだろ」
「でしょ! 分かってくれて何よりです」
ジャッファルの答えに満足したのか、クリスは清々しいほどの微笑みを返す。
「お前ら……」
「どうしたんですか?」
「横を気付かないのか」
クリスたちが横を向くとシクシクと泣いているレナさんが、生徒たちに慰められている最中であった。
クリスとジャッファルはやってしまったという表情をする。
「レナ先生」
「何ですか、クリスさん」
「ここでは全員が涼太さんの生徒です。学園のくそったれな授業でなく、本当に身につく授業を受けられるのです。その起源が私たちなのですよ。胸を張って下さい」
「ありがとうございます……私がんばります」