74話 ジャッファルくん
体育祭的行事→魔法聖祭
俺はしばらく落ち着くまでその場から動かずにじっとしていた。
この場所はガウスさんに確認しよう。
知らなければそれで良し、知っていれば知っていればで先ほどの話を通す。
しかし、これで迷宮の謎とこれからの予定が決まったな。
あの口ぶりからすると、迷宮の魔物の強さもあいつ次第で変える事が出来そうだ。
となると苦戦は免れない。
もう必要ないと思っていた神様の力も自ずと必要になるという事か。
さて、それじゃあ戻るとするか。
うじうじ悩んでいてもどうしようもない。
まだ5年もある。いざとなればスキルの限りを尽くせば見つけることも出来るだろう。
「うっし!」
俺は気合を入れ直して立ち上がる。
上の階に戻るとするか。
流石に禁書庫的な場所はガウスさんの許可が必要かもしれないから止めよう。
俺は立ち上がり図書館への階段を上がる。
そうして厳重に閉ざされた扉を開けた先は先ほど居た図書館。
何だろうな。
先ほどとは別の空気のせいか心が落ち着く。
俺は適当な本を棚からとってパルメラさんがいた場所へ戻る。
「あら、月宮さん……ってどうされたのですか!? 顔色が悪い様ですが」
「いえ……気にしないで下さい」
「そうですか……何かあればお申し付け下さい」
「はい」
そんなに顔色が悪かったかな。
落ち着いたつもりだったけど、
まあ、時間が経てば落ち着くだろう。
キーンコンカーン
学園のチャイムが鳴った。
あれ?
そんなに時間は経っていないはずだが。
「俺がパルメラさんと別れてからどれくらい時間が経っていましたか?」
「約二時間ほどでしょうか。それが何か?」
「いえ、ありがとうございます」
体感時間では十数分ってところなんだが、結構な時間が経っていたんだ。
「では私は学園長室へ戻ります。授業も終わりですし、図書館を利用する生徒も増えるでしょうから」
「俺はもう暫く居させて貰います」
「では、また」
パルメラさんは机に出していた書類を片付けて去っていく。
それと同時にポツポツと生徒たちも図書館に入り出して来た。
制服じゃないけど、俺ってここの生徒と同学年だから溶け込めそうだな。
「見つけたぁぁッ!!」
1人の男子生徒が大きな声を上げる。
あれって……確かさっき講義していた教室に居た男子生徒だよな。
いきなり大声を上げたせいで怒られている。
あ……正座させられてる。
ドンマイだ……というかこっち見てないか?
なんかアイコンタクトで助けてって言ってる気がするんだけど。
ということは俺に用って事で合ってるよな?
仕方ない、聞くだけ聞くか。
取り敢えず本は元の場所にしまっておく。
「すいません、うちの生徒が申し訳ありません」
「はい? あなたは学生ではないのですか?」
叱っていた女性は疑問に思い問いかけてくる。
俺は教員カードを見せた。
「いえ、臨時講師の月宮と申します。生徒はこちらからキツく言っておきます」
「……そうですね、よろしくお願いします」
「はい、それじゃあ取り敢えず外に出るぞ」
俺たちは外に出て、近くにあったテラスにある椅子に腰掛ける。
「……で、どうしたんだ?」
俺はポットとカップを出し、ついでにクッキーをポリポリとつまむ。
うん、美味しい。
「先生ってスゲー人だよな」
「さぁ? 自分じゃ分からんよ」
実力ってのは他人の評価によって決まるからな。
俺の実力はヘファイストスには及ばない、それにロキ相手には文字通り赤子の手をひねるレベルだ。
「なら問題ねぇ、俺たちを強くして欲しい!」
「いや……問題ないって……」
「父ちゃんが言ってたんだ。本当の実力者は傲慢でなく心に余裕があるって」
「君の父親は冒険者かい?」
「元だよ。今は貴族に仕えてる」
冒険者が貴族って事は相当な実力者なんだろうか。
気にはなるよな。
「今日来たばかりの俺じゃなくても他のキャリアのある先生がいると思うよ?」
「長ったらしい無駄な自慢話しをされて終わりだよ。それに、あのハイゼットがあそこまで学園の授業を低評価するなんざ相当の事だ」
んー、なんか逃げられない感じだなぁ。
女子の授業の話でも聞いたのかな。
女子だけはズルいから俺たちにも教えて欲しいってところか?
確かに授業をするにあたって、クラスの中では平等に接するべきと考えればこの子たちの意見を聞き入れるのも一理ある。
クリスたちの時間も取らないと機嫌を損ねるからなぁ。
どうしようか。
「そうだな……時間はそこまで取れないと思うぞ?」
「おっしゃー! やってくれるって事だよな!?」
「まぁな」
数人の男子生徒たちはガッツポーズをとって喜ぶ。
「場所はどうする?」
「それなら訓練所に行こうぜ」
一時間目にクリスたちの訓練でやってた場所か。
確かにあそこなら問題ないだろう。
「そうしようか」
「サンキューな先生、おれの名前はジャッファルだ」
「僕はライナです」
「俺はセイン」
「分かった」
俺たちは訓練所へ向かう。
生徒たちはニヤニヤと嬉しそうにしながらついて来る。
そんなに楽しみか?
「あれ? 先客がいたか」
というか……1人はあまり関わりたくない奴だ。
もう一組は若い先生が引き連れている生徒たちの集団だ。
誰だっけ……ビュッフェ……いや……バイキング……あれ、なんて名前だっけ?
教え子は自分に似ると言うか…なんかビュッフェの方はプライドの高そうな貴族の集団ばかりだな。
実にあのプライドをへし折りたい。
泣きっ面を見たら気持ちいいだろうな。
「ここは平等に使える訓練所のはずです」
「君は理解が足りないね、薄汚い平民と我々が同じ空間で練習など甚だしいと言っているのだよ」
そうだそうだと後ろの連中も威圧をかける。
見た感じは俺と同じくらいだから高等部の奴らか? 変わって若い女性教員の生徒は萎縮している。それに中等部ぐらいか。
「この学園は平民も貴族も関係なく接するという決まりがあるはずです」
「はっ……その様な下世話な事を真に受けるとはバカバカしい。この学園は言ってしまえば社会の縮図。平民が貴族に逆らえるはずもなかろう」
「そんなのおかしいです!」
「しつこいな。君程度、私の力を持ってすればクビに出来るのだよ?」
「くっ……」
おーおー、いい先生じゃないか。
好きだよ、こういう熱血教師は。
ドラマとかでもワンクールを全部最初から見直したらしてたもん。
でも状況は悪そうだなぁ。
女性側の生徒たちも先生を止めようとしている。
「ビュルフの野郎か」
「やっぱ有名?」
「無駄に権力のある暴国出身のイカれ野郎だよ。国が戦争国家で強い分こちらも迂闊に手を出さないんだ」
凄い評価だな、嫌われ者じゃないか。
良かったね、ビュッフェくん……ビュッフェ先輩になるか。
「止めに入ろうか」
「やめとけって先生。目をつけられたら面倒だぜ? 今日は諦めるからさ」
「安心しろ……すでに喧嘩は販売済みだ」
俺は数メートルはあるであろう距離を筋力だけで飛び跳ねて着地し、ちょうど2人の間に入る形でその場に足を止める。
勢い余って盛大に砂埃が舞う。
「ゴホゴホッ、一体なんだ!?」
「ハロハロー、さっきぶりだな」
「ッッ! 貴様ぁ……」
わー、怖い怖い。
そんなに睨まないでよ、ロキっていう化け物と会ったばかりなんだから、ブサイクなヒヨコがピヨピヨと鳴いてる様にしか聞こえないんだよ。
「悪いんだけど、空いてるなら使わせてくれない?」
「貴様の様なゴミに渡すスペースなどある訳が無いだろう?」
「ところで話が変わるんだけど、なんの練習?」
「魔法聖祭に決まっているだろう。だからこの場所は低俗で役に立たない輩ではなく高貴な血を引くエリートが使うのだよ」
どんだけプライド高いんだよ。
よし、今後の予定が決まった。
潰そう、完膚なきまでにプライドを折る。
「へぇ、それは凄い。それならばさぞかし魔法聖祭でも好成績を残せるでしょうね」
「当然だ、愚民と比べるなどおこがましい」
「まぁ、万の……いや、億の一つもないであろうとは思いますがぁ! その愚民に負ける様ではプライドもクソもありませんねぇ」
「貴様……私たちが負けるとでも言いたいのか?」
「いえいえ、凡人がエリートを相手に出来る訳ないじゃないですか。ではこの場はごゆるりとお使い下さい」
俺はその場に居た女性教員さんの腕を掴んで生徒たちと一緒にその場から退出する。
生徒たちも駆け足でついて来る。
そうして誰も居ないであろう図書館の裏口までやって来た。
「ちょっと! 離してください!」
「ああ、すいません」
「なぜ生徒であるあなたが制服を着ていないのですか! 校則違反ですよ」
「おい先生、このババアの事なんてほっておこうぜ。自分の状況も理解出来てない様だ」
「なっ!?」
おいおい、ババアは言い過ぎだろう。
まだ若いぞ。
むしろお姉さんって感じで俺の中ではストライクゾーンに入ってる。
いけます、俺なら大丈夫です。
「あんた新人だろ? うちの先生が止めてなかったらマジでクビにされてたぞ」
なにその歴戦の猛者が新人に過ちを正そうとする発言。君って生徒だよね?
「しかし、それはおかしいです!」
「はぁ…おかしくても適応しなきゃダメなんだよ。あんたの生徒の方がよっぽど賢いぜ?」
「それでも納得できません!」
「世の中弱肉強食なんだよ。弱い俺らがいくら吠えようとも負け犬の遠吠えにしかならない」
「それは諦めです」
「ああ、そうだ。だがな……教員さん。世の中にはそれでも争い牙を研ぎ澄まして強者の喉元を食い千切る輩がいる……俺はそんな奴になりたいんだよ」
なにこの主人公。
主人公より主人公な奴じゃん。
かっけー、ジャッファルさんマジでかっけー。
「じゃあどうするって言うんですか…なんの手立てもないんですよ」
「あるさ……目の前に。この先生こそ……イデッ」
俺はゲンコツを脳天に打ち込む。
「おい、俺はお前らの面倒は見ると言ったが、この人らは範囲外だぞ」
「ちょっ、いいじゃんかよー。どうせなら味方に引き込んでさっきの連中潰そうぜ?」
「ヤダよ、うちのクラスで上位を独占すれば十分だ」
俺のクラスが独占すればガウスさんにも示しがつくし、ビュッフェにもダメージを与えられる。
「先生暇だろ? 週一なんだし」
「あのなぁ、俺は冒険者なの。忙しいのよ」
「ならハイゼットたちに聞いてみるか」
「おい待て! それは待て!」
バカ! 暇なのバレちゃうでしょう!
「あー、分かったよ。やれば良いんだろ! だが教えられる時は自習だ」
「えー」
「出来具合いによっては増やしてやるから頑張れ」
「おっしゃ! やってやんぜ」