72話 食堂
キンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響く。
食堂に居た生徒たちも一斉にその場から自身の教室へ帰っていく。
「それじゃあ後で!」
「おう、頑張ってこい」
俺は手を振って、その場から去っていくクリスたちを見送る。
学生が去って食堂は俺1人となり寂しい空間が漂う。
さて、図書館にでも行こうかな。
俺はアイテムボックスにプリンが入っていた容器を入れ、食べ終わった食器を返却口へ持っていく。
「おや、まだ居たのかい? 早く教室は戻んな。授業が始まっちゃうよ」
食堂のおばちゃんが俺に声をかけてきた。
やはり俺の事は学生として認知されてんだな。まあ、学生と同じ歳ですけど。
「いえ、学生じゃありません。今日から臨時講師を務めている月宮と申します」
「あら、あんた学生じゃなくて教師だったのかい。えらい若いわねぇ」
「はい、これからお世話になるかと思います」
ニコッと微笑み、挨拶を返す。
おばちゃんはマジマジと俺の顔を見つめて、興味深そうな顔を俺に向ける。
何だ? なんか変だったか?
「あの……何か……」
「いや、ごめんねぇ。あんまりにも律儀だから驚いたのよさ」
「普通だと思うのですが」
「生徒はいい子もいるけど、教員は少し問題のある人らが多いからねぇ」
おばちゃんは頬に手を当てて俯き、ため息を吐く。
「そうなんですか?」
「もちろん、好感を持てる先生もいるよ。だけど、ここだけの話、大概の教員は貴族の出で偉そうな人が多いのよ」
「裏金ですか?」
「圧力を掛けてるのよ。学園長は反対らしいけど、そうとう面倒な国の方らしいから渋々ね。それに貴族に限って魔法の才能があったりするからねぇ」
やっぱりそういう事はあるんだなぁ。
ない方がおかしいか?
敵対するにはリスクが高すぎるという事ね。
「なるほど、参考になりました。ありがとうございます」
「教員たちもあんたの百分の一程度の礼儀があればいいのにねぇ」
「良ければ、何かお手伝いしましょうか」
「授業は入ってないのかい?」
「週一の臨時講師なので」
もう終わりだもん。
若干の物足りなさもあるが、キツキツの予定よりもダラダラと間隔をあけて講義が入っている方がこちらとしても助かるからね。
「それじゃあ頼もうかしら。何かできる事はある?」
「家事全般はこなせます」
それもプロ級です。いえ、神級です。
実際に神様の相手もしてるからね。
家事系のスキルが増えてるんだけど、大概がLV80を超えてる。
カインにも教えて貰ったけど、この世界だとLV30があればそれだけで食っていける。LV50あれば王宮や貴族から声がかかるのだ。
そう考えると、俺って何者?
家事を極めし者か何かですか。
「それなら悪いんだけど、皿洗いやらを手伝ってくれないかい? 見ての通り山積みなんだよ」
パチンッ
俺は指パッチンをする。
するとあら不思議、食べ残しやソースで汚れていた皿が綺麗な光沢のある皿へと変貌したではないですか。
「あ……あんた……何をしたんだい?」
他の従業員の方々も驚いている。
一枚一枚皿を手に取って確かめる。
「魔法ですよ」
「ハハッ、魔法を家事に使うなんざ聞いた事ないよ」
「便利ですよ?」
「便利って……魔法は戦いに使うもんだろう」
本当に便利だもん。
比率的に見ても、戦闘で使う割合と家事で使う割合とでは圧倒的に家事の方が多い。
と言うより、ほぼ毎日使ってる。
「主任、本当に完璧な状態です。私たちが洗った物より綺麗です」
従業員の1人が驚いた表情でおばちゃんに見せる。
おばちゃんがここの責任者なのね。
そりゃ綺麗だろう。
食器ってのはどんなに綺麗に使っていても、食事中や洗うときに傷が付く。
それが長年積み重なって小さな傷の中に汚れが入る。
その汚れはまず取れないからね。
「本当に助かったよ。ありがとね」
「大した事じゃありませんから、それとお近づきの印にどうぞ」
俺はデザート類の入った箱をテーブルの上に出す。
「これはなんだい?」
「美味しいですよ」
「それなら折角だし頂こうかしら」
おばちゃんたちは食堂から人数分の皿を持ってくる。
俺はその間にケーキを切り分け、ポットにお茶を入れて蒸す。
「あんた、どっかの貴族様に支えていたのかい?」
「いえ、別に……雇われの冒険者ですよ」
「冒険者!? 世の中分からない事もあるもんだねぇ」
おばちゃんは感心したように話す。
冒険者らしくない冒険者ですいません。
そうして美味しくケーキを頂いていると1人の男が食堂に入ってきた。
それを見たおばちゃんたちは血相を変える。
「どうしたんですか?」
俺は疑問に思い、おばちゃんたちに問いかける。
「おい、一体何をしている?」
男は上あごをクイッと上に向け、俺たちを見下す。
身長は俺よりも10センチは低いから、見下している様で見下せていない。
直感で分かる。
あれだな……取り敢えず殴りたい。
「いかが致したしましたか、ビュルフ様」
「サボっている愚物を見つけたから制裁に来たのだよ」
「私たちの業務は終了致しました」
「ふむ……」
ビュルフは辺りを見回す。
そして、綺麗に重なった食器類を見た後に視線を逸らし柱の黒ずみを指差す。
「この黒ずみはなんだ?」
「以前からあった物ですが」
「綺麗にしろ」
「は?」
おばちゃんたちだけでなく俺も男の意図が分からずに呆けた声を出す。
え……気にくわないから、昔からある取れそうにない汚れを取れと?
調子乗ってんのか。
「私たちは清掃は管轄しておりません。そう言った事は清掃業務にお伝え下さい」
「うるさい、私がやれと言ったのだ。お前たちは馬車馬だ」
「申し訳ありませんが、間に入らせて貰らっても良いでしょうか?」
俺は無理やり2人の間に割り込む。
「なんだ貴様は。校則違反の上に授業放棄か。退学決定だな、後で手続きに来い」
あ? 喧嘩売ってんのか?
一応は礼儀を込めて敬語で話そうと思ったがやめだ。
「おい、偏見野郎。俺は臨時講師だ」
「嘘を吐くな、言い逃れか?」
なんで信じてくれないかなぁ。
仕方がないので講師用のカードを見せる。
パシッ
ビュルフは俺の差し出したカードをはたき落とし、踏みつける。
あー、どうしよう。
こめかみにDの字の血管が浮かび上がりそうだなぁ。
「何してんの?」
「偽造か、見ずとも分かるわ。犯罪者め」
すいませーん。
もうヤっちゃっていいですか?
大丈夫、殺りません。
ボコってから〇〇するだけてすから。
「ビュッフェさんだっけ?」
「ビュルフだ!」
「あんた脳内大丈夫ですか? 頭の中身を一回デリートしてから新しい詰め物用意した方がいいんじゃない?」
「貴様……このグロテウス帝国のエリート侯爵6男のビュルフ様に向かっていい度胸だな」
6男って……また中途半端な数字だな。
当主になれないなら左官されたってところか?
「で……あんたはどうしたい訳?」
「この事は本国に訴えさせて貰おう……貴様の一族郎党容易に潰せるぞ。どうだ? 怖いか? 嫌なら平伏して靴を舐めろ」
はぁ、グロテウス帝国か。
聞いた話だが根っこが腐ってるブラック帝国だっけ。
「別に構わないよ」
「後悔する事になるぞ?」
「羽虫がピーピーうるさいんだよ。潰すなら潰してみろ」
「貴様ぁ、顔は覚えた。精々絶望に身を委ねてろ」
ビュルフは舌打ちをして、その場から立ち去っていった。