63話 クリスの友達 パート1
あー、ここに住み込もうかな。
思った以上に快適だわ。
流石に串焼きのおっちゃんが言っていた通りの宿だ。
部屋も快適かつ接待も申し分ない。
久しぶりに昼まで寝てしまったよ。
でも一日金貨一枚は高いよな……。
「よし、今日はダラダラしよう」
どうせ昼からクリスたちが来るんだ。
今からどこかに行っても、時間が取られそうだしな。
あー、なんかセリア王国に居た時って暇な時間がなかったよな。
自由気ままがモットーの俺とは程遠い日常だわ。
コンコン
泊まっている部屋の扉が叩かれる音がする。
「どうぞ」
「月宮様、おはようございます」
「うん、おはよう。どうしたんですか?」
「その……月宮様の馬についてなのですが……」
あのアホ、何か迷惑をかけたのか?
「分かりました、案内して貰えますか?」
「承知しました」
俺は寝巻きのジャージのまま、レイニーがいる馬小屋までついて行く事にした。
何だろう。
何でそんなに焦ってるんだ?
(主様! おはようございます! 寂しかったですぞ!)
相に変わらず元気なレイニー。
あー、なるほどね。
俺が呼ばれる理由が分かったよ。
迂闊だった。
もっと注意しておくんだった。
(主様、どうかされましたかな?)
漆黒の毛並みに六本足のレイニー。
そう、六本足なのだ。
擬態が解けたのかぁ。
「あの、私の想像が正しければこの馬は…」
「うん、スレイプニルですが」
すると、オーナーさんは一歩下がり俺に深く頭を下げてきた。
突然の事態に俺とレイニーも首を傾げる。
「この度は誠に……誠に当宿へご来店ありがとうございます」
その言葉は、受付の時に聞きましたよ。
何なの?
また何かやらかしたの?
「突然どうしたんですか」
「神獣は神に仕える存在として崇められており、幸運の象徴とされています。出会えたのならば、それはまたと無い幸運の証。その神獣様が当店へ御来光されたとなれば喜ばずにはおれません」
神獣ってそういう扱いになってるのね。
知らんかったわ。
となると、オーナーさんが広めれば面倒な事になるのかな?
早めに家を購入するべきか。
(主様、主様)
「何だ?」
(どーですか! これが私の実力ですよ。主様も崇めてもいいですよ?)
「それじゃあ、お前はこの宿のマスコットとして過ごしてくれ。じゃあな」
(すんませんっ! 冗談です、創造神であらせられる主様が一番です! ごめんなさい、調子乗りました)
そんなブルンブルン言うなや。
こら、噛むな!
よだれで汚れるだろ。
「あの、神獣様はどうかされたのですか?」
「いや、気にしないで下さい。それよりも、神獣と知られれば面倒な事になるのであまり広めない様にお願いします」
「勿論にございます。お客様に快適な時を過ごして頂くための宿で迷惑を掛けるなど、言語両断です」
「よろしくお願いします」
さて、目も冴えてしまった事だしどうしよう。
宿の最上階だが、部屋は俺の泊まっている部屋ともう一つの部屋しかない。
半フロアは俺の部屋なのである。
正直、孤児院のみんなが余裕で寝泊まりする事が出来るスペースはある。
キッチンもあるし何か作ろう。
♢♦♢
クリスとミセルは先ほどの魔法試験に起こした結果をシャルロットに質問責めにされていた。
「ねぇねぇ、クリスちゃん。一体夏の間に何があったの? ボクなんか赤点ギリギリでこのままだと、高等部はクリスと一緒のクラスになれなくて絶望的な状況です!」
シャルロットは胸を張ってクリスにそう告げる。
「なんでそこまで誇らしげなのよ。私は魔法とは何かについて考え直したのよ」
「それって、初等部に習ったことを復習したってこと? クリスちゃんなら必要なくない?」
これが正しい認識なのでしょうね。
まあ、私が涼太さんから習ったことは世界の理を根底から覆す事だしね。
「違うわ、何て言うのかしらね。言葉では説明しづらいわ」
「ミセルも?」
「私も同じくです」
「ほへっー。それにしても、あの学園長に呼び出されるなんて凄いじゃない」
それを聞いたクリスとミセルは顔をしかめて、いかにも嫌な表情を作る。
「凄くないわよ。本当に厄日だわ、何をされるか分かったもんじゃないわね」
「あの学園長って、魔法と勘だけは凄いからね。そう言えば、二人はこの後どうするの?」
今日は始業式とテストだけで終わりだ。
授業は明日からなので、昼からは暇なのである。
ある学生は昼から遊び、違う学生は勉強に勤しむ。
「少し行く場所があるんだけど……そうだわ! シャルも良かったら一緒に来ない?」
「どこに行くの?」
「ちょっと、黄金の猫亭のスイートルームに遊びに行くのよ」
「え! あの王族や金持ち貴族しか泊まれないっていうあそこ!?」
「そうなのよ、興味あるでしょ?」
クリスの問いにシャルロットは大きく首を縦に動かす。
「お嬢様、涼太様に迷惑をかけるのでは?」
「良いじゃないの、涼太さんなら気にしないわよ」
「涼太さん?」
「ええ、その部屋に泊まっている人よ」
「クリスちゃんの知り合いなの?」
「お嬢様は涼太様にぞっこんですからね」
「ちょっ、やめてよミセル! 言わないでよ!」
クリスはミセルをポカポカと叩き、涙目になりながらその事実を否定しようとする。
「へぇ、クリスちゃんって好きな人がいたんだぁ。全然そんな気配がなかったから騙されたよ」
「だから……うぅ」
二人からの同時射撃を発砲され、なすすべなく顔を赤く染める。
「その話は聞きましたわぁ!」
突然ロゼッタがその会話に入ってきた。
「何ですか、ロゼッタさん」
「私も行きますわ」
「何でですか?」
「何でって……行きたいからに決まってるからですわ!」
「あなた、私の事を敵視してるんじゃないのですか?」
「ふぇ……」
ロゼッタはクリスの言葉に涙目になる。
自分の事が嫌いだと思っているクリスと、本当の意図が理解出来ていないクリスに呆れるミセル、何がどうやら分かっていないシャルロット。
三者三様な顔をする。
「お嬢様、少しこちらに。少々、お嬢様と話させて頂きます」
「わっ、ちょっと。引っ張らないでよ」
ミセルはクリスを教室の外まで連れ出す。
「お嬢様、なぜロゼッタさんがお嬢様にライバル視しているかお分かりですか?」
「私の事が嫌いだからじゃないの?」
「はぁ、ロゼッタさんはお嬢様と仲良くなりたいのですよ。嫌いならそもそも絡んできません。ロゼッタさんは不器用なだけです」
「そうなの?」
「逆に、なぜ今まで気がつかなかったのですか」
「ご、ごめんなさい」
「ちゃんと、ロゼッタさんに謝って誤解を解いて下さい」
「はい」
ミセルに怒られたクリスは自分が今まで思っていた観念と逆の事にショックを受けつつ、教室の中へ戻る。
「ロゼッタさん、私はあなたの事を誤解していた様だわ。これからは友達として一緒に過ごさない?」
「わ、私とあなたが友達……」
「嫌ですか?」
「ふ、ふん。仕方ありませんわね。友達になってもよくってよ」
ロゼッタは頬をニヤつかせながらも冷静な態度を取ろうとする。
「よろしくね、ロゼッタ」
「私も変にあなたへ当たってしまい、悪かったですわ」
「良かったね。クリスちゃん、ロゼッタちゃん」
二人の和解にホッとするミセルと、喜ぶシャルロット。
「それじゃあ、四人で遊びに行きましょうか」
その後にクリスたちはホームルームが終わったので、黄金に猫亭へ向った。
「そう言えば、クリスちゃん。その涼太さんって、貴族様なの?」
「違うわよ、冒険者をやっているのよ」
「冒険者なのに黄金の猫亭に泊まれるって凄くない!?」
「まあ、涼太さんに関しては色々と例外だからね」
「そんな宿に泊まれるって事は凄く強い人なんだ。ミセルちゃんって異名持ちだけどどうなの?」
「涼太様とは私とでは大人と赤子の差以上の開きがあります」
その言葉にシャルロットとロゼッタは絶句した。
異名持ちのミセルは実戦となると、学園の中でも剣に関しては教員も歯が立たない。
それを赤子の様に扱う人物となると必然と恐ろしい人物を思い浮かべるのだった。
「ねぇねぇ、本当に入るの?」
「シャルロットさん、なにを萎縮しているのですか。私についてらっしゃいな」
「それにしても凄いところね、ロゼッタは来たことある?」
「わざわざ自分の屋敷があるのに泊りませんわよ。ある訳がないですわ」
「ということはみんな初めてなんだ、何か緊張するね」
シャルロットはロゼッタの後ろに張り付きながら、宿のロビーへ向った。
「いらっしゃいませ、どの様なご用件でしょうか?」
「涼太さんに会いに来たのですが」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「クリス・フィル・ハイゼットです」
「はい、月宮様からは伺っております。お部屋までご案内します」




