62話 試験
少し、文の形式を変えてみようと思います。
ケイオス学園
世界で最も巨大な学園。
最先端の魔法技術の進歩を担ってきた魔法研究機関でもある。
建国当初からあるこの学園は世界に名を轟かせる数多の魔術師を輩出してきた。
王族、貴族、平民。
階級に問わず、才ある者を受け入れる。
広大な広さを持つ学園には、数々の研究施設がかね備えている。
学生は勉学に励み、教授は新たな研究に勤しむ日々が送られているのだ。
『えー、長い夏季休暇が終わり、ようやく二学期が始まりました。皆さんの元気な顔を見ることができ、感激のーー』
「ねぇ、ミセル。なんで学園長の話はあんなにも長いのかしら」
「そういうものですから、仕方がありませんよ」
学園にある巨大ホールに集められた学生たちは、新たなる学期の始まりの恒例行事でもある学長の無駄に長いのに中身がない話を嫌々聞いている。
二千人は余裕で入れるこの巨大ホール。
初等部から高等部までの学生全てがこのために集まるのだ。
夏の蒸し暑さと密集したこの空間は一種の地獄と化す。
ある学生は密かに魔法を使い自分の体を冷やし、またある学生は教員にバレない程度に風魔法を使い空気の循環を生み出す。
いつになれば終わるのだと学生たちは思う。
ようやく終われば、次はまた別の教員からの話だ。
ほとんどの生徒は脳をフリーズさせて終わる時を静かに待つ。
「そう言えば、お嬢様は汗をかかれておりませんが暑くはないのですか」
「涼太さんが魔法が組み込まれている服を造ってくれたのよ」
以前にクリスは夏の猛暑の中、屋敷の中で暑さと闘いながら過ごしていた。
涼太に教えて貰った氷魔法を使うが、長時間の魔法使用はすぐに魔力の底が尽きる。
それに耐えきれず、隣の涼太の家に行くとクーラーというものが設置されていた。
あまりの快適さに、ここで過ごしたいと言う。
しかし、この家は自分の物ではない。
当然、グリムが涼太に迷惑をかけない様にクリスを屋敷に連れ戻す。
それでも駄々をこねるクリスのために涼太は自動的に快適な空間を作る服プレゼントした。
無論、涼太の創った物だ。
色々なチート機能が他にもついている。
「私も今度、涼太様にお願いします」
クリスの話を聞いたミセルは涼太のチート性能に呆れと関心を抱く。
クリスと一緒に涼太から手ほどきを受ける訓練でもその凄さは身に染みて分かるのだ。
魔法もさることながら、剣の訓練でも一度たりともミセルは涼太を一歩もその場から動かす事は出来なかった。
異名持ちですら、赤子の様な対応をする涼太。
上には上がいるとしみじみとミセルは思う。
『えー、これで終わります。学生は直ちに教室に戻って下さい』
終わりの合図に、長い地獄から解放された学生は一斉に巨大ホールの外へ出て行く。
「私たち教室に戻りましょう」
「はい、お嬢様」
ケイオス学園の今日の予定は今の始業式、それから座学のテストからの魔法のテストだ。
夏季休暇中の自身の成果を見せる場でもある。
クリスの所属している中等部はその中でも成績が重要になってくる。
中等部はどんな成績に関わらず、均等に人数がクラス分けされている。
しかし、高等部になると成績別のクラス分けとなる。
成績が悪ければ当然下のクラスに落とされる弱肉強食。
中等部の半分が過ぎようとしているこの時期から、徐々に緊迫した空気に変わって行くのだ。
しかし、その当人のクリスはそんな事は上の空の如く、雲一つない空を眺めながら教室まで歩いて行く。
「クリスちゃん、久しぶり」
教室に着くと、一人の女生徒がクリスに声をかけてきた。
「久しぶりね、シャル」
金髪に少し焼けた肌が見える少女。
名をシャルロット、クリスとミセルの友人の一人である。
彼女は平民であるが、クリスとウマが合い仲良くなった。
「クリスちゃんは夏季休暇はどんな事をしてたの?」
「そうねぇ」
クリスは夏季休暇中にあった事を思い出す。
そして一番に出てきたのは涼太の存在だった。
盗賊に襲われ、ミセルを生き返らせた存在。
あの劇的な初対面は早々あることではない。
ふと気がつけば、いつも涼太がいる日常だ。
今まで学園で習った魔法という概念を吹き飛ばし、新たな世界を見せてくれた。
極め付けは、魔物討伐だ。
「色々あったわね、濃密過ぎると言ってもいいかも」
「へぇ、そうなんだ」
シャルロットはよくは分からないが、取り敢えず頷く。
ここで、クラス担任が入ってきた。
それが合図になり、立っていた生徒は一斉に自分の教室に戻る。
クリスとミセルも同じく自分の席に着く。
手に重なった用紙、すぐにでも筆記テストを始める様だ。
「今から筆記テストを始める。終わった者は退出して、次の魔法試験の準備をしてくれて構わん。では始め!」
先生の合図で机に置かれた用紙が一気に捲られ、生徒たちは側にある羽ペンを持ち、テストの内容に解きかかる。
クリスはと言うと、不満げな表情で問題用紙を眺めていた。
(はぁ、羽ペンってこんなにも使いづらかったのね。ボールペンは使えないし不便よね)
羽ペンにインクをつけずにクルクル回している。
クリスからすると、歴史に関してはいつも通り満点に近い点数は確実に取れるだろう。
苦手な部類の算術も涼太に教えて貰った方法を使えば、暗算ですべて解けるレベルだ。
試験の時間は一時間。
以前は算術に時間を取られていたクリスだが、今はほぼノーストップで書き終える事が出来た。
(10分か、今までじゃあり得ないわね。一人だけは嫌だからミセルが終わるのを待とう)
クリスは横二つ離れた席に座っているミセルの様子を伺いながら魔法のイメージ練習をする事にした。
手を動かしていないクリスの様子に気がついた教師は、注意をするためにクリスの席に向かう。
しかし、白紙のない解答を見て驚き席に戻る。
7分後にミセルのペンが置かれた。
二人はアイコンタクトをして席を立ち、教室から出て行った。
あまりの速さにクラス中がクリスたちを見るが、教師の注意からすぐにテストを再開する。
「ミセル、どうだった?」
「歴史はいつも通りでしたが、算術については驚きしかありませんね」
「ミセルって、算術だけは苦手だったもんね」
「これも全て、涼太様が教えてくれたおかげです」
「本当にね。何で今まで、筆算なんて便利なものが生まれてこなかったんだろう」
二人は次の魔法試験のために、更衣室へと向かう。
「そう言えば、ミセルって胸が大きくなってない?」
「へっ?」
あまりにも唐突過ぎるクリスの質問に呆けた声をミセルは出してしまった。
「どれどれ、これは測るしかありませんね」
クリスは手をワシャワシャさせながら、ミセルに近づいていく。
対象にミセルは狭い更衣室の中を後ずさる。
「それっ!」
「キャア。お嬢様、おやめ下さい!」
「ムフフ。良いではないか、良いではないか」
おちゃらけな本性を持つクリスは、悪代官の如くミセルの胸を揉みしだく。
自分の体の事など一切気にした事のなかったミセルは、顔を真っ赤にしてクリスにされるがままの状態に陥った。
ドタドタドタ
廊下から、誰かが猛ダッシュで駆ける音が聞こえる。
「あり得ませんわぁぁぁぁぁ!!」
入ってきたのた、金髪縦ロールことロゼッタ。
あまりにも凄い勢いに息を切らす。
「ちょっと、ロゼッタさん。扉を閉めて下さい」
クリスとミセルは二人でいちゃいちゃしている最中だった。
もちろん下着姿なので、扉が開いた状態で男子にでも見られたら一大事だ。
「あり得ませんわ、あり得ませんわ、あり得ませんわ!」
「連呼する必要はないでしょう」
「煩いですわ! 何をしたんですか! さあ、白状しなさい!」
ロゼッタはクリスの肩を持ち強く縦に揺らす。
「何って、ただテストをしただけでしょう」
「速過ぎるんですのよ! クリスの速さの異常性は百歩譲って、ミセルは何なんですの! 学年次席の私より速いなんてあり得ませんわ!」
「失礼ね、私とミセルは正真正銘の実力よ。ロゼッタさん、あなたが遅いだけでは?」
「キィィィィ! 覚えてなさい! 次の魔法試験こそ私の領分。二人まとめて跪かせて差し上げますわ!」
ロゼッタは早々に運動着へ着替えて訓練所に去っていった。
出て行った後に二人はお互いの顔を見合わせて苦笑する。
ロゼッタの実力は本物である。
学年の中でも次席である彼女はこの国の公爵家ということもあるので、顔の上がらない教師も少なくない。
しかし。
同じ公爵家に属し、更には学生レベルを超越した二人にとってはもうすでに…いや最初からであるがロゼッタに対してライバル心など微塵もない。
攻撃的な性格を持つロゼッタだが、迷宮という化け物の巣窟を味わったクリスにとっては子犬がキャンキャンと吠えている様にしか映らないのだ。
「では、魔法試験を始める。順番通りに各々の全力をあの的へ放てばいい」
教員の言葉に生徒たちは一人一人、自身の全力で魔法を的へ放つ準備をしようとする。
「燃える業火よ、我が手に宿れ。我が敵を打ち抜け! 【ファイアアロー】」
一人が打てば下がり、教員は評価シートに記録を取る。
生徒たちは必死に自分が打てる最高の魔法を的へ放つ。
その光景をクリスは呆然と眺めたいる。
学生、更に言えば自分たちは中等部である。
学園の魔法練習は中等部から始まる、つまりまだ習い始めて一年半。
クラスの大半が打てる魔法は初級魔法しかない。
夏の間に訓練をしたとは言え、涼太というチート存在とクリスの天才的才能が折り重なった濃密な時間に及ぶはずがない。
(一ヶ月前の私はこの程度のレベルだったのよね。みんな手を抜いてる訳じゃないわよね)
次々と学生たちは魔法を放っては、終わった者同士で木陰の側でまだ終わっていない生徒の様子を眺めている。
そして、ついにあの人物が出てきた。
学年次席のロゼッタだ。
「オッーホホホ、ついに私の番ですわね。クリス、見ていなさい。私の素晴らしき魔法をご覧に入れますわ」
「ロゼッタ君、早くしたまえ」
「はい、申し訳ありません。風よ我が手に、【エアカッター】」
初級ではあるが、上位に位置する魔法だ。
成績上位者なら使える者もいるだろう。
しかし、その場に居る者は驚かずにはいられなかった。
審査をしていた教員も例外ではない。
「なっ、詠唱短縮だと!?」
詠唱短縮は無詠唱には届かないが、紛れもない高等技術。
それを可能にするには何年にも渡る訓練がひつようなのである。
それを習い始めて一年と少しの学生が放ったのだ。
驚かざる得ない。
「どうですか? クリス、これこそ私が夏の中で習得した実力ですわ。悔しいですか? ふふ、大丈夫ですわよ。私はそんな事は気にしませんわよ。あなたがどうしてもと慈悲を乞うなら教えて差し上げてよくてよ?」
ロゼッタはすでにクリスに勝ち誇ったという表情だ。
当のクリスはと言うと。
「黄金の猫亭の料理ってどんなのかしら、ミセル」
「さあ、最高級の宿ですからね」
「お父様はすでに一つ屋敷をこの国にも持っているから宿って入った事ないのよ。ミセルはあるの?」
「はい、騎士団の演習で。しかし、経費削減との事でいい宿には泊まれませんでした」
この後に涼太と会う事について話していた。
試験に対しての温度差が、クリスとミセルだけ違う。
「ちょっと! あなた! 無視してるんじゃありませんのよ!」
「ロゼッタ君、次が支えてます。下がりなさい」
「はい、すみません」
ロゼッタはまた教員に怒られ、トボトボと木陰へ移動する。
そして、次はミセルの番だ。
とここで、珍客が現れた。
先ほど長い話をしていた学園長だ。
「学園長、なぜこのようなところに?」
「いやなに、詠唱短縮の話と気になる魔力の波動を感じてな。気にせず続けてくれ」
「では、ミセル君。始めてくれ」
その合図にミセルは的へ手をかざす。
普段は剣しかやってこなかったミセルだが、涼太との修行により剣だけにならず魔法の才も上げた。
「【雷光】」
ミセルから放たれた魔法は的を的確に打ち抜き、黒く焦がす。
その光景にクリスと学園長を除く全ての人が驚愕の声を上げる。
雷光は見せるの持つ中で、最も使い勝手が良くミセル最大の魔法でもある。
詠唱短縮の後に、詠唱破棄かつ中級魔法が放たれたのだ。
ロゼッタは頭を抱えて発狂していた。
「ほうほう、これは中々じゃな」
学園長は顎に生えた長い髭をさすりながら、ミセルが放った魔法を評価する。
「ふむ、最後はクリス君か。学年主席だ、期待してるぞい」
学園長は呆けている教員に変わり、クリスに早く魔法を放てと急かす。
その合図にクリスはとっとと終わらせようと手早くミセルと同じように魔法を放つ。
「【氷槍】」
またもや無詠唱の魔法が放たれ、焼け焦げた的の真ん中に突き刺さる。
「さて、これで終わりね。ミセル行きましょう」
クリスはミセルの手を引き、その場から逃げるかの様に去ろうとする。
明らかに何かに焦っている。
ミセルはそれを察したのか、小走りでクリスとその場から離れようとする。
しかし……。
「クリス君、待ちたまえ」
先ほど見ていた学園長から唐突に声が掛かった。
「何でしょうか、学園長。試験は終わったはずですが」
「終わっておらんよ。クリス君、君は先ほど手を抜いて魔法を放ったな?」
ギクリと図星を突かれて、クリスは冷や汗を流す。
そう、この事態が起こると想定していたからだ。
この学園長は魔法に関して、世界でも右に出るものはいないとされている賢者の称号を持った人物だ。
魔法の分析など、朝飯前なのだ。
「何の事でしょうか?」
「ふむ、私は主席である君の実力を見たいだけなのだよ。それに全力で放てと言われたこの試験。手を抜いては失格になるがどうするかのぉ?」
性悪ジジイの如く、クリスに問いかける学園長。
自重しろと涼太から言われたクリスだが、学園長の目を誤魔化せる自信はない。
「お嬢様、涼太様には私も後でご説明します。あの学園長の目は誤魔化せません。仕方ありませんよ」
「そうね。学園長、何があろうと責任はあなたにとって貰います。構いませんね?」
「無論じゃ、楽しみにしておるぞ」
学園長の許可が下りたクリスは、訓練場に向かう。
次の瞬間、学生たちの目の前に巨大な魔法陣が形成された。
「むう、これはなんと! これがお主の全力か」
「巻き添えを喰らわないための障壁です」
クリスが展開したのは、結界魔法。
もしも、自分以外に被害が起きないための策だ。
「【氷河世界】」
クリスの奥の手。
辺り一帯を氷の世界へと誘う魔法だ。
無論、これは上級魔法。
学生レベルが放てる魔法ではない。
全てが凍った世界に、学生、教員を含めて全てが凍結されたかの様に固まる。
「ふははは、素晴らしいぞ! まさか、これは予想外じゃ。クリス君、ミセル君。明日にでも学長室に来なさい」
学園長はまるで宝石を見つけたかの様に、機嫌良く自室へ戻っていった。
「ミセル、どうしよう」
「やってしまったのもは、仕方ありません。先生、もう帰ってもいいですか?」
「え、ええ。構いません」
教員はおうむ返しの如く、ミセルの発言に答える。
そのまま、クリスたちはその場から去っていった。
取り残された学生たち。
「あり得ませんわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
書いたら、スランプに陥ってしまった。




