60話 トテポ村
朝になったのでラバン王国へ向かう準備をする。
とは言っても、俺がレイニーに指示を出したら終わりなので、手綱を持つ必要もない。
一応は外の風景が見える様に窓を設置した。
固定された空間なので揺れる心配もなく、快適である。
俺たちはと言うと、馬車という空間の中でダラダラしていた。
俺は読者を、ミセル剣の手入れを、クリスは床で転がっている。
「涼太さん、何かしましょうよ」
「勉強でもしてたらどうだ」
「なら魔法を教えて下さい!」
「そうだな、魔力を高める訓練をしようか」
「はい! お願いします」
俺はクリスに座禅を教える。
このまま静かにじっとしているとだけ言っておく。
因みに、魔力の練習は嘘。
ああ、ようやく静かになった。
これで読者が捗る。
大金を手に入れたから、暇な時用に見たことのない本を買い占めたんだよな。
良い買い物だった。
数時間経ち、クリスがようやく自分のしている事に疑問を持ち始めた。
「涼太さん、これって本当に意味があるんですか?」
「クリス、なんでそんな無駄な事をしているんだ?」
「はうっ」
「お嬢様、お疲れ様です」
ミセルは途中から気が付いていた様だな。
「ミセルも分かってるんだったら言ってよ!」
「素晴らしい集中力でしたのでつい」
「もう知らない!」
クリスはプイッとそっぽを向く。
(主様、前方にゴブリンの群れが居る様です)
「数は?」
(十五から二十程度でしょうか)
「分かった」
俺は立ち上がり、外に出ようとする。
さて、運動でもするか。
「涼太さん、どこへ行くのですか?」
「外にゴブリンの群れがいるから倒しに行ってくるよ」
「なら私が行きます!」
「クリス、お前がか?」
「はい!」
クリスは飛び起きて、すぐさま戦闘服に着替える。
「お嬢様、私が片付けてきますので馬車の中でお待ち下さい」
「嫌よ! 私が行くの!」
あー、暇だから狩りたいのね。
後で駄々をこねられても面倒だから任せるか。
クリスのレベルからしても、ゴブリン程度なら傷一つ負うことなく勝てるだろう。
「クリス、任せた。ミセルはクリスが危険そうだったら加入してくれ」
「分かりました」
「では、行ってきます!」
雑魚とは言え、クリス一人では初めての魔物だ。
一応警戒はしておくか。
ゴブリンたちはクリスを敵と見なし、戦闘態勢に移る。
すると、ゴブリンの方から魔法が放たれた。
ゴブリンメイジもいたのか。
「甘いです! 【反射】」
クリスは前方に手をかざす。
半径1メートルほどの円状になった魔法陣が現れる。
魔法はクリスに当たる寸前で跳ね返り、ゴブリンたちに襲いかかった。
もう、実戦で使える様になったのね。
「【フィンブル】からの【インフェルノ】!」
俺が教えた中級魔法だな。
中級とは言ってもどちらかと言うと上級に位置する。
オーバーキルになると思うが、また今度指事すればいいか。
「涼太様、お嬢様のあの魔法は?」
「俺が教えたんだよ」
「凄いですね、宮廷魔導師でも使える人数が少ない魔法を……」
「本当に強くなったよな」
クリスは一掃してきちんと教えた通り、魔物の死骸を燃やす。
放置していたら腐ってアンデットになり、他の通行人を襲うかもしれないからね。
冒険者ギルドでも口を酸っぱく言われた事だ。
「終わりました」
「ご苦労さん、助かったよ」
さて、進むか。
俺たちは再びラバン王国に向けて馬車を走らせる。
馬車で2日って言っていたが、この調子だともっと早く着きそうだな。
「涼太さんはラバン王国に着いたらどうする予定なんですか?」
「んー、家を買ってからは特に予定はないな。暇してダラダラ過ごそうかな?」
まあ、オークションでのアイアス商会には顔を出すだろう。
後は冒険者ギルドで交流でもするかな。
「でしたら、放課後は会えますね!」
「会うことは決定してるの?」
「当然です」
「クリスってどこに住んでいるんだ?」
「寮ですが?」
「それじゃあ、会えないだろ」
まるっきり学園の中での生活じゃないか。
会うのは不可能でしょ。
学生と冒険者だよ。
接点が無さ過ぎるだろ。
「嫌です! 涼太さんのご飯が食べたいんです!」
「ミセル、学園には学食ってのがあるのか?」
「はい。生徒たちは皆、昼には学食を食べに行きますね」
「お前はその間はどうしているんだ?」
「私はその……」
「ミセルも学生よ!」
ミセルは照れ、クリスは何故か胸を張る。
そうか、騎士団に居るから忘れていた。
ミセルの年齢はクリスと同じだ。
生徒として入っても何の問題もない。
護衛としても学生としての方が、色々と都合が良さそうだ。
それにしても、ミセルの学生服姿か。
懐かしい。
数ヶ月前までは俺も着てたんだよなぁ。
学生服と言うことは、女子はスカートだよな。
ミセルって動きやすい様にいつもズボンだから見てみたいな。
「むぅ、涼太さん。何か変な事でも考えてませんか?」
「気のせいだろ、そんな訳ないよ」
何で、女性ってこんなに鋭いんだろうな。
俺にもその鋭さが欲しいです。
「私たちは二人部屋の同居人なんです」
「へぇ、そういうのって自分たちで決められるんだ」
「はい。とは言っても、自己報告が無ければランダムに部屋も振り分けられますね」
「と言うことは、夕飯はミセルが作っていると?」
「はい、私はお嬢様の側近です。何かあったら困るので、メイド長から嗜みは教わっています」
それじゃあ、今度ミセルに作って貰う事にしようかな?
食べてみたい。
どんな料理を出すんだろうな。
そんな感じで馬車を進めていると、
(主様、右手奥に村の様な場所が御座います)
「それがどうしたんだ?」
(その、戦闘音が聞こえませんか? )
俺は窓から顔を出して外の様子を伺う。
かなり離れているが確かに村の様な場所がある。
だけど俺には小さ過ぎて分からない。
「本当にあそこでか?」
(本当です。私は五感には自信があります)
「分かった、急いで向かってくれ」
(承知です)
レイニーは先ほどとは比べ物にならないスピードで村まで直行する。
「涼太さん、何かあったんですか?」
「村が襲われている様だ。戦闘になるぞ」
「分かりました、助けましょう!」
見えた!
また、ゴブリンか。
数が多いな。
村人の男の人たちが食い止めている状態だ。
怪我人も少なくない。
「クリスは右翼を、ミセルは左翼を頼む」
「「分かりました」」
(主様、私はどうすれば?)
「お前は村の周りにいるやつだ」
(承知!)
俺たちは村に着いた途端に馬車の扉を開けて、一斉に加勢する。
死人は出したくない。
迅速に全力でいく。
「【気昇】」
神界でも使った技。
その瞬間に俺はコンマの世界に入り込む。
全てがスローモーションになる。
ゴブリンが無防備の村人に武器を振りかざす刹那に、俺はゴブリンを斬りふせる。
数秒の間に見える範囲にいたゴブリンは全て地に倒れ伏せる。
村の人は何が起こったか分からずに呆けている様だ。
クリスとミセルも上手くやっているな。
レイニーは…馬車から外した途端に暴馬になりやがった。
村から逃げるゴブリンを片っ端から蹴り潰す。
「あ、あの。あんたは一体……」
先ほど戦っていた男の一人が恐る恐る俺には尋ねる。
「村が襲われていたので、助けに来ました。月宮涼太と言います。冒険者です」
「おお、冒険者様か。ありがてぇ、助かった」
「それよりも、怪我人の所に案内して下さい。治療します」
村の人に案内されて、怪我人の所に行く。
一つに集められていたので、範囲回復魔法を一発で治療出来た。
「涼太さん、片付きました」
「こちらも終わりました」
「二人共ありがとう。悪いけど、レイニーと馬車を持ってきてくれ」
「「はい」」
さて、これからどうしようかな。
「貴方がこの村を助けて頂いた冒険者様ですか」
年老いた老人が家の中から出てきた。
「私はこのトテポ村の村長をやっております」
村長さんか。
「改めまして、俺は月宮涼太です」
「涼太さーん、持ってきました」
クリスたちも来た様だ。
村長は馬車を見た途端に顔を青ざめた。
「そ、その馬車は…。申し訳ありません、貴族様とはつゆ知らず。どうかご容赦を」
「いいですよ、気にしないで下さい」
「ありがとうございます。恥ずかしながら、貴族様にお出しする物がこの村には無く……」
「私たちは通りすがりなので必要ありませんよ」
やはり、普通の村人からして見れば貴族って怖いのかな?
みんな萎縮している。
「しばらくの間、この村に居させてもよろしいでしょうか?」
「はい、それは構いません」
さて、何かないかなぁ。
面白い物があれば万々歳なんだけどな。
宿は当然無いよな。
国の入国にも決まった時間がある。
冒険者は依頼でいつ帰ってくるか分からないので、例外として門番にカードを見せて小さな扉から入っている。
それ以外は大概は日が暮れる前に門は閉まる。
「クリス、ラバン王国に門の開閉時間はあるのか?」
「はい、セリア王国と一緒です」
「なら、今日はここに泊まる事にしよう」
「分かりました」
俺は村長と一緒に、ブラブラと村の中を見て周る。
すると、俺はある物を発見した。
これってもしかして……。
「村長、あの地面に埋まっている野菜を一つ取っても良いですか?」
「はい、ですがよく気がつきましたね。野菜が地に埋まっているなど」
ビンゴ、やはりそうか。
俺は上から土を掻き分ける様に掘り進める。
すると、見事なジャガイモが出て来たではないか!
見つけた。
八百屋のおっちゃんの所でも無かった野菜。
俺が求めていた野菜だ。
これで態々料理の度に、創造を使わなくて済む。
「村長、これを頂く事は出来ますか? もちろん、お金は支払います」
「月宮様、ジャガイモですぞ。おやめ下さい」
「何でですか?」
何? 貴重なのか?
「ジャガイモは食べると腹痛や吐き気が生じます」
「ああ、ソラニンね」
「ソラニン?」
「ジャガイモの毒の事ですよ。大丈夫です、毒があるのは芽だけです。そこを取り除けば、美味しく食べられます」
「月宮様は博士様でありますか?」
「いや、俺が育った場所では一般常識だったんですよ」
「それはなんと……」
「それでいくらになるでしょうか?」
「ジャガイモは10キログラムで500ペルになります」
「安くないですか?」
「売りに行っても、人気が無いのでお客様に買われないのです」
なるほど、需要が全く無しの状態なのか。
その価格でも売れないとは村の生活が心配だ。
「村長、この村で売れるだけのジャガイモを買わせて頂きたい。10キログラム2000ペルでだ」
「なっ、そんな価値がこのジャガイモに……」
「ある。断言しよう、このジャガイモこそ俺が探し求めていた食材の一つだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
村長は涙を流しながら、俺に頭を下げる。
村の人は痩せている。
少しでも豊かになって貰いたいし、この村が無くなるなんてことは嫌だ。
これこそWINWINな関係だな。
商談の結果、総計五百キロのジャガイモを買わせて貰った。
無くなればまた来よう。
今日の夕飯は折角だから、採れたてのジャガイモにしよう。
「涼太さん、それってお腹壊しますよ?」
「毒があるのは芽だけだよ、それにクリスもすでに食べてるだろ」
「うそ!」
あるだろう。
マッシュポテトとか、ジャガイモ風スイートポテトとか、ポテトサラダとか。
グリムさんも美味い美味い言いながら食ってたぞ。
さて、何にしようかな。
大きさも立派だ。
スーパーで売ってたジャガイモのふた回りは大きい。
なら、じゃがバターにしよう。
ジャガイモの味をそのまま味わえる。
ラップをしてレンジで数分待つ。
中がホクホクになったジャガイモを十字に切り、バターを乗せて完成。
ああ、美味いなぁ。
「ハフハフ、おいひいです」
「味わい深いですね」
そうだな。
今度はポテチでも作ってみようかな。




