51話 (メイドたちの思い:狐っ子視点)
私は物心ついた時にはすでに檻の中の生活でした。
怖い人族の男が目の前に居ます。
奴隷だと言われた時は正直に言うとよく分かりませんでした。
獣人は醜い存在だからと言われてもピンときません。
ですが、檻に出されたと思えば急に押さえつけられました。
そして目の前には熱した鉄の塊。
私は察しました。
これから、ひどいことをされると。
必死に抵抗をしますが男たちに押さえつけられて身動き一つ取れません。
そして私の首に熱した鉄の塊が何度も当てられました。
熱い、熱い、熱い。
私がいくら叫んでも止めようとしない。
目からは涙が出てきます。
これから地獄が始まると察しました。
それから何やら魔法をかけられてました。
これは奴隷紋。
消すと事の出来ない楔。
そう言われました。
ご飯は出てきます。
とても美味しそうではありません。
固いパンに冷めたスープ。
カビの生えたパンが出た日もありました。
食べないとお仕置きをされてしまいます。
私は無理やり喉に通して飲み込みます。
しばらくすると、猫の女の子がやって来ました。
名前はシェイ。
家族とひっそり暮らしていたところを捕まえられたそうです。
娘を逃がすために両親は立ち向かいましたが、武器を持つ人族に呆気なく殺され、捕まったそうです。
「シェイ、これからどうなると思う?」
「分からないニャ、ファラは寂しいのかニャ」
「うんうん、ひとりぼっちだったけどシェイが来てくれた」
「ひとりぼっちは辛いニャ。とにかく生きていくニャ」
シェイは前向きな子です。
私とは大違い。
まれにストレス発散と称して、鞭を打たれます。
シェイはいくら打たれても根を上げません。
私はいつも叫び声を上げてばかりでした。
ボロボロになっても笑顔を私に見せてくれます。
その笑顔が私には辛かったです。
何故こんな絶望の中でそんな笑顔を出来るのか。
いつも抱き合って寝ていました。
ある日は私がお水をこぼしてしまいました。
一日一杯だけのお水。
シェイには迷惑をかけない様に黙っていました。
でも喉が渇き倒れてしまいます。
シェイが心配して理由を尋ねてきます。
正直に話すと頬を打たれました。
こんな生活です。
力は入らず痛くも痒くもありません。
でもその平手打ちは私の心をきつく締め上げます。
「私たちは一心同体ニャ。辛い事があれば言うニャ。お互い助け合っていくんだニャ」
その日はひたすら泣きました。
私の愚かさとシェイの優しさが私の心を蝕んでいきます。
この日からどんな辛い事があっても二人で生きていくと誓いました。
しばらくすると五人の人族がやってきました。
子供が三人と大人が二人です。
私たちは警戒しました。
あの男たちと同じ人族。
きっと私たちに悪いことをする。
そうに違いないと。
しかし、その五人は私たちと同じ様に牢屋に入れられました。
別の牢屋ですが、なぜ同じ人族を檻に入れるのでしょう。
しばらくすると男の一人が大人の女性を連れ出そうとします。
隣にいた男の人は連れ出される女性を必死に守ろうとします。
それが気に入らなかったのか男は鎧を着た人たちに二人を檻から出す様に言いました。
私たちは何をするのか分からずに、じっと様子を伺っていました。
次の瞬間、私たちは目を疑いました。
鎧を着た男二人が大人の女性と男性を串刺しにしたのです。
溢れ出てくる生臭い血。
男は嘲笑をしながら二人を踏みつけます。
一人の女の子はお父さん、お母さんと泣き叫びました。
もう二人の女の子も目を瞑って泣いています。
必死に手を伸ばそうとしますが、檻の中です。
手が届くはずもありません。
なぜ、なぜ、なぜ。
なぜこの男はこんな事をするんだ。
子供の目の前で両親を殺すのか。
私はその時に自分が亜人だということを忘れていました。
人族が悪いんじゃない。
こいつらが悪いんだ。
それでも何も出来ない自分が憎い。
唇を噛み締めて血が出てきます。
シェイも毛を逆立てて男たちを睨んでいます。
男は檻が汚れたという事で、女の子たちを私たちの檻の中に放り込みました。
それからも女の子は必死に自分の両親に呼びかけます。
私は我慢が出来ずに女の子に抱きつきました。
女の子は私の胸の中で泣き続けます。
この子たちは私が守る。
あんな奴の思い通りにはさせない。
数日が経ち、ようやく女の子たちは正気に戻りました。
名前はランとアイとコニー。
ランとアイは姉妹でコニーが殺された両親の娘らしいです。
村を魔物に襲われて流してくれた村人たちの為に必死に逃げていたところを捕まったそうです。
「二人はずっとここにいるの?」
「そうだニャ」
「辛くはないの?」
「辛いニャ、でも我慢するニャよ。いつか必ず助けはくるニャ。希望を捨てたらダメニャ」
「助けって誰なの?」
「救世主ニャ、私たちを守ってくれる人だニャ」
「分かった。我慢がする」
強い子たちだ。
私たちはお姉さんなんだから弱音は吐かない様にしよう。
それからどれくらい経っただろうか。
何ヶ月、いや何年か分からない。
いつになればお日様の光を体に浴びれるのだろうか。
いつもの様に出されたご飯を食べて、みんなで抱き合い寝て次の日が来る。
それの繰り返しです。
ある日の夜に、誰か人が来る気配がしました。
でも私たちを見張っている男以外は誰もいません。
気のせいでしょう。
私は再び眠りにつきました。
しかし、数時間後に外がやけに騒がしい。
それに気がついたのか、みんなも起き出しました。
「何かあったの?」
「分からないよ」
「でも騒ぎはおきているんだよね?」
私たちはいつもの様に身を寄せ合います。
コツン、コツン。
足音が聞こえる。
ずっと檻に居たせいで、誰が誰の足音かも分かる様になった。
でもこの足音は知らない。
監視の男が剣を持って階段を登ります。
その瞬間に男は階段から通路の奥まで吹き飛ばされました。
私たちは何が起きたか理解が追いつきません。
すると、一人の男の人が私たちの檻の前に立っています。
「君たちを助けに来た」
その男の人は人族です。
私たちをいじめた男と同じです。
でも直感しました。
この人は違う。
今まで出会った男の誰とも違う。
私たちの救世主だと。
男の人は魔法を使いました。
すると次々に私たちに付いていた枷が外れていきます。
男の人はついて来いと言います。
私たちは大人しくついて行きました。
その場にはあの男がいます。
誰でしょうか?
偉そうな人に組み敷かれています。
ここで私はようやく助けが来たのだと理解しました。
何かを話しているんでしょうか?
すると突然あの男から禍々しいオーラが溢れ出てきます。
その瞬間に男は救世主様に吹き飛ばされました。
早すぎて目で追う事が出来ません。
すぐに建物の奥で凄く大きな音がしました。
さっきの偉い人たちと一緒に様子を見に行くと、さっきの禍々しいオーラは消えて、男は意識を失って倒れていました。
救世主様と偉い人は何やら話しています。
どうやら私たちの事についての様です。
私たちはお願いをしました。
嫌だ。
離れたくない、この人が行ってしまったらまた元通りの生活に戻る。
そんな直感がします。
それが届いたのか、私たちは救世主様のお家に行く事になりました。
大きなお家です。
救世主様は私たちに魔法をかけてくれました。
わたしの毛はフサフサの綺麗な毛並みになりました。
自分の毛並みがこんなにも綺麗だと今まで知り得ませんでした。
そして新しいお洋服。
こんなにも綺麗な服を見た事がありません。
本当に私が着ても良いのでしょうか?
しばらくすると、いい匂いが辺りに漂ってきます。
お腹がギュルギュルといいます。
スープでしょうか?
温かいです。
心を解きほぐす様な温かさです。
私は夢中でそれを食べます。
目からは涙が溢れ出てくる。
ようやく私は解放されたのだと。
再びそう認識する事が出来ました。
私たちはメイドになる事が決定しました。
ご主人様にご奉仕する事。
私たちに居場所を与えてくれた方。
一生この人について行こう。
数日後、ご主人様は仕事で家から出て行かれました。
寂しいですが、我慢です。
しかし、しばらくしても帰ってきません。
「シェイ、ご主人様は大丈夫かな?」
「待っているニャよ。待つことは慣れているでしょ?」
その通りだ。
待つことは慣れている。
しかし、外は暗くなりつつある。
他の子たちも心配な表情になっていく。
「ただいまー」
ご主人様だ!
寂しかった。
私はご主人様に抱きつく。
ああ、この匂いだ。
この匂いが私を落ち着かせる。