44話 商業ギルド
先日に約束していたので、俺は商業ギルドまでやって来た。
「こんにちは、エルザさんは居ますか?」
「どの様なご用件でしょうか」
「月宮涼太と言います。エルザさんに商業ギルドへ来てくれとの事で来ました」
「確認を取って参りますので少々お待ち下さい」
しばらくして、一人の貴族が奥から出て来た。
「私が探している物を取り扱っていないとは、とんだ腑抜けギルドだな。小物ギルドに名を変更したらどうだ?」
「申し訳ありません。次からはお気に召す物を取り寄せさせて頂きます」
「ふん、せいぜい努力しろ。うん? 冒険者か、邪魔だ。道を開けろ!」
貴族の男は俺を押し退けて、出口から出て行った。
「お待たせしました。依頼人との取引に時間が掛かってしまい申し訳ありません」
「さっきの人ですか?」
「はい、そうです」
「商業ギルドも苦労しているのですね」
「仕事ですから仕方ありませんよ。それよりも涼太さんはこの間の取引についてですか?」
「はい、そうです」
「でしたらどうぞこちらへ」
俺はエルザさんの部屋に案内された。
「涼太さん、宜しければ商業ギルドに入りませんか?」
「商業ギルドですか、既に冒険者ギルドに加入しているのですが兼任って出来るのですか?」
「はい、商業ギルドは才能ある方はいつでも歓迎しております。祭りの時に見せて下さいました、スーパーボールやヨーヨーは素晴らしい物です。そんな素晴らしい物の案を出した涼太さんには是非ギルドに加入して欲しいのです」
商業ギルドか、確かに売れればメリットが出てくるけど失敗すれば大きな損も出てくる。
最悪は破産もあり得る。
「商業ギルドに加入するにあたっての説明をお願いできますか?」
「ではご説明いたします。商業ギルドは冒険者ギルドと同じく、ランク制度が課せられております。ランクは下からF、最高はSランクです。ランクが高くなるにつれて、自分の店がブランド化して得る収入も上昇します」
「どうすればランクが上がるのですか?」
「ランクを上げる方法は主に二つです。一つは自分の店で得た収入をギルドに納入する事。強制ではありませんのでご安心を。二つ目は未知の案をギルドに提供する事です。新しく出された案が採用され商品化すれば売り上げの二割を提供者が受け取る仕組みになっており、それに応じてポイントも入ってきます」
つまり、ランクの上昇は客に対する信用と顧客上昇に繋がる。
更に特許システムもあるのか。
元いた世界で例えると、レストランで星を獲得するみたいなものかな。
俺の知識チートが十全に活用出来るな。
売れれば、安定した収入が定期的に入ってくる。
俺に対するメリットは十分にある。
「取り敢えずは加入だけしてみます」
「そうですか! ありがとうございます。ではこちらの用紙に登録をお願いします。あ、申し訳ありません。お茶をご用意致していませんでしたね。すぐにご用意致します」
エルザさんは一枚の用紙を俺に渡し、部屋から出て行く。
冒険者の登録用紙に似ているな。
違うのは算術テスト?
得点欄がある。
懐かしいなぁ、テストか。
もう巡り合わないと思っていた。
「お待たせ致しました」
「書けましたが、算術のテストって何ですか?」
「商人において算術は必須なので、その方がどの程度の実力なのか計らせて頂いているのです」
「いつするのですか?」
「出来れば今日中にお願いしたいのですが」
「分かりました。では今からでお願いします」
「はい、分かりました」
エルザさんは机の書類の中からB5サイズくらいの用紙を渡した。
「では、時間は15分です。始めて下さい」
「終わりました」
「え、早くないですか?」
掛かった時間は45秒。
小学校の頃にやった計算ドリルを思い出す。
実に懐かしい。
「ぜ、全問正解です。早い上に正格ですか、凄いですね。どうしましょう、カードが出来るまでまだ少し時間が掛かるしどうしましょう」
「商談の話はしないのですか?」
「商談は正式にギルドの一員になってからではないといけないのです。決まりですから守らないと」
「それじゃあ、お茶請けにこれをどうぞ」
アイテムボックスに入ったいるお菓子を出す。
「これは?」
「プリンです、美味しいですよ」
「では頂きます」
パクッ
「ッッ! 何ですか、これは!」
「プリンですが」
「涼太さんはびっくり箱ですね。因みにこれは……」
「今は企業秘密です」
「今は……ですか」
「はいそうです」
サラリと流そうとしたんだけど、糸をしっかりと掴んでくるな。
流石はギルマス。
「出来上がりましたね。どうぞ、ギルドカードです」
「ありがとうございます」
カードをエルザさんから受け取る。
「では、商談について始めましょう」
「はい、とは言ってもヨーヨーやスーパーボールについてではありません」
「え、違うのですか?」
「今回はこれについてです」
俺はアイテムボックスから商談の為に造った物を出す。
「リバーシと言います」
「リバーシ?」
「百聞に一軒はしかずと言いますし、先ずはやってみましょう。ルールは表と裏で白黒に分かれているので白同士で挟めば黒は裏返り、白になります。最終的に自分の色の枚数が多い方が勝ちです」
「シンプルなゲームですね」
「では、俺が黒でエルザさんは白で戦いましょう」
子供にも出来るので理解もすぐにされやすい。
偉大な発明や優れた商品というのは、基本的にはシンプルである。
リバーシなんかは正にそれだ。
造った人は天才だろ。
パチッ、パチッと子気味の良い音が流れる。
「涼太さん、宜しいのですか? 場は私の白でほとんど埋まっておりますよ?」
「ええ、問題はありません」
よし、角を取った。
反撃開始だ。
それを合図に、次々に場面の白が黒に染まっていく。
「あれ? 嘘でしょ」
最後の二ターンはエルザさんの打つ場所がなく、俺のターンが続く。
白が三つと残りは黒の圧勝である。
「もう一度お願いできますか?」
「ええ、構いませんよ」
またもや、俺の勝ちだ。
「なぜ勝てないのでしょう。もう一度お願いします」
「エルザさん、商談についての話についてなのですが……」
「はっ! 私としたことが。申し訳ありません、つい夢中になってしまいました」
俺の問いかけに、やってしまったという顔をする。
どうやら、夢中になり過ぎて本当に忘れていた様だ。
「これは売れますね」
「ええ、俺もそう思います」
「是非ギルドで買い取らせて下さい」
「勿論です、その為の案ですからね」
俺とエルザさんはニヤリとお互いに笑う。
「では、こちらに署名をお願いします」
また一枚の紙を渡された。
誓約者か。
そりゃ、必要だよな。
俺は署名してエルザさんに渡す。
「これで商談は成立しました」
「ええ、宜しくお願いします」
「涼太さんは口座をお持ちですか? あるのであればそちらに振り込ませて頂きたいのですが」
そういえば、冒険者ギルドにもあったな。
報酬を貰えばアイテムボックスに入れればいいだけだから必要無いと思っていたが、定期的に入る収入なら必要だ。
「分かりました。お願いします」
「開設には2000ペルが必要ですが宜しいですか?」
「はい、問題はありません」
「では先程のギルドカードが通帳代わりなので無くさないようお願いします」
「はい」
「今からでも預ける事は可能ですがどう致しましょう」
うーん、どうしようかな。
手持ちの半分を預ける形でいいか。
よく考えれば、一般的に人生で最大の買い物であるマイホームもグリムさんから貰ったから全然使ってなくて金が貯まる一方なんだよな。
金の循環の為にも何かに使うべきかな?
取り敢えず二億五千万でいいか。
俺はミスリル金貨2枚と白金貨5枚を出す。
エルザさんの目が大きく見開く。
「申し訳ありません。柄にもなく今日は驚かされてばかりです。確かにお預かり致しました」
「いえ、気にしてません」
「今日は有意義な時間をありがとうございます。また何かあればお申しつけ下さい」
「はい、是非そうさせて貰います。あとこれをどうぞ」
俺は箱をエルザさんに渡す。
「これは?」
「先程のプリンが入っていますので、ギルド職員の皆さんにどうぞ。冷やしてから食べて下さいね」
かなりの量を入れてあるから一人一つは確実にある筈だ。
「ありがとうございます。職員達も喜びます」
商業ギルド内の商品を帰る前にぶらぶら見て回ろう。
時刻は午後3時を過ぎた。
今からだと依頼をする気にもなれない。
面白い商品があれば欲しい。
「お願いします! 買取金額を上げられませんか」
ん?
2人の女の子達だ。
一番上はクリスくらいかな、どうしたんだろう。
「ごめんなさい、あなた達だけを融通する訳にはいかないのです」
「うぅ……」
「おねぇちゃん、だいじょうぶ?」
「ええ、大丈夫よ。行きましょう」
2人の女の子達はお金を貰って、ギルドの入り口から早々と出ていった。
「すいません、今の子供達は?」
「あの子達は孤児院の子供なのです。生活が苦しくて時折、花や編み物を買い取って貰いにギルドへ来るのです。融通してあげたいのですが、規則ですので出来ないのです」
孤児院か。
「国からの援助金は貰ってないのですか?」
「私もそこが疑問に思っているんです。貰っているはずなら、あそこまで危機的にはならないはずなんですが……」
様子だけでも見ているか。
「ありがとうございます。孤児院の場所ってどこですか?」
「南の外れにある空き地ですね」
よし、行くか。
まずは、さっきの子たちの気配を追跡しよう。
因みにストーカーではないからな。
そこは勘違いすんじゃねえぞ!
気配は八百屋か?
いや、隣のレストランに移った。
俺のよく行く八百屋だし聞いてみるか。
「おう、涼太。何か買って行くか?」
「おっちゃん、さっきの子供達はおっちゃんの野菜を買いに来てたのか?」
「いや、それは違う。あの子達は廃棄する野菜やらを貰いに来たんだよ」
「廃棄? そこまで孤児院の生活は苦しいのか」
「ああ、どうもそうらしい。隣のレストランでも毎回来てるから分かるが、残飯を貰いに行ったんだよ」
廃棄野菜に残飯……。
それで過ごしている子供達を想像するだけで顔が歪む。
陛下に糾弾するか?
いや、まずは現状把握だな。
あの陛下がそんな事をするのは疑わしい。
その子供達はレストランを出た後に、木陰で腰を下ろして屋台の食べ物をじっくり見ている。
「ありがとよ、おっちゃん。苺とキャベツを買わせて貰うよ」
「まいどー」
俺は串焼きの屋台で2本の串焼きを注文する。
子供達は俺の買った串焼きをじっと見ている。
「食べたいんだろ? 一人一本だ」
突然声をかけられて戸惑う子供達。
「いいんですか?」
先程の買取をしていた少女が尋ねる。
「遠慮するな」
少女達はゆっくりと串焼きを食べ始める。
しかし、見るからに栄養不足だな。
体が痩せこけている。
「ありがとうございます。美味しかったです」
「君たちはこれから孤児院に帰るのかい?」
「はい、そうです」
「よければ案内してくれるかな?」
俺の言葉に警戒を強める。
言い方が悪かったな。
「お腹が空いているんだろう? 孤児院のみんなにも今日は沢山ご飯を食べさせてあげるから案内してくれるかな」
「お姉ちゃん、いっぱい食べたいよ」
もう一人の女の子のお願いに戸惑う少女。
「なぜ私たちの為にそんな事をしてくれるのですか?」
「うーん、そうだな…。ただの気まぐれな善意だよ。あと俺は子供が好きなんだ、子供が苦しんでいる姿は見たくない。それが理由じゃダメかな?」