35話 大侵攻(圧倒)
唐突な出来事に周りの兵も魔物さえも鎮まり返り、無音の世界が漂う。
「涼太様?」
「おう、ミセル。頑張ったな、後のことは任せろ」
俺の言葉にミセルの目からは涙が溢れ出てくる。
「おい、涼太。来るのが遅ぇよ」
「仕方ないだろ、俺が行きたいと言っても陛下が駄目だと止めるんだから」
「そうかよ、後のことは頼んだぞ」
「頼まれた」
俺は魔物の居る方向へ歩んでいく。
ヨルムンガンドはまだ来ていないな。
しかし、わんさか来やがったな。
「来いよ、先ずは肩慣らしだ」
グルワァァァァァ
グギャャャャャャ
カルゥゥゥゥゥゥ
何匹かの魔物が前に出て来た。
口元にとてつもないエネルギーが集約されていく。
瞬間、ブレスやビームといった遠距離攻撃が俺達に襲いかかる。
「自爆しろ、【反射】」
魔物の攻撃は俺に当たる寸前に縦横無尽にはね返る。
遥か遠くの山に当たれば山は砕かれ、地に落ちれば一瞬にして辺りは火の海と化す。
その攻撃は勿論のこと、放った自分達にも襲いかかる。
四分の一の魔物がそれだけで息絶えた。
「ガッツさん、今からすぐに全員を国に張った結界の中に入れる事は出来るか?」
「…………」
返事がない、唯の屍の様だ。
「ガッツさん?」
「あ、ああ…すまねぇ、当然の事で状況が付いて行けなかった。思っていたよりも負傷者が多い、すぐには無理だ」
「分かった、だったら出来るだけ一箇所に全員を集めてくれないか?」
「それなら何とかなる」
今の出来事に魔物達は怯んでいる。
戦場の兵士達の安全を確保する為には今しかない。
(あー、テステス。こちらは女神アテナ、応援は入りますか? どうぞ)
「…………」
空気読めや!
これから俺の無双劇が始まるっていうのに何で出てくんの?
(ちょっと、無視しないで下さいよ! 折角の出番なのにお預けとかやめて下さい!)
「アテナ、こいつら程度にわざわざリンクする必要はないと思うぞ」
(ほら、前に強敵と戦う時は呼ぶと言っていたではないですか。正に今がその時ですよ!)
「いや、弱いだろ」
(この世界の人を基準にして下さい。さあ、強いか弱いかどっちですか)
何でそこまで必死なんだよ。
確かにこの世界では強敵だがその理屈は変だと思う。
(私はりょう君と一緒に戦いたいのです。刺激が欲しいんです!)
あー、それが本音ですか。
天罰以外は基本的にこの世界に干渉出来ないもんね。
「分かったよ、誰がリンクするんだ」
(何故私がこのタイミングで話してきたと思いますか?)
知らん。
(そう! それは皆んなは仕事中だからです。私のテリトリーで過ごしていたツケがまわってきましたね)
「お前の仕事はどうした?」
(私はりょう君の専属になりました。オーじいからの許可も取ってあります)
ドヤ顔のアテナがいとも容易く想像できる。
そうですか、良かったね。
「涼太、取り敢えず集める事は出来たぞ」
そうしている内にガッツさんは負傷者を一箇所に集めて来た。
結構いるな、回復魔法も使っておくか。
「分かった。【不屈の要塞】、【リザーブ】」
俺は結界を集められた兵を囲む様にして使い、全ての兵をある程度に回復させる。
「その中から出るなよ。国に張ったやつより小さい分、強いから出て来ない限りは安全だ」
「すまねぇな、面倒をかける」
「気にするな、あんたは結界の中に居る人達を落ち着かせてくれよ。常識破りな事をする筈だから」
「もう見せてもらったよ。分かった、存分に戦ってくれ」
よし、準備も整った。
始めるとしようか。
【女神アテナからの神衣憑依のリンクを使用しますか? YES or NO】
YESだ。
以前と同じ力が溢れ出てくる感覚。
久々だな、よく考えれば迷宮以外では一度も使っていなかったな。
俺の中心から光のオーラが渦巻く。
(ではあの決め台詞を!)
「アテナさん、もう言っちゃったよ」
(んなぁ! 駄目ですよ、ちゃんと私と合わせて言って下さい。じゃないと力が半減してしまうのですよ!)
「そんな設定ないだろ」
(駄目です!)
何でそんなに駄々をこねるんだよ。
はぁ、分かりました。
やれば良いんでしょう?やりますよ。
「分かったよ、それじゃあ合わせるぞ」
(よし! グッジョブです)
「「さぁ、始めよう。ここからは俺(私たち)の蹂躙だ」」
決め台詞なのに決まってない気がする。
(うーん、やっぱりしっくりきませんね。もう一度やりますか?)
「遠慮します、これ以上はネタでしかありません」
恥ずかしいんだよ?
決め台詞を滑るという恐怖もある中で言うんだよ?
失敗したら暫く布団から出て来ないレベルだ。
「それじゃあ、敵さんを一掃するぞ?」
(キャッハッー、血祭りだぜー!)
「お前、漫画の読みすぎだ。取り上げるぞ」
(だが断る!)
キレていい?
ねぇ、別のイライラが胸の内から溢れ出てくるんだけど。
緊張感もやる気も全てのこの数分で削がれちゃったよ。
グルワァァァァ!
「うるせぇよ! 【絶対零度】」
辺りが極寒の地帯に変わる。
「アテナ! ジワジワ甚振ろうかと思ったが、一気に倒す!」
(了解です!)
ストレス発散もあるが、ヨルムンガンドの気配が此方に近づいてくるのが分かる。
こいつらは邪魔だ。
「霊装グラディアス召喚」
俺の目の前に1本の槍が姿を露わにする。
「我が敵を討ち滅ぼせ!」
槍は浮遊し敵にめがけて突っ切る。
(うわ、手を抜きすぎでしょ。味気ないですよ)
「こいつら程度ならこれで片がつく。効率重視だ」
一撃必殺。
槍は魔物の心臓や脳天を貫き、次々に魔物が倒れていく。
(ヨルムンガルドもそれで片をつけるのですか?)
「いや、神話級だし無理じゃないのか? 前に迷宮でも利かない魔物がいたしな」
(そうですか、安心しました。私の出番は俺で終わりかと思いましたよ)
実際、どの程度の強さを持っているのかは分からない。
迷宮の上層の方ではないことは確かなんだがなぁ、あそこ程弱くもない。
まぁ、面倒なスキルでも持っていない限りは楽勝だろ。
♢♦♢
「あいつ、えげつないな。化け物相手にあそこまで圧倒するとはな」
「流石ですね。とは言っても、私もこれ程とは思っていませんでした」
月宮涼太の蹂躙劇に結界の中にいる騎士や冒険者は驚きを隠せなかった。
自分達では相手にもならない強者を易々と屠る人物、正体を知っているガッツとミセルとハルト以外は唖然としているばかりだ。
「ギルマス、あの騎士は何者なんだ? 次々にあの化け物共がやられていくぞ」
「詳しい事情は言えんが、あいつは国王陛下が用意した切り札だよ」
「なっ! なら何でもっと早く来てくれなかったんだ? それなら怪我人も出なかっただろ!」
確かにその言い分も分かる。
「だが、あいつが出て来たら俺達の活躍も全て奪われる事になる。それでもいいのか?」
「そんなに強いのか?」
「目の前の光景を見てお前が思った事が真実だよ」
激しい戦いで大岩が此方に飛んでくる。
防ぎようもない物に周りから悲鳴が上がる。
「ちっ、俺が吹き飛ばす!」
「ガッツさん、落ち着いて下さい。先程に涼太様はここに居れば安全だと言ったではないですか」
そして、大岩は結界に迫り圧殺を成そうとする。
が、接触した途端に風化する様に砂に変わる。
「ほら、言ったではないですか。落ち着いて下さい」
「お前さんが落ち着き過ぎている気がするんだがな」
「私はもう安心しましたから、涼太様が来られたのです。ゆっくりと観戦でもしておきましょう」




