31話 大侵攻(会議・下)
俺は重い足取りで厨房にやって来た。
やはり今日の濃密な時間に体が悲鳴を上げている様だ。
この後ゆっくり風呂にでも入るか。
さて、何にしようかな。
セルビア公爵の口からして、恐らく見た事も食べた事もない料理を所望している筈だ。
焼いて終わりのステーキにしようかと思ったが出しから反感を買いそうだ。
うーん、甘いものが食べたいな。
蜂蜜とかジャムをたっぷりかけられるやつ。
となるとパンケーキか?
いや、パンケーキは朝にってイメージが強いし、メインを奪ってしまう。
となると……ワッフルだ!
ベルギーのワッフルにしよう。
本場のワッフルって美味しいんだよなぁ。
ファストフードみたいにその場で作ってくれて、しっとりした物からサクッとした物まで豊富だ。
更に街中はコンビニの様に各箇所で売ってあるから食べ比べも出来るんだよなぁ。
よし、デザートは決まった。
となるとメインも洋食だな、和食は合わない。
パスタでいいか。
カルボナーラにしよう。
理由? 俺が食べたいから。
カルボナーラならソースを作れば、後はパスタを茹でて和えるだけでいい。
騎士の方々の分も直ぐに作れる。
「涼太さん、こちらに居ましたか」
おや、シャナさんだ。
「どうしたんですか? 食事までまだ時間はありますけど」
「トイレに行ってから少し迷ってしまい歩いていたら物音がしたので寄ってみれば涼太さんが居たのよ」
「成る程、迷ってらっしゃるならご案内しますよ?」
「いえ、少しの間此処に居させて貰えないかしら、やはり陛下と四大公爵様の相手は緊張するのよ」
本当は逃げてきたんじゃないのか?
「構いませんよ」
「それにしても、凄い家ね。ここの器具は見た事の無い物ばかりだわ」
シャナさんは厨房にある器具をキョロキョロ見つめ、手に取って確かめる。
「シャナさんは、料理をされるのですか? 貴族って料理はしないイメージがあるのですが」
「あら、失礼ね。料理は私の趣味でもあるのよ、だからこの場所は興味が尽きない物ばかりね」
「ありがとうございます。自由に使ってくれても構いませんよ。今作っている物はそこまで大変というものではないので」
「あら、あの方々に出す物が手抜きだと言う発言と取れるわよ?」
シャナさんは苦笑しながらこちらの様子を伺っている。
いいんです、美味しければ問題無いんです。
「味の方はご心配なく、美味しいのは間違いありません」
「あら、期待しているわね」
どうやら、先程の緊張はほぐれた様だ。
あれ?
カルボナーラに入れるベーコンが足りないな。
護衛を合わせて50人程居るからそりゃそうか。
思っている以上の量になるんだなぁ。
出来るだけ現地調達が好ましいんだけど仕方ないか。
俺は裏技の創造を使う。
うん、やっぱりこう言う時は便利だよなぁ。
「涼太さん!」
シャナさんの興奮気味の声が聞こえる。
「何ですか?」
「この冷蔵庫の中にある、ジュエルシリーズって一体どうしたのですか、こんなに沢山あるなんて……」
どうやら、冷やしておいた果実に驚きを隠せない様だ。
「ええ、森で偶然見つけたんです。今日のデザートの付け合わせに出そうかと思います」
「素晴らしいですね。今日、此処に来た甲斐があります」
「良ければ味見しますか?」
「宜しいのですか? 貴重な物のはずですが?」
貴重と言えば貴重だが、俺の場合は直ぐに取りに行けるので問題ない。
「構いませんよ。俺に取ってはただの果実です。食べてこそ価値がある物ですからどうぞ」
俺は洗ってから切り分けてシャナさんと食べる。
ああ、美味しいなぁ。
「あ! 涼太さん、ズルいです! 私も食べたいです」
あれ? クリスじゃないか。
「申し訳ありません、涼太様。お嬢様がどうしても行くとの事で……」
「別にいいよ。ミセルも一緒に食べないか? 美味いぞ」
「しかし、伯爵も居られる前でその様な事は出来ません」
「あら、私は構わないわよ。一緒に食べましょう」
そんな訳で食事前にちょっとしたご馳走を4人で仲良く食べた。
どうせなので3人にはワッフルに乗せる様の果実を切って貰った。
数十分後、ようやく全ての皿に盛り付けるところまで完成した。
シャナさんには一足先にグリムさん達の所に戻って貰う。
何故かクリスは騎士達の配膳をしたいとの事でミセルと一緒に騎士達の方に当たって貰った。
後でご褒美をあげないとな。
食事をする場所だが、流石にバーでの食事は貴族のマナーに反するのでハイゼット家のテーブルを再現した部屋を創り、更に騎士達が全員食事出来るだけのスペースも別の部屋として創造する。
最初、騎士達は主人の隣を離れる訳にはいかないと言っていたが、「退がれ」との一言で別室に移動する。
俺はメインを各々の前に運んでいく。
「お待たせしました、カルボナーラです。どうぞお召し上がり下さい。毒味の方は騎士の方々にして貰ったのでご安心を」
「ほう、食欲をそそる香りだな、見事だ。では頂くとしよう」
各々、初めて見る料理に戸惑いながらも口に運ぶ。
「む、なんと!」
「ほう、コレは我々が今まで食べてきた物とは打って異なる物じゃな、実に美味いぞ」
「このクリーミーなソースは一体何だ?」
「妾も食に関して久しぶりに驚かされたわい」
「涼太よ。お前さん、まだこの様な物を隠しておったのか」
お気に召した様で何よりだ。
皆さん思っていた以上に早い完食だった。
作ってる身としては嬉しいな。
「うむ、久しぶりにに満足のいく品だった。これはデザートにも期待して良いのか?」
「期待されては困ります。手は抜いていませんが即席の料理ですから、それ相応の物だと思って下さい」
そうして、俺は厨房に用意してあるワッフルを取りに行く。
焼いた生地に粉砂糖を軽く振りかけて、付け合わせに果実を乗せて完成だ。
「ワッフルです。お好みでシロップやジャムをどうぞ」
「うむ、皿の盛り付けも見事だ、それに付け合わせにジュエルシリーズとはまた大胆な事をしたものだ」
各々、ナイフとフォークで切り分け、口に運んでいく。
すると神妙な顔つきが崩れて全員が微笑む。
「素晴らしい、妾は感動したぞ。世にこの様な物があったとは知らなんだ」
「私も同意見です。素晴らしい食事をありがとう」
「ほう、甘いがクドくない甘さだ。果実とのアクセントも実に良いな」
「涼太よ、私だけには申し訳ないから、後にクリスにも作ってくれるか?」
クリスは甘いのが好きだからな、こんなの黙っていたら普通は機嫌を損ねるよね。
「グリムさん、クリスなら先程、厨房で俺とシャナさんと一緒に作っておりましたので味見として既に食べていますよ」
「そうか、クリスも料理に興味を持つ様になったのか」
食事を終えた後に皆さんはワインを飲みながら今回の対策についての話し合いになった。
「腹も膨れたし今回の大侵攻についての話も纏まった。涼太よ、感謝するぞ。ここまで気を張り詰めずに過ごしたのは久方ぶりだ」
「それは何よりです、陛下。では俺は片付けなどがありますのでこれで失礼致します」
さて、風呂だ。
今日は疲れた。
俺はササっと地下まで降り、湯気が立ち上る風呂にジャンプして入る。
マナー? 知るか! ここは俺の家だ。俺がルール何だ。
それにしても、濃い1日だったな。
朝から依頼を十個受けて、その後に怪我の治療、更に王城へ行き重い空気に耐えと思えば、最後は国のトップを担う方々の相手。
俺の異世界ライフは何処へ行ったんだ?
「あー! つかれたー!」
俺は反響する空間の中で大声を上げる。
おお! 凄く響いたな。
何かスカッとした。
「ふむ、どうやら相当な疲れがある様だな」
入り口から先程の皆さんがやって来た。
無論、男女別にしているからハルさんはいない。
「皆さんなぜここに、大侵攻の準備があるのでは?」
「既に騎士達を数人屋敷に戻して準備をさせておるよ、問題などない」
「いや、もう少し緊張感とか必要だと思うのですが……」
その問いに、陛下が怪訝した顔をして答える。
「ふむ、涼太よ。確かに大侵攻は迫っておる。しかしそれは二日後だ。今緊張をしても何もならんだろう。時間の無駄だ」
これが器の大きさか。
他の貴族とは違うという事だな。
「それにしても、まさか地下にこの様な空間があるとは此処はつくづく興味が尽かない奴よの」
「王城よりも広い風呂とは驚かされぞ」
はぁ、俺の英気はどこで貰えばいいんだよ。
緊迫しては自分が馬鹿らしいく思えてくるな。