29話 大侵攻(会議・上)
「その魔物は後どのれくらいで国にやってくる?」
「恐らくあと二日後だ」
ガッツさんの顔が歪む。
「涼太、治療が終わればハイゼット家にこの事を知らせてくれ、王城に向かってもらう」
「分かった」
俺は怪我人を治療した後にハイゼット家に急いで向かった。
「おや、涼太殿。そんなに急いでどうしたのですか?」
「グリムさんはいるか? 緊急で伝えたい事がある」
「はい、自室におられます」
「ありがとう」
グリムさんは仕事だろうか、書類の整理をしていた。
「涼太よ、一体どうしたのだ? 慌てた様子だが」
「冒険者ギルドからの伝令です。魔物の大群がこのセリア王国に向かっているそうです」
パラパラとめくっていた書類の手が止まり、いつもの穏やかな顔から真剣な表情に変わる。
「冗談では無いのだな?」
「本当です。すでに王城へギルドから使いを出しています」
グリムさんは立ち上がり、正装に着替える。
「涼太よ、今から王城に向かう。ミセル、お前もついて来い」
「騎士団は連れて行かないのですか?」
「お前さんたち2人で十分だ。護衛としてこれ程心強い者はおらんよ」
「分かりました」
「承知しました」
嬉しい事を言ってくれるな。
俺とグリムさんは馬車に乗り急いで王城に向かった。
「これは公爵様、一体どうされました。護衛もたった2人のご様子ですが」
「緊急の案件だ。そちらにも伝来は入っている筈だ。陛下に会わせてもらうぞ」
グリムさんは門番を威圧するかの様に言葉を放つ。
心なしな空気がピリピリひている。
上に立つ者の威圧ってやつかな?
「ガイア! 大侵攻の事は既に伝わっているか?」
「グリムか、最初は冗談だと思ったが、お前まで来たという事はどうやら本当の様だな。おい! 衛兵、今すぐに貴族たちに王城へ来る様に伝えろ!」
「「はっ!」」
衛兵達は大慌てで王の自室から出て行った。
この人が国王か。
威厳というか、凄い威圧感がある。
それに、冒険者の様な体だ。
なんで偉い人ってこんなに戦士感を漂わしているの?
偉い人ほど、机仕事が主体になってくる筈だろ。
「それで、護衛は2人だけなのか? そちらの戦姫は分かるがもう一人は見た事の無い奴だな」
俺の方を見て疑問に思いグリムさんに聞く。
「こいつは涼太だ。前に話しただろう? 凄腕がうちに来たと、ジュエルシリーズもこいつのお陰だ」
「おお! お前さんが涼太か。あの時は助かったぞ。妻も娘も大喜びだった」
ちゃんと仲直りできたのね。
良かったよ。
「あの……お二人は凄く仲が良さそうですが、それも名前で呼び合う程」
「うむ、グリムとは学生時代からの親友だ。昔はよく無茶をしたものだ。2人で森に入って魔物狩りをして教師を悩ませておったな、ハハハ」
「それから、公爵という事もあって仕事でよく王城に行くこともあってこうして仲良くやれているのだよ」
そういう事ですか。
王家と公爵家の相手か。
先生、大変だっただろうな。
この国のナンバー1とナンバー2がいるもん、怒るに怒れないよ。
俺だって怖いし。
「それで、グリム。ヨルムンガルドが出てきおったと言うのは本当か?」
「私は涼太からさっき聞いたのだ、涼太、本当に間違いないのか?」
俺だって知らんよ。
探知魔法を使ってみるか……。
強い気配は北からだな。
うわぁ、本当にウジャウジャいるな。
一番強い奴は迷宮と同レベルといったところか?
「恐らく間違いないかと思います。俺も探知魔法で調べてみたのですが、北から大きな気配がします」
「ほう、探知魔法か、便利なものを持っておるな。距離はどの程度だ?」
「此処から約300キロ程度でしょうか? 報告通り、2日後に来そうですね」
「むう、それは凄い。王宮魔術師にならんか? その腕は欲しいな」
えー、引き抜きですか。
陛下直々とか止めてよ。
断ったら打ち首とかじゃ無いよね?
「ガイア、涼太は既に私のところの者だ。残念だが譲る気は無いぞ」
「グリムさん、俺って別にハイゼット家の騎士ではありませんよね?」
「似た様なものだろう。現に此処に護衛として付いて来たではないか」
あ! そういえば自然すぎて気づかなかった。
何で騎士でも無いのに付いて来てんだよ。
「ほう、お前さんがそこまで気に入るとは、益々欲しくなったではないか」
止めてください。
俺は誰のものでもありません。
数時間立ち、ほぼ全てのの貴族がこの俺王城にやって来た。
貴族は対面式の席に座り、王は正面に座る。
俺達護衛はその後ろに控えるという形だ。
やはり俺達ハイゼット家の護衛が2人というのは少ない様だ。
更に言うと、俺だけ場違い感が凄い。
護衛の全員が貴族の装飾を付けている中で俺だけ冒険者の格好だ。
此処に来る前に屋敷で格好を見繕ってもらうべきだったな。
「涼太様、お気になさらず。あなたは、ここにおられるべき方です」
「ミセル、ありがとう。がんばるよ」
あ! ネビル伯爵夫人だ。
あれ? ここに居るって事はあの人が当主って事か。
こっちに気がついた様で驚いている。
そりゃ、冒険者として依頼を受けた人物がここにいれば驚くよなぁ。
俺は軽く会釈だけしておく。
「皆の者、よく集まってくれた。まずは緊急の招集に応じてくれた事に感謝しよう」
「会議を始める前に一つ宜しいですかな」
小肥りした男が挙手する。
「何だ。ザロン伯爵」
「この場に似つかわしくない格好の者が護衛の中に1人おりますが、退出させた方が宜しいのではないですかな?」
サーセン、俺っすねー。
悪かったよ。
だからそんなに睨まないで下さいよ。
何かに目覚めちゃったらどうするんですかー。
「私の護衛に何か問題でもあるのかな?」
「おお、ハイゼット家の護衛でしたか、いけませんな、此処は冒険者風情が居てはいけない場所、ハイゼット家の品格にも関わってきますぞ」
「ほう、この者は私の中でも最もと言っていい程の信頼のおける人物だ。それにこの場所に騎士以外を連れて来てはいけない決まりでもあるのか?」
「いえ、そちらの戦姫はともかく、見たところ護衛が務まる強さも無いかと思われますので」
「こやつの実力については申し分ない。お前の言う戦姫よりもはるかに強い」
周りから嘲笑と困惑のざわめきが生まれる。
見も知らないみずほらしい格好をした男が二つ名を持った騎士に敵うはずがないといった表情をした者たちが多い。
グリムさんを馬鹿にした貴族も例外ではない。
「くふふっ、ご冗談を。ありえまえん」
笑いをこらえきれずに口元が緩むザロン伯爵。
グリムさんは眉をひそめて不快感を示す。
「陛下、少しご無礼を働きたい。こいつの実力を知らしめる」
「ふむっ……許可する」
「助かる。涼太、やれ」
「やれって無茶ぶりですよ。はぁ……」
こうなってはハイゼット家のメンツをつぶす可能性も出てくる。
他の貴族からは恨まれるかもしれないが、陛下の許可も出た事だしやろうか。
何かあればグリムさんに責任を押し付ける。
俺の内にある魔力を操作する。
体にとどめていた魔力が蛇口を全開にしたかのように溢れ出てくる。
俺はそれをこの場にいる全員に見える形のオーラに変換する。
「ヒッ!」
誰かの口からそう発せられた。
周りの騎士たちが主を守ろうと前に出る。
俺は騎士たちを圧制するように一睨みする。
それだけで手をかざした剣がカタカタと震いを上げる。
頭ではなく本能が近づくなと告げている故に。
「身の程をわきまえないご無礼をお許しください」
俺は陛下の前に出て片膝をついて首を垂れる。
「よい、主の実力は皆にも分かったであろう」
「はい」
「では、話を戻すぞ。只今、冒険者ギルドから大侵攻が起こった知らせがあった」
それを聞いた貴族達や騎士がざわざわと騒ぎ出す。
「静まれ! お主達には国を守る為に、その大侵攻に立ち向かってもらいたい」
「その話は事実なのですかな? 冒険者からの知らせなのでしょう? 野蛮人の知らせなど当てになりませぬぞ」
先程の豚とは違う男が意見を言う。
「既に確認済みだ。それに国に嘘を報告して冒険者ギルドに何のメリットがある?」
「うっ……確かに」
正論を言われて納得したのか口を閉じる。
「大侵攻が来るのは二日後だ、お前達にはその大侵攻に立ち向かって貰いたい。以上だ」
それを聞いた貴族は達は次々に急いで部屋から出て行った。
屋敷に戻って準備をするのかな。
「涼太さん、まさかここで会えるとは思いませんでしたよ」
「伯爵様、先程振りですね」
「まさか、公爵家の護衛だとは思いませんでしたよ。それから私の事はシャナで構いません」
手を口に当てて微笑む。
色っぽい人だ。
「いえ、少しお世話になっていただけであって、騎士という訳ではありませんよ」
「あら、それでは私のところに来てるれるチャンスもまだあるという事かしら?」
止めてよ。
どうして、みんな俺の事を引き込もうとするんですか。
「涼太よ。お前さん、ネビル伯爵と知り合いだったのか?」
「あらハイゼット公、涼太さんは先程私の依頼を受けてくれたのですよ。素晴らしい方ですわ、私の屋敷に一度招いてもよろしくて?」
「ハハハ、一度招く程度なら構わんよ、だがそのまま取り込もうとしても無駄だぞ? 私の頼みも断る奴だからな」
その通りです。よく分かってるじゃないですか。
「あら、それは残念です」
「して、涼太よ。少し残ってもらえるか? ネビル伯爵も涼太とは友好的の様だな。ネビル伯爵にも残ってもらおう」
「何かされますの?」
「その通りだ。本当の会議をこの後に始めようかと思ってな」




