224話 豪鬼出陣
断崖絶壁の岩肌にぽっかりと空いた大穴。
その付近では血なまぐさい争いが起きていた。武器を手に持ち咆哮を上げて迫りくる敵を倒す。
既に乾いた地は血戦により出来た血だまりが至る所にあった。
それでも戦士たちは止まることなく狂戦士と化して争う。
「がぁぁぁっ!」
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
「ひぃ、ひ、怯むな! 数で押し通せ!」
彼らは一騎当千。一人一人が一軍の将を任せられるほどの力を持つ。
「ドワーフ! 我らに後れを取ってんじゃねぇよ。死ぬ気で動けやゴラァ!」
「やかましいわ、この小童が。わしらは鍛冶師じゃぞ! 鬼らしくもっと敵を怯ませんか」
鬼は身の丈ほどの金棒を振り回し荒野を駆け巡り埋め尽くされた敵を蹂躙する。ドワーフも大槌を怪力に任せて暴れ馬と化していた。
一見止まる気配は無いが明らかに疲労困憊である。
ふらつきを見せ、受けた傷も数えるのが馬鹿らしく思えるほど。目は長期に渡る極限の集中により充血して赤くなっている。
ようやく見つけたあなぐらだが、三日三晩止まることのない進行に何度も心が折れそうになるが穴の奥には鬼人族とドワーフの非戦闘員、詰まる所の女子供たちが身を隠している。
家族を守るためにも戦士たちは限界を超えて戦い続けていた。
暗く日の光が差し込まない大地。一体今は朝なのか夜なのか分からない。
「ぐぅ、糞が!」
止まることのない猛攻に仲間たちも次々と地面へと倒れ伏す。
(ふざけんな、俺らは生き残るんだ! 姫様たちと再び里を再建すんだ! 俺は親父を超えるんだ! だから……ッ!)
唇を強く噛みしめて大きく息を吸う。
「かかってこい! 魔王軍、鬼人族が次期将軍、雷豪丸が相手だ。この野郎!」
「馬鹿もん! 死に急ぐな!」
我が身を犠牲にして周りを助けるために敵の視線を誘導する。
彼は分かっていた。この身は既に限界を超えていることを。
(んなこと知るか! 親父は片腕でも里を一人で護ってたんだぞ!)
「限界なんて存在しないんだよこの野郎。心が折れねぇ限りな」
あなぐらでは家族が待っている。母親から託された生まれたばかりの妹だっている。
刺し違えてもこの進行だけは防ぎきる。
前からは武器を持った魔族が一斉に襲い掛かってきた。
「あぁぁぁっ…「その意気や良し!」」
何かが目の前に落ちてきた衝撃により土ぼこりが舞う。
新たな敵の襲来かと思い目を細めて視界を開ける。
とても、とても大きな背中であった。
男は沸々と煮えくり返る怒りを魔族たちへ向ける。口からは白い煙が蒸気機関車の汽笛の如く拭き、眉間に血管が浮き出る。目は赤く染まり溢れ出た闘気により敵を吹き飛ばす。
「よくぞ耐えた、雷豪丸。後はワシらに任せぃ」
それは予期せぬ再開。
里一番の猛者であり自身の目標でもある男。
「お、親父!?」
そう、豪鬼の登場であった。
♢♦♢
早朝、
クリスたちが準備をしている間に涼太はモニターで周囲の状況を探知してた。
前夜に倒したドラゴンを回収する必要があるのか。確かに最強種ではあるものの、自身で作成した武器や武具の方が性能が良いはずなので、わざわざ巨体を持ち運ぶ必要性はあるのだろうか。
「おい、涼太よ」
後ろから声がかかり振り向くと、珍しく酒瓶も持たずに武装をした豪鬼、遠蛇、椿の三人が神妙な趣きで佇んでいた。
「どうしたよ、三人とも珍しい」
すると椿は小走りで地上が映し出されているモニターに近寄り指をさす。
「ここは見覚えがあるのじゃ。妾たちはこの街道を何日も逃げてきたのじゃ」
「街道? 見当たらないが」
目に映るのは以前、誰かの戦闘により激化した荒野だ。
「以前にも申した通り、妾たち…主に豪鬼ではあるが、幾万の兵士どもを薙ぎ払って逃げてきたのじゃ。故に跡が分からぬように辺り一面を吹き飛ばした結果なのじゃ。
「つまりは椿たち鬼人の里はもうすぐ見えるのか?」
「時折、小休憩は挟んだものの全速力で離脱しておったからの。半月はかかったのじゃ」
思い出したくもない記憶を語った為か、椿は話し終えた後に下を向いて涙を浮かべる。
遠蛇は優しく椿を抱きしめると、服の中で甲高い声が響き遠蛇の服が微かに濡れる。
感傷に浸り、胸の中で熱い闘争心が燃えようとする間、隣から憤怒の重圧が身に降りかかった。その怒気は凄まじく、床がミシミシと悲鳴を上げて、飛空艇の周りを飛んでいた野鳥が一斉に散らばっていく。
「すまんのぉ、涼太よ。他の者たちを驚かせてしもうたじゃろ」
「気持ちは分かるよ。ただクリスたちには後で謝っとけよ。それで、里の方向は分かるか」
「恐らくは里はもう滅ぼされとる。なれば緊急時にワシらと盟友のドワーフが住む岩山がある」
豪鬼は進んでいた方向とは少しズレた方角を示す。
そこには遠く離れているにも関わらず、目視できるほど巨大な岩山が確かに見える。
だが、大きすぎる故に近場の様子が見えないのでモニターを拡大する。
「あれは、魔族か?」
翼が背中についた人影が武器を持って誰かと戦っている。
さらに拡大して視野を下に向けた。
「おぉ…」
豪鬼は喉から震える声を出す。
「姫様、生きておったぞ。我が部族が! 我が息子が先陣で戦っておる!」
「よかった……よかったのじゃ」
膝から崩れ落ちて祈るように同族の安否が確認が出来たことに安心する。
「全速力で向かってくれ」
「当然だ」
その言葉に飛空艇は加速する。
「どうするよ、全員で加勢するぞ」
「不要だ、魔族はワシが一匹残らず全滅してくれよう。すまないが、お主たちは同胞たちの救護に当たってほしい。それとワシは先に向かう故に足場をくれ」
「分かった。任せろ」
甲板に出た二人。
涼太は防御の魔方陣を正面に展開。豪鬼は足裏を魔方陣に合わせ、点火前の大砲の如く足に力を入れる。直後、飛空艇が傾くほどの衝撃が甲板を襲い豪鬼は出陣する。