221話 わがまま
お久しぶりで御座います。物語が一区切りして満足感に浸っていたらこんなに書いていなかったとは……驚きです。スランプって怖い。
空全体が雲に覆われて光が差し込まない暗闇が永遠に続くかのように思う大地。
枯れた泉や木々が無数に生えている上空に一機の飛空艇が空中に佇んでいた。全長は200メートルほど、地球でいうところの中型クルーズ船だ。
「ねぇ、涼くん。改めて涼くんが如何におかしい存在か分かったよ。なつかしいなぁ、小さいころにクルーズ船に乗ったのを思い出すわ」
甲板の展望台の手すりに肘をかけ、紫のメッシュが入った髪をなびかせて柚は笑みを浮かべる。
「そうね、船内でかくれんぼをしていたら迷子になって親にすごく怒られたわね」
「言うなよ恥ずかしい」
♢♦♢
涼太たちはセリア王国から別れを告げた後に、クリスたちを連れて魔界に入っていった。
案内役として豪鬼たちも一緒にだ。
ここで問題が起きる。
徒歩で移動していたために食料や荷物はアイテムボックスに入れれば問題はない。しかし、涼太の創りだした王族顔負けの快適な空間で過ごしていたためにある意味でクリス達にとって地獄の生活である。
布団もなければ身体もお湯を出して清潔な布で拭くか【浄化】で清潔にするか。この世界で風呂に入るのは貴族のみが行える贅沢で、その貴族も毎日は入ることは少ない。
日々の訓練後に汗をシャワーで流して、用意された大浴場でゆっくりと肩までつかり癒され、風呂上りにキンキンに冷えた飲み物を一気に喉へ流し込む。
それがクリスたちの日課である。さて、そんな裕福な生活をしていた者たちが一週間近くそれがない生活を体験してみよう。
「もう無理ぃ……髪もゴワゴワするし気持ち悪い。お風呂入りたい! フカフカのベットで眠りたい!」
「同感です。お家帰りたいです」
最初に根を上げたのはエリスとクリスであった。
エリスは王族で幼少のころから何不自由のない生活を過ごしていた。もともと我儘気質の彼女にとってこの生活は耐え難い。
普段から何日もダンジョンに籠ったり、依頼のためにその生活が日常と化している冒険者から言わせれば「ふざけんな、軟弱者め!」罵るのは当然だ。
だが一度快楽を覚えた人間がそれから抜け出せるには努力と強い意志が必要だ。
「これが普通なんだからもう少し頑張らないか?」
何にでも甘やかし過ぎていては成長しない。
可愛い子には旅をさせろ。
彼女たちの親からも絶対の安全を条件に一度貴族から離れた生活をさせてみてはどうかと頼まれた。
「じ、実は僕も……」
「なんであんたは平気なのよ」
申し訳なさそうな態度のシャルと、ギロリとエリスの鋭い視線が刺ささる。
目をそらして、後方を任せている豪鬼に助けを求める。
するとプイっとそっぽを向いてフィルフィーとの話を再び始める。
透かさず涼太は念話を送る。
(おい、無視すんじゃねぇよ!)
(し、しかたなかろう。お主がどうにかしろ! ワシは巻き込まれたくない)
(ぐう…)
ちらりと周りを見渡す。
クリスとエリスは既に限界を迎えている。シャルも我慢はしているが良くは思っていないだろう。
豪鬼たちは生活習慣で問題なく、ミセルは護衛で日々の訓練でも野営経験が豊富なので問題ない。意外にも同じ貴族令嬢ではあるのだがロゼッタは気にする素振りを見せなかった。
「まったく、クリスは軟弱ですわね」
前屈みになって明らかに不機嫌そうなクリスを上から見下ろして高笑いを決める。
「おかしいです。なんでロゼは元気なんですか。気持ち悪いです」
「ちょっ、気持ち悪いは失礼ですわ! 貴族令嬢たる者、如何なる時も気品をもって行動するべきですわ」
「むきぃー! ロゼの癖に生意気な! こうしてやる!」
頬を大きく膨らませ視界から消えたクリスは縮地で背後に移動し目をキラリと光らせて口を三日月にさせる。
江本を仕留める蛇の如く、ロゼッタのの身体に手を這わせ、
「ヒャァッ!」
「むふふ、怪しからん胸め。こんな胸なのに疲れないなんておかしいわ、わ?」
ふと違和感を覚えたクリス。
魔界は太陽が照らされることが少ない為に気温はそれほど高くはない。しかし時期は夏と秋の境の為に暑さは抜け切れずにジメジメとした湿気が残る。
しかしロゼッタの周囲は自分とは違い涼しげな風が絶え間なく流れている。
「あなた、何か隠していますね! おかしいです。魔法じゃないですね!」
「ぎくっ」
「さぁ、話しなさい! 私が苦しんでいる間に自分が楽をしてる理由を教えなさい」
「あらその話聞き捨てならないわね。ロゼッタ、白状しなさい」
ゆらりと身体を脱力させ鋭い眼光をロゼッタの胸にロックオン。後ろからクリス、前からはエリスが豊かなそれを揉みしだく。
息を殺しつつも我慢できずに口の隙間から甘い吐息が漏れる。
一瞬その姿に生唾を飲み込む者が二人、
「おぐぇッ」
「ぐはっ……うお」
涼太は横腹の肘打ちに悶える。一方では鳩尾と足の小指の急所に蹴りを加えられ膝を地に付けた。
「いいから白状しなさい!」
「わ、分かりました! ですから手を放してくださいまし! 涼太さんの魔道具とアドバイスのおかげですの」
より上質な獲物を見つけた獅子の如く瞬時に涼太へ詰め寄り胸ぐらを掴む。
ロゼッタは詰まらした息を吐いて、ゆっくりと地面に座り込む。
「ちょっと、どういうことよ! 私たちには何もないわけ!?」
「言っておくが、ロゼッタは遠出に行くから事前に俺にアドバイスを聞いてきたから教えただけだぞ」
「ううっ、そう言われると返す言葉がないです」
冒険者にとって情報収集は必要不可欠なことだ。山を越えるにしても冬ならば気候変動によって雪が氷床になり真面に立つのも難しい為にスパイクの付いた靴を用意する。
実力とスキルにより戦闘は並みの冒険者よりは動けるが、それでも旅路で不便な点はいくらでも出てくる。
「というわけで私はブレスレットを魔改造していただきましたの。魔力タンクとして注ぎ込めるので寝る前に注いでいたのですわ」
「ずるいです、ロゼだけずるいです!」
「因みにクリスとエリス以外は全員準備万端だから」
「「なっ!」」
驚愕に目を見開く二人。
周りの者たちは憐みの視線を向ける。
「ミ、ミセル……あなた分かっていて言わなかったの?」
「申し訳ありませんお嬢様。御当主様様からも成長の為に極力手は出すなと言われておりますので」
ガクリと膝から脱力する。
「そうだわ! 涼太、あなたいつもみたいに何か出しなさいよ!」
「出すとは」
「お願いよ。私、もう限界なの」
下から上目遣い、目をウルウルとさせる。
同性ならばあざとく舌打ちも:したくなるが、絶世の美女であるエリスの姿には同性ですら頬を赤く染める。
「そうだなぁ……」
どの程度魔界に滞在するかも最中ではない。
皆、平気な顔をしているが数日の慣れない行動に疲れが見れる。
仮に豪鬼たちの同族と鉢合わせ、同行者となるならばストレスも増えるだろう。
挌いう涼太も使えるものは使う主義である。
「やりますかぁ」
アイテムボックスから使えそうな鉱石などを取り出して一考するのであった。
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