214話 ウリエルさんパネェっす
メタトロンは両翼を羽ばたかせて、地上から飛び立ち国を一望できる高さまで飛躍した。
なんとも醜い。
それが彼が最初に抱いた感情であった。
力のカケラもない民を己の欲望がまま蹂躙している悪魔たちはメタトロンにとって軽蔑せざる終えない肉塊にしか見えない。
「あぁ、涼太様。この醜い愚か者たちに裁きの鉄槌を下さるご好意に感謝します。しかし私の使命は無垢な民の救出ーーーッ!全軍に告げるッ!!これより、この国全土の民たちに一太刀の傷を負わせることは許されない!我らが主人の誇りにかけて救出せよ!!」
「「「「はっ!」」」」
メタトロンが率いる部隊の総数は自身も含めて180名の天使たちだ。
総勢500名の天使たちの中でも最も人数が割り当てられ戦力の面だけ見れば、ガブリエルを除いた3人の中で最も強力無比。
その部隊が殲滅ではなく保護の使命を与えられた理由は言うまでもなく涼太が異世界の祖国として親しむ国を護る為。
天使たちは散り散りに飛び去り、目の前にいる悪魔たちに目をくれずに民間人のみを両脇に抱え込んで安全区画まで疾走する。
♢♦︎♢
ウリエルとミカエルの両名は魔法に長けている天使だ。
得意属性は水と火。
火と水は相性が悪く、常に神界でもよくある事だが喧嘩をよくする。
涼太に召喚される直前まで、まさに2人は喧嘩の真っ最中であった。
「くふふっ、ウリエルよ。悪魔の数千匹は私が殲滅しましょう。あなたは飴玉でも舐めて観戦していなさい」
白の手袋をはめたミカエルは小柄なウリエルを見下ろしてクスクスと笑う。
「あぁん?うるさいです、このマッド野郎。お前こそ穴倉に引きこもって千羽鶴を折っていたらどうですか?私に指図すると悪魔の前にお前を倒すですよ?」
明らかに安い挑発であるがウリエルもウリエルで挑発に乗りやすい性格だ。
幼い顔立ちとは思えない形相で睨みつけてドスの効いたアニメ声を出す。
両者が睨み合い、魔力が漏れ出す。
「ガガガッ、空きアリィィィ」
周りに目を向けずに睨み合う2人を好機に思った悪魔は鉤爪振るって2人を倒そうとした。
「おやおや、うるさいですよ。このごみ虫」
「ぁあ?邪魔するなです」
ウリエルとミカエルは魔法を放つ。
ウリエルが放った数千の水の刃が悪魔の身体を木っ端微塵に切り裂き、ミカエルが放つ灼熱の業火により一瞬にして灰へと変わり果てる。
「だいたいさっきもそうです!冷蔵庫に置いてあった私のプリンとアイスをお前は食べたのです!一つじゃ足りずに二つも!!お風呂上がりに食べようと大事に取っていた私のおやつをーーッ!それは万死に値するです!」
「いやいや、中々に美味でしたよ?そもそも自分のであればラップをして名前を書くのが筋ではありませんかぁ?それを怒るとは理不尽……いやはや、お子ちゃまの発想ですねぇ」
側にいた両者の副官は自分の上司たちの下らない争い合いに頭を抱える。
たかがプリンの一つと馬鹿にしてはいけない。
特にウリエルの甘味に対する執着は天使たちの中でも群を抜いており、かく言う自分たちもウリエルの甘味抗争に巻き込まれた事例は手の指では数え切れないほどだ。
不吉な笑みを浮かべたウリエルは脱力していた身体に力を込めて目をカッと開く。
「死ぬのです!」
「おっと、キレましたかぁ!くっふふ、秘技・陽炎!」
ぶちギレ確定☆のウリエルの一撃がミカエルの幻影を通過して悪魔たち十数匹の息の根を止める。
「この前の続きです。鬼ごっこと行きましょうか!くふふふっ」
ミカエルは目が隠れる程の前髪を掻き上げてジョ◯ョ立ちポーズをしてウリエルを見下し、翼を大きく羽ばたかせて低空飛行で疾走する。
「あの……ウリエル様。相手にしなくても良いのですよ?それよりも涼太様の御命令を遂行する事こそが最優先では?」
副官は2人が私欲のみで悪魔たちを倒す素振りがないことを心配して声を掛けた。
このままでは悪魔を倒す前に住民たちに両者の喧嘩の被害が被る。
ウリエルは首をコテンと傾げて副官が何を言っているのか分からない素振りを見せる。
「何を言ってるです?私たちはマスターの命令を無視するほど愚かではないです。ほら、あのバカも逃げならが悪魔たちの首を狩っているです」
言葉通りミカエルは疾走しながらも目の前にいる敵の息の根を確実に止めていた。
チラリとミカエルはウリエルの方を向いて球状の何かを投げつける。
プロ野球選手が投げる速度なんて生易しい程の豪速球のそれをウリエルは手に持っている杖ではたき落とす。
ぐちゃりと耳障りな音が耳に入り球状のそれは赤い血みどろを地面に塗り付ける。
「あははっ、上等です。あの野郎は悪魔たちを殲滅する前にブチ殺してやるです!」
羽ばたいたウリエルは神速でミカエルを追いかけながら上空に数十門もの魔法陣を展開する。
低空飛行で土埃を舞い上げながら2人は障害物の多い街中で盛大な戦闘を開始した。
「ミカエル!お前は悪魔たちと一緒に葬るです!死に去らせです!【追尾型・絶雹】」
「ちょっ、いきなりそれはずるいですよ!」
ミカエルは目の光を失い放たれた魔法に危機感を感じて速度を上げて逃げる。
ウリエルが放ったのは紫がかった氷のつぶてだ。
一見はただの氷の粒に見えたがミカエルは一度同じ魔法を身に喰らい想像を絶する被害を受けた事がある。
至る所にいる悪魔たちに氷の礫が身体に食い込む。
大きさは小指の第一関節ほどの大きさであり、強靭な肉体を持つ悪魔たちからしてみれば擦り傷にすら至らない攻撃であった。
しかし数秒後に礫が体内に食い込んだ悪魔たちから阿鼻叫喚の叫び声が上がり身体をよがらせながら息を引き取る。
仲間たちが何故倒れて動かなくなったのかも理解できずに次は自分なのではないかと恐怖して悪魔たちは混乱状態に追い上げられた。
「あなた、えげつないですよ!天使ならもっと神々しい魔法を使って下さいよ。よりにもよってタチが悪過ぎる魔法とか勘弁して下さい」
「その認識はズレてるのです。私は敵を倒すだけなのです!」
ウリエルが放った魔法の正体は体内から魔力を暴走させて魔力回路を侵食して暴走させるものだ。
分かりやすく例えると、人間の体内で循環している血液を強制的に止めて逆流させたりするイカレた効果を持つ。
生物は魔力を一定の速度で体内を循環させている。
そこには弁が存在して普通ならば逆流するなんてあり得ない。
逆流した魔力は身体を蝕んで魔力回路をズタズタに引き裂くのだ。
運良くミカエルが受けた時はセラフィエルが側にいて回復して貰ったが、思い出しただけでも顔が蒼白になる極悪魔法である。
的確に悪魔とミカエルを追尾する数千の礫は悪魔たちを殲滅するのに半刻の時間もかからなかった。
2人の姿を眺めていた天使たちはドン引きしながらも自分たちとの格の違いを身に感じて悪魔たちを一体ずつ倒し回った。




