212話 確信
小さな小屋の中で一人の老婆は十字架を握りしめて震えながら祈りを捧げていた。
側には毛布に身を包んで震えながら小さな窓から外の様子を見つめる孫の姿がある。
「おばあちゃん、何してるの?」
「あたしゃ、もう歳だし動けんのじゃ。もう神様に祈る事くらいしかできんのじゃよ」
街では孤児院の区画に避難しろとの声が上がっているが、いかんせん自分たちは孤児院からは真逆の方角に住んでいるために、とても老婆は外に出ることなど出来なかった。
ただ祈り、奇跡を待つ。
「おばあちゃん!」
「どうしたのじゃ?」
「お外みて!空が!空が光ってるよ!」
孫の言葉に耳を傾けて老婆はゆっくりと窓の外を見上げる。
声が出なかった。
しかし目からは感動のあまり涙が溢れ出る。
「おぉ、神よ!神よ、老い先も短いこの老婆に奇跡を起こして下さった!」
「天使様だ!おばあちゃん、天使様が見えるよ!」
「おぉ!どうか、どうかお助け下さい」
老婆とその孫は手を握りしめて涙を流しながら祈った。
♦︎♢♦︎
「グリム様、おやめください!御当主自ら戦場へ赴くのですら危険なのに悪魔の群れに特攻するなど自殺行為です!」
「ええぃ、黙れ!私は四大公爵だ、強き者が弱き民を救わなくてどうする!」
グリムは槍を振るい、襲い掛かる悪魔たちを次々に薙ぎ倒していく。
彼の鍛え抜かれた肉体は自室にこもって書類の作業をしていた時以上の輝きを見せ、並みの騎士たち以上の戦いを繰り広げる。
現在、貴族たち全ての騎士は総出で悪魔たちと対峙しつつ市民の避難誘導を行なっている。
現在ではハイゼット家最大の切り札であるミセルはおらず、ハイゼット家騎士隊長であるアザンも住民の避難のために先陣を切って悪魔たちと戦っていた。
そんな中、一体の悪魔がのそりと歩きながら住民たちを襲っているのが目に入る。
悪魔は醜く肥え太っており、体長は3メートルほどの巨体である。
グリムは悪魔の行動に吐き気を感じつつもたえた。
悪魔はその巨体に反して素早く、逃げ惑う市民を捕まえては食べていたのだ。
比喩ではなく文字通り頭からムシャぶりつく。
胴体が千切れ血が吹き出しており、その血すらも飲み物のように口へと流し込む。
そう、悪魔は食事をしていたのだ。
食べ物がそこら中にある事に歓喜しながら。
「こんな…….こんな事があってたまるかァァ!」
顔を赤面させて怒りを爆発させる。
グリムが持つ槍は涼太が試作品として渡した魔槍。
自分の腕を動かすように魔力が槍に循環して鋭い一撃が悪魔へと襲う。
悪魔の分厚い脂肪から血が流れる。
「…………ん?」
グリムは自身が放った一撃とは別の箇所から血が吹き出している。
顔を向けると一人の女騎士が剣を抜いてグリムの横へ立っていた。
その姿、女の身でありながら強者のオーラを放つ姿にグリムは覚えがあった。
「助力しよう、ハイゼット公」
「貴殿はッ、なぜここにいるのだ!?円卓の女騎士団長イザベル!!」
誰もが見惚れる美貌を持ち、鍛え抜かれた身体はより一層の魅力を放つ。
外見に騙されてはいけない。
彼女はグロテウス帝国の最強の一角でおり、単騎で一軍を壊滅させる事が可能な怪物である。
何よりグロテウス帝国はラバン王国へ宣戦布告した身であるため、彼女がここにいるなど普通ではあり得ない事態なのだ。
「我が身は既に帝国にあらず。既に私は、とある恩方に忠誠を誓いました。故に私は恩を返すために微量ながら力添えをしましょう」
「ほう、貴殿ほどの者がそこまで評価する人物とは知りたいものだな」
「ふっ、隠す必要もないが彼からして見れば私など取るに足らない存在とだけ言っておく」
イザベルが過剰なまでに評価をしている相手、
人種差別だけではなく男女差別も激しいグロテウス帝国に謀反を起こしている事から、恐らくは彼女が率いる円卓の女騎士団の全員がその対象になっているであろう。
ならば、彼女たちの心を掴んだ者の正体は一体誰なのだ?
その答えにグリムは一人だけ心当たりのある人物を思い浮かべる。
(いやしかし……あやつならば確かにあり得る。まさか、帝国との戦争を終わらして尚且つ彼女たちを味方に付けたのか?)
確かな確証はないが時期と実力を考えてみれば辻褄は合う。
ギョェェェェェェェエエエエッ!
一体何をされたのか分からないが、自分の身体から血が流れ出ている。
渡りを見渡し武器を持ったグリムとイザベルを目につけた悪魔は目を赤く光らせて警戒の雄叫びを上げた。
「何にせよ、この悪魔を倒すのが先か」
「ハイゼット公、四大公爵である貴方が無理に前へ出る必要はありませんよ?」
「はっ、私を舐めてもらっては困る。強き者が前へ出るのは当然であろう」
気力は万全、強力な味方もいることから負ける要素はない。
大きく息を吐き出し、槍を強く握りしめたグリムは足を踏み出そうとした。
(ーーーッ?)
ふと違和感を感じる。
空一面は分厚い雲に覆われて今日一日は太陽が見えることはない天候だ。
それにも関わらずグリムの頭上に光が差し込んだ。
「なん……だ……これは」
それは見たことも聞いたこともない現象だ。
光が差し込んだ中から何かが次々と王国へ向かって降りていた。
目を凝らすとそれは人の形をしているが、背中から純白の翼を生やした者たちだ。
(あの者たちはッ!以前に涼太の屋敷で見たーーーまさか!)
見覚えがある。
先頭に立つ5人の者たちは、過去に涼太の家で休暇を取っていた際に涼太の配下であると言っていた。
そして中央にいる6翼の翼を持つ彼女は涼太のメイドだと幾度も顔を合わせていたガブリエルであった。
「はっはっはっ、そうか!そういう事か!長年の疑念の正体はこういう事であったか!!女神に転移させた?違うな、これは……この力は人である身では決して到達し得ない高みだ!」
疑惑が確信に変わった瞬間であった。
「何を笑っておられる?」
「貴殿が忠誠を誓ったのは月宮涼太であろう」
「なぜそれを?」
「成る程、確かにあやつならば造作もない事だ!しかし、しかしだ!幾度となく私の想像を超えてきたが、その正体はこういう事であったか!どこまでも私の想像を凌駕してくれるわ!」
グリムは笑いに腹がよじれるのを堪えるが、我慢が出来ずに口元を大きく歪める。
「さぁ、行こうぞ!この瞬間に我々の勝利は確定した」
次回更新は一週間後の




