表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/234

210話 鬼、出陣

遅れました、すいません!



両者の戦いは壮絶なものであった。


2人にとってはジャブと右ストレートの繰り返しであったが、威力が桁違いであるがために魔物や冒険者たちも近くにいるだけで被害が及ぶと察して、何をしているのか視界に入る程度の距離まで離れる。


魔物の中には直に魔力の波動を肌に感じて戦意を喪失して森へと逃げ帰るものも少なくはなかった。



「ちぃ、拉致があかないな」

「それはお互い様であろう。流石はあの女の腹心であっただけはある。我がこうも手こずる相手は早々おるまい」



魔王の右腕の筋肉が膨れ上がり、先ほどまでとは明らかに強力な一撃が振り下ろされる。


(今だなッ!)


力を込めたことにより、コンマ数秒のタイムラグが生じたフィルフィーはそれを見逃さなかった。


足の裏を魔力で強化して、大剣が当たるギリギリで回避する。


「遅延術式解放、【真空破弾】」


魔王の懐に入ったフィルフィーは重心を低くし、掌に集めた空気の圧縮弾を至近距離から放つ。

拳ほどの大きさの空気の塊だが、限界にまで圧縮された球体の内部は真空状態に表面はありプラズマに覆われている。


鳩尾の中心を捉えた球体は魔王の人体を抉り取りながら勢いよく魔王を吹き飛ばす。



「ーーーッ、これは控えるべきだな。一撃は大きいが負担が大きすぎる……」



フィルフィーの左腕は肘から下までの衣服がはだけ、皮膚が裂けて血が垂れ流れている。

拳を握ることすら出来ないことから、恐らくは筋繊維もズタズタに裂かれているであろう。


多少の戸惑いがあったものの、フィルフィーは懐のアイテムボックスからエリクサーを取り出して喉の奥へ流し込む。

身体の内部が活性化して熱くなる感覚と共に左腕の怪我は完全に回復して失った魔力も元に戻る。


(ったく、涼太には驚かされるわ。世界に一つもない嗜好品を造作もなく生み出せるのだから。だがまぁ、今回は助かるな。持久戦になるであろうが私が有利だ)



フッと笑みを浮かべ左腕の感触に問題がないことを確かめる。



「ゴボッ、ぐぞがぁー。この我がぁ、このような田舎者にまげる筈がないのだ!」

「アレを受けて立ち上がるとは大したものだ。しかし今の攻撃は致命傷だぞ?魔力を生成する心臓を狙ったのだ。いくら魔王とて無事ではあるまい」



血反吐を吐きながら苦し紛れに立ち上がる魔王。

しかし彼の胴体の中央には直径30センチの大きな空洞があり、生物が必要とする臓器の殆どが大きく損傷している状態だ。

身体の表面は再生しようと蠢いているが、流石にスキルも臓器まで修復するのには時間がかかるようだ。




「やむ終えん……か」

「お前の負けだ、魔王」

「あぁ、どうやらその様だ……がっ!このまま死ぬほど落ちぶれてはおらぬ。お前は道連れだ」

「なにを言って……」



勝ち目はないと判断したフィルフィーだが、魔王の戦意がまだ消失していないことに戸惑う。


魔王は懐から瓶を取り出す。

中には大量の錠剤が入っており、蓋を開け口へ流し込む。

バリバリと錠剤が砕ける音、不吉な笑みを浮かべた魔王はゆっくりと地面へ倒れた。


身体が膨れ上がり形が形成されていく。

身長は倍ほどに膨れ上がり、3つ目6腕の怪物。

腹の中央は縦に割かれ、牙を生やした大きな口が生まれた。



「これは……暴走か?」



目は赤く光り、焦点があっていないことから自我を保っているとは到底思えない。

何より洗練されていた魔力は蛇口が壊れた様に溢れ出し辺り一帯の草木を枯らす。


(ーーーなっ!)



首をゴキリと鳴らし、フィルフィーに目を向けた途端に魔王の姿は掻き消えた。

過去の戦闘経験から危機を察し、両手を交差させ身を守る姿勢をとったフィルフィー。

巨大な拳が腕にめり込む感覚が襲い、腕が砕かれる音を感じながら吹き飛ばされる。



「くそっ、いきなり過ぎる!【限界突破】【風神の盾】」


ブーストさせた魔力で、風の障壁を急いで展開する。


魔王の拳は障壁に拒まれる。

しかし普通ならば弾き飛ばさせる筈の拳は火花を散らしながら障壁に耐える。


(さて、どうする?このまま維持しても私の障壁が削られるのは目に見えている。しかし私が逃げれば間違いなく標的は国へと向けられる。非常にまずいぞ)



冷や汗を流し、目の前の化け物を倒す算段を考察するがどうにも糸口が見えてこない。


残った5つの拳も振りかざし連打され、障壁は徐々に効力を失いつつあった。



「のぉ、そこのエルフさん。妾たちが手を貸そうか?」



不意に後ろから幼い少女の声がフィルフィーの耳に入る。

振り向くと手をぶらぶらとさせ、好奇心丸出しでフィルフィーを見つめる鬼族の少女の姿があった。




「子供?どこから……」

「そんなもの空間を飛んだに決まっておろう。涼太のよしみじゃ、危なそうなら手を貸すぞい?」

「涼太だとーー、どういうことだ」

「説明している暇は無かろう。簡潔に言えば、妾たちは涼太の使い走りじゃ。苦戦しているようじゃから手を貸そうかと聞いておるのじゃ」



普通ならばなんの冗談を言っているのだと言いたいところだが、気配すら感じさせずに自分の背後に現れた少女の実力は年齢からかけ離れていることは直ぐにわかった。

実際に危険な状態であることは確かであり、助力して貰えるのであれば有難い。


何より少女は涼太と通じていることから敵ではないと判断する材料には足りえる。



「相当な実力者か。悪いが助力を頼む」



待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた椿は両手の拳を握りしめてガッツポーズを取る。



「という訳じゃ、遠蛇よ!爺が来るまで持ちこたえよ!」



空から何かが降ってくる。

華麗に空中で一回転し、それは魔王の頭上から勢いよく踵落としをした。

魔王の巨体は大きく沈み、地面に這い蹲る形でめり込む。



「まったく、お嬢様は人使いが荒い。豪鬼様が来る前に私が倒しても良いのですよ?」

「それだと爺が拗ねるであろう。出番を残しておいてやるのじゃ」

「…………メイド?」



フィルフィーは思わず頭に浮かんだ言葉を口に出す。



「お初にお目にかかります。私は遠蛇、お嬢様の侍女を務めております。現在は涼太様の庇護下で働かせて頂いております」

「あぁ、私はフィルフィーだ。どうやら涼太の連れだと言うことは本当らしいな」

「お主らに死なれると後で涼太に怒られるのでな。勝手に助力させてもらうぞい」

「ーーーッ、後ろ!」



ゆっくりと立ち上がった魔王は両手組んで腕を遠蛇へ振り下ろす。



「はいはい、わかってますよ。【剛力】」



ズゥンと遠蛇の身体が大きく沈む。

圧殺されてもおかしくはなかった。

フィルフィーは驚きのあまり口を大きく開ける。


確かに遠蛇の足は地にめり込んでいる。

しかし彼女は片腕で魔王の剛腕を受け止めた。



「グルワァァァーーーー!」



狂気に身を任せた魔王は6つの拳を活用して遠蛇へ連打を繰り出す。



「流石に6腕同時は厳しいですかね」



そう言いつつも遠蛇は襲いかかる拳の全てをいなして回避する。


今の魔王のレベルは強化され、攻撃に特化しているが2000オーバーであり、フィルフィーすら超える強力なものだ。

その魔王相手に手を抜いたまま渡り合っている遠蛇の姿にはフィルフィーも驚きを隠せない。



「小娘、彼女は何者だ?」

「小娘ではない、妾には椿という名があるのじゃ!」

「あぁ、すまないな。で、椿よ」

「遠蛇は妾たち3人の中ではまぁまぁの強さじゃよ」

「となると、お主が言っていた爺とやらはそれ以上の強さを持っているということか?」

「爺は別格じゃ。毎回、涼太と会っては組手をしておるし妾たちとは別次元なのじゃ。ほれ、今跳んでくるぞ」



椿は空を指差す。

ラバン王国の内側から何か大きな塊が跳びあがり此方へ向かってくる。

地鳴りと同時に椿の側へ着地したそれはゆっくりと体を起こして立ち上がる。




「…………爺、なんでそんなにボロボロなのじゃ?屋根から落ちたくらいではピンピンしておろう」


豪鬼の顔には大きな青痣がいくつもあり、壮絶な戦闘の後かのような傷跡がいくつもあった。



「いやはや、訳がわからんわ。落ちたところに王妃と小さな子供が居てのぉ。儂の顔を見るなりに子供が泣き出しおったのじゃよ。そこまでは良いのじゃが、その子供が抱えておった兎か何か知らぬフワフワした生き物が化け物になって儂に攻撃してきたのじゃ」

「爺は馬鹿じゃのぉ。子供は大切にするに限るのじゃよ?」

「お嬢、儂も混乱しておって何がなんだか分からんのですよ」



豪鬼は頭を掻き毟り大きな溜息をついてその場へ腰を下ろす。


余談ではあるが、豪鬼の落ちた先にいたのは現在では第1王女のユミナと王妃だ。

魔族を見たことのないユミナにとって豪鬼は未知の化け物であった。

泣き出したユミナに激怒したマシュマロウサギのマシュマロが兎の逆襲を発動。

涼太によって生み出された魔物だけあって豪鬼の想像を遥かに超え、ボコボコにされて逃げるように椿を追ってきた。



「良かったら一本いるか?」

「むっ、すまんのぉ。頂くとするか。むぅ、おぉぉぉぉぉ」


フィルフィーは瀕死状態の豪鬼にエリクサーを渡す。

酒か何かと勘違いした豪鬼は戸惑いを見せることなくフィルフィーから貰ったエリクサーを一気に飲み干す。


「儂、完全復活!」


奥底から湧き出る活気は血液が循環するように豪鬼の体を満たしていく。

日々、休まずに戦闘ばかりしていた豪鬼の身体は休ませはするものの完全に回復することは無かったために高揚感を隠せずにボディビルポーズを取る。


「豪鬼様、タラタラしないで交代して下さい。私がブチ殺しますよ?」

「最近のお主、口が悪くないか?儂傷つくぞい」

「とっとと変わって下さい、攻撃をいなすのも面倒なんですから」

「仕方ないのぉ、交代じゃ」



ニカッと笑みを浮かべて豪鬼は遠蛇と交代して魔王へ近づく。



「キサマ、キサマキザマワァァ、隻腕かァァ!!」

「無残な変わり様じゃのぉ、以前に儂と戦ったときの洗練さがまるで無い」

「コロスコロスコロス!」

「死ぬのは貴様じゃ。我らの里を滅ぼした罪、儂の一撃で葬ってやろう」



豪鬼は腰に携えた鬼丸を抜き、ゆっくりと上段に構える。


「ふんっ!」


肌に緊張が走る。

決して速くはない。


一流の剣の使い手が払うの剣術は周りの者たちを見惚れさせるらしい。

見慣れている椿と遠蛇はともかく、フィルフィーは分かっていようとも身体を動かすことが出来なかった。


それは魔王もしかり、


頭上から真っ二つに一刀両断された魔王はゆるりと膝から倒れた。



「儚いものじゃのぉ」

「爺!それよりもここから撤退するぞ。妾たちが周囲の者たちに認知されるのはマズイのじゃ!」

「おぉ、そうであったな。というわけじゃ、エルフの嬢ちゃんよ。お主らとは近いうちに会うであろうから、またその時にな。では退散じゃ!」


豪鬼と遠蛇の手を握った椿は転移魔法を行使し、元いた王城の一部屋へと帰った。




「何だったのだ、彼らは……これは涼太と問い詰めるしかあるまいな」



助かったことは確かだが、それよりも涼太が自分には内緒で知らぬ戦力を得ていたことに納得がいかなかった。


微かに頬を緩ませてフィルフィーは残った魔族と魔物を殲滅するがため足を進める。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ