207話 紅蓮の魔王
サクサク進めて涼太盤面へ移行したいです。
クリスたち四人は魔物たちを無視してラバン王国へ目掛けて進んでいた。
四人それぞれの顔には焦りの表情が浮かび上がっている。
「ねぇ、さっきの感じた魔力って冗談じゃないよね?」
「正直に言いますと冗談であって欲しいですわ。こんな体に張り付く気持ちの悪い魔力は初めてですわ」
距離はそれほど離れてはいない。
あと半刻もしないうちに追いつくであろうが、鍛え上げたはすの自分たちですら、かなうかどうか分からないほどの禍々しい魔力を感じた。
クリスは感じ取っていた。
先程にミセルとフィルフィーが自分たちを先に行かしたのは他の魔物とは一線を引いた強力な相手がいるからだと。
しかし今感じた魔力は更に一線を引いているほど強力なものである。
「魔王……かしら……」
「この騒動の発端が魔王軍の仕業だと言うのであれば間違いなく魔王がいますね」
「クリス、どうかしら。あなたなら勝てる見込みがある?」
エリスの問いに長い沈黙をクリスはする。
「最初から全力でいかなければマズいと思います。かく言う私たちは女ですから、相手が油断している唯一最初の間が勝機ですね」
「なるほどね、確かに同意だわ」
魔王どころか魔族と対峙したことのない4人にとっては魔王は未知なる相手だ。
迷宮で鍛えあげた自分たちならば並みの相手であらば負けることはない。
それこそ冒険者ランクの最上位にいる人物たちとすら勝てる見込みがある。
♦︎♢♦︎
「ふむ、右翼と左翼は潰されたか」
「どうやら手練れが紛れ込んでいたようです。キュールを倒すとはな、中々に骨のある奴もいるものだ。それに比べて……」
紅色の髪に漆黒のローブを纏う男は呆れた表情を見せて辺り一帯を見渡す。
地に倒れ伏した冒険者や騎士たちの姿。
そして右手には自分と同じ背丈の大柄な男の頭がある。
「なぁ、雑種よ。お前たちはこの程度の力しか持っていないのか?少しばかりは期待したのだがな」
「くっ、くたばれ……俺はこの国の者たちの道しるべにぃ……」
魔王の右手が男の首と胴を引き裂く。
膝からゆっくりと地面に転げ落ちた男は微動だにしなくなった。
所々で冒険者たちの中から絶望した声が響きわたる。
それもそうだろう、今魔王に殺された男はラバン王国の冒険者の中でも最強と謳われる一人のSSSランク冒険者だからだ。
その中で一人の男が魔王の前へ出る。
剣先から柄頭までの長さは2メートル程である大剣を持った男。
既に手傷を負いながらも倒れ伏す冒険者たちを守るように立ち塞がる。
「よくも……やってくれたな」
「ほう、これだけ圧倒的な力を見せつけられて我の前に立つか」
魔王が見せた表情は歓喜ではなく落胆。
力量差も分からずに立ち向かう愚か者を見るような顔つきだ。
「ゴフッ……やめ……ろ……ギルマス。あんたでも……勝てる……訳がねぇ……」
「黙っていろ、そんな事は百も承知だ。だが俺はお前たちの長として護らなければならない!」
「お前のような小物が長とはな」
「確かにお前から見れば、俺など取るに足らない存在なのかもしれない。しかし俺は守るべき者の為にここを引くわけにはいかんのだよ」
「威勢だけは良いようだが、そこに実力がなければ何の意味も為さないぞ。お前の信念も砕いてやろう」
両者は目を大きく見開いて大きく脚を踏み込む。
だがその意味合いは大きく違ってくる。
ギルドマスターは驚愕に目を見開いたのだ。
剣を振ろうと腕を上げた途端に魔王は既に自分の懐に入り込んでいた。
「頭が高いぞ、人間」
魔王が振り下ろした拳はギルドマスターの肩へ振り下ろされる。
ビキリィと骨が砕かれる骨音が耳に聞こえ、握りしめていた大剣を手放して地に膝をつく。
「なんの……これしき!」
「むっ……」
ギルドマスターは空いた左手を懐から手のひらほどの大きさのアイスピックを抜き取り魔王の太ももへ突き刺す。
多少の痛みはあったのか、魔王は眉を少しヒクつかせる。
「存外に姑息な真似をする。その程度で我の足を地に着かせるなど烏滸がましいぞ」
アイスピックを太ももから抜いて、右足でギルドマスターの背中を踏みつけて地に這いつくばせる。
「魔王様、回復を致しましょうか?」
「よい、この程度は数のうちにも入りもせぬ。それに我のどこに傷があるのだ?」
魔王の太ももに目をやると衣服が破れている痕跡はあるものの、破れた箇所から見える肌には既に傷跡が残っていなかった。
「な……るほどな。再生持ちか……俺が手傷を負わせても意味が無いというわけか」
「理解したか、人間。お前たちが我に傷を負わせるなど万に一つもあり得ない……だが」
魔王は刺された箇所の破れた部分の箇所を見つめ、視線を再びギルドマスターへやる。
「下等生物ごときが我の衣服に傷つけた罪は万死に値する。死ね、人間」
目の前の男を殺すために、魔力を込めた拳が振り下ろされた。
ギルドマスターは歯を食いしばり目を瞑る。
地が砕かれて砂塵と小石が舞い上がり視界が一瞬閉ざされる。
「…………なに?」
魔王は違和感を覚える。
確実に息の根を止めようと、拳を振り抜いたはずだが拳から伝わる感触に全くの手応えを感じなかったのだ。
更に砂塵が消える前に感じ取った冷気。
自分の下半身が一瞬にして凍りつく。
「シャル、エリス!」
「うん、【奈落】」
魔王を中心に紙面が陥没して大きな穴が生まれる。
「喰らいなさい!【灼熱の地獄牢】」
赤く燃え上がる炎の塊がシャルロットが生み出した大穴へ吸い込まれて、大きな火柱を上げて周囲を焼き尽くす。
「クリス、トドメの一撃よ!」
「消えなさい、時空斬!」
クリスが開花させた自身が持つ時空魔法が生み出した一撃。
涼太に何度も教えられてようやく自分とのステータスと釣り合いが取れて使えるようになった魔法だ。
手刀から振りはなった一撃はエリスが放った炎を空間ごと斬り裂いて地面に爪痕を残す。
「魔王様!貴様ら、何者だ!」
「そんな事はどうでもいいでしょ。あなたもくたばりなさい」
「ぐはっ!」
二丁の魔拳銃を抜いたエリスが放った魔弾は魔族の身体を後方へ吹き飛ばす。
「ロゼ、その人の容体は大丈夫?」
「重症ではありますが、何とか大丈夫ですわ」
ロゼッタの傍には先程、魔王と戦っていたギルドマスターの姿がある。
魔王の攻撃を受ける前に疾風の如く、ロゼッタは魔王から掠め取りその場から避難したのだ。
「ねぇ、ロゼッタちゃん。これで勝ったとは思えないよね?」
「終わりであって欲しい理想ではありますが、それが叶わないのが現実ですわよね」
「あーもう、どうしよう」
「一先ず動きは無いようだし、重傷者の救護をーーーーッ!!!」
クリスは反射的に結界を張る。
どす黒い魔力の渦が辺り一帯に波紋を描くように広がり、その余波によって動かぬ身である冒険者や騎士たちはクリスたちの後方へ吹き飛ばされた。
ピリピリと張り付く緊張感に4人は生唾を飲み込む。
「なるほど……人間の中にも少しは骨のある奴がいるようだな」
「嘘………ですわ……なんで、その傷で立てるんですの」
魔王の右腕は凍傷と火傷により皮膚が焼けただれ、左肩にはクリスが放った時空斬が大きな爪痕を残して腕が辛うじてぶら下がっている状態だ。
それなのに魔王は表情一つ変えずにクリスたちを睨みつける。
ボコボコと傷口が泡立って、徐々に傷が再生していく。
「この紅蓮の魔王相手に不意打ちとは言え、手傷を負わせたのは賞賛するべにだろう。そこの小娘、名を名乗れ。お前はどうやら中でも格上の様だ」
「クリス……クリス・フィル・ハイゼット。私の攻撃が通じているようで何よりですね」
「我に手傷を負わせたのはお前で3人目だ。だが、生きて逃げられたのは一人のみ。永く散れぇ!」
一切の妥協はしない。
敵と見定めた者には一切の加減と容赦もなく仕留める心情を持つ魔王の顔つきが変わった。
「「させないっ!」」
いち早くロゼッタとシャルロットは行動に移す。
両者ともにアルマモードへ変身してクリスを左右から抜き去り、肉薄した顔つきで魔王に立ち向かう。
「混合魔法、【マグマ弾】」
「【エアスラッシュ】ですわ!」
シャルロットは土と炎の魔法の混合魔法で溶岩を発射させる。
魔王は危機を感じたり、一つ一つ避けていくがロゼッタの放つ風な刃が直撃する。
「この程度で我を止められると思うなよ、小娘ども!【十字の焔】」
「目には目をってね!【白龍】」
十字に燃え上がり回転しながらクリスたちを襲う炎とエリスが放った白炎の龍が衝突する。
互いの熱が一帯の温度を上昇させ、夏が終わろうという季節なのに汗が滲み出る。
「うっ……ちょっと……キツ過ぎぃ……」
「我の特性は炎だ。貴様のような軟弱な炎が対抗出来るはずないだろう!」
「十分だわ、エリス!魔王、そのまま魔法の意地でもしていなさい!」
クリスは上空に大きな魔法陣を描く。
魔法陣からは直径30メートルはあるであろう巨大な氷塊が姿を現わす。
自然落下で徐々に速度を増す氷塊が押し潰す。
そう未来視をしたクリス。
魔王の口元が三日月に割れる。
「ふはっはっ、数の暴力とはよく言ったものだ!だが、我は魔王なり。その程度の攻撃に臆すると思ったか!」
魔王が小言で何かを呟く。
「ーーーッ!だめっ、クリスちゃん、エリスちゃん!逃げて!」
ロゼッタと同じく一番遠くに離れていたシャルロットが声を荒げる。
次の瞬間に、辺り一帯が爆散した。
流石は魔王。




