206話 流星
剣同士がぶつかり合う音、肉を引き裂く音、
それらが混雑した中でレオンとジャッファルの両名も苦闘してた。
主には魔物で構成されているが、ちらほらと魔族の姿がそこにはあった。
魔物と戦いなれている冒険者たちは連携を取りながら確実に敵を減らしているが魔族たちの力は想定していた以上のものだ。
既に数多くの冒険者たちや騎士は魔族の猛攻に負けて敗走する。
中には息途絶えた者たちも少なくはない。
「ちっ、劣勢か。このままではマズイな」
「余所見をしてるとは余裕ですね!」
ジャッファルが視線を逸らしていると後ろから魔族の剣が襲いかかる。
「クソが!」
紙一重で避けたジャッファルだが手に持つ剣はカタカタと震えている。
(クソクソッ、覚悟はしていたはずだ!なのになんで俺の身体は震えが止まらなぇんだ。人の生き死にが起こるとなんて分かっていたはずだろ)
ジャッファルにとって、この戦いは初陣である。
覚悟は決めていたが、血生臭い臭いと戦場特有の緊張感は予想以上のものがあった。
既にアルマモードで戦っている彼にとって、優勢に出られない状況は最悪だ。
「ふむ、矮小な人族にしては上々。しかし、あなたは若い、若すぎますね。戦場を知らない未熟者でしかありません」
「そんなことは俺が一番わかってらぁ。どれだけ自分が温室育ちだったか痛感してんだよ!」
魔族は顎に手をやり一考する。
実力差は分かりきっている筈なのに、なぜこの少年は自分に向かってくるのか理解が出来なかったのだ。
「ならば、なぜ向かってくるのです?既に時は遅いですが、あなたは私と対峙する前に逃げるべきであった。理解が出来ませんねぇ」
「お前は同胞が殺される姿を指を咥えて眺められると思っているのかッ!」
今、ジャッファルが立っている直ぐ後ろには十数名の冒険者や騎士たちが倒れている。
一目で重傷者が多数、間に合わずに息をひきとった者もいる。
全てこの魔族によって倒された。
ジャッファルがここで引けば、魔族は確実に生きている者の命を刈り取るだろう。
「ふむ……実に興味深いですね。生憎と私には、そういった概念がないんですよ。雑魚に構う筈ないでしょう。死ねばそこまでの者であっただけ、それ以上でもそれ以下でもないんですよねぇ」
「この……人格破綻者がッ!」
「おやおや、口が悪いですよ。失笑、あなたも同じく葬ってあげるのですから、その言葉の代償は死をもって償ってもらいましょうか!」
軽く飛び跳ね、上空からジャッファルに剣を振り下ろす。
身体の限界が近づき、反応が一歩遅れてしまい敵の攻撃をまともに受けてしまう。
そう悟り目を瞑る。
ギャリィッン!
何かに弾かれる音、
「これはッ、魔法障壁ですか。一体誰が……」
まるで岩に剣を叩きつけたかの様な衝撃が手から伝わる。
自身の攻撃を跳ね返す程の強力な魔法障壁を張られた事に驚く魔族。
「ふぉふぉふぉっ、何じゃい。ジャッファルよ、存外に苦戦しておるようじゃのぉ」
「ジジイ……正直なところ助かった」
ケイオス学園の学園長にして、ラバン王国において最高位の魔法職である賢者の名を持つ男、ガウス。
黒のローブを纏い、手には大きな木製の杖を持つ。
杖の先端には七つの魔玉が埋め込まれており、それぞれ赤、青、黄、緑、白、黒、茶の光が輝いている。
「おやおや、御老人。ここは戦場ですよ、お身体にさわります故に大人しく下がっていることをオススメしますが?」
「ほうほう、老人の気遣いとは有り難いものじゃな。では可愛い生徒をいたぶった御礼参りとして早々に片付けるとするかのぉ。【煉獄の焔】」
現れたのは極大の炎。
杖から放たれたそれは、地を焼き眩い光を放って魔族へ襲いかかった。
「これはッ……【大地の牢獄壁】」
土が盛り上がり魔族から半径2メートルほどの範囲が球体状に変化し、2重、3重に覆われていく。
炎は土の壁を削りつつも地点を通過して勢いを失っていく。
風化して剥がれ落ちる壁の中からは額に少量の汗を流した魔族の姿が現れる。
「炎と土とでは相性が悪いのぉ」
「驚きました、まさか私が守勢に回らなければならないとは。中々に恐ろしい御老人だ」
「ふむ……中々であるか」
「何かご不満でも?」
中々、確かに強力であることには変わりはないが自分にとって脅威になるほどの力ではない。
その表現にガウスの眉が動く。
「失笑禁じ得んわぃ。少し小突いた程度で中々とは、ワシも昔に魔族とは何度か戦ったがお主は脅威にならんと思ったの」
「ッ!このジジイ、あまり調子に乗るなよ!」
「お主の専売特許は接近戦であろう。確かにワシの懐に入られれば危ういかもしれんが……なぁに、近づけさせなければ問題ない」
「その言葉、後悔しますよ!」
魔力で身体を強化した魔族は剣を抜いてガウスにめがけて突進する。
ジャッファルは目で追うのがやっとな速度を目の当たりにして、自分は遊ばれていた事に歯をくいしばる。
(くそッ、やっぱり本物は違うってわけか)
ガウスが放つ数千の氷の粒手を紙一重で回避していき肉薄した表情で接近する。
あと十数メートルの地点でガウスは【飛行】を使用して再び魔族との距離を取る。
「面倒ですねぇ、ですが相手は私だけではありませんよ」
魔族が使役している魔物たちはガウスを標的に捨て身で襲いかかった。
「甘いわぁ!数にものを言わせて襲うとか愚の骨頂じゃい。【大地の棘】」
杖を大きく振りかぶり地面に叩きつける。
地鳴りが響き渡り、無数の大きな棘が魔物たちの足元から出現して串刺しにしていく。
その様はまさに処刑。
魔族も自身の足元が盛り上がる前兆を察知して上空斜めに飛び上がった。
腕を微かにかすめながらも魔族は回避する。
「恐ろしいですね、ですがこの規模の魔法を使ってしまえば貴方の魔力も大幅に削れているのでは?現に貴方の魔力は戦闘時に比べて弱々しいですよ」
「むう、確かにワシも老いたものじゃ。しかしのぉ、言い忘れていたがお主は既に積んでおるぞ?」
「強がりはよして頂きたいものです」
「ならばこれから脱出してみてはどうじゃ?」
魔族の四方に魔法陣が展開して四角いキューブ状の結界が張られた。
内側から手を触れようとすると電流が走り弾かれる。
「なるほど、確かに強力な結界ですが一体何をしようと言うのですか?」
「すまんのぉ、実はワシが生徒の助太刀をする前に一つの魔法を行使してあったんじゃよ……ほれ、そろそろ来るぞい」
ーーー大地が震えた。
いや、震えているのはこの空間そのものである。
ガウスが空を見上げたのに釣られて魔族も上を見上げる。
「……なっ……んだと」
絶句
十数は下らない大岩が熱を帯びて自分たちへ目掛けて落ちている。
あの質量が直撃すれば間違いなく自分は死ぬ。
「き、貴様ぁ!この戦場ごと潰す気か!」
「安心せい、死ぬのはお主と魔物だけじゃい。ではさらばだ」
風魔法を使い、ガウスはジャッファルを抱えてその場から離脱した。
「ハッハッハ、ハッハッハ、魔王様万歳!魔王様ばんざーー」
圧倒的に質量を持ったそれは魔族を覆っていた結界を砕き天災を起こし、その場を跡形もなくした。




