205話 敬愛すべぎあなたへ
一方でフィルフィーとキュールは死の樹海の中でも木々が生い茂っていない場所へと移動する。
両名を挟むのは小さな小池。
池の底がハッキリと見えるほどの透視度だが魚の一つもそこにはいない。
「この辺でいいだろう」
「あぁ、始めようか」
水しぶきが舞い上がる。
魔力により補強した足で水面を爆散させ両者は池の中央で交える。
キュールは携帯している魔槍を体を捻り加速させて打つ。
対してフィルフィーは圧縮した大気で風の剣を作る。
一撃を打つたびに地鳴りが起こり、余波で池の水は吹き飛んで辺り一帯が瞬間の大雨が降る。
「なぜだ。なぜお前は魔王軍から消えた!答えろ、フィルフィー!」
「…………」
「魔王軍でのお前は輝いていた!魔王様の右腕として敵対する他の魔王軍とも互角に渡り合ったお前を慕う魔族もいただろう」
「確かにな、私も正直に言えば悪くはなかったぞ」
「ならばっ!」
全身を濡らしたキュールは軽蔑の視線を送る。
歯噛みをして震える右腕を抑えつつ、今まで心の中に留めていた想いをフィルフィーにぶつける。
彼女の一撃を受けるたびに身体が痺れて、同時にキュールの想いが身に刻まれる。
「【魔装】」
ふと、彼女は呟く。
魔槍が輝きキュールの身体を覆い尽くして球体がうまれた。
紅と黒が混ざり合った球体は卵から孵化をする雛のようにひび割れる。
黒と紅が混ざり合った甲冑、動きやすいように急所以外は覆われずにキュールの白い肌が現れる。
「それは?」
「お前は知らないだろう。これは私の魔槍が解放する能力で使用者と完全にリンクするんだ。そしてーーーッ!」
「ーーッ!」
先ほどまではお遊びだと嘲笑う速度で突進したキュールは上段から槍を振り下ろす。
僅かではあるが音速を超えた攻撃は空間を切り裂き、フィルフィーは剣も自分ごと斬られる未来を予測する。
横へ大きく回避したフィルフィーは自分の腕を見つめる。
浅くはあるが斬られた傷から血が滴り地面を濡らす。
「次元斬か。涼太が使うところを見ていなければ危なかったな」
親愛なる男が戦う姿を逃したことのないフィルフィーは人間離れした涼太が使う技の数々を知っている。
中でも次元斬は魔法で防御しようとも高次元の空間ごと斬りつける技で防ぐ手段を持ち合わせていない。
まさかキュールがその技を使えるとは思わずにフィルフィーは大きく目を見開く。
「これがあればお前に刃は届く」
「あぁ、だがそれだけの力だ。お前の身体が耐えきれるとは思えんがなッ!」
風の槍を展開、
フィルフィーの後ろに展開された数は百。
一気に彼女は魔法を放つ。
「舐めるなよ。【百連突き】」
寸分の狂いもなく撃ち放った槍突きはフィルフィーの魔法を相殺していく。
一点集中で全ての攻撃を防ぎきったキュールはフィルフィーに目を向ける。
しかし彼女の姿はそこにはない。
「甘いなッ!」
「ぐぅーーッ」
フィルフィーの正拳突きがキュールの横腹に直撃し、横一直線に吹き飛ぶ。
何度も咳き込み、口に手を当てると真紅の液体が手にべったりとへばり付く。
「なぁ、一つ昔話をしようか」
「なに?」
「あの魔王軍だよ。正直に言うと私はあの居場所は悪くはなかった。部下には慕われ、戦場でも喝采する皆を見て私も心地よかった節はある」
「ならばっ!」
「きっかけは魔王が亡くなったことだ。あの時の死因は知っているか?」
「魔王様は病弱になり、ベットの生活を送ってらっしゃる時に暗殺された」
フィルフィーは首を横に大きく振る。
「お前は知らないだろうが、あの時に魔王はとある呪いに掛かっていた。悪魔が掛けた制約みたいなものだ。強制的な加護を受け、悪魔の言葉に忠実に従わなければならない呪い。その名はバアル・ベルゼバブ、悪魔の王だ」
フィルフィーの言葉に驚きのあまり声を失う。
悪魔は魔族にとっては上位互換とも呼べる存在であり、魔族が逆らおうなどとは思わない存在。
時には手を貸し、時には己が欲望のために利用する厄介な相手とも言える。
「悪魔は魔王にこう囁いた。『人族を皆殺しにせよ。逆らう者は敵味方問わずに殺せ』と」
フィルフィーは自分の上司であった魔王を思い出す。
彼女は優しく、自分の魔王軍が生き残るためにどうすればいいのか常に試行錯誤をする女性であった。
戦場になれば自分が先陣をきって部下たちの士気を高める人物だ。
「何度も彼女は呪いに対抗したが、時が経つにつれて呪いの影響は強まる一方だった。そんな中で彼女はこう言った。『このままでは私は愛するべき仲間すらも殺してしまう。その前にお前が私を殺してくれ』」
涙を流しつつ悔やみきれない思いをしていた魔王の姿を思い出す。
魔王の腹心であったフィルフィーのみが知る過去の事実。
「そんな、嘘だ……」
「私が出来ることは彼女の願いを叶える事だけだった。悔やみきれなかったよ」
「ならば……あたなはッ!なぜその事実を皆に伝えずに去ったのだ!これではあなたが全ての泥を被ったみたいなものだろうが!」
槍を離して拳を構えたキュールはフィルフィーに殴りかかる。
魔装も解けた彼女の拳は弱々しくあった。
拳を受け止めたフィルフィーも暗い表情を浮かべる。
キュールの心はこの1番で大きく揺れ動いた。
尊敬をしていた人物の裏切りが、魔王と自分たちの為であった事実を受け入れられる訳がない。
もし受け入れてしまえば、自分が今まで抱いていた思いが滑稽であると道理である。
キュールが報われるのだとすれば方法は一つ。
「本当に済まなかった」
フィルフィーはキュールの身体を強く抱きしめる。
以前の孤独しか知らない彼女であれば、この選択肢は取らなかったであろうが、涼太やエリスたちの仲間がいる温もりを知った彼女だからこそ出来る選択肢。
キュールは脱力して膝を地につける。
瞳からは大きな雫が溢れ流れる。
「なぜ、なぜ私を一緒に連れて行って下さらなかったのですかフィルフィー様……」
「お前にまで私の咎を背負わせる訳にはいかないだろう。私を一番に慕ってくれていたお前に不幸を味あわせる訳にはいかない」
「もう私を見捨てないで下さい……あなたがいる場所ならば私はどこまでも付いて行きます」
「……お前が望むのならばそうしよう」
長きに渡って抱き続けてきたキュールの想いは成し遂げられた。
大きな泣き叫び声が盛りに響き渡る。




