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201話 ジャッファルとレオン



普段は一定のリズムで音を壁に反響させて歩く王城の廊下。

ここに勤めている者たちはそれぞれ己が誇りを持ち胸を張って行動をする。


しかし一人の文官は息を切らせながら自身の肥え太った肉体からは思えぬ速度で王がいる私室に赴く。

扉は大きな音を立て開けられて、壁際に控えていた兵士たちは何事かと警戒をする。




「報告します、陛下!ただ今、死の樹海より魔物の大群が押し寄せてまいりました。その数は数千から数万!」



文官は額から落ちる汗を拭おうともせずに、部下や冒険者たちから聞いた情報を王に伝える。



「…………来たか。涼太から聞いた可能性が本当に当たるとはな。あい、分かった。待機させていた兵士たちに出立の準備を伝えろ」

「それともう一つ」

「なんだ」

「魔物と共に魔族の確認をしました」

「ーーーッ!」



その通達にラバン王国国王のケネスは眉間にしわを寄せた。


「全軍に伝えよ、敵は魔王軍だ。魔界からの侵略を一切許すなと」

「はっ!」



文官は入ってきた扉を再び開け、腕を大きく振り部屋から出て行く。



ケネスは自身が座っていた椅子に深く腰掛けて大きく溜息をつく。

表情は穏やかとは異なり、危機感に頭を悩ませてシワができる。


「……ついに来たか。魔王軍に警戒しろと言っていたが、魔物まで連れてくるとは予想外な」

「陛下、我が騎士たちも掃討に向かいます。私はこれで失礼します」



ソファーに座っていたアルマス公爵家当主のゲイルも通達を待っていたのか動き出す。

残されたのは王の護衛として部屋に残っている兵士が数名とケネスだ。




(頼むぞ、この戦いは何としても勝たなくてはならない。我が国のためにも敗北は許されない)




ここにラバン王国と魔王軍の全面戦争のサイが投げられた。




♢♦︎♢





一方、


ラバン王国内のケイオス学園でも魔物たちの襲来に学生たちだけではなく職員たちも慌てふためいていた。

その中で一室に十数名の人物が集まっている。


会議のテーブルの中心には学園長、他の席には一定の戦力を持ち合わせたいは職員たちの姿。

そしてもう二つ、職員たちも異質な目でとある少年と青年が座る席に目がいく。


一人はこの学園の生徒会長であり国の王族でもあるレオン。

堂々と腕を組み言葉を発さずに居座る。

そしてもう一人、



「学園長、なぜ彼がここにいるのですか?レオン様は王族として理解はできます。しかしこの場は学園の中でも強者のみが集められたはず、彼はふさわしくない」

「あぁん?俺は実力で呼ばれたんだよ。俺はこの場にいるべき人物だぜ」



涼太が受け持っていた2年A組に在籍するジャッファルは机に肘を付けて、臆することもなく自身を揶揄する教師を睨みつける。

教師の中には貴族の出の者も少なくはない。

ケイオス学園に在籍する講師は百を超える。

その中でも選ばれた者たち十数名が戦争に対しての対談をするために集められたのだ。

たかが一般生徒、それも中等部の平民の出の者が自分たちと同じ場にいる事に面白く思わない講師も少なくない。


「学園長、なぜ彼を呼んだのですか!こんな礼儀も知らない平民が何故我々と同じ場にいるのですか!」

「だからぁ……」

「貴様は黙っていろ!」



激昂した講師は机を大きく叩き学園長であるガウスを睨みつける。

その態度に場にいる者たちの反応は二つに分かれる。

一つは講師に賛同する者たちで彼の言葉に頷く。

もう一つは呆れ果てている者たちだ。



「もう良いだろう。連れ出せ、彼はどうやらこの場に相応しくないようだ」

「なっ!」



口を開いたのはレオンだ。

フッと息を吐いて両手を組み机に手を乗せて講師に視線を向ける。

レオンの目には何の期待も映っておらず、ただ哀れみと失望感が込められた瞳をしていた。


「何故です、殿下!いくらあなたとは言え……」

「貴様は何に執着している?我々は無駄話をする為に集められた訳ではない。貴族だの平民だのくだらないな。私たちが集められた理由が本当に分からないのか?」



いつもならば一人称は僕のレオンだが今は私に変えている。

つまり彼は生徒会長としてではなく、講師に王族として話をしているのだ。

ジャッファルを含めて多数の人物たちはレオンの言葉の意を理解するが、どうやらこの講師は頭に血が上りそれすらも理解できていない。

下手な発言をすれば不敬罪として裁かれてもおかしくない状況で、生徒としてしか見ていない講師が葉を噛み締めていることに大きなため息を吐く。



「連れ出せ、邪魔だ」

「なっ、ふざけーーー」



いち早く控えていたレオンの護衛が講師を取り押さえて外へ連れ出した。



「ふむ、では君たちを集めた目的を話そう。実は我々学園の方にも国の方から要請があった。その意味が理解できるかの?現時点の情報で魔物の大群が王国に押し寄せて来た。ワシはこの学園の長として戦争に介入する。だが君たちには選択肢がある。踏みとどまるなら今じゃ、死ぬ覚悟のない者は退出するとよい」




ガウスの言葉に場に静寂が訪れる。

結婚して子供もいる人物も少なくはない。

戦争に参戦して生き残れば多額の褒賞金と学園の中の地位向上は間違いないが、それでも死ぬリスクも小さくはない。



「で、では私は失礼します。少し体調が優れないようでーーー」



一人の男性が挙手し椅子から立ち上がり扉を出て行く。

この男性は先程連れ出された講師同様に華族の出の者だ。

普通ならば貴族の特権なりを振りかざして傲慢な態度を取るところだが、強制的ならば自分にも豪語することが出来るが、逃げ道を残された上で死地へ赴く度胸までも持ち合わせてはいない。


彼を風切りに三分の一の講師たちも椅子から立ち上がり会議室から出て行く。

残ったのはガウスと数名の講師、レオンとジャッファルだ。




「ジャッファルよ、ワシはお主の力を高く評価しておる。涼太の庇護下で才能を開花させたお主とタメを張れるのはレオン君くらいじゃろう。しかしお主は中等部、人の生き死にに関わるには早すぎるぞ」



ジャッファルは涼太が非常勤講師の休日を取り居なくなってから数ヶ月の間も、涼太から与えられた課題を守りながら日々特訓に明け暮れていた。

その実力は既に普通の講師から見ても逸脱しており、訓練と称して全校生徒の中で最強と謳われているレオンと週に一度の模擬戦をすることもある。


高く評価されていることに喜ぶべき、しかしジャッファルの表情はとても歓喜しているものとは思えない。



「学園長、俺からしてみれば俺の実力なんて他の奴らとドングリの背比べもいいところだ。休学したクラスたちの足元にも及ばねぇ。そして何より先生は俺の憧れなんだよ。あの人に一歩でも近くためにも俺は自分の力を戦争に使う」



ジャッファルは普通の講師には先生と呼ばない。

自分が尊敬に値する人物にしか敬称を基本的には使わない、つまりは先生とは涼太のことだ。


その言葉にゴクリと生唾を飲むたちもいる。

所詮は学生、自惚れた子供が多少の強さを持ったところで戦いに対して何の覚悟もないものだと思っていた。

それが自分たちよりも下手をすれば同等以上の心意気を持ち合わせている。



「ははっ、素晴らしいぞ。君の心意気は確かに本当のようだ。自惚れず、真に自分の価値と欲望を両立させるその姿勢は僕は好きだよ」

「殿下、あんただって適当な気持ちで戦うわけじゃないでしょう。王族は国にとっての大将だ。次期国王のあんたが前に出て戦うのに何のメリットもない」

「当然だ、しかし僕はこの国を愛しているんだよ。妹のユミナや姉のエリス、学友たちなど数え切れないほどの大切な人たちがいる。弱き民が国中で怯えているんだ。そんな中で僕だけが一番安全な場所に留まることは我慢出来ない」

「くはっ、あんたと同じ歳なら親友になっていたでしょうね」

「それは残念、僕も君のことは気に入っているよ。一つ賭けをしないか?」

「賭けですか」



王族に臆することもなく平然と笑い対話するジャッファル。

先ほどの講師に相対して満足気な笑みを浮かべたレオンは人差し指を立てる。



「正直に言うと僕は君のことが欲しい」

「えっ、俺はノーマルなんでそれは嫌です」

「違うよ!……以前にも涼太にもそんな事をいわれたなぁ。欲しいのは君の力だ。この戦いでより大きな功績を立てた者が勝ち。僕が勝ったら君を僕の専属の護衛として雇いたい」

「「「なっ!」」」


声を上げたのは席に座っていた講師たちからだ。

驚きのあまり無意識に椅子から立ち上がりレオンとジャッファルに視線を向ける。


ジャッファルは大きく目を見開きレオンの言葉を脳裏で再び再生させる。

元々、ジャッファルは冒険者になろうと考えていたが、あくまでもそれは協調性がなく荒っぽい性格の自分には商売や接客は出来ない事からの消去法だ。

冒険者なら危険はほかの職業の比ではないが、高ランクになれば国に所属する兵士よりも高額の大金を稼げる。


王族、それも次期国王の専属護衛。


努力云々の話を超えている。

貴族の護衛とは違い、幼少の頃より王族を守護をるために英才教育を受けてきた人物たちですら護衛になれるか分からない。

絶対の信用と信頼関係がなくては成立しない立場の役職だ。

自分がそのスカウトをされるなど夢にすら思ってもいなかった。



「……冗談ではないんですよね?」

「実は魔法聖祭の後から君のことが気になっていてね。貴族たちからも君に手を出そうとする者がいたんだよ。不思議に思わなかったかい?学生が冒険者の中でも高ランクの者にしか使えないスキルを使って注目を浴びているのに何の声もかけられなかった事を」


魔法聖祭時に中等部2年A組は貴族たちの中で話題の中心核となった。

なぜ、あれほどの魔法やスキルを使えるのか?

彼らほどの力を持った学生が今後生まれてくるのか?

他の貴族たちは既にスカウトに向かっているのではないのか?と、


中でもクリス、ミセル、ロゼッタ、シャルロット、ジャッファルの5名は特に貴族たちに目をつけられていた。

クリスはセリア王国の四大公爵令嬢なので格下の自分たちではまともに対話すら出来ない。

ミセルもハイゼット家の護衛として既に雇われている。


ロゼッタはラバン王国で唯一のアルマス公爵家令嬢、クリス同様にスカウトなど論外だ。

ならばシャルロットはどうだと考えた。

彼女が一人になったところで近づこうとする者、拉致監禁しようとする貴族もいたが、手を出そうとした貴族に対してアルマス公爵家は激怒した。

当然だろう、シャルロットは既に公爵家令嬢のロゼッタの専属護衛なのだ。


ならば最後の頼みの綱のジャッファルはどうだと?




「はははっ、なるほどな。先生にも注意されていたが、不自然なくらい貴族たちが接触してこなかった理由はそれですか」

「で、どうだい?君が勝てば僕にできる事なら出来る範囲内でしてあげるよ」

「そうだな、なら一つ。俺が勝てば給料割増であなたの専属護衛として雇ってもらいます」

「具体的にどのくらいだい?」

「四割増で」


ジャッファルは手を広げて片腕の指を全て上に上げる。


「流石にそれは割高過ぎないかい?」

「殿下、あなたは何でもと仰った。今更、言葉を撤回するなんて言わないでしょう?」

「まぁー、そうだね。面白いよ、僕が勝った時は徹底的に僕の護衛として身振りから鍛えてあげるから覚悟してくれよ」



レオンとジャッファルの両名は立ち上がり、お互いの手を握りしめて握手をする。


この瞬間に学年と身分を超えた男同士の信頼関係が二人の中に刻み込まれた。




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