199話 帝国の終わり00:00
始めてみると存外呆気ないものだ。
涼太にとっては敵とすら見なせない相手を殺す必要性は感じられなかった。
全兵士にかけた麻痺は1、2日は起き上がれないだろう。
時間にして1分にも満たない間に数万の兵は倒された。
「ははっ、旦那ぁ。あんたが味方になってくれて本当に感謝するぜ。アタシらじゃ絶対に対峙できない数を一瞬で沈めるとは……」
「緊急時以外は極力力は使いたくないんですがねぇ……」
「その緊急時が今なんだろ?さぁて、見晴らしも良くなったし助かるとしますか」
グレンダは足元に転がる兵士たちがいることを気にせずに踏みつけながら捕らわれた隊員たちの元へゆっくりと駆け寄る。
その後に続いてイザベルも駆け足で部下たちの元へ歩み寄った。
「もう大丈夫だ。辛い思いをさせてしまい申し訳無い。お前たちの働きのおかげで私も無事五体満足でお前たちを助けることが出来た」
その言葉に乙女たちは涙を流す。
一寸先は闇、
あと数分もあれば処刑が始まろうとしていたのだ。
万の軍の中で仲間たちの助けを請うほど希望を持ち合わせてはいなかったものの、死にたくない気持ちは全員が共有していた。
イザベルとグレンダは懐から手のひらほどの大きさのナイフを取り出して隊員たちを縛り上げていた縄を解いていく。
「その格好もなんですから取り敢えずはコレを全員に配ります」
涼太はアイテムボックスから人数分の外套と靴を渡す。
彼女たちの格好は外を出歩けるとは程遠い。
動きづらいことこの上ないだろう。
「あの……イザベル様。彼は一体どなたですか?」
「あぁ、月宮殿だ。私たちに助力して下さっている。目の前の光景を生み出した人物だ」
「本当……ですか?男ですし……」
「言っておくが彼は私と比べればゴブリンとドラゴン以上の差がある強者だ。無論私がゴブリンだ。それに彼はラバン王国とセリア王国の使者だぞ」
その言葉にゴクリと生唾を飲み込む。
彼女たちから見れば涼太は戦闘職とは思えない身体つきをしている。
イザベルは冗談は言うこともあるが嘘を隊員たちの前でついたことがない。
その彼女が自分は圧倒的なまでに差があると言えば驚かざる得ない。
「あの……助けて頂いたのに失礼な事を申しました」
「気にしないでください。この緊急時に緊張しないほうがおかしいですから」
「誤解も解けた事だし次の話に移ろう。私たちは既に後戻りができないところまで来ている。私たちに残された道は王を撃つ、それのみだ」
その言葉を否定する者たちはいなかった。
既に自分たちは逆賊として国中に指名手配されている立場だ。
現帝国の王の自分たちの性格を含めて、現状では再び帝国に戻ることはあり得ない。
「私たちは波浪者となる事も覚悟した」
今後の自分たちは何をしていけばいいのか分からない。
女の身でありながら騎士になることは並大抵以上の努力が必要だ。
イザベルの言葉に下を向き暗い表情になる者もいる。
「しかし私たちは月宮殿の助力を得た。彼はどうやら国にいくつもの店を持つとのこと、そこで働くのも良し、冒険者になるのも良し。各々、今後の未来について考えておいて欲しい」
「あの……イザベル様はどうされるのですか?」
「私か?私は月宮殿に多大な恩を頂いた。それを返すために月宮殿の下で働くことにしようか。奉仕するのも悪くない……どうだろうか、月宮殿」
「え……えーーっと。どうしようかな。と、取り敢えず保留にして貰えるとありがたいです」
予想外のイザベルの告白に回答を考えていなかった涼太は大きく動揺する。
彼女たちの身の保証はすると約束したが、まさか自分な奉仕する形を取られるとは思いもしなかった。
「旦那ぁ、無駄話もその辺にしといて……どうする?将軍が二人まだ顔を出していない。これから戦闘になる事も考えてアタシたちも早く準備するべきじゃないか?」
「あー、そうですね。さっき俺も王城内の戦力を確認しましたが、ほとんどの兵士たちは国の外に待機しています。強い反応が王城から二つ確認が取れたので、雑魚は無視して将軍二人は間違いなく王城内にいますね」
「となれば玉座か、あの狸なら、玉座の正面にある大きなテラスから国中を眺めているだろうな」
なるほどと涼太は納得する。
二つの大きな反応は王城の中心部にある大きな部屋から感じ取れる。
グレンダが言った玉座がそこなのだろう。
「なら二手に分かれるとしましょう。グレンダさんは彼女たちを率いて装備を整えて下さい。俺とイザベルさんは直接玉座に向かいます」
「おいおい、アタシはあの狸に一発ぶちかましてやりてぇんだが」
「自重しろ、グレンダ。王城内は幸いにも手薄だ。お前一人でも私たち騎士団の兵舎まで連れて行くことが出来るだろう。それから私たちを追って来ればいい」
「ちっ、了解した」
グレンダは髪をかきむしった後に渋々だがイザベルの命令に従い隊員たちを引き連れて場を去る。
「さて……行きますか。イザベルさん、少し手を失礼します」
涼太はイザベルの手を握り彼女の記憶を探り玉座の間の扉まで転移をした。
情景はガラリと変わり赤絨毯が敷かれた長い廊下に出る。
「……月宮殿、転移を使えることに関しては驚かないが先に言って欲しかった」
転移魔法は世界に認知されているはものの、時空魔法を使える人間の少なさから限られた者たちにしか使えない技だ。
何の前触れもなく涼太が使ったことに驚きを通り越して呆れた様子を見せる。
「すいま……」
謝ろうとした際に涼太は違和感を覚えた。
目の前の扉、
「血の臭い?」
「む……、確かに中から漂ってくるな」
鼻につく鉄の異様な臭いが扉から漂ってくる。
イザベルは経験上から手の指では数え切れないほどの数の人の血が流れていることを察する。
不快感を抱きながら二人は扉の中へ入る。
足元に倒れる兵士たち、
壁にもたれかかり大量の血を流して死んでいる兵士たちもいた。
敷き詰められた赤い絨毯も果たして血の色なのかどうかすら疑ってしまうほどにだ。
「お前は……イザベルか?」
中から渋めの低音の声音を発する人物がイザベルの姿を目視して声をかけた。
隣には金髪の長い髪を血に染めた男が剣を握りしめ立っている。
「ガゼル将軍、ヒース将軍、一体これはどう言うことだ」
「その前に確認をしたい、お前は何をしにここへ来た?お前たちの置かれている状況は知っている。まさか、帝国への忠義を尽くしにきた訳でもあるまい」
問いかけたのはガゼル将軍。
髪は金色短髪で鍛え抜かれた身体の至る所に古傷を持っている、。
白の甲冑を身につけてミスリルの大剣を手に持ていた。
「そんな訳がなかろう。私たちは事態を起こした元凶を裁くために来たのだ」
「くわっはっはっ、なるほど、なるほど、そう言うことか。だが生憎とお前の目的は遂げることはできん
。いや、既に終わってしまったことだから、言い方によっては終えたと言えるか?」
そう言い、大剣を玉座に突き付ける。
そこには既に死に絶えた王の姿、
幅40センチにかけて胸の真ん中を突き刺され白目を向いて玉座に腰掛けていた。
一般人から見ても分かるほどの確実な死を表している。
「まさか……お前たちも?」
「あぁ、俺たち二人は前皇帝が現在の時から支えていた。カーセルは新参者の王の駒だが俺たちは違う。愚王を討とうにも暗部の連中が邪魔で手が出せなかったが、総動員でお前を追っていくと聞いた。これほどの好機は他にあるまい」
つまりこの二人も帝国に一矢報いようとしていた反逆者たちなのだ。
暗部たちの素性を把握していないまま、反旗を翻せば暗部たちによって闇討ちをさせるだろう。
その暗部たちがいない今が好機だと二人は動いた。
結果として兵士たちはいるものの、なんの苦もなく現皇帝を殺すことができた。
「それにしても……帝国の忠義に厚いお前たちが動くとはな」
「勘違いするな、我々は帝国に忠義を明かしているが愚行を許すほど愚かではない。民のため、好き放題する皇帝の行動には以前から不満を抱いていたのだ」
「なるほど、私は上手い具合に使われたと言うわけか」
「それに関しては申し訳ない。だがよく生きていたな。いくらお前でも百以上の精鋭を相手にするには荷が重すぎると思ったが」
「あぁ、実際に私も死にかけていたが運良く月宮殿に助けて頂いたのだ」
ガゼル将軍は涼太を足元から頭のてっぺんにかけてまで観察して深い深呼吸をする。
「なるほど、強いな。それも私たちでは束になっても勝てぬほど」
「分かるか?」
「あぁ、魔力が全く感じ取れなかったので失礼ながら勝手に鑑定をされたが何一つ見ることができなかった」
鑑定は一定以上の力量が離れれば一部が開示されない事がある。
ガゼル将軍は涼太に対して鑑定を使ったが、ステータスやスキルは愚か名前まで伏せられる結果となった。
つまりは自分との力量差がかけ離れ過ぎていると言うこと。
こんな経験は今までに一度も経験した事がなかった。
「初めまして、月宮涼太です。私的な目的がメインですが、今回はラバン王国とセリア王国の代行人として帝国に来ました」
「ふむ……そのローブに付けられた紋章は嘘ではないな。イザベルを助けてくれたこと、心より感謝する」
「気にしないで下さい。彼女には恩がありますから」
「ガゼル将軍、お前はこれからどうする?皇帝を討つたことに関しては文句はないが後継人は考えているか?」
「あぁ、問題ない。元々、行動を起こしたのは地下に囚われた王太子が我々の行動に賛同したからだ。彼を次代皇帝として新たな国家を作る」
まさか王太子が皇帝の殺害に関与しているとは思ってもいなかったのかイザベルは大きく目を見開く。
王太子はいわば次期国王を約束された身。
自分の親を討とうとは思いもしない。
「安心した、ならば帝国の今後は任せられるな」
「待て、イザベル。どういうことだ?」
「私たち円卓の女騎士は帝国から王国へ身を移す。月宮殿の世話になろうと思うのだ」
ガゼル将軍はイザベルの言葉に冷静さを失い驚きの声をあげた。
当然といえば当然、
彼女の騎士団は帝国にとって強大な戦力だ。
それが抜けるとなると国としての損失は甚大ではない。
「お前たちが不遇な扱いを受けていたことは知っている。王太子が皇帝に就任すれば待遇も今までとは大きく変わってくるぞ」
「すまんな、これは既に決めた決定事項だ」
「はぁー、分かった。帝国の今後については私たちに任せろ。私にお前たちへ口出しする権利はない訳だしな」
想定外の事態に頭を掻き毟る将軍は大きなため息をついてイザベルの提案を了承した。




