197話 信用
突然のイザベルの登場にレティシアだけではなく、他の隊員たちも驚きの声を上げた。
「あのぉ、本当にイザベル様ですかぁ〜?幻影だったりしませんか〜?」
「なんだ、私が死んで亡霊にでもなったというつもりか?」
「いひゃい、いひゃしです〜。イザヘルさまです〜」
いつも自分が悪さをした時にイザベルに抓られる感覚と全く同じ思いをして彼女が本物だとようやく確信する。
赤く腫れた右頬をさすりながらも再び会えた上司に感動して目に涙を浮かべる。
「おい、総隊長。アタシも混乱しているがなに戻ってきてるんだよ。アタシたちはアンタを逃がすために反逆行為に手を出したのに戻ってきたら意味ねぇじゃんかよ」
「グレンダ、お前の言っていることは最もだ。私の私情でお前たちに危険な役回りを任せてしまった。しかし私がなんの理由もなく再び帝国へと戻ってくると思うか?」
「ありえねぇな。アンタの事だから何か策を弄しているんだろう……となるとそこの細っちい男が関係しているのかな」
この世界は弱肉強食故に己の身は自分で守ることが定説だ。
魔法使いならば話は変わってくるが、杖を持たずに動きやすい戦闘服を着た涼太は初対面の相手にはどうしても駆け出しのひ弱な冒険者のように見られる。
実際に冒険者としての活動はしていないし、どちらかと言えば商人としての活動がメインとなっている事は承知しているが細っこい身体と言われて涼太はムッとしてしまう。
柚は当然として、自分たちとはかけ離れた戦闘を目の当たりにしたイザベルたちからしてみても、グレンダの台詞には思うところがある。
「言葉には気をつけろ、グレンダ。涼太殿は地位も強さも私たちとは比較するのも烏滸がましい程の人物だ」
(いやいや、戦闘力はそうですが地位って何だよ!俺は階級で言えば平民なんですが……)
どうしてもイザベルの言葉わ聞く限りでは涼太の人物像が貴族のように聞こえてしまう。
「へぇ、総隊長にそこまで言わせる人物か。だが生憎とアタシたちは国家反逆者なもんでねぇ。私自身も地位とかこだわりがないし、ひょっと現れた男を信用するほどの度量は持っていないんだわ」
「二度は言わせるな、グレンダ。お前が貴族嫌いな事は知っているが涼太殿はお前が思っている人物ではない。武器を下ろせ、私に剣を握らせる気か?」
大刀を構えたグレンダは闘気を纏い涼太に矛先を向ける。
この緊急事態に見も知らない男が現れれば警戒するのは当然だが、イザベルはそれを見過ごす事を許さない。
ギロリとグレンダを睨みつけ脱力した状態で腰に携えた剣の柄を握る。
「待て待て待て!なんでそうなりますか!俺自身の自己紹介もしてないのに仲間割れとかやめて下さいよ。取り敢えず、グレンダさんでしたっけ?武器を下ろしてください」
「ならテメェの名前を聞こうか。何者だ」
「俺は月宮涼太。柚と幼馴染の関係で、セリア王国とラバン王国の代理を担って帝国に訪れました」
「なるほど、アタシは……」
「あなたの自己紹介は必要ないですよ。不躾ながら既にあなたの事は鑑定させてもらいました」
「…………どこまで鑑定した?」
「レベルは240、槍術レベル68、鬼神化、赤獅子、これで納得してくれましたか?」
グレンダは涼太の言葉に目を見開く。
鑑定は自身より強者の場合ではステータスの全てを開示することは出来ない。
自身のレベル、スキル、称号までも全て当てた涼太はグレンダよりも強者に位置していると判断できる。
「なるほど本物の様だな。総隊長、月宮殿、失礼をした。最後にアタシと剣を交えてはくれないか?テメェがこの状況を打破する事が出来る人物か確認したい」
「グレンダ、貴様。いいかげんに……」
怒りを露わにしたイザベルが剣を抜こうとしたが涼太が前に出て彼女を抑止する。
「良いですよ、それであなたが納得するなら付き合います」
「涼太殿!!」
「代わりに俺を認めて貰えばイザベルさんの指示には従ってもらいます」
「あぁ、問題ねぇよ。なら時間も惜しいし始めるぜ」
グレンダが大刀を構える。
対して涼太は武器も構えずに両手を脱力したまま動かない。
この男はやる気があるのか?と考えるが、負ければそれまでの人物だったこと。
グレンダは大刀を上段から涼太に振り下ろす。
「……なっ、ありえねぇ!」
驚きを隠せない。
二人を見ていた他の隊員たちも驚きのあまり声を荒げた。
イザベル、アンリ、柚の三名はそうなるであろうと予測していたのか眉一つ動かさずに二人を見つめる。
大刀が止められた。
それだけならばなんの驚きもない。
しかし目に映る光景は現実とは思えない出来事であった。
人差し指の腹で渾身の一撃を受け止められた経験などした事がない筈だ。
微動だにもせずに涼太はグレンダの攻撃を指一つで受け止めた。
デコピンを大刀にする。
それだけでグレンダの自慢の大刀は地面にガラス細工を落としたかな様に砕け散った。
並みの武器以上の強度を誇る金属で出来ている筈の大刀をいとも容易くだ。
「ははっ、おいおいマジかよ。ありえねぇだろ。月宮殿、謝罪をする。アンタは確かに私たちが想像も付かない強者だ」
「納得しくれてありがとうございます」
笑みを浮かべて手を下ろす。
彼女も涼太の二人称をテメェから涼太殿へと変えた。
「さて、涼太殿の力量も見ての通りだ。話を変えるぞ。現状で帝国の動きはどうなっている」
「三番隊と七番隊の連中が捕まった。あと30分も満たずに処刑が始まる。進軍はその後にと延期になった」
「なるほど、了解した。つまり20分も私たちは自由を許されている身という事だな」
処刑となると見せしめとして一般兵も処刑の場に立ち合いになるだろう。
将軍自ら行うという事は帝国の最高戦力は少なくとも牢屋や独房付近にいない。
作戦の一つの柚がいた牢屋に囚われている獣人たちの奪還については危険度が大幅に下がった。
「これより奪還作戦に移る。レティシアたち五番隊とグレンダを除いた一番隊とアンリは奴隷たちの救出へ迎え」
「おいおい、総隊長。つまり何か?アタシと総隊長と月宮殿だけで万の兵士の中へ飛び込もうって訳か?」
「その通りだ。月宮殿、貴殿は道中で魔法が得意だと言っていたが万の兵を相手に出来るか?」
既にイザベルは理不尽な戦力である涼太が単騎で帝国兵を容易に屠ることが可能だと信じきっているが暗黙の確認を取る。
「あぁ、俺はどちらかと言えば魔法の方を嗜んでいます。何ならこの帝国全ての生命体に麻痺をかけることも可能ですよ?」
「聞いての通りだ。既にこの戦いの勝利は揺るがないが、最悪の可能性も考えて私とグレンダも同行する」
「ははっ、そりゃ最高だ。あの狸に一泡吹かせられるならアタシも依存はない」
グレンダは高揚していた。
散々酷い扱いを受けていた帝国の傲慢さを後ろから蹴とばせる思いだ。
起死回生の一撃どころの話ではない。
「柚はユヌたちを安心させる為に向かって貰うが異存はないな?」
「うん、私も彼女を彼女たちを絶対に守るから涼くんも頑張って!」
「任せろ!」
「では行動に移す。もう帝国は我々の擁護する国ではない。向かってくる敵には容赦するな」
イザベルの言葉に隊員たちは奮闘する。
帝国の知ら間に滅亡へとカウントダウンが最終段階へと移りつつあった。
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次回更新日は11月10日です。




