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196話. 猟犬



0:45



イザベルとアンリが柚の逃亡に手を貸し逃げ出した後、グロテウス帝国の独房ではレティシアは足止めをして暗部と均衡状態を保ちながら戦っていた。


既に戦闘が始まってから30分は経過している中で極限の集中状態でレティシアは男たちの攻撃を凌ぐ。


(はぁはぁ……流石にキツイかなぁ〜。ポーションも残り一つだし何より倒しても倒しても復活してくる敵なんて聞いてないよぉ〜)


額の汗を拭い休む暇なく襲い掛かる敵の攻撃を回避しながら徐々に自分が劣勢になりつつある状況に危機感を感じる。


針殺者ことレティシアの放った針は寸分の狂いもせずに攻撃を仕掛けてくる男の喉元に命中する。

確実に急所をついた攻撃だが、男は自分の喉元に刺さった針を引き抜いて瓶に詰められた液体を傷口にかける。

傷はみるみるうちに塞がり何事もなかったかのように再び男は武器を手に持った。


(あれ絶対痛覚麻痺の薬品も飲んでるよねぇ〜。それに加えて何なのよ、あの全回復する薬品わ〜、あれがエリクサーならずるいよぉ〜)



暗部の男たちは先程から攻撃を受けているものの全く行動に支障をきたす素振りがない。

どれだけ強靭な肉体を持とうと急所を刺されれば一瞬は行動が鈍るはずだ。

レティシアはその効果をもたらす禁薬を知っている。


『不死の涙』


元は毒殺するために生み出された毒薬だが、その液体を体内に数滴取り入れる事により一時的に痛覚を麻痺させる効果があるものだ。

しかしその対価として三人に一人は死亡する確率があるか、神経に何らかの後遺症を残す効果があるとして通常では禁薬指定にされている。


問題なのは不死の涙の効果をエリクサーが完全に打ち消している事だ。

エリクサーが人間に有害な毒成分を取り除く事によって、暗部たちは痛覚を感じない不死の軍団へと昇華した。

戦闘において敵からしてみれば最悪といっても差し支えない組み合わせの薬を使われている。



「しぃ!」

「ナメるなぁ!」


刀傷を負いながらもレティシアは短刀を男の首元へ目掛けて力一杯振り抜く。


流石に首と胴体が分かれれば復活をする事はないが、それ以外ならゾンビのように復活する暗部たちにレティシアは顔をひきつらせる。


「はぁはぁ、【影渡り】」



乱れる呼吸を整えるためにレティシアは再び影へと避難する。

余力は余り残されていない。

影渡りは潜伏するだけでも魔力を常時消費する魔法だ。

影から影へと移動するには一層多くの魔力を消費しなくてはならない。

こうしている間にも残り少ない魔力が減っていく。



(あ……れ?)



ふと視界がぐにゃりと水面をかき混ぜた様に捻れた。

焦点が合わずに脳が上手く働いていない。


影渡りも強制的に解除されてレティシアは独房の硬い石畳の上に倒れ伏す。

石畳に手から離れた針の金属音が鳴り、立ち上がろうとしても足腰に力が入らない。


「そうか……さっきの刀傷ねぇ〜」


先程受けた刀傷、恐らく刃に毒が塗られていたのに気がつかないまま動き続けていた結果毒が身体を回った。



「…………針殺者、殺す」

「おいおい、物騒だぞ。アタシがそんな事を見過ごすはずねぇだろうが」

「なにッ……!?」



男は唐突な声の主を確認しようと後ろを振り向く。

ビュンと大きな音が耳に入り武器を前に出して防ごうとするが身体が動かない。

いや、正確には身体が徐々に左右へ真っ二つに分かれている。

足元を見ると大刀が地面を抉り込む勢いで振り下ろされていた。



「よう、レティシア。何とか持ちこたえているようだな」

「グレンダァ……ごほっ、ナイスタイミング〜?」


レティシアは元気はないものの駆けつけた仲間に手を振る。



「赤獅子……貴様までも出てくるか」

「てめぇらコソコソ動き回ってるクソ虫のお陰で私たちも相当面倒な立ち位置にいるんでねぇ。他の部隊が一般兵を足止めしている間にテメェらをブッ殺すがいいか?」



円卓の女騎士ロイヤルクイーン一番隊隊長グレンダ。

又の名を赤獅子のグレンダ。


その二つ名の通り燃えるような赤い短髪を持つの女騎士である。

慎ましやかな胸はサラシをを巻き、太ももの3分の2が見えるほどの短パンと鉄鋼製のロングブーツにロングコートを身に付けたスタイルを持つ。

顔には右目下に10センチに伸びる古傷を持ち、は2メートル近い大刀を肩に乗せて暗部たちを猛獣が如く睨みつけている。


「ごほっ、気をつけてぇ〜。そいつら頭と胴体を切り離さなければ死なない不死身だから〜」

「あん?お前は死にかけてるんだから休んでろ、レティシア。おい、レティシアを保護してやれ」



グレンダの後ろから十数名の女騎士たちが現れる。

ふと目を外すと暗部たちはレティシアの側にも女騎士たちがいることに気がつく。


グレンダが引き連れて援軍として来たメンバーは自分を含めた一番隊とレティシアの暗殺部隊だ。

レティシアを保護するように囲っているのは彼女自身の部下たちである。


「隊長、生きてますか?」

「えへへ〜、何とかねぇ〜」

「相変わらずの様子で安心しました。はい、これを飲んで下さい」



一人の女性は懐から瓶に入った液体をレティシアに渡す。

レティシアはこの瓶の中身が一体何なのか瞬時に理解ができた。

今さっきまで、正に自分を苦しめていた暗部たちが使っていた万能薬エリクサーである。


身体を動かせないレティシアは自分の部下に身体を起こされて瓶の中の液体を口に注ぎ込まれる。

飲んだ瞬間に身体が燃えるように熱くなり、身体の細胞の全てが活性化していく感覚が全身を襲う。


起き上がり手を何度か握り締めて先程の瀕死状態が嘘のよう全回復したいる事に驚く。


「ずるいなぁ〜、こんな便利な物を使って戦っていたなんてずるいよぉ〜」


女一人に多勢で襲いかかり反則級のアイテムを使っていた男たちに彼女は苛立ちを感じた。


「はっ、後のことはアタシがケリをつけるから大人しくしてろ」

「やだなぁ〜、グレンダ。今までの借りを返さないと気が済まないのに譲るわけ無いじゃんか〜」

「ならアタシとお前、どちらが多く狩れるか勝負といこうか」

「やだよ〜、正面からならグレンダの方が強いに決まってるじゃんか〜」



いつもの調子でにへらっと笑いフラフラと立ち上がるレティシアだが身に纏う闘気は最初に足止めをしていた時以上のものを発している。


ここで暗部たちは自分たちがいつのまにか狩る側から狩られる側へ変わっている事に気がつく。

増援にきた暗部も含めてレティシアに殺された人数は6名だ。

まだ十数名が残っている状態だが、合流した円卓の女騎士の戦闘部隊と暗殺部隊に加えて完全回復したレティシアと武においてはイザベルを除いて、一位二位を争うグレンダの登場は最悪と言っても過言では無い。



「いくぞぉ!全員、このクソどもが逃げ出さないように出口を塞いどけ。後はアタシがぶっ殺す!【鬼人化】」


グレンダのブルーアイが赤く染まり、紅のオーラが体からゆらりと立ち昇る。

セリア王国の冒険者ギルドマスターも使っていたこの技は理性は少し残るものの狂乱状態になる。

敵味方の判別は出来るものの巻き込む可能性も少なくない荒技だ。


「ハッハッハーー!アタシの前に立つんじゃねぇよ!」


グレンダの大刀が横薙ぎに振られ、暗部の男の身体を横から真っ二つに斬る。

仲間はエリクサーを斬られた男の切断面にかけようとするが、レティシアの放った針がエリクサーの瓶を割り液体は石畳に撒き散らされる。


「ずるいずるいずるいよぉ〜、何使おうとしてるの〜?そんな事許すはずないじゃんか〜。だからねぇ、私も好きなだけ魔法を使っちゃう。【ティンダロウスの猟犬】」

「おい馬鹿!全員巻き込むきかッ!総員、武器を捨てて壁際へ退避しろ!」



レティシアは一つの魔法を放つ。


発動する魔法に魔力を吸いとられつつも、エリクサーを飲みながら魔力欠乏を抑える。

圧倒的な魔力を放つ魔法陣が地面に浮かび上がり、その魔法を知っているグレンダは焦り仲間たちに武器を手放して退避するよう指示を出す。

自身も大刀を壁に突き刺してレティシアから距離を取った。


一体何が起こるのだと暗部の男たちや騎士団の女性は困惑に襲われた。


独房に悪臭が充満していくのが分かる。

その臭いに思わず騎士団の女性たちは鼻をつまんでその場にしゃがみ込む。


現れたのは犬の形をした骨だ。

大きさは3メートルほどで口からは灰色の吐息が吐かれる。



超越魔法、ティンダロウスの猟犬。



普通ならばレティシア自身の魔力と生命力を奪い漸く完成させることの出来る魔法だ。

その効果は臭いと鋭利な物に襲い掛かる。

どれだけ逃げようが、死の果てまで追い続ける猟犬だ。

グレンダが武器を捨てろと言ったのは彼女たちが持つ武器にもしも猟犬が察知してしまえば逃げる事は出来なくなるからだ。


以前にもレティシアはこの魔法を発動して死の境を彷徨った。

その時はイザベルが何とか猟犬を倒して、この魔法を禁呪指定とし絶対に使うなと念を押された。

しかしエリクサーを使用するリミット解除と、今まで貯められたフラストレーションを解放したせいかレティシアは狂騒状態でこの魔法を放った。



「黒い……臭い……やつ。やっちゃえ〜」



泣き叫ぶ暇すらない。

次々に胴体を喰われる男たちは逃げ惑うしか選択肢がなかった。


円卓の女騎士たちも、その禍々しい魔法に狙われない事を祈り身を縮めて体の震えを抑えて終わりの時を刻々と待ち続けた。




部下たちが落ち着きを取り戻すまでに30分近くの時間がかかり、レティシアへの畏怖感も大体は取り除けた。

普段からほのぼのしている隊長格とは違うギャップに驚きましたが普段のレティシアに戻って部下たちは安堵する。



「この馬鹿が!あれほど総隊長に使うなと言われていた術を使うなど何を考えている」

「いった〜、やられっ放しじゃ気が済まなかったんだよぉ〜。勝てたんだし別にいいじゃん〜」

「良いわけあるか!次に総隊長に会えば、この事は報告するからな」

「そんな〜」


ゲンコツを頭にいれられたレティシアは涙目になりながら自分の頭を指すってグレンダの言葉を受け入れる。



「それよりも、どうする?」

「どうするって?」

「外では面倒な事になっている。私たち一番隊とお前の五番隊はここにいる。他の隊の連中も見つからないように隠れてはいるが、隊長不在の三番隊と七番隊が捕まった。進軍の時間は2時間ほど延期になったが変わりに反逆者としてそいつらを処刑にする情報が入っている」

「時間は?」

「アタシがこの場で戦っていた時間を考えると、残り30分もないだろうな」


処刑の一言でレティシアは真面目な顔に変わりグレンダからの情報を整理する。


「奪還するだけの戦力はあるの?」

「ないな、総隊長がいれば話は変わってくるかもしれんが、将軍自らが処刑を行う。公衆の面前で奴と数万の兵に囲まれて戦えばアタシたちの敗北は確実だ。当然、奴らは私たちが出てくることも想定しているだろうし隙をつくことも不可能に近い」

「むぅ……」



グロテウス帝国には三人の将軍がいる。

どの男もイザベルと同等かそれ以上の力の持ち主で自分たちが出ていけば敗北する事は必然。

かと言って自分たちの仲間を見殺しにするほどの冷徹さをレティシアとグレンダも持ち合わせていない。




(……お……い、おいレティ……シア。聞こえるか?)

「あれ〜、なんか隊長の声が聞こえる〜?」

「なんだ、幻聴か?」

(レティシア……わ……たしだ。聞こえるか!)

「うん、やっぱり隊長の声が聞こえるよ〜?」



聞こえるはずもない声が脳内に響くが天然のレティシアは何故聞こえてくるのか疑う様子もなく声の主に言葉を返す。

隣にいるグレンダは何を馬鹿なことをしているのだとレティシアに声をかけるがどうやら聞く耳を持っていないらしい。


またレティシアの脳内に声がかかり、知らない男の声も聞こえる。

何やら「よし、繋がった」と言っている事だけ聞き取れた。



(レティシア、聞こえるな。どうやら生きている様で安心したぞ)

「はい〜、なんとか生きてます。イザベル様も無事で安心しました〜。というか、これなんですか〜?何でイザベル様の声が聞こえるんですか〜?」

(とある助っ人が私たちを助けてくれたのだ。この念話も彼の力を借りてお前の魔力を探して念話している)

「はぇ〜、凄いですねぇ〜」

(今私たちは帝国の外壁の上にいる。今からお前たちを救出しに行く。まずは合流がしたい。場所は私たちが別れた独房で間違いないな?)

「はい、そうですよ〜」

(分かった、今そちらへ行く。涼太殿、頼む)

「ほぇ〜?」



いまいち状況が掴めていないレティシアだが、次の瞬間にイザベルたちと知らない男が目の前に現れて絶叫をしてしまう。

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