191話 再会
二話に分けようと思いましたが一話に纏めました。
長めです
数刻が経過し、イザベルたちが走る早馬は走ることを止めずにいた。
ただひたすら前へ、前へ、前へ。
向かうのはラバン王国。
グロテウス帝国とは現状では敵対している国家だ。
敵国の兵士である自分が戦争真っただ中に訪れて無事でいる保証はどこにもない。
最悪は自分はどうなってもいい。
しかし少女、柚だけは何としても帝国のから助け出したい。
その一心に馬を走らせる。
「総隊長、どうやらここまでの様です」
「あぁ、もともとラバン王国まで無事にたどり着けるとは思っていなかったよ。アンリ、戦闘の準備をしておけ。ここで奴らを迎え撃つ」
アンリの言葉にイザベルは反応して早馬を走らせるのを止める。
奴らとは当然、自分たちを追って来ている輩。
暗部たちの事を指す。
ラバン王国に着くまでには早馬で休まずに進むには最低でも一週間の時間を有する。
それはあくまで最低限の休息と馬の調子が万全な状態での話だ。
彼女たちが乗る二頭の馬には荷物も積まれておらずに、持ち物と言えば一掴みほどの干し肉と水筒に入った水だ。
「ここまで助かった。ここに置いとけば間違いなく殺されるだろう。強く生きていけ」
イザベルは降りた馬の手綱を外して馬の尻を強く叩く。
驚いた馬は大きく鳴き叫び、これから通ったであろう道を駆け足で走り去る。
ここは辺りに弊害するものが一切ない草原だ。
足を止めたのが草原なのは理由がある。
下手に密林に入って暗部と戦闘になれば地の利の関係で圧倒的に相手側が有利になる。
草原ならばイザベルとアンリは力を遠慮することなく開放することが出来るからだ。
帝国が自分たちを追わないわけがない。
「あの、敵の姿は見えない様ですが何故止まったのですか?」
柚は二人の行動に違和感を覚える。
「あと数分もすれば敵の姿が見えるだろうな。君はアンリが全力を持って守り抜く。私は敵を殲滅することのみに力を注ぎたい」
「あの! 私も戦えます」
「君は人を殺したことがあるか?」
「それは……」
柚はこれまでに魔物との戦闘はしたことはあるが、対人戦を実際にしたことはなかった。
日本にいたころには当然無縁の代物であるし、異世界に来たからと言っても自分は幽閉されたかエリクサーを作っていたかだ。
「でも……でも、私は負けたくないんです。足手まといになりたくない。それに私は毒と防御障壁が使えます」
手を空中にかざしてイメージをする。
すると手のひらから直感で分かるほどに危険そうな流動状の液体が生成された。
紫色の物体が地に落ちるとそこに生えていた草花は見る影もなく腐敗して無くなる。
柚とて召喚された当初から成長していないわけがない。
自己防衛のために防御障壁を意図的に展開すること、毒に関するバリエーションを増やして霧状の毒、麻痺性を持つ毒、臭いを嗅いだだけで即死する致死性の猛毒など多種多様にだ。
使いどころさえ間違えなければ、元素系魔術を遥かに超える属性魔法になり得る。
「毒魔法か……驚いたぞ。例はあるが超希少な属性魔法を使えるとはな。だが使うのは禁止だ」
「はい、分かってます。私は実際にこの力を敵対する何かに使ったことがありません。イザベルさんが戦闘中に私が毒を使えば障害になるでしょう」
「それが分かっているのであれば十分だ。だがそれは本当に自分に危機が迫っているときに使え。手出しは無用だ…………アンリ、戦闘準備にかかれ。敵方のお出ましだ」
剣を抜き体を脱力させて遠方を見つめる。
本来ならば敵に遭遇すれば緊張感が生まれて身体が硬直するはずだ。
対してイザベルは剣先を地面に付けている。
帝国流の剣技ならば、まず教わるはずのない形。
しかしこれこそがイザベルの持つ我流の形。
確かに目を凝らしてみると遠方に黒い何かがこちらへ向かっている。
その数は独房で対峙した人数をゆうに超えている。
一個大隊はあるであろう数。
柚は独房で黒ずくめの集団が無慈悲かつ強力な力を有していることを知っている。
自分では相手になるはずがない強者。
囲まれれば一巻の終わりだ。
「あ、あんなの無理に決まっている……」
「柚さん、少しお静かにお願いします」
「……え?」
アンリは困惑する柚を諌めるかのように声を掛ける。
だが真意は別にある。
目の前の女性。
イザベルは脱力したまま呼吸を整えていた。
ある一定のリズムを保ちながら。
「【身体強化】」
ーーー闘気が纏われる。
敵との距離100メートル。
「【狂化】」
ーーーイザベルの目が紅く染まり、身体から紅いオーラが放たれる。
敵との距離50メートル、40、30、
暗部は武器を出して最も強敵であるイザベルへ直進する。
あと数秒あれば手に届くであろう距離。
イザベルは目を大きく見開く。
魔力の渦が可視化した。
普通であれば見えるまずのない魔力が具現化する。
その渦は直ぐに収まった。
中心にいるのは紛れもなくイザベルだ。
身体からは白銀のオーラが薄い膜を構成しながら。
ーーー限界突破突破の発動。
三つの強化スキルを使用したことによる一時的な爆発的ステータスの増強。
この域に達した人物は帝国でもイザベルと現大将軍以外には存在しない。
帝国が有する最強の兵器だ。
仮に撤退戦に追いやられても、数万の兵の進軍を一人で持ちこたえられる。
過去にも英雄と呼ばれた人物たちがいるのであれば、それほどの功績を叩き出した人物だろう。
しかし、その者たちは例外なく死ぬ。
そんな重ねがけが数時間も持つはずがない。
時間にして数分から十分。
それを過ぎればこの世とは思えない激痛が己の身を襲いショック死、動けなくなったところを残存兵に殺されて終わりだ。
2人を護るにはこの方法しか無かった。
所詮、戦いなど数の暴力だ。
普通に戦えば自分が抑えられるはずもない。
故に賭けたのだ。
自分を対価に暗部を殲滅して後ろの2人を助けることを。
(身体の内側から魔力の熱に焼かれる感覚だな)
この熱に侵食された時がタイムリミットであると理解する。
時間にして2分も保てれば上々。
イザベルの変容に暗部は後退りする。
自滅の選択肢を選んだ愚か者だというのは訓練を積んできた兵士ならだ一目で分かる。
暗部も然り。
この状態が長く続くはずが無い。
持ちこたえれば自分たちの勝利だ。
しかし同時に一歩でも足を踏み込めだ自分が斬り捨てられる姿が脳裏に浮かぶ。
「後は頼んだぞ、アンリ」
「……総隊長」
イザベルの顔は笑っていた。
死を覚悟した者が最後に放った言葉。
涙腺が緩み、アンリの頬に涙が流れる。
「帝国元円卓の女騎士、総隊長イザベルッ!この刃、貴様らを殲滅するまで折れると思うなぁッ!」
暗部の全員がイザベルが前へ踏み込んだと同時に四方へ霧散する。
しかしイザベルは遥かに上回る速度で接近して剣を横長に振り切る。
それだけで3つの命が絶命した。
「【影縛り】」
複数の暗部が地に足を突いたと同時にイザベルを縛る。
何重にもかけられた魔法は黒い包帯の様に巻き付いてイザベルを拘束する。
いかに強かろうと複数で縛った影が解けるはずがない。
下級の竜種であろうと足止めをすることが可能な程に強力な力で押さえ込めている。
束の間、十数名の暗部が一斉に目の前の怪物に襲いかかった。
「なっ!バカなッ!」
魔法を活動していた暗部が驚きのあまり声を荒げる。
当然であろう、イザベルを拘束していた影がまるで細糸の様に千切れたのだ。
純粋な力のみで拘束を解いたイザベルは目で追うことが出来ない速度で剣を襲いかかる暗部たちに向けて斬る。
鮮血が舞い、辺り一体を紅く染め上げる。
ギロリと一体を見渡して次の獲物を探す。
決して自分たちは弱くない。
表立てば自分たちは帝国で最強の部隊であるはずと彼らは確信していた。
一瞬だ、体感時間にて十数秒。
それだけで襲いかかった仲間の命は散った。
蜘蛛の巣でも払うかの様に。
「何が何でもこいつを殺せ!」
部の隊長であろう男は額に汗を垂らして仲間たちに指示を出す。
何十人が目の前の化け物に殺されたであろうか。
剣を止めたと思えば、死体から武器を奪って投影する。
イザベルの拳は容易に男たちの頭を砕き絶命させる。
「カハッ!」
1分が経過したであろう攻防の中でイザベルの身体が硬直したと思えばジョッキ一杯分はあるであろう量の吐血をする。
既にイザベルの身体は限界を迎えていた。
魔力回路はズタズタになり、意識が朦朧としながら視野に入る敵を斬っては斬っての繰り返しだ。
敵の投擲された短剣がいくつもイザベルの背中に突き刺さる。
痛みに構わずイザベルは自分の背中に突き刺さった短刀を抜いて後方へ投げる。
瀕死の者が放ったとは思えない速度で放たれた短刀は男の眉間に突き刺さって命を散らす。
ついに敵の数が手の指で数えられる程になった時ーーー
「気を緩めたなッ!」
指示を出していた男はイザベルの懐に入り短剣を腹部に突き刺す。
生肉を突き刺した感触が男の手に伝わり、男の口角が大きく緩む。
幾人も屠ってきたからこそ分かる紛れも無い致命傷を与えたと確信した。
イザベルの腹部がジワリと赤く染め上げて口や鼻からも血が治ることを知らずに流れ出る。
そんな中、男の頭に衝撃が放たれる。
口を動かそうとしても動かない。
鋭利な何かが脳天から顎下に突き刺された。
それを理解するまでに男の命は尽きる。
「ごれで……最後だぁッ!」
数は既に判別できない
最後の力を振り絞った一撃は空中を斬る。
残った男たちは一体彼女は何をしているのだろうと疑問に思った。
トドメの一撃を入れようと前に出たところで自分たちの首が胴体からずり落ちる姿を目にする。
最後に放った一撃。
それは限界を超えた彼女が偶然にも生み出した飛ぶ斬撃、名を【斬空】。
人外の存在である涼太が迷宮で使った剣の境地であった。
「……はっ、ざまぁみろ」
腹部に剣が刺さったままイザベルは意識を手放して敵と自分の血で染め上げた大地に倒れた。
「総隊長!」
「イザベルさん!」
アンリと柚は急いでイザベルの元へ駆け寄って回復魔法を掛ける。
ゆっくりと上体を起こして腹部に刺さった剣を抜いて自分が持つ最も強力な回復魔法で傷口を治す。
「柚さん、あなたは解毒が出来ますか?」
「はい」
「私は血を止めます、あなたは総隊長に解毒魔法をかけて下さい」
剣を抜いた時にアンリは刃に付いていた毒を見逃さなかった。
イザベルは非常に危険な状態で自分は回復魔法に専念しなければならない。
偶然にも柚は解毒の知識を有しているためにアンリの言葉にも即座に対応できた。
「くっそ、魔力が全く循環していない。これでは……」
イザベルの身体は目に見える傷以上に内側が酷く損傷していた。
いくつも重ねがけしたスキルにより、魔力の循環機能は停止して魔力欠乏状態よりも酷い有様だ。
失った魔力だけならば、自分の魔力を流し込んで一時的に救命する事は可能だが、言わば全身血管がズタズタになっている上で循環させるための心臓の機能が停止している状態である。
「ーーーッ!」
アンリは魔力の反応が接近していることに気がつく。
その数は先程程ではないにしろ一個中隊はある。
「増援……くそっ!」
予期していなかった最悪の事態。
命をかけて戦ってくれたイザベルの行為を嘲笑うかのようなタイミングでの増援だ。
アンリは魔法職であり、並以上の魔法使いであるが暗部の一個中隊を相手にする程の力量は持ち合わせていない。
「柚さん、今すぐここから逃げなさい」
柚を逃がすための時間稼ぎ、それだけがアンリに出来る唯一の行動であった。
このまま2人とも殺されては護り抜いたイザベルの行為を侮辱すると同義だ。
「嫌です!」
「黙りなさい!貴方まで死んだらこの行動は無意味になる。私がーーーッ!」
アンリの左頬に衝撃が走った。
目を丸くして目の前の少女を見る。
柚は目を赤く腫れあがらせて涙腺を緩ませる。
「私だって悔しいですよ!助け出してくれた貴方やイザベルさんを置いていくことなんて!」
「ーーならっ!」
「逃げようともどうせ追いつかれて終わりです。普通なら」
「ーーなら貴方は何に縋り付いてこの場に残るのです!救世主でも現れるとでも!?」
「分かりません!でも大丈夫です!」
「意味が分からない。論理的でない!そんな希望はゼロに等しい!」
アンリは知っている、希望は既に潰えた事を。
柚は知っている、希望は最後まで潰えない事を。
「だって……諦めたら何も生まれないですよ。ゼロはいくら頑張ってもゼロのまま。1が残っていれば何かが起こる可能性がある」
「ーーーッ!」
「だから私は諦めません」
どうしようもなく我儘であり感情論でしかない。
しかし柚の放った言葉をアンリの心を突き刺した。
「仕方ありませんね。こうなれば一連托生です。敵が見えました」
先程と同じ黒づくめの集団。
「なっ!」
「そんな……嘘……」
希望が絶望に変わる。
普通ならば考えられない最悪の敵。
勇者、高橋蓮寺の姿がそこにあった。
「よぉ、柚。暫く見ないうちに貧相な顔つきになりやがったな」
「なんで……なんでお前がここにいる!」
高橋蓮寺を威嚇するように吠えるが、手足が動かない。
身体が硬直して声に震えが残る。
「なぜ勇者の貴方がここにいるのですか!」
「あぁ?うるせぇよ、根暗女!」
アンリの鳩尾に衝撃が走り地面を転がるように吹き飛ぶ。
柚は横を見るとアンリのいた場所で高橋が右足を突き出していた。
2人は目で追うことが出来なかった。
当然であろう、勇者である高橋蓮寺は今や帝国でも最強の一角にある人物だ。
もしイザベルと戦えば劣勢であるものの戦い続ける事は可能。
「お前らは手を出すなよ。こいつは俺の獲物だ」
高橋は笑みを浮かべて柚の髪を引っ張り持ち上げる。
「流石は円卓の女騎士の総隊長様か?これだけの人数に相討ちとは恐れ入ったぜ。どうだ、希望が絶望に変わった感想は」
「お前なんか死ね!」
柚は手元に毒を生成して放つ。
しかし、その毒は高橋に当たると同時に霧散して消える。
「なっ!」
「んぁ?毒かよ、物騒なもん持ってんな。だが残念、勇者という役職には特別な補正として状態異常を完全に無効にする効果があるんだよなぁ!ギャハハ、残念だったな!」
今まで隠してきた奥の手が全く通用しない。
いざという時には高橋を毒魔法で殺そうとも考えていた。
今までの努力が水の泡になる。
「ふざけんじゃないわよ、アンタなんか勇者でも何でもない只の狂人よ!」
「おい、口を慎めよ。お前の前にいるのが誰なのか分かってねぇのか?そうだ!いい事を思いついた、この場でお前を犯してやろう。地球での最後の続きだ。勇者様、私は貴方様のメス犬です!泣きながら懇願するまでじっくりいたぶってやんよ」
その言葉に柚は顔を蒼白にさせる。
涼太の墓参りに行った時に出会った高橋の姿が脳裏に浮かぶ。
「や……やぁ。いやぁ!」
「さぁて、まずは上から脱がそうか?」
押し倒され、ゆっくりと悪魔の手が自分の胸元へ近づく。
無力な自分が許せない。
助けてくれたイザベルもアンリも手を出す事は出来ない。
自分の肢体に手が届く間際、柚の脳裏に浮かんだのは笑みを浮かべて自分の頭を撫でてくれた涼太の姿であった。
ーーー最後の希望。
ーーー私の王子様。
「助けて……涼くん……」
「あの野郎はこの世にい……「気安く触れてんじゃねぇよッーー!!!」」
風が吹いた。
希望の風だ。
柚に覆い被さっていた高橋蓮寺は何が起こったのかも理解出来ずに暗部たちが待機する後方まで吹き飛ぶ。
最悪の神様の言葉を信じ、
最悪の環境下で過ごし、
それでもなお抱き続けていた。
ーーーあぁ、私の努力は無駄じゃなかった。
何度も見た懐かしい後ろ姿。
見違えるほどに逞しくなっている背中。
言葉を発っそうとするが喉元の震えが止まらない。
今まで溜め込んでいた涙が一気に溢れ出す。
「涼くん!」
ついに再会!
本当に長かった!自分でもここまで延びるとは思っていませんでした。
さぁ、ここから涼太の進撃が開始です!
追伸
更新日が確定すれば書いておく事にします。
次回の更新日は9月22日です。




