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187話 思想

少し長めです。



 微かに、耳を凝らして聞き取らないと気付かないほど微量な床をする音が鳴る。


 イザベルは軽装とはいえ、金属の甲冑を着込んでいるにもかかわらず全く音を立てずに硬い石畳の上を歩く。

 普通の騎士ならばどうしても金属同士がぶつかり合い音が出てしまう。

 それが無いのは洗練された動きと鍛え上げられた歩法によるものだ。


「総隊長、少女はどこにいるか分かりますか?」

「選択肢は2つだ。1つは獣人たちと過ごしている檻の中。もう1つはエリクサーを製作するために地下の独房にいるとの情報を聞いている」

「でしたら二手に分かれる方が良くはないですか?」


 アンリの案は当然でありその方が効率的である。

 残された時間内に脱出を図るのであればその方が間違いなく良い。


「ダメだ。確かに私もそちらを優先したいが、それよりも私たちが別れた際に戦闘になる方が危険だ。その場合には瞬時の制圧が必要とするし、独道に関しては私がいなければ通り抜けるのは難しい」


 イザベルが最も懸念しているのは自分たちの行動が兵士たちにバレる事だ。

 バレたとしてもいかに違和感なく対応するかが必要となる。

 仮に戦闘になった場合に二手に分かれるよりも三人での制圧の方がより素早い。


「うーん、私なら普通の兵士くらい問題なく素通り出来るとおもうんだけどねぇ~」


 レティシアの役職は暗殺者であり、彼女はいくつもの隠密スキルを所持している。


 うーん、と腕組をして頭を左右に揺らす。

 頭上には自分の能力を過信しているわけではないものの、そこまで慎重になるイザベルの意図が理解できずにハテナマークが揺れる。


「お前の力は過信しているわけではない。しかし、戦争の直前ゆえに帝国の暗部も動き出しているとの話を小耳に挟んだ。やつらの戦闘力は一般兵では相手にならん。お前でも複数を相手にするのは危うい」

「うわ~あ、そいつらと戦うのは御免ですね~」


 レティシアは自分の知らない相手の情報に小声で驚く。


「そいつらは大臣の兵だ。あの男の耳に入ればいよいよ脱出が困難になる。見つかり次第、躊躇なく殺せ」

「了解しました」

「暗殺者を暗殺とか暗殺としての腕がなるねぇーーッ。足音だよ……2人だね。次の右曲がり角から来るよ」


 ふらふらと音を立てずに歩いていたレティシアが動きを止め、先ほどとは一変した顔つきになり耳を澄ませ相手の人数を割り出す。


 イザベル達はいくつもの分かれ道がある城内の奴隷たちがいる檻へ続く道を歩いていた。

 その中でも人通りの少ない最も安全な道順を歩いていたが、誰とも遭遇せずにたどり着くわけにはいかないらしい。


「総隊長、いかがいたしますか」

「隠れるぞ、アンリ頼む」

「了解しました。光りよ、万象の視界に偽りの虚像を与えよ。【ミラージュ】」


 アンリが唱えた魔法は光魔法のミラージュ。

 中級魔法にあたり自身と指定した相手の存在を辺りと一体化させる魔法、つまりは蜃気楼だ。


 石壁に密着した彼女たちの存在はそれと一体化する。


「それじゃ~、私も」


 レティシアはそう言うと自分も魔法を唱える。

 すると彼女自身の存在は影の中へと消えていく。

 これは闇の上級魔法である【影渡り】だ。

 本来は自分や他の物体の影の中へ一定時間潜り込んで、敵の背後から暗殺をする魔法だが隠密行動をする際には敵に見つかる事のないメリットを持つ。


 そして十秒ほどで通路の角から2人の兵士が姿を現す。


「はぁー、戦争とか勘弁して欲しいよなぁ。どうせ帝国が勝つのによぉ」

「おいおい、どこからその自信が出てきやがんだよ。まっ、確かに今回の戦争は勝つだろうよ。何せ勇者様が俺たちにいるんだから」

「それにお前らは貰えたか?」

「何がだよ」

「これだよ、これ」


 男の一人が懐から瓶に入った液体を取り出す。


「あん? ポーションかよ。それくらい俺も持ってるわ」

「バッカだなー、だからお前はいつまでも昇進できねぇんだよ」

「んだと、コラ!」

「聞いて驚け、これはあらゆる負傷や状態異常を治すエリクサーだ」

「マジかよ!? そんな貴重な物を一般兵に渡すのか」


 自慢げに見せびらかす同僚のエリクサーを奪い、外面から瓶の中身を凝視するように男は見つめる。

 当然だ、ポーションですら戦争時には大量に必要とするが一般兵の多さから、まず自分たちに支給されることは珍しい。

 その最上位版が手元にあるのだから驚かないはずがない。


「これ一体いくらするんだよ」

「さあな、だが売ったとするならば間違いなく金貨1枚はするんじゃねぇか?」

「おいおい、しばらく遊べるじゃねぇか。どうしよう、俺は貰ったら売ろうかな」

「バカか、支給品を売ろうなんかするところを見つかれば処罰されるに決まってんだろ。お前死にたいのか?」

「くそっー、一儲けできるかもと思ったのによ」

「ははっ、残念だったな。戦争が終わったら娼婦にでも会いに行こうや。俺が奢ってやるよ」

「マジか、絶対だぞ。男の誓いを忘れんじゃねぇぞ」


 そう高笑いして2人組の兵士はイザベル達の存在に全く気付かずに通り過ぎていった。


「ふぅ、どうやらうまく撒いたみたいですね。一般の兵士たちで良かったです。魔力に敏感な相手でしたら悟られる可能性もありましたね」

「将軍クラスは準備に追いやられているからな。今ここで現れる可能性は低いだろう」


 三人はそれぞれに掛けていた魔法から姿を現して安堵の表情を浮かべる。


「では行くぞ。少し進む速度を上げる」

「了解しました」

「りょうか~い」


 決して悟られない音量で三人は奴隷たちのいる檻へ進む。



 ♢♦♢



 4:05



 思いのほか奴隷がいる檻までの道のりは難所ではなかった。

 先ほどと同じ一般兵に1度だけ遭遇しただけで同じ魔法を使い損場を凌いだ。


「相変わらず清掃されてない場所ですね~」


 レティシアは檻がある部屋の前の扉から中を伺い、中から放たれる異臭に顔を歪める。


 檻に入っている奴隷たちは1週間に1、2度の水浴びしか許されずに、後の生活は監視された地上もしくは石壁に開けられた穴から入る少しの光で過ごす。

 檻の中は清掃されずに至るところところにクモの巣が張り巡らされている。

 中にある物と言えば、奴隷たちに渡す食事を移す古びた木皿と何日も取り変えられずに放置された干し草。

 後は排泄するために開けられた四方30センチの穴が一つのみだ。

 この異臭の大きな原因はこの排泄口から漂う汚物の臭いだろう。

 こんなところに何十日も放置されれば病気にもなり得る。


「中の様子はどうだ?」

「ん~、中には兵士が2人だねぇ~。1人は檻の回りを巡回していてもう1人は椅子に座って退屈そうにしてるよ~」


 レティシアは再度、中の様子を確認してイザベルに告げる。

 どちらも檻の部屋の空気に慣れた素振りで一人は槍を肩に乗せ巡回し、もう一人は大きな欠伸をして時間が経つのをのんびりと待っている様だ。


「レティシア、お前の影渡りで男たちに接近できるか?」

「問題なしだよ~」

「よし、お前はあの槍を持っている男の意識を奪え。私はもう一人の方をやる。アンリは風魔法であたりの音を出来るだけ遮断してくれ」


 二人は頷き合い行動に移す。

 レティシアは再び闇魔法を使い、影の中に入り槍を持つ男の前へと移動する。

 男は何も気づかずに彼方の方角を見ながら奴隷たちが大人しくしているのを確かめているだけだ。

 その背後からレティシアが現れる。


「なぁッ!」

「ごめんね~」


 レティシアの放った高速の拳が男の顎に直撃し脳を揺らす。

 男の視界がぐにゃりと曲がったところを追撃としてみぞおちに一撃をかます。

 一秒にも満たない不意打ちに男の視界は暗転しその場に倒れ伏した。


「な、なんだ!?」


 突然の物音に眠気と格闘していたもう一人の男の意識が覚醒するがもう遅い。

 イザベルは超速で男の目の前へと移動し拳を握る。


「おま……あなたは!」

「すまないな、眠れ」


 目にも止まらぬ速さで撃ち抜かれた拳は男の鳩尾へと吸い込まれ一瞬にして意識を刈り取る。


「はい、おしまい~。相変わらず、総隊長は凄まじい威力を持ってますねぇ~。そろそろ人間やめてオーガにシフトチェンジですか~? 大丈夫、そんな総隊長でも私はあいしま……イタタッ、ひゃめてぐださい~」

「そんな悪いことを言う口はこれかぁ? レティシア、お前のそういうところがダメなんだぞぁ」

「ひゃあ、ごめんらはい~」


 イザベルはこめかみに筋を立てて、レティシアの両頬をつね上げて力いっぱい横へ伸ばして持ち上げる。

 涙目になりながらジタバタするが地に足が付かない故に抵抗することも出来ずに自分の頬を摘ままれた手を離させようとするが、ビクともしないどころかむしろ強まる力に今日一番の危機を感じる。


「その冗談も嫌いではないが、今は目先の事に集中しろ」

「ふぁい~」


 ようやく話されたレティシアは堅い石畳の上に落ちて自身の赤く腫れた両頬を優しく撫でまわす。


「うぅ、痛かった~」

「あなたはバカですか? こんな時に冗談を言える精神が理解できません」

「アンリは堅物すぎるんだよ~。だから万年喪女なんだよ~」

「もっ!」


 自身のコンプレックスを的確に当てられアンリは顔を赤面にする。

 彼女自身、自分のどうしようもない真面目さと地味な外見から今まで男の一人からも寄り添われていないことに焦りを感じていた。

 自分の年齢ならばもう結婚して子供の一人でも生んでもおかしくはない故にこの言葉には普通以上の衝撃を浮ける。


「ほう、まだその口は物足りないらしいなぁ。私の知り合いに凄腕の裁縫師がいるんだが、依頼して口を縫い付ければお前の口数も減るか?」

「それ減るどころか、しゃべ「あぁん?」……ひぃ、ごめんなさいです! 大人しくします!」


レティシアはドラゴンを前にした兎のように顔を蒼白にして縦に大きく頷く。

 これ以上、無駄口を叩けば脱出をする前に自分が亡き者になると察した。



「さて、気合も入れなおしたところで……」



 イザベルは通路の左右にいくつものある檻の中から一つの檻の前に立ち中を見る。

 そこには体にいくつもの欠損を持つ兎の獣人と獣人の子供たちが身をひそめて怯えるようにイザベルの姿を見つめていた。


 イザベルはこめかみにしわを寄せる。

 そう、檻の中には獣人の少女たちしかいないのだ。

 自分たちの目的でもある少女の姿がどこにもない。


「ちっ、ハズレか」


 ここで見つかれば大幅に脱出をする時間を減らせるがそう簡単な話ではなかった。


「お前たちに聞きたい。この檻にいた人間の少女は何時頃から別の場所にいる?」


 イザベルは獣人の少女たちに問いかける。

 少女たちは目の前の女騎士に怯えているせいか体をビクッとさせてお互いの手を掴み合う。

 その中で身体に欠損のある兎の獣人がイザベルを睨みつけるようにして身体を引きずって前へ出る。


「何の様だ、お前たちはまた柚に酷い事をしに来たのか」

「最初に理解して欲しい。私たちはその柚という少女を助けに来た。これから戦争が始まる。その前に何としてもその少女を助け出したいのだ」

「…………」



 数秒の沈黙がその場に流れる。



 イザベルは檻の前に腰をかがめて兎の少女の目線に合わせる。

 兎の少女を負けじとイザベルの目を強く見つめた。


「人間の言う事なんて信じないし分かり合いたいなんて思いたくもない。でも……柚は、私たちの恩人だ。彼女を虐める奴を私は憎いと思っていしまう」

「……あぁ」

「柚はどこかに行って、私たちの場所に帰った時にはいつも酷い顔色をしていた。きっと酷い事をされているはずだ。なのに、彼女は私たちに心配を掛けまいと笑顔を振舞うんだ。きっと今も酷い事をされているはずだ」


 少女は歯を噛みしめて柚と自分たちの関係性について語る。

 涙がこみあげて堅い石畳を濡らす。


 イザベルはこの少女の言動に衝撃を受けた。

 この少女たちはこれまで人間に非人道的な扱いを受けてきた。

 以前にその惨状を実際に目の当たりした故にこの少女が人間に対して恨む気持ちは十分すぎるほど理解していた。

 なのに、この少女は一人の人間の少女に対して涙を流したのだ。


 思わず目を見開きその事実に衝撃を受けてしまう。


「お前は以前、私を庇ってくれた。他の人間どもとは少し違うのかもしれない。信用なんて出来ない! 出来ない、だがもう望みが、時間がない。頼む、私たちのことはどうでも良い。柚を救ってくれ!」



 少女は頭を下げた。

 見も知らない人間に涙を流して頼み込んだ。

 

「お願い、ゆずねぇを助けて」

「ゆずねえちゃんをたすけて」

「おねがいします」

「ゆずお姉ちゃんが苦しんでたの!」


 他の少女や幼女たちも目の前の兎の少女に倣って頼み込む。

 それだけでも柚がこの少女たちにとって大切な存在だという事が身に染みて分かる。


 イザベルはそっと目を閉じて立ち上がる。



「安心しろ、少女は必ず助け出す。この命に代えても帝国の思い通りにはさせない。そしても前たちも必ず助け出す。待っていてくれ」



 言葉はそれだけで十分だろう。

 イザベルは檻の前から離れ後ろに控える二人の元へ戻る。


 二人は自分たちの上司にどうするか声を掛けようしたが、その顔を見た途端に声を失い生唾を飲み込む。

 レティシアは心の中で叫ぶ、今のイザベルに冗談は通じない。

 これまでに何度も自分はイザベルを怒らせてきたが、それが可愛く見えるほどに彼女は憤怒していると。


「お前たち、分かっているな。この作戦に失敗は許されない。失敗すれば死ぬ、その覚悟で挑め」

「「了解です」」


 三人は獣人の少女たちの想いを引き継ぎ、独房がある地下へと歩みを進める。

金貨の金額が実際にどのくらいか気になる方は19話を参照してください。

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