185話 処遇
sideグロテウス帝国
04:30
派手な装飾を施した武具が壁に飾られた一つの部屋がある。
これらは帝国の一級鍛冶師に造られたものやダンジョンで発掘された武具で占められている。
中には本当に一級の魔剣もあるが大半は王が趣味で集めた張りぼて品だ。
一般の武具と性能がほぼ同列でも魔剣と同列に飾られているのは、絵画などを飾り質の高い空間を作り出すためである。
(本当に趣味が悪い)
いつもの調子で王が休息を取りながら、自身の集めたコレクションを愉悦に眺めている部屋の隅で待機している円卓の女騎士の総隊長であるイザベルは思う。
内心では反吐が出るほどの嫌悪感を抱いているが、その言葉を実際に口にしないのは愚王であるこの男の短期さと残忍さを知っているからだ。
一度口にすれば、円卓の女騎士の総隊長の任から外されるどころか、自分の隊員たちが愛玩奴隷の真似事をされる可能性もある。
自身に反感する者がいれば文字通り、一族郎党切り捨てる。
そんな独裁政治を行ってきた。
数年前に前国王が奇病に侵されてなくなったとされているが、実際には現国王であるこの男に毒殺された。
「私は強者だ。邪魔する者は何者であろうとも殺す。そうすれば私に歯向かう者はいなくなる」
「仰るとおりに御座います」
民衆が聞けば間違いなく恐れる発言を当たり前のようにする男。
この男こそがグロテウス帝国の現国王であるヒドラ・ウィ・ルシャル・グロリアである。
肥え太った肢体の上に金やミスリルといった宝石類をふんだんに使った服を身に着けている。
「くくくっ、魔族に悪魔。もはやこの戦争は我々の勝利であるな。しかし、私たちだけでも王国程度は恐れるに値しないが。おかげで私の奴隷コレクションが減ったではないか」
戦争起こす際に悪魔たちも参戦するとの話が出て、悪魔たちは帝国に生きた生娘を渡すように要求してきた。
ヒドラ個人的には娼婦でも差し出したい気分だが、悪魔たちの力は圧倒的なために下手に反感を買えばセリア王国とラバン王国の前に自身の国が滅んでしまう。
流石に周辺の村から生娘を奪うとしても上物を200人はあまりにも難しい要求であった。
故に個人的に集めた財からの支出は不服なのだ。
「仕方のないことでしょう。王よ、逆に考えてみてください。この戦争に勝利すれば王国の領民はすべて我々の支配下に加わります。そうすれば……」
「ふははっ、そうであるな! 話に聞くセリア王国の戦姫とやらはかなりの上物だと聞く。ああ、想像するだけでも高まるな」
「陛下、趣味が悪いですぞ」
「そう言うな、宰相。お前にもいくらか好きにしていいぞ」
「おお、それは有難き幸せにございます」
宰相であるこの男は現皇帝の推薦で新しく就いた人物で以前は国の暗部に身を置いていた。
国が起こした不祥事や奴隷の密輸、違法麻薬の取引などの手引きをしていた人物である。
体格はそれほど大きくなく、鍛えられた痕跡もない身体をしている。
(さて、どうしたものか。この二人がいる限りは皇帝の失脚はあり得ないだろう。この国の暗部に私はそれほど詳しくないが、聞いた話ではSランク冒険者ほどの実力がある猛者だという話もある)
イザベルはこの国において5本の指には入るであろう実力者である。
短期で戦えばSSランク冒険者としての実力と騎士団を任されるだけの統率力を持っている。
しかしあくまでそれは表の話であり、帝国ができた当初から暗躍している暗部の情報を用いていなかった。
帝国が強者であるゆえんはこの暗部の力によるところが大きいからであるからだ。
仮にイザベル自身が暗部と正面から戦えば勝率は低くはないと彼女は推測する。
しかし相手の本領は暗殺や毒殺。
まともに強者と対峙するはずもない故に、いつ見ているか分からない彼らの目を掻い潜るのは至難の業だ。
もし行動を起こそうと準備に差しかかれば皇帝の耳にそれは入り、制裁の対象になり得る。
(いや待て、私は帝国民だ。守るべき民のために力を使わなければならない。たとえこの屑どもの命であってもだ)
イザベルはやりようのない気持ちを落ち着かせ目を閉じる。
「して、アレの調子はどうだ?」
「アレでございますか。睡眠や食事など必要最低限以外の時間以外は例の物の作成に取り掛からせています。しかし、最近はどうも調子が乗らずに生産の効率も落ちています」
「薬の投与でもしておけば良かろう」
「はい、そう試みたのですがアレにはどうやら薬物の耐性が付いているようで効きません。亜人どもを餌に無理やり働かせていますが、使い物にならなくなるのも時間の問題かと」
イザベルは疑問に思った。
この男たちは何の話をしているのかと。
「なら使い物にならなくなればお主にくれてやろう」
「ははっ、ご冗談を。あの気味の悪い紫色の髪を持つアレはいりませぬよ」
「ふむ、ならば手はず通り戦争の捨て駒として最前線に送るとしようか」
内心で彼女は今にも爆発しそうな怒りを必死に抑えていた。
この男たちが言っていたアレとは勇者償還に巻き込まれた少女の話だと理解する。
最近は見回りに出てはいなかったものの、牢屋で彼女の姿を見ることがなかった理由は例の物の製作だろう。
軍事に関わり、イザベルは最近になって伝説の存在であるエリクサーが大量に配布されている事実を疑問に思っていた。
そのエリクサーが柚という少女一人によって作られたとしたら?
ポーションとは魔法薬であるために、製作した人物は大なり小なり魔力を材料として使っている。
運ばれはエリクサーの数は千を超える。
過剰な魔力の使用は使用者の身体を蝕む。
それが大きいほどリスクは高くなり最悪は廃人と化す。
こんなことを毎日続けて無事でいられるはずがない。
(この屑どもは、女を奴隷以下の道具としか見ていないのか。それも罪を犯していない無垢な少女を!)
この時にイザベルの沸点は限界を超えた。
目の前の男たちに不満を常に抱いていたが、これほどの怒りは覚えたことがない。
「陛下、勇者様の様子を伺いに参ります。退出の許可を頂けないでしょうか」
「ふん、殊勝な心掛けだ。行くがよい」
「はっ、失礼します」
その怒りを決して顔に出さずにイザベルは部屋から退出して自分の騎士団がいる弊社へと戻る。
「あ、イザベルさま……ヒエッ!」
隊員の一人が戻ってきたイザベルに声をかけようとしたが、その身体から溢れ出す覇気に委縮してしまう。
他の隊員たちも今まで見たことのない総隊長の怒気に戸惑いを見せる。
「あの、総隊長。どうされたのですか」
勇気を振り絞り、一人の隊員がイザベルに声をかける。
他の隊員たちもイザベルが放つ緊迫した空気に息をのむ。
「すまない、こんな姿を見せるつもりではなかった。お前たちも帝国の私たちに対する扱いに不満を思っている者も多いだろう。私はそれを我慢してきたが、今日決断した。私はこの国からの逃走を図る」
そう、静かな口調で彼女は告げた。




