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182話 真相


 ーーーあれは一体いつのころからだっただろう。



 彼女が俺にとっての日常に欠かせない存在になったのは。


 誰とも関わろうとせずに、ただ過ぎゆく学園生活を送っていた俺に刺激を与えてくれたのは。

 ふとした瞬間からいつも隣で笑顔を振舞い、時には喧嘩もして口を暫く利かなかったこともあった。


 いつも俺の事を心配してくれて外の世界の温かさを教えてくれた彼女。


 そんな温かさが俺は心底大好きで彼女のためならば頑張ろうと、


 彼女の笑顔を生涯守ろと。



 あの校舎裏での出来事、



 脱力感から彼女の手すら握れずに、何の言葉も幸せも与えられずに力なく底見えぬ闇の中に沈んでしまった俺が最後に見た悲しみに満ちた彼女の顔。



 俺は誓ったはずだ。



 大切な人を悲哀に満ちた顔にさせないと。


 しかし守ることが出来なかったあの日、


 そしてこの世界で新たな人生を歩むと同時にその言葉を楔にして生きてきたはずだ。




 ーーーもうあんな思いは二度とごめんだとーーー




 それなのになぜ彼女はこんなにも焦燥した顔をしている。


 なぜ俺は彼女の存在に気づくことが出来なかったんだ?



 誰よりも彼女の事を知り、誰よりも彼女の傍にいたはずの俺が。


 平和な日常を過ごすためは自分が強くなるしかないと、どんな敵が相手でも立ち向かえる程度にはなろうと努力をした。



 努力をシタ?


 

 こんな現実を見せられて俺は努力をしたと言えるのか?

 

 なにも守れていないじゃないか。


 平和な日常も守るべき大切な人も。


 あぁ、そうだ。


 この嫌悪感とそこから込み上げてくる憤怒は俺の無力の表れだ。



 ---ダレだ?



 彼女を……俺のかけがえに傷をつけたのは。


 そんな事をこの俺が許すと思っているのか?


 あぁ…………本当に俺はどうしようもなく憤怒している。


 彼女を傷つけた奴を、そしてそんな現状にさせたこの運命を。



 ならばどうするか。



「……もう……どうでもいいや」



 俺は創る。



 決して行ってはいけない禁忌を、



 新たなる理想郷を創るため、世界が積み上げてきた軌跡のページを白紙に戻すためーーー




 ーーー創成魔法・天地開闢ーーー




 あぁ……これで……



「いい加減、目を覚ましやがれ! この馬鹿野郎がッ!!」


 突如として俺の右頬に骨が砕かれるほど強烈な衝撃が放れる。

 俺を中心に半径数百メートルのクレーターがその場に浮かび上がった。

 あまりにも強すぎる衝撃に思考が吹き飛ぶ。



「……いったい何が?」

「てめぇ、今何をしようとしやがった! お前がなぜそんなにも取り乱したのかは神界が総動員で動いて瞬時に分かった。お前が動揺するのも理解できる。だが、お前は決して行ってはいけない禁忌に手を出そうとしやがったんだぞ。お前が積み上げてきたもの全てを、世界を白紙に戻す形で!」


 怒りに顔をゆがめてヘファイストスは鼓膜が破れそうな声高で告げる。

 辺りを見回すと神たちが俺を組み敷く形で焦りと緊張を顔に表している。

 アポロンは弓のワイヤーを周囲に張り巡らし、トールは大槌を右手に抱え、オーディンは周囲に極大の魔法陣を展開し、


「ちょっと、みんなやり過ぎよ! りょう君が困惑しているじゃない!」


 脇にいたアテナが周囲の緊迫した空気を割って声をかける。


「アテナ、てめぇは黙ってろ」

「---ッ!」


 ギンッと目を見開き、今にも殺しそうな殺気をヘファイストスはアテナに放ち黙らせた。


「俺は……」

「少し冷静になって考えてみろや。俺みたいな脳筋じゃねぇお前ならすぐに理解できんだろ」


 俺は今、一体何をしていた?

 禁忌? そうだ、柚が捕らわれの身になって……あの表情を見た途端に冷静さを失ってーーーそれで、


「---ッ、俺は、俺は今ある大切な物さえ……」

「そうだ、お前は世界を壊そうとした。どうやら冷静さは取り戻したようだな」

「本当に俺は……。グスッ……ごめん、本当にごめんなさい」


 俺は絶対にしてはいけないことをした。

 地上の白紙、

 クリスやミセル、俺の大切な存在すらもなかったことにしようとしたんだ。

 愚かだ、俺は何をしているんだ。


「はぁ、ったく、心配させや……ガフッ!」

「りょう君! 大丈夫です、あなたが心配することは何もないんです」


 冷静さを取り戻し、緊張が緩んだヘファイストスをアテナが吹き飛ばして俺を抱きしめる。

 ほのかな甘い香りと母性が身を包み身体の緊張がほぐれた。


「アテナ、ごめん。俺は……」

「安心してください、りょう君には私が付いてます。そう私だけがーーーッッテム!」

「黙りなさい、アテナ。なに一人で涼太さんを独占しようとしているんですか」

「そうよぅ、最近あなた調子に乗ってるわよねぇ」

「以下同文っす」

「…………」こくこく


 アテナの脳天に見事な放物線を描いたパラスの一回転踵落としが決まり意識を刈り取った。

 その横からはおなじみの女神たちがアテナの屍を踏みつけて心配そうに俺の元へ駆け寄る。


「涼太、あなたがそんな悲しい顔を見せるなんて耐えられないわぁ。今夜はおねぇさんに全て任せて身を委ねなさい。たくさん慰めてあげるわぁ」

「うるさいっすよ、痴女。黙るっす」

「ちっじょッ! よくも言ったわね! この褐色アマゾネス」

「殺されたいんっすか? 言っていいことと悪い事があるっす」


 テミスとアディがいつもの調子でいがみ合いを見せつけた。

 その何気ない日常に思わず先ほどまでの緊張が消えさり笑みがこぼれる。


「話を割って悪いんじゃが、涼太よ。お主にとって事態は一刻を争うのではないのか?」

「---ッ! そうだ、柚が! 柚が捕らわれの身になってッ!」

「それもそうじゃが、お主が暴走した経緯から話そう」


 杖の先端をコンッと地面につく。

 すると簡易的な椅子が現れオーディンはそこへ深く腰掛ける。


「まずお主が暴走しかけたせいで魔力が地上の最深部、つまりは核にまで届き魔力と核が共鳴を起こして大地を揺るがしたのじゃ。普通ではありえん現象じゃが、あと数秒遅れておったら間違いなく各所で天災が起こっておった。ゆえにワシらはお主を神界に強制転移をさせたのじゃよ」

「それは……本当にすまない」

「気にするでない。お主の管理もワシらの業務に含まれておる」


 あと数秒って、相当危険な状態に陥ってたのか。

 神様が助けてくれなきゃ、柚を助けるどころの話ではなかった。

 俺は本当に世界に災厄を引き起こそうとしていたんだ。


「まぁ、それは置いておいて姫路柚という少女に関する情報じゃ」

「あぁ」

「どうやら姫路柚は勇者召喚に巻き込まれたようじゃ」

「勇者? 誰が?」

「お主も見たであろう、高橋蓮寺という男を。奴が勇者じゃよ」

「んなバカな!? あいつが勇者召喚とかあり得ないだろう! むしろ悪魔とか魔王になってもおかしくはないはずだ!」


 動揺を隠すことができない。

 あの男が勇者だと!?

 ならば勇者の定義とはいったい何なのだ。

 あいつが勇者召喚されるのであればミジンコが勇者召喚として送られてもおかしくないはずだ。


「勇者召喚とは地上の者たちが勝手に決めた儀式じゃよ。正しくは「異世界召喚」じゃ。召喚した国の波長に合い、強大な潜在能力を持つ人物を異世界から召喚する儀式じゃ」

「つまりはグロテウス帝国の召喚儀式を行った人物が相当な悪党だということか」

「そうじゃ、じゃが問題点はそこではない」

「どういうことだ」


オーディンは深くため息をつき真剣な眼差しで俺を見つめる。


「異界から召喚された者は例外なく神界を経由して異世界へと渡り歩く。しかし姫路柚と高橋蓮寺、両名の存在はここでは確認されなかった。ワシらが存在に気づけなかったのはそのせいじゃ。ではなぜ気づかなかったと思う?」

「確認不足……はあり得ないんだろうな。異世界召喚なんてテンプレ儀式に神が気づかないはずがない。ましてや俺の過去を知っている人物だ」

「うむ、悪くないが少し頭を柔らかくさせてみよ」


 異世界召喚された人物が神に気づかれずに異世界へと渡る。

 それは確かな情報だ……いや待て、本当に気づかれていなかったのか?

 仮に神界から地上に送られると仮定する。

 その送り主は神様であって厳密には誰なのか定義さてていない。

 つまり、つまりはそう言うことか!!


「あのクソ野郎、やってくれたじゃねえか。こちらはまんまと出し抜かれたって訳か!」

「ふぉっふぉっふぉ、その通りじゃ。ワシらも舐められたものじゃ。まさか一人の神相手にワシら全員が騙されたのじゃからな」

「あのクソロキは……」


 どうしようもない怒り、

 全ての元凶に対する怒りがこみ上げてくる。

 今にでもお礼参りに行こうと、そう告げようとしたがオーディンは手を俺の口へとやり言葉を紡がせる。


「お主は姫路柚を迎えに行ってやれ、それに地上は戦争が起こっているのであろう。それの終止符を打つのがお主の役目じゃ」

「だがーーーッ!」


 俺も神様たちの仲間だから手助けをしたいーーー

 そう言葉を口から出そうとしたが思わず息を飲んでしまう。


 オーディンの顔はいつものように笑顔だ。

 しかし目が笑っていない。

 今まで見たことないほどの恥辱と怒りに満ちた瞳が露わになっていた。

 よく周りを見るとヘファイストスや能天気なアポロンですら、いたる所の皮膚に血管を浮き上がらせ、今にでも獲物の首を刈り取ろうとせんばかりの覇気をオーラとして身体から発している。


「ワシらの大切な家族を傷つけ、見事に手のひらで踊らされた屈辱は初めてじゃ。ワシらを本気で怒らせたことをすぐにでも後悔させてやろう。じゃからお主は成すべきことを成し遂げよ。話は全てが終わってからでもよかろう」


 これほどまでに頼りになるオーディンを俺は知らない。


 神の憤怒。


 胸の内で燃える戦意という名の灯が爆発的に膨れ上がっていくのが分かる。


「地上は任せろ、ロキのことは頼んだぞ!」

「おう、任せろや! あのクソ野郎の顔面に一発重い拳をぶち込んでやらぁ!」



 俺は成すべきことを成すため。

 神軍は確固たる悪へ屈辱を晴らすため。


 それぞれが己と仲間のために動き出す。


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