171話 ダンジョン(一掃)
唐突に引き起こされた現象は二つ。
右方、
鼓膜を劈くような雷豪が地面を削り取り、舞い上がった微粒子の砂ぼこりが雷撃に反応してスパークを引き起こす。
左方、
霧状に散布した液体窒素が生まれ、草花や魔物の死骸へと侵食して瞬時に元となる形を崩壊させる。凍てつく吹雪が吹き荒れ、呼吸すらままならないほどの冷気が魔物たちへと襲い掛かる。
先に行動に出たのはミセルだ。
金髪のポニーテールが重力に反して上方へと舞い上がる。
体中からは電流がミセルを中心にとぐろを巻きながら周囲に荒れようを見せつける。
瞳は淡い青色から金色へと変わった。
そして一言、
「【雷憑依】」
発光していた稲妻が青へと変色する。
今まで見せていた雷を纏い身体能力を上げるものではない。
自身の血管を、細胞の一つ一つを電気信号を担う形から機械的な電気回路へと変えたのだ。
圧倒的出力による自壊も抑えられたミセルは文字通りの雷使いとして君臨する。
腰に携えた愛剣をアイテムボックスへとしまい、新たに何かを取り出す。
鞘に納められ、いくつもの装飾を飾っているそれは一般人から見ても一級の武器だと判断できる。
それほどに美しく、人を魅了する何かを持っていた。
「参ります……」
打ち合えば今にも折れそうなほどに細く鋭い刃が姿を現した。
刀身に魔力が集められ、蒼い輝きが現れる。
体長3メートルほどの大きさの四本の手を持つ猿が本能的に危機を察知して手に持つ棍棒で前方をガードする。
周りの魔物と比較すると明らかに別格の臭いを周囲に放っている魔物だ。
その判断は正しかった。
しかし同時に理解する。
ガードする事が最善の手段ではなかった、目の前の雷から距離を置くことが唯一の助かる道だったのだと。
猿型の魔物の意識はそこで終わりを告げた。
ほんの一瞬、
コンマの間に放たれたミセルの攻撃はガードした猿の棍棒ごと上段から真っ二つに切り裂いた。
正確には切り裂いたというよりは焼き切ったと表現するべきなのだろう。
高圧電流により斬った個所の表面は赤く焼け焦げている。
自身の刀身を見る。
普通ならばパキリッと折れているはずだがその様子は一切ない。
刃こぼれも無し、蒼い光が纏わりついているのみだ。
さもそれが当然のようにミセルは再び大群を見る。
当然と言えば当然だろう、あの剣は涼太さんから貰ったもので、不懐属性と雷属性が付いている国宝級を軽く超える品なのだから。
「私の速度について来られるなら付いて来い。【疾風迅雷】」
ミセルの足元に魔力が集まる。
私ですら追い付けないほどの速度が生まれ、一斬必殺の要領で敵を斬り裂いていく。
傍から見れば救世主なのかもしれない。
一人で魔物を片付けているのだから。
でもそれでは私が面白くない。
どうせミセルの事だから避けるだろう。
少し私はいたずら紛いな攻撃をミセルを含めた魔物ごと放ってみた。
「…………ッ!」
射出された氷の武器、槍に剣、氷柱や雹など、数は無限。
それが私の後方、範囲にして400平方メートルの何もない空間から無数に飛び出す。
危機を察知したのか、ミセルはいつも涼太さんとやっている弾除けの要領で躱して私の後方まで退避する。
三人の女性冒険者は口をあんぐりと開けて目の前の現実と虚像だと勘違いするかのように何度も目をこする。
「お嬢様、いきなり危ないではないですか」
「仕方ないじゃない、このままだとミセルだけで魔物を潰せそうだし。また私の出番がお預けになるのは嫌だわ。ミセルは世界中に名前を轟かせているんだし、ここは私が蹂躙する必要があるのよ」
「また強情ですね。しかし承りました。私は討ち漏らしを片付けることにします」
「ありがとう、いっその事だし溢れ出てる元凶の層まで倒しに行こうかと思うんだけどどうかな」
正直に言うと、涌き出でる魔物の進軍を指を咥えて待つのが面倒だ。
草刈りで、いくら地面付近の茎を刈り取ろうとも根が残っていては根絶とはいかない。
今の魔物たちが深くから来た魔物たちと考えるならば私たちの実力でも下層の攻略は容易だと物語っている。
「承知しました。という事なので、お嬢様と私は中層に進みます。フィルフィー、後のことは任せました」
「うむ、この程度ならばお主たちの力で倒すのは容易であろう。私たちはこの場で待機させてもらう。一応は私の眼で様子だけは見させてもらう」
よし、了承は得た。
「ミセル、行くわよ」
「はい、一掃して参りましょう」
ミセルは雷電を身に纏い、私は足に魔力を集中させて下へと続く階層へ足を踏み入れた。
という事で、 魔物を蹂躙しつつ下の階層まで降りてゆく。
どういうわけか、魔物は隅に退避している冒険者たちに目をやることなく上層へと進んでいた。
私たちの目的は上層へと進ませないことなので全ての魔物を倒して行く。
「お嬢様、お気付きですか」
ミセルは顔をしかめて私に問いかけをする。
「うん、これは進行しているというよりは逃げている(・・・・・)と表現するべきだわ」
「やはり……気を引きしめて下さい。ちょうどこの階層の下から嫌な雰囲気が感じ取れます」
今、私たちは20階層ほど進んだ。
ダンジョン自体は50階層のあるので、シャルたちと進んできた階層を含めて考えると中層を超えたあたりである。
確かに嫌な邪気に似た何かが下から感じ取れる。
「「……ッッ!!」」
低く大きな唸り声に似た雄叫びが、ここまで響き渡り地面が軽く振動する。
「戦闘音!」
「誰かが戦っているのね」
♢♦︎♢
ただ広い空間、
そこには体長が数十メートルの巨人と1組の冒険者パーティが戦っていた。
「ったくよ、マジで勘弁して欲しいぜ。折角のダンジョンで儲けようとセリア王国から来たってのに、こんな化け物を相手にしないといけないとは……しかも亜種とか聞いてねぇよ」
「カイン、前へ出過ぎるな!タンクのお前でも攻撃一つ食らえば死ぬぞ!」
「分かってるわ!誰があの巨大な拳と正面から当たろうと思うか!自殺しますって言ってるようなもんだろ」
2人組みの前衛の男たちは攻撃を避けつつも反撃をする。
キインッ!
「……ッア!硬えなぁ、おい!」
黒い皮膚に剣を下ろした瞬間に、まるで岩壁にでもぶつけたかのような硬い感触と痺れがカインを襲う。
「2人とも下がれ!【ファイアートルネード】」
「喰らいなさい!【サンダーストーム】」
後方で相性を完了させた2人の魔法使いが高火力の魔法を放つ。
炎と雷の竜巻が重なり合い、肥大化した雷炎の竜巻へと変わって巨人を包み込む。
「やったか?」
「おい、そういうのをフラグって言うんだぞ」
瞬間に空間を震わせる咆哮が雷炎の中から響き渡り、巨大な手によって竜巻は搔き消える。
「ったくよ、マジで硬過ぎだわー。ないわー」
「何を現実逃避してやが……ッ!」
自身の高火力の攻撃すら通じないことに現実逃避し始めたその時に自分たちの後方から何かが迫ってくるのを察知した。
後ろを振り向くと2人の少女が目にも留まらぬ速さでこちらへ向かってくる。
「なるほど、ギガンテスですか。それも亜種となるとSランクは超えますね。道理で魔物たちが荒々しくなるわけです」
「Sランクって事は樹海レベルってことよね?」
「まぁ、以前に涼太様と樹海へと足を踏み入れた際に戦ったのがSランク以上なので、このギガンテスは弱い方ではないでしょうか」
なるほど、樹海ってこのレベルの魔物の巣窟になっているのね。
そりゃ立入禁止区域に設定されるわ。
「おい、お前は戦姫か!それに今、涼太って言ってなかったか?」
唐突に戦っていた冒険者から声がかかった。
ミセルの事を知っている?それに涼太さんの名前が出てきたという事は知り合いなのかな。
「あなたは涼太様のお知り合いですか?」
「あぁ、涼太とは冒険者仲間って言ったところか。セリア王国にいた時に仲良くしてたぜ!」
「なるほど、納得しました」
「それでそこの嬢ちゃんは誰だい?こんな危ないところに連れてきてって……前言撤回だ。嬢ちゃんも相当なやり手だな」
ミセルに目がいって私に興味を示さなかった冒険者が改めて私を見ると神妙な顔つきになった。
なんだろうか、分かる人には強さのオーラみたいなのが見えてるのかな。
「こちらはハイゼット家令嬢のクリスお嬢様ですよ」
「おいおい、貴族のそれもお嬢様を連れてくるとは思い切りのいい事をするもんじゃねぇか」
「私は貴族としてではなく、クリスという冒険者として来ているんです。気にしないで下さい」
最近は貴族の柵とか枷から解放された生活が当たり前になってきて、こちらの方が居心地が良いくらいだ。
「ははっ、貴族の認識を改める必要がありそうだな。今まで思い違いをしていた」
「いえ、私は例外みたいな者なので認識は改める必要はないですよ」
貴族としての権力を振りかざす輩の方が実際は多いし、それ自体を否定もしない。
「そうかい、唐突で悪いんだが、この化け物は手に負えねえ。逃げる準備をしておいた方がいいぞ」
「そうですか。なら後は私たちにお任せ下さい」
「おいおい、戦姫さんよ。大丈夫なのか?」
「何度も言わせないで下さい。この程度ならば私とお嬢様で倒せると言ったのです」
「……ッ!」
少し苛立ちを覚えたミセルはカイルを一睨みする。
「ハハッ、面白い。なら任せたぞ」
「元よりそのつもりです」




