169話 ダンジョン(前触れ)
「うーん、あんまり成長はしなかったね」
「それだけ私たちが強くなったって事ですわよ!」
今の戦闘でどの程度の経験値が入ったか、確認するために2人は各々のステータスプレートを確認した。
経験値は入ったようだが、思っていた以上ではなく納得のいかない表情だ。
私も自身のステータスを確認するが、レベルは一つも上がってはいなかった。
やはり雑魚をまとめて倒しても上がると思うのは烏滸がましいわよね。
「エリスはどうでしたの?」
「え、あー、まぁまぁだったわね」
ふとエリスは視線を微かに外へやる。
私たち全員は何か隠していることを確信した。
「エリス、教えて貰ってもよろしくて?」
「何をかしら」
「あたなのレ・べ・ルをですわ!」
「はぁ、仕方ないわね。どうせバレるし教えてあげるわよ」
そう言い、エリスはステータスプレートを私たちの方に見せる。
そこには『LV.30』という数字が刻まれていた。
先ほどまで25だったはずなのに今の一戦で一気にロゼッタとシャルに並んだ。
やはり女王というだけあって経験値もかなり美味しかったのか。
「むぅ、ずるいですわ。私も戦いたかったですわ。当然、この場でレベルを上げるべき人物はエリスですけども、何か納得がいかないですわ。私も本気で戦いたかったですわぁ!」
「分かったわよ。強い敵が来たら次は二人に譲るから我慢なさい」
「あの……ボクも戦っていいの?」
「当たり前ですわよ、シャルは私と一緒に強くなるんですのよ」
エリスは二人の意見も最もだと理解し、めんどくさそうに長い眉を細め細長い指で頭を少しかきむしる。
「それで、フィルフィー。この人たちはどうしましょう」
私は目の前にへたりこんでいる三人の女性冒険者を上から見下ろして対処法を聞く。
正直、助けたいの山々なのだが私たちのレベリングも大切だ。
「あの……さきほどからフィルフィーと言っていますが、その長い耳と緑がかったエルフとしての特徴を持つところから察するに……もしかしてそのお方は大賢者フィルフィー様ですか」
女冒険者の1人が喉を鳴らし、恐る恐る真実を確かめる。
「ふむ、確かに私はお前たちが思う人物で間違いない」
「やっぱり!まさかこんなところで出会えるとは思いませんでした。私はシュテム帝国出身なんです。フィルフィー様のことは私たちが子どもの頃からの憧れです!」
一番身長の高い大剣を持った女性冒険者が目を輝かせ歓喜する。
シュテム帝国からも冒険者としてラバン王国で活躍しているとは関心だ。
フィルフィーは確かシュテム帝国では守り神みたいな立ち位置として崇拝されている節もあったんだっけ。
「そうか」
女性の発言に関心を持っていないせいか、フィルフィーは見向きもせずに一言だけ答えた。
「なぜフィルフィー様はダンジョンに居られるのですか? お住まいから出られたなどと言う話は聞いたことがないのですが」
「もともとは王に魔法聖祭の代表者として向かってほしいと言われたのでな。致し方なく足を運んだしだいだ。お前たちには悪いが私はあの国には戻るつもりはない」
一言、耳元で囁かれなければ聞こえないほどの言葉を発した。
その短い発音の中には驚嘆と不安の声音が宿っていた。
「なぜ……」
「理由など最初からない。私はシュテム帝国の領地に確かに居座ってたが、それと私がお前たちのつながりになるとは到底思えん。私はようやく見つけた自分の居場所を捨てたくないのだよ」
「そう……ですか」
「ちょっと! フィルフィー、言い過ぎよ」
裏表のない直接的な発言に女性冒険者の顔が暗くなる。
「それよりも、みなさん。察するに何日もダンジョンに籠ってらっしたようですが、なぜ三人……それも女冒険者のみのパーティでおられたのですか? こう言うのは烏滸がましいかもしれませんが、あなた方の実力でこの階層は釣り合わないかと思われます」
気まずそうな雰囲気の中、耐えきれなくなりそうな中でミセルは逃げ道として別の話題を振る。
この女性たちがこんな場所で戦っていた経緯だ。
確かにそれは最優先に聞いておくべき案件だったかもしれない。
この軍隊蟻たちは私たちにとっては雑魚に等しい相手だがこの人たちからすれば厄介な相手に違いない。
そんな相手に三人ばかりで挑もうなど自殺行為に思える。
「確かに、これだけの敵に遭遇するなら……いえ、遭遇する前に危機察知ていどならできたはずですわ」
「そうですね、不躾で申し訳ありませんでした。先に事情を話すべきですよね。申し遅れましたが、私たちは『フレイムキャット』というパーティです。三姉妹でパーティを組んでおり、ランクはC。私はリーダーのミアンと申します」
「レシアです」
「ユアンだよ」
なるほど、全員が同じ髪の色にどこか似た雰囲気があると思えば三姉妹だったのね。
冒険者でパーティを組むにあたっての最も重要なことは仲間同士の信頼関係って言うし、その分姉妹なら普通以上の信頼があるはずだ。
一番上の人が前線で敵を薙ぎ払う大剣使い、同じく中堅で機動性もある剣士、それも懐に投げナイフも仕込ませている。
最後にパーティに必要不可欠な魔法使い、元祖系統は当然使えるとして、回復魔法まで使えるとは凄い。
こう見るとバランスの整えられたパーティだ。
「それで、なぜあなたたちは軍隊蟻などに遭遇したのですか」
「それは………「「騙されたんだよ!」」」
ミアンが気まずそうに口を開いたかと思えば、残りの2人が鬼気迫った声で話を割って入る。
「どういうことですか?」
疑問に思ったミセルは質問をする。
「はい、実はーーー」
私たちは無言で至った経緯を聞いた。
内容は聞くに耐えなかったほどに酷い。
「ねぇ、そいつら全員縛り上げて魔物の群れに放り投げましょうよ」
こめかみに血管を浮かばせ、苛立ちを周囲に放っているエリスが不吉な事を言う。
しかし、私たちの本心はエリスが答えた内容と同意している。
もともと、ミアンたちは総勢30名ほどの中規模パーティでダンジョンを攻略していたそうだ。
調子に乗って、いつも以上の階層に向かおうと発言したリーダーに従ったのはいいものの軍隊蟻という最悪の敵に出会うとは想定していなかったらしい。
逃げるために上の階層に上がろうとしたが、出口はすでに蟻たちに塞がれており、唯一の希望が次なる階層への階段だった。
全員が我構わずと散り、他の冒険者など見向きもしなかった。
その際に足元を取られたユアンが取り残され、置いていかなかった2人は取り残される形で蟻たちと戦っていたのだ。
「それで、その冒険者たちは幸か不幸か下の階層に逃げたと。本当に馬鹿馬鹿しいわね。とりあえず、あなたたちは私たちが地上まで送り届けるという事でいいかしら」
「問題ない」
「仕方ないですわ」
「うん、わかった」
「承知しました」
みんな同じ意見らしい。
当然、私たちにはこの冒険者たちを支援したり保護する義務はない。
私たちも急ぐ身なので置いてきぼりにすると言っても否とは言われないだろう。
しかし、涼太さんなら目の前に困っている人がいたら間違いなく善意のみで何の見返りもよこさずに助ける。
「では私が二人を送ろう」
声を上げたのはフィルフィーだった。
こういう面倒なことは率先してならない主義なはずなのに珍しい。
「あら、珍しいじゃない。どういう心境なの」
「ふん、私とてシュテム帝国に一切の未練がないわけではない。少しばかりは働いてやろうと思ってな。それにこのダンジョン程度ならば私が居なくともお前たちだけで倒すことが出来るだろう。最悪は私の眼でお前たちの場所を感知して飛んでくる」
「ふぅん、それなら問題ないわ。お言葉に甘えるとするわ」
「あぁ、ついでに屋台で夕飯かメイドたちに料理を作らせて持ってこよう」
「気が利くじゃない。任せたわよ」
確かにこの程度のダンジョンなら、しばらくは私たちだけでも攻略は容易だ。
正直なところ、相手にするまでもない魔物を眺めて一度も戦闘に加担していないせいで暇を持て余していた節もあると思う。
でもフィルフィーなら一番安心かつ迅速に地上まで行ってから帰ってくることが出来る。
「本当によろしいのですか? フィールフィー様が抜けられては他の方々が危険な目に……」
「私の仲間とそこらの雑兵を比較するな。お前たちを助けたのは『戦姫』だ。それに隣の青のウェーブがかかった人物も同程度の力を持っている」
私とミセルの事を言っているのかな。
もう少し言葉があると思うんだけど。
「戦姫……あのセリア王国の五本の指に入ると言われている方ですか! まさかこんなに幼いなんて。それならば先の動きも納得です」
流石はミセルだ、他国の冒険者にまで自身の二つ名を知られているなんて。
私も何か英雄談でも作れば二つ名とか貰えるのかな。
そうしてフィルフィーが二人を連れて私たちと一時的に離れようとした際に事は起こった。
「たすけてくれぇぇーー!」
私たちが進もうとした次の階層から地を這いながらずるずると近寄る影。
よく見ると左足の膝から下が無くなっている。
武器も持たずに鼻水を垂らして私たちに助けを求める。
「あんたはぁ! 何しに戻ってきた!」
「ひっ、お前は。よかった、無事だったのか。頼む、助けてく……ゴバァ!」
男は突然顔を蒼白にさせて吐血する。
三人の雰囲気から察するに、男は先ほど置いてきぼりにした中規模パーティのだれかなのだろうか。
一瞬、ビクリと肩を鳴らしてその場に沈む。
ミセルが起こして状態を確認するが目を閉じて首を横に振るだけだった。
「な、なにが起こってるの!?」
「何か嫌な予感がしますわね」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
地鳴りが響き渡る。
振動は下から。
「なるほど……」
「フィルフィー、何かわかったんですか!?」
「あぁ、魔物の群れが下層から上層に上がってきているな。数は数千といったところか」
「す、すうせん……」
冒険者の三人は腰を抜かしてその場に倒れ込む。
「むりよ、そんなの『モンスターパーティー』しか考えられないじゃない」
「おねぇちゃん、どうすればいいの」
「こんな事って!」
うん、三人は意気消沈している。
まぁ、それだけの数の群れが迫ってきたら希望を失うのが正しい反応なのかもしれないけど。
「あはははっ、数千ですって! 最高じゃないの! ダンジョン様さまね」
「ボ、ボクに倒せるのかなぁ」
「一匹たりとも通すわけにはいきませんわね」
「私も暴れさせてもらいましょうか」
みんなは迎え撃つのを当然とするように準備に入る。
「お嬢様とフィルフィーはどうされますか」
「私はパスだ。この三人を守ることにしよう」
フィルフィーはめんどくさそうに拒否をする。
この条件でも参戦しないなんて大物よね。
「……お嬢様?」
「当然参戦するわよ」
この規模での魔物の遭遇は大侵攻に値するかもしれない。
以前の私は大侵攻が起こった際に指をくわえてみてるしかなかった。
しかし、今は違う。
魔物とも対等に渡り合えるほどの力を付けた。
さぁ、始めましょうか。
私たちの蹂躙を。




