168話 ダンジョン(救出)
お腹はいっぱいになってないが、これから戦闘すると考えると丁度いいのかもしれない。
私は戦うのか分からないけど。
徐々にレベルを上げていき、ロゼッタ、シャル、エリスのレベルが25近くまで上がった。
遠慮なく最大火力の魔法を格上の相手に放ち続けていたお陰で、レベルもスキルもかなり上がった。
これで一般的にはCランク冒険者の数値とは冒険者ギルドも浅はかな気がしてならない。
「さぁ、来なさい。綺麗な風穴を開けてあげるわよ」
エリスはようやく自分の武器を取り出して攻撃に移る。
桃色の髪をなびかせて両手に二丁の銃を携えるその姿は可憐そのものであった。
的確に魔物の急所に魔弾を打ち込んでいく。
この二丁の拳銃は涼太さんがエリス専用に造った魔道具で、魔力を動力源に高出力の魔力の塊を放つ仕組みになっている。
持ち主の魔力が尽きない限りは無限に打ち込める優れものだ。
自身に合った武器を探している際に、どれもしっくり来ないから他に見たことのない武器を涼太さんにお願いしたら出てきた。
どうやら、エリスは魔法を放つのに飽きてきたから効率化したこちらを選択したらしい。
「シャル、ロゼッタ!進みなさい」
今、三人の目の前にいるのは巨大な斧を片手に持つメズという馬の魔物らしい。
大きく振りかぶったモーションからメズの攻撃が数秒後に来るのが分かるが2人はそのまま突き進む。
それと同時にエリスの銃口からスイカほどの大きさの魔弾が放たれ、斧に衝突したと同時に爆散してメズの身体ごと後方へと逸らす。
前衛の2人は走る速度を加速させて、メズの身体に交差された大きな斬り傷を付けた。
メズの断末魔が洞窟全体に響き渡り力なく倒れる。
「ふぅ、まぁまぁの敵だったわね」
「やった!」
「私は物足りないですわね」
その後はいたって静かである。
先ほどの魔物の出現が嘘のように消えた。
「ねぇ、ミセル。これっておかしい?」
「確かに先ほどまでが嘘のように、魔物の出現速度は遅いですね」
やはり、ミセルもこの事態に違和感を覚えているようだ。
「もしかして、私たちが狩り尽くしちゃったのですの?」
「ど、どうしよう。ダンジョンさんにご迷惑を……」
「2人とも、それは違います。ダンジョンは魔物自動製造機能を持った機械みたいなもの。一定量少なくなれば、ダンジョン内にランダムで現れるはずです」
今までの経験則から、この後に何かが起こることは予測できる。
「キャァァァァァァッ!」
前方から大声で助けを求める声が聞こえた。
それも女性の悲鳴だ。
声のトーンから危機的状況にあるのは一目瞭然。
私はみんなの指示を仰ぐ前に悲鳴があった方向へと全速力で向かう。
「お嬢様、お待ちを」
その後ろから私と同じ速度まで追いついたミセルが走りながら声をかける。
「何よ、助けない選択肢はないわよ」
「承知しております。ですから、私も同行します」
「ありがとう、ミセルの方が速いから先に行って!」
「はい、後ほど」
その声を最後に、ミセルの体の周囲に電流が迸る。
一歩、大きな踏み込みをしてミセルは疾風迅雷な如き速度で私を追い抜いて行った。
◇◆◇
そこは洞窟にしては大きな広場であった。
大きさで例えるとなると、学校の体育館ほどの広さ。
「いやぁ、何なのよ、こんなの聞いてない!」
「あのクズども絶対に許さない、ヒクッ。死んだら呪ってやる」
「口を動かす前に手を動かしなさい。このままでは私たちは終わりよ!」
そこにいたのは三人の女冒険者であった。
罵詈雑言を自分たちに浴びせながらも気力を保たせている。
しかし目の前の現状を再確認すると絶望感が込み上げてくる。
そう、辺り一面には数え切れないほどの魔物の大群がいたのだ。
その魔物の名前は『軍隊巨蟻』という集団で行動する、一度合えば大規模パーティでもなければ助かる見込みは少ない冒険者殺しで有名な魔物であった。
「あぐっ!」
「レシア!」
紺色の長髪、手に剣を携えた1人が一匹の蟻に腕を噛まれて悲鳴を上げる。
もう1人の大剣を担いでいる1人が、上から噛み付いた蟻を叩き潰す。
頭部のみになった蟻だが、意識はまだ保っており、逃すまいと先ほど以上の強さで腕に自分の牙を食い込ませる。
紺色髪の女性は脂汗をかきながら、その場に倒れ痛みに耐える。
「私はいいから!みんなだけでも逃げて」
「待って、今すぐ治すわ!」
「ユアン、自分のことだけ考えなさい。無駄な魔力を使わないで」
「無駄じゃないもん!レシアお姉ちゃんが死んじゃうもん!」
魔法のローブを着た、三人の中で一番幼い女の子が目から大粒の涙を流しながら回復魔法を使おうとする。
しかし、それを阻止しようとするのか、蟻たちが一斉に口から酸の液を出す。
「バカッ!」
大剣を携えた女冒険者が2人を大剣で覆い、酸の攻撃から防ぐ。
しかし、全ては防ぐことは出来ずに、自分の足や背中に直撃したそれは煙を上げて体を蝕む。
「ミアンお姉ちゃん!」
「ミアねぇ!」
2人は必至の叫びで、倒れる自分たちの姉を支える。
「2人とも……大丈夫ね」
「大丈夫じゃないもん!」
「なんで、なんでこうなるのよ!」
「ははっ、それだけの気概があれば十分よ」
瀕死の三人に追い打ちをかけるように、軍隊蟻は行進を始める。
もう終わりだと思い目を瞑り抱き合う三人は、襲われるはずのインターバルが長いことに違和感を覚えた。
「えっ……」
三人の誰かが呟く。
目の前にあるのは私たちに遅いかかろうとした十数の蟻。
それが無残な死体へと成り果てていた。
それと1人……自分たちよりも未発達な体の金髪ポニーテールの女性が私たちの前に立っていたのだ。
その手には翡翠色のレイピアが握られていた。
何年も冒険者をやって来た三人はミセルから放たれる闘気を肌に感じて実感する。
目の前にいる少女は紛れもなく自分たちよりも修羅場をくぐってきた武人なのだと。
「ご助力致します」
「あなたは……?」
「私はしがない新人冒険者ですよ」
その一言を最後にミセルの姿は搔き消える。
一般人には目で追うのがやっとだと言えるほどの速度で縦横無尽に三人の付近から外へと一掃する。
気がつけば、蟻の死骸がゴロゴロと転がっていた。
何匹かが気配を隠して三人の冒険者に近づくが、その行動も無駄と化す。
下から伸びた氷の剣が蟻たちを串刺しにして氷漬けにしたのだ。
「うわ、気持ち悪いくらいの量がいますね。あ、先ほどの悲鳴はあなたたちですよね」
「…………」
私は縮地で三人の前に現れたのだが無反応だ。
「もしもーし!」
「はっ、いつのまに」
「いいから、怪我してるんですよね。これを飲んで下さい」
私はアイテムボックスの中からエリクサーを取り出して三人に渡す。
結構酷い傷だけど、涼太さんの用意したエリクサーなら完全回復間違いなし!
腕に喰らい付いている蟻の頭を絶対零度で凍らして砕く。
三人はよく分からないようだが、私に言われた通りエリクサーを飲む。
すると、傷口から微小な光を放って治り始めた。
気がつけば、傷ひとつない綺麗な肌がそこにある。
「嘘……あんな重症だったのに」
「痛みどころか、魔力すら回復してるわ」
驚きを隠せないのか、自分たちの体を何度も見返す。
「まったく、お前たちは……そこの三人は私が見ていよう。他のものは暴れて構わん」
エリス、シャル、ロゼッタとともに後から到着したフィルフィーは瞬時に現状を把握して私たちに指示を出す。
ようやく、溜まったフラストレーションを爆発させることのできる機会がきた。
後方からは周囲に群がっている魔物めがけて、二丁の銃をフルオートで連射している。
シャルとロゼッタも自前の武器で辺り一帯の蟻を消しかけている。
さて、私もやろうかしら。
あんまりノンビリしすぎると、全滅させられそうだし。
「【氷の槍】×1000」
空間の温度が数度下がった。
ミセルたちの周囲を除いた上空には1000本もの氷の槍が下にいる標的に照準を合わせて待機している。
上空に手を上げて振り下ろす。
槍は一斉射出され、轟音とともに蟻たちを地獄へ誘う。
「ちょっと、獲物を取りすぎよ!」
「うっ、ごめんなさい」
エリスに怒られてしまった。
確かに今の一撃で約4割の蟻に被害が出たと言っても過言ではない。
「はぁ、別にいいわよ」
「それならボスはお願いしますね」
「ボス?あぁ、あの奥で高みの見物を決め込んでいるデカイのね」
蟻たちの集団を一掃して、ようやく姿を現した一際大きな蟻。
おそらくあれが女王に違いない。
「よし、任せなさい!」
それじゃあ、舞台くらいは整えてあげないとね。
私は氷の足場を生成してエリスと女王蟻が一目で視野に入る高さまで登る。
そして互いの回りを厚い氷の壁で覆い、一直線に伸びた道を繋ぐ。
何匹か、普通の奴も巻き込まれて中に入れてしまったが、すでにエリスが魔弾で駆除済みだ。
突然の事態に女王蟻は奇声を上げて蟻を呼ぼうとするが、酸にも溶けない厚い氷の壁が行く手を塞ぎ込む。
「これでいいですか?」
「ナイスよ、一瞬で終わらせるわ」
エリスは女王蟻まで続く一本道を進む。
「元王女の私にとって女王って親近感を覚えるわね。まぁ、勝つのは無論私だけどね」
魔弾が女王蟻へと発射される。
逃げ道のない攻撃が直撃した。
魔弾の影響で舞った土埃が晴れた際に女王蟻は何事もなかったかのようにその場へたたずんでいた。
どうやら外殻が普通の蟻以上の硬度を持っているようだ。
しかし、その体には極小ではあるが確かな傷がつけられている。
「へぇ、面白いじゃない。なら一瞬の暇さえ与えない暴力の嵐を喰らいなさい」
エリスは二丁の拳銃をホルダーにしまい片手を女王蟻へと突き出す。
次の瞬間、エリスの後方にいくつもの魔法陣が生まれる。
あれ一つ一つからは、高出力の魔法が準備されていた。
空いた片手で魔力回復薬を口に注ぎ、足りなくなった魔力を即座に補う。
レベルは女王蟻の方が高いとはいえ、間違いなくオーバーキルをすることは一目瞭然だ。
「クリス、氷の壁を分厚くしときなさい」
「分かりましたよ」
確かにあの濃度で放たれる魔法は私が生成した氷の壁では防ぎきれない可能性がある。
なので結界魔法を布代わりに氷の上からかける。
「【多頭の炎竜は灼熱の連鎖を起こす】」
千度に到達しえる業火が女王蟻を包み込み、一瞬にして塵へと変えた。




