166話 (再び王の間)
「それで、あの娘は何か結果を残して帰ってきたのか」
玉座に腰かけたグロテウス帝国の王は我が物顔で目の前にいる人物に問いかける。
問いかけたのは良いのだが、その目には一切の期待など写し出されていなかった。
あるとするならば、脆弱な身で魔物の洞窟に放り込み、無残な死体となって帰ってきた報告。
しかしその期待も大臣の一言で掻き消えることになる。
「陛下、娘は無事生還いたしました。それも特上の品を持ってですぞ。ヒョヒョヒョッ、事を知った時には老骨である私の身も震えありましたぞ」
「なに……大臣、貴様がそれほどまで言う物とは気になるな」
「陛下は回復薬の等級はご存知ですか?」
「うむ、ポーションであるな。小さき順から初級、中級、上級、それから希少に入る特級であろう」
王は自慢げに当たり前の常識を語る。
その言葉を予期していたかのように大臣は口角を上げて数本抜けた前歯を見せた。
「はい、その通りにございます。その他に魔力を回復する魔力回復薬がございます。そして、その両方の性質を兼ね備えた秘薬を作り上げる技術は我が帝国にもございません」
「まさか……娘が持っていた物とはエリクサーか?」
半ば冗談めいた問いかけだが、王の目には先ほどにない戸惑いの目が露わになっていた。
それそうだろう、エリクサーとは秘薬中の秘薬。
高濃度の魔力と回復作用でどのようなケガや病気すらも完治させるほどの物なのだ。
過去に一度だけオークションに出回ったことがあったが、一つ落札するのに数十億の値が付いた噂すらある。
「はい、効果は上級魔法薬に劣りますでしょう。しかし、娘が作ったエリクサーは紛れもない本物です」
「作り方は分かったか?」
「申し訳ございません。いくら問いただしても口を開く気配がございません。薬で自白させようとしたのですが効果もないようで……拷問ないしは恐慌な手段の許可がいただければ……」
「……ならぬ」
物静かだが毅然たる態度を王は目の前の大臣に向けて放った。
大抵の事には興味を示さずに話を聞き流している日々を共に過ごしているだけあって、大臣は己が予想していた以上の強固たる否定に心臓の心拍数は跳ね上がる。
「なにゆえでしょうか」
「無能は殺すがその娘は我が帝国には理のある結果を成した。そうだな………その娘を連れて来い」
「はっ、承知いたしました」
◇◆◇
なぜまた呼ばれたのだろうか。
いや、原因は言わずとも分かる。
間違いなくなく私が洞窟で生成したエリクサーという薬の件だろう。
魔物との戦いが何回か続いた後に迎えがやってきた。
その際に持ち物を取り上げられ、私が薬を作って水筒に入れていたことを思い出して動揺したせいで中身を確認された。
その後に、あの老人がやってきて腰を抜かしたと思えば別の地下牢に入れられた。
そして時間が過ぎて今に至るというわけだ。
「貴様に問おう。このエリクサーを作ったのはお前か」
「なぜそのような事を……聞くんですか」
「貴様ぁ! 陛下の質問に答えぬか!!」
傍にいた騎士が私に向けて怒号を吐く。
地殻にいただけあって、鼓膜にその振動が直に伝わり身震いをした。
「余はその娘と話しているのだ。それに入ろうとは……いい身分だな」
王の冷たく重い受け答えの中には微小の怒りが込められていた。
玉座の上からその騎士を睨みつけ、腰を抜かした騎士は壁際にいた兵士に連れてこの場から立ち去る。
「さて、邪魔が入ったな。今一度問おう。このエリクサーを作ったのは貴様か?」
「お嬢ちゃん、はよう答えた方がみのためじゃぞ」
「……はい、そうです」
老人からの警告は最もだ。
今この現状で避けるべき行為は黙秘と虚言。
そうでなければ、ひどい仕打ちが私に降りかかる。
「ふむ……ならば貴様に選択肢をやろう。一つはこれまでのように肉壁として力をつける。もう一つはエリクサーを調合して我が国に貢献しろ。さもなくば恐ろしい目に合わせよう。そうだな……どうやら貴様はあの獣人たちを多少は仲がいいらしい。この意味が分からんほどバカではあるまい?」
私は自分の唇を強く噛みしめる。
つまりはこの男は人質を取ろうというわけだ。
どこからその情報を仕入れたのかは知らないが、私が回復魔法を使ったことは知られていないことからそこまでは詳しく知らないのだろう。
しかし何ともやり口が汚い。
そこまでしてエリクサーという薬が欲しいのだろうか。
「質問があります」
「なんだ」
「エリクサーを作ったらどうなるんですか」
「ふん、そうだな……。貴様は多少なり我が国に利を成す。戦争でそのエリクサーを大量に仕入れられるならば、我が国の勝利は揺るぎないものへと変わるだろう」
「そう……ですか」
戦争という単語はこの世界に来て初めて聞いたが、本当にそこで役に立つのならば大きな利になるのは確かだ。
「貴様に何か変化するとすれば、馬車馬のようにエリクサーを作る。代わりに危険な戦いには出すことはない。さて、聞こうか。貴様はどうしたい」
本当に意地の悪い問いかけだ。
最初から選択肢など無いに等しいのを、あえて外堀を埋めて徐々に追い詰める行為。
「分かりました。エリクサーを作ります」
「ほう……良き答えを聞けてなによりだ」
ニヤリと君の悪い笑みを浮かべて満足そうな顔をした王は頷く。
老人も満足したかのように自身の顎に伸びる長いひげを撫でる。
「では後ほど貴様には調合の場を与えよう。必要なものはその場で申せ」
「……はい」
「元の場所に連れて行け」
「「はっ!」」
傍にいた別の騎士二人が私の両腕を持ち上げて立ち上がらせる。
そのまま、私もその場から地下牢へと向かった。
「それで、大臣。あの娘が編み出したエリクサーの調合方法は分かったのか?」
「いいえ、査定もしましたが謎が多きことゆえ解明できませんでした。唯一分かったことは魔力草が使われていることです。恐らく、あの娘は力を隠している、もしくは娘にしか作れない何かの理由があるとか」
「異世界から召喚されたゆえの異質な才能という事か」
「その可能性も十二分にございます」
「そうか、レシピが分かった次第教えよ」
「はい、その後はどうしましょう」
「あの娘は用済みだ。戦争の際にでも殿としての名誉を与えてやろうではないか、クククッ」
薄気味悪い二人の笑い声が広い講堂の中に響き渡った。
この時、二人は知らなかった。
その選択が一人の男の逆鱗に触れ、歴史に残す災厄とも言える結末を迎えることを、
世界すら屈服させるオワリのカウントダウンが始まっていたことを。
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