161話 (あれから……)
あれから数日が経ち、ヌフという猫族の少女の容体も落ち着いてきた。
しかし、あいも変わらず食料と飲料ともに十分に与えられておらず万全とは程遠い。
日本の刑務所ですら、犯罪者のために健康的な食事と、ある程度の自由行動が容認されているのに。
あれから私は暇さえあれば話しかけた。
その甲斐あって最初は怯えていた他の子供たちも徐々に心を開きつつあり、私から近づこうとするのは苦手とするもの、同じ場所にいることに不快感は感じなくなったようだ。
「はぁ、お風呂入りたい……」
「何だそれは」
埃でところどころが黒く染まっているウサギの少女は私の言葉に疑問を抱く。
彼女の名前はユヌ。
この部屋で最年長の身であり、私と最初に会話した人物だ。
「暖かいお湯につかるんだよ」
「それに何の意味があるんだ」
ユヌは頭部に生えたウサ耳をぴくぴくさせる。
お互いには同じ檻の中にいるが、私と彼女の間には平均男性一人分の身長ほどの距離がある。
決して遠くはないが、近くもない距離。
友人と考えるのならば少し寂しい気もするが、初めてであった頃から考えると大きな進歩であろう。
現に私が発した言葉にも反応を見せた。
檻の外にいる第三者から見れば、仲のよろしくない二人が情報交換のために言葉を発していると取れるかもしれない。
しかし、それが今の私には嬉しいことこの上ない。
「意味なんてないよ。気持ちいいから入るの。ユヌもきちんとお風呂に入ったら、綺麗でフワフワの毛並みになるはずだよ」
「自分の姿など気にしたことがないから分からん」
「その時は、まずボサボサの毛並みを席捲で綺麗にしなくちゃね」
ここでの生活で経験したことなのだが、檻の中にいる人物たちは一週間に一度だけシャワーを浴びる。
私が檻に入って3日後がその日だった。
シャワーとは言っても、その実態は樽に汲まれた水を大きめの桶ですくってから頭からぶっかけられるものなので入浴とは程遠い。
しかも服の上からなので、被ったあとには体の体温が低下する。
こんなことをしていたら病気になるのは当たり前だろうに、ここの管理係はバカなのか?
車が洗車される方がよっぽど丁寧に洗われているよ。
あの光景を思い出すだけで頭に血が上ってしまう。
「お前はおかしなやつだ」
「ん……私っておかしい? 至って普通の女の子だと思うんだけど」
「獣人を怯えないどころか、好奇心を持っている」
「私は可愛いと思うけどなぁ」
「頭の中がお花畑過ぎるぞ。ここの生活をしていれば、そんな考えもなくなるだろうに」
「……そうだね。私も何度か憂鬱になったよ」
私は今まで話していた声のトーンを二つほど下げて返事を返す。
背もたれにしていた石壁から体を離して、伸ばしていた足を曲げて体育館座りになって顔をうずくめる。
明らかに人として扱われていない自分にショックを受けたのが初めの衝撃だっただろうか。
「なら……なぜお前はそこまで希望を持てるんだ」
「それはね……私の王子様が必ず助けに来てくれるって信じてるからだよ」
「おうじさま?」
「そう、私たちを助け出してくれる救世主」
「そんな者……来るはずないだろ」
「来るよ、絶対に。神様から言われたんだもの。折れずに生きていれば、必ず私の願いが叶うだろうって」
本音を話すとすれば、半分が嘘で半分が希望だ。
この最悪ともいえる状況を乗り切るにはそれくらいしかなかった。
自己満足、虚想、空想などと、いくら言われてもいい。
生き延びるためには自己洗脳でも何でもしてやる。
執念とも取れる私の決意を妨げる者は絶対に許さない。
それが、たとえ神様であろうとも私は足掻いて見せると己の中で決心したのだ。
「ーーーッ」
私が顔を上げた途端に、ユヌから息を飲む微かな音が発せられた。
そちらを向くとウサ耳が垂直に立っており、体毛が逆立っている。
「どうしたの?」
「いや、その顔は初めて見た。いつも浅い笑みを浮かべているお前がそんな顔をするとは」
「……もしかして怖がらせた? ごめん」
子供たちの方を向くと、一歩引いた表情をしている。
いったい自分がどのような顔をしていたのかは皆目見当つかない。
しかし怯えさせてしまったのなら申し訳ない。
「私は問題ない。しかし子供たちは気を許していない者もいる。抑えてくれると助かる」
「分かった。気を付けるよ」




