158話 《我が名はアポロン! 前編》
アポロンの日記です。
私は神である。名前はアポロン。
神界で神の役職をまっとうにこなす実に優秀な神である。
私の相方でもあるヘファイストスは大の戦闘好きで日々、狩りと称して敵地へ引っ張られる日常を過ごしていた。
その中で、私の唯一の楽しみと言えば天から地上のいとし子たちを見守ることくらいである。
ある日、いとし子がガラの悪そうな男衆に囲まれているのを発見した。
舌を唇に這わせ、下種な表情を作る。
幼き体で必死に抵抗するが、大人の力に勝てるはずもない。
後の末路を考えるだけで私の堪忍袋はすぐに切れた。
天罰と称して落雷を発生させ、いとし子たちを助ける。
残りの男衆は恐れをなして去ってい行く。
一件落着と満足げな表情をすると後ろから拳骨が振り下ろされた。
その衝撃に涙目になりながら振り向くと、そこには杖を持った最高神のオーディンの爺さんが立っている。
「このバカ者が。むやみに地上に干渉する出ない。私たちは世界の調和を目指しておるのだ。神の気まぐれに地上の者を巻き込むもではない!」
「しかし! あの者らは許されざる禁忌を犯したのだぞ!」
「それも一つの結果じゃ。それで我らが干渉して良い理由にはならん」
いくら抗議しようとも納得した答えが出てこない。
頭の中でモヤが掛かったかのような不快感が渦巻く。
◇◆◇
ある日、神界でおかしな事態が起こった。
いつも通り……地上の時間で例えるならば月に一度の集会にて、
女神たちの様子がおかしいのだ。
その中には私の想い人でもあるパンドラも含まれている。
なにやら、彼女たちの表情がいつも以上に上機嫌なのだ。
いつもは上機嫌とは縁遠いめんどくささがにじみ出た表情を私たちに向ける。
心なしか肌つや、髪質も光沢が出来るほどに整えられていた。
他の男衆どもはアフロディーティの美しい姿に見惚れている。
確かに女として一般的基準から考えると評価できるのかもしれない。
しかし、私にはその良さが全く理解できない。
幼き娘こそが至高であろう。
可愛らしい声、小さな手足、こちらを振り向けばおねだりするかのような上目遣い、クリクリとした可愛らしい目、何より幼さを象徴するつるペタの胸。
背中に羽でも生やそうものならそれは天使だ。
それに比べてあの女どもは何だ?
ブクブクと肥え太った胸、あんなのタダの脂肪であろう。
あんな物は私の美学に反する。
そして月日が経ち、次の集会がある日に事件は起こった。
ついに女神たちが集会に顔を出さなくなったのだ。
やむ得ない事情ならば致し方ないが、どうやら何の連絡も入っていないらしい。
女神たちを鑑賞しに来る男衆も少なくないので、集まった回りからはオーディンに向けて抗議が当然入った。
私もパンドラに会えないことに少なからずショックを身に感じる。
どうやら当人も状況を把握しておらず、今回の集会は急遽取り止めとなった。
私は皆が去った後にオーディンに駆け寄る。
「おい、何が起こっているのだ。なぜパンドラは来ないのだ?」
「ワシも知らんわぃ。だが聞いた話ではアテナのテリトリーで何やら私たちには知れぬ出来事が起こっているようであるぞ」
「そこにパンドラもいるのか?」
「おそらくのぉ」
「ならば今から行くとしよう」
その謎をどうやら私は究明する必要があるらしい。
久しぶりに面白そうな事態だ。
「待ちな、俺も行かせてもらうぜ」
ふと後ろから声が掛かった。
長年聞きなれた同輩でもあるヘファイストスの声である。
「戦いと酒にしか興味ないお前が珍しいな。今日は雨でも降るのか?」
「降るわけないだろ。ちょいと俺の勘が何かあると言ってやがんだよ」
驚いた、やはりヘファイストスの何か感じていたのだ。
それにこの男の勘は異常に当たることで有名だ。
これはなおさら行く必要性がある。
◇◆◇
とまあ、実行に移したのは良いのだが問題点が一つあった。
アテナのテリトリーまでの道のりが長すぎるという事。
実際に行ったことは無かったのだが、まさか一日もの時間をひたすら歩き続けるとは思わなかった。
なぜここまで遠くに設置したのだろうか。
これで何もなければ泣きたい気持ちになる。
が、その感情は一瞬にして吹き飛んだ。
アテナのテリトリーに入るために転移した先には青く茂った草原が広がっていたのだ。
風が吹き、草花がなびいて気持ちいい。
この事態には流石の最高神も目を丸くしていた。
つかの間、草原の奥からドラゴン……ドラゴン!?
地上にいるはずのドラゴンがなぜこのような場所にいるのだ。
疑問が頭の中で渦巻く。
ドラゴンは臨戦態勢に入り、咆哮を発して私たちを威嚇する。
ふと、隣にいたヘファイストスが槌を片手に前へ出る。
おいおい、お前が戦えばドラゴンを殺すことになりかねんぞ。
一応は忠告してみたが当人は遊ぶ気満々である。
この様子ならば手加減はするだろうし心配は必要ないな。
しかし驚いたのはここからであった。
来光が天から振り下ろされたと思えば、人が舞い降りてきた。
背中に羽をはやしていることから、恐らくは天使なのだろう。
なぜ天使がいるのかは分からない。
が、私は一人の少女に目を奪われてしまった。
魔女のような大きな帽子にローブを着た少女がいたのだ。
可愛らしい天使ちゃんである。
思わず唾をごくりと飲み込む。
ダメだダメだ、私にはパンドラと言う女神がいるのだ。
一通り、ヘファイストスが戦った後に事情を聴くと月宮涼太という人物がこの空間を創ったらしい。
死んだ人物はすぐに来世に転生させるのが決まりなのだが……アテナはいったい何をしているのだ。
なにやら城に住んでいるらしいがいまいちピンとこない。
言われるがままに天使たちに付いていく。
ヘファイストスは未知の高揚感が抑えられない様で先ほどからせわしない。
数分歩いていると前から見慣れた顔の集団が走ってきた。
よく見ると、パンドラもその中に含まれている。
そして後方へ目を向けるとけだるそうに目を半開きにした黒髪の男。
これが私の人生を変える男との出会いであった。
続く




