157話 《ドミノ&ジェンガ》
アテナとアディの喧嘩は収まる気配がなかった。
朝食を食べ終わった後も口喧嘩やら、プロレス的な事が起こったので部屋の机やらを静かに端へ移動させる。
外野の俺たち四人は部屋の隅で鑑賞する。
「んんっ!」
「こんのぉ!」
アテナがアディの足を絡め取り、絨毯の上に押し倒す。
その衝撃でアディの胸が大きく上下に揺さぶられる。
「取った!」
「負けないわよぉ」
勝ちを取ったと思ったアテナだったが、不意に両足の隙間に太ももを入れこまれて態勢を覆される。
袈裟固めを決めたアディの胸がアテナの口元をふさぎこむ。
何ともうらやま……危険な技だ。
「決まったっすね」
「終わりですね」
「……そうなの?」
「そうなのか」
テミスとパラスはさも決着がついたかのような発言をするが、まだ形勢逆転は狙える体位だと思うぞ。
「ほら、あれを見てください」
「んぁ?」
パラスに言われた通り二人の方を向く。
数十秒経過しているが、一向にアテナが動く気配がない。
最初はもがいていたのだが、だんだん力が抜けてきている。
ちょい待て、これって胸が顔に押し付けられて窒息しそうになっているんじゃないのか?
こう考えている間にもアテナの体は痙攣している。
「やばくね?」
「危ないですね」
「はい、ストォープッ! そこまで!」
思わず声を出して止めに入る。
このままだといろんな意味でアテナが終わってしまう。
俺の声にアディは締め上げていた腕を緩めてアテナの頭を地におろす。
「私の勝ちねぇ」
「ヒクッ、負けた……いろんな意味で負けた……」
涙を流し敗北の余韻に浸る。
あれだな、男の俺としてはご褒美になるんだろうが、女の身でやられると完全敗北を自覚させられる最強の技だったんだな。
決して、うらやましいとかは思っていませんから。
シクシクと泣き止まないアテナに痺れを切らしたテミスはそっと近づいて肩に手をやる。
「テナっち、一回負けただけじゃないっすか。まだ戦いは終わってないっすよ」
「ふぇ……そうなの?」
「次の勝負に勝てばいいんっすよ、りょうっちがすぐに舞台を用意してくれるっす」
え、いきなり勝負の矛先が俺に向けられたんですが。
そんな用意は一切考えていないぞ。
5人の視線が一斉に向けられた。
どうしようか、何をすればいいのか、いまいち思い浮かばない。
みんなで楽しめる物が良いのは分かる。
トランプは暇があればやっているからダメだ。
ジェンガでもするか、無論のことながら普通のルールとは違うやつだけど。
♢♦♢
という訳で用意しました。
用意したというよりは創造しましたと称する方が語彙的には正しいんだけどね。
超巨大ジェンガ。
別の空間に移動しなければ部屋に収まらないほどの大きさだ。
一個のドミノが縦幅7メートル、横幅2メートル、高さ80センチを誇る。
このジェンガのルールだが、積み重なったドミノの側面には数字が表記されており、その番号を指示すると消滅して、その部分が空洞になる仕組みだ。
普通ならば抜いたら乗せるが、今回は必要ない。
その代わりとは言っては何だが、スタートの時点でそれなりに高さは積ませてもらった。
どのドミノが安全なのか、確認できない恐怖を味わえる。
積み重なった位置関係からどのドミノが安全なのかを判断する必要がある。
創ったのは良いが、思った以上に難しい気がするな。
「ではりょう君からお願いします」
「んじゃ、2番」
その言葉に一番下の中央に置かれているジェンガが消えた。
タワーには一切の変化は見受けられない。
余裕そうなので傍にリクライニングシートを用意して座る。
まだ初めだが5人は眉をひそめて難しそうな表情を向ける。
「34番」
「12番」
「54番」
「4番」
………………
…………
……
と、テンポよく抜いていく。
みんな迷ってはいるが、まだ揺れる気配はない。
やはりドミノが消滅するのが揺れない大きな要因になっている。
「涼太さん、これが崩れたら危なくないですか?」
パラスが唐突に当たり前の指摘をしてくる。
「まぁ、当たったら自己責任でよくね? 魔法なり使えば防げるだろう」
「それなら……大丈夫ですかね」
魔物と戦っているんだから、たかがジェンガ一つ倒れた程度で傷を負うはずがない。
「りょうくーん! 次お願いします」
「んじゃ、8番」
「ちょっ、何を!」
俺が選んだのは三本並んでいるはずのドミノが中央の一本に減っている場所。
消滅し、空洞になった場所目がめて上に置かれたドミノが自由落下を開始する。
誰もが終わりだと確信した中、抜いた上に置かれたドミノが下の段にスッポリとハマった。
少し揺れたがすぐに揺れは収まる。
「危ない事をするっすね」
「まったく、ハラハラしたわぁ」
三段構造の内、一段目は真ん中が抜き取られており、二段目と三段目は中央が交差した形で置かれているんだ。
多少リスクは必要だが、だるま落とし的な感じで出来ると感じた。
「次は私ですね! 78番」
アテナが上段を攻めてきた。
少しの揺れが徐々に大きくなっていく。
「あ、ダメです! 止まってください、とまれぇ!」
空間に風の流れが生まれる。
ふと、アテナに目を追いやると風魔法で揺れたジェンガを制止させていた。
確かにルールに反してはいないが相当なリスクが伴う行為だ危ない真似をするなぁ。
「へぇ、やるじゃないのぉ」
「どーですか、これが私のじつりょ……「だらっしゃぁぁぁーーッ!」」
胸を張り、自分のファインプレーを誇ろうとした途端に突然何者かが乱入してきて積み重なったジェンガに突っ込んだ。
当然、ジェンガは勢いよく散らばり崩れる。
「あ……あ……アァァァーーッ! 私のジェンガがあぁぁぁぁ!」
あまりにも悲惨な現実にアテナは発狂してしまう。
その悲劇を起こした人物を確認すると、それはよく見知った人物だ。
「ヘファイストス、何するんっすか!」
「うっせぇよ! それどころじゃねぇ、涼太は起きたか!」
「何だよ、ヘファイストス」
「お前だけが奴のバーサーク化を抑えられる。頼んだぞ!」
「は? なにが……」
理解が追い付かなかったが、その答えはすぐ目の前に現れた。
入り口付近から異様なまでに研ぎ澄まされた殺気が近づいてきたからだ。
アテナを含め、臨戦態勢の俺たちの前に現れたのは……。
「がァァァーーーーーッッ!!」
血の涙を垂れ流し、憤怒のオーラを身にまとったアポロンであった。
いや、まじで何なのさ。




