145話 演武
「ロゼッダぢゃぁぁぁぁん!」
「涼太! ロゼッタは目を覚ますのだろうな! でなければ私は……私は」
「あー、もう。うっさい! 何とかなるから黙って下さい!」
試合の後、2人は医務室ではなく陛下たちのいるVIPルームに運んだ。
無論、俺も呼び出された。
ロゼッタの症状は正直なところ分からない。
魔力を使い果たして魔力切れなのだろうが、物理ダメージが実際にどの程度、精神ダメージに変換されているかを判別できないためだ。
外傷は全くない。
ぶっちゃけ、治しようがないと思う。
普通に魔力が回復すればロゼッタは目覚めるだろう。
でも、それじゃ納得しないよなぁ。
「はぁー、【天使の吐息】【魔力譲渡】」
やった事は無いが、俺の内にある莫大な魔力の鱗片をロゼッタの手を介して流し込む。
すると、ビクンッと電気ショックをしたかの様に跳ね上がる。
やべっ!
流し過ぎたか?
「……うっ」
「ロゼッタぢゃぁぁぁぁん。よがっだァァァァ」
「シャ、シャル!? なぜ泣いてるんですよの」
胸に抱きついたシャルは子供の様に大泣きする。
ジグルさんも一安心したかの様に大きなため息を吐く。
「ロゼッタ、体の調子はどうだ?」
「……少しだるいですわ」
「魔力切れだ。しばらくは安静にしろよ」
「分かりましたわ」
納得したかの様に頷く。
さて、ロゼッタの方は問題ないだろう。
残りが問題のある方。
「ったく、本当にバカね。少しは大人らしくなったと思えば……」
エリスは呆れたかのようにジュースを飲みながら、レオンの眠っているベッドの横のイスに腰掛ける。
呼吸は浅く、体温も普通よりも下回っている。
大きすぎる精神ダメージは生命の活動に支障をきたす。
結界の盲点だ。
怪我をしなくても極限はあるんだ。
一種の仮死状態になっているレオンの手には心配そうな目をしている王妃が横にいる。
ケネス陛下は腕を組み、どちらかと言えば呆れているような感じだな。
「涼太よ、できるか?」
「まぁ、問題ないでしょう【天使の吐息】【リジェネレーション】からのほい!」
取り敢えず、適当な回復魔法をかけてから、エリクサーをぶっかける。
「……う……ぁ」
「ふんっ!」
「ごはっ!ゲホゲホ」
「よう、起きたかレオン」
「涼太……か」
薄っすらと目を開けた視線の先にいる人物の認識は出来ているようだ。
こちらもどうやら回復した感じだな。
「気分はどうだ?」
「正直なところ、途中から意識が無かったんだけどね。気分は悪くない」
「ふふっ、レオン。あなた、凄くかっこ悪かったわよ」
「言わないでくれ、姉上。僕も驚いているんだ」
「どうやら問題ないようだな。んじゃ、俺たちは行きますよ」
言い忘れていたが、今日は魔法聖祭最後の日だ。
決勝トーナメントが終わってからの演舞。
最後の競技に相応しい人物を出場させるために学園側は既に予選という形で人数を絞っている。
その人数は中等部から高等部合わせて4名。
言ってしまえば、学園の中の天才が出場する競技だ。
当然、クリスは選ばれている。
今の時刻から察するに時間で言えば1刻もないだろう。
夕日に照らされて幕を閉じる。
それが伝統らしい。
少しトーナメントで時間が掛かってしまったために薄暗くなっている。
大会の役員たちは大急ぎで最後の演舞の準備をしているところだろう。
「うむ、クリス。頑張ってこい」
「はい、お父様」
♢♦︎♢
『残すところも最後の競技。夕日も地平線に差し掛かり薄暗くなっておりますが、会場の熱気は冷めようとしていません。では早速いきましょう。予選4位通過の高等部1年A組の選手からお願いします』
……………………
………………
…………
……
予選の順位下位者から始まった演舞。
それは観客が思っていた以下の結果が続いていた。
それも当然だろう。
先の常軌を逸していた2人の戦い。
それに比べると演舞に出場した彼らはあまりにも貧弱すぎる。
これには学園長も役員も想定外だった。
最後に幕を降ろすべく用意した演舞がくだらない結果を見せたのだ。
心なしか司会者の解説も気合が入っていない。
そして最後の砦。
クリスだ。
学園側も彼女1人に賭けるしか無かった。
『えー、最後の演舞者は……ッ! 中等部2年A組の首席! クリス選手です! 学園側からは異端児、問題児とも言われている彼女は果たしてどの様な演舞を舞ってくれるのでしょうか! 期待です!』
「クリス、見せてやれ」
「了解です!」
舞台の中心に立ち、暗くなりかけた空を見上げる。
(さて、始めましょうか。最後に相応しい技を)
まず現れたのは人差し指に灯った小さな火。
クリスはそれを自身の頂点に上げ、円を描く様に指を回す。
すると炎はとぐろを描く様にクリスの中心を囲む様に回り始める。
差し詰め炎の鳥かごと言ったところか。
観客からは小さな歓声が上がるがまだ足りない。
数秒が経ち、次に変化が訪れる。
炎のとぐろが徐々に生き物が蠢く様な動作を描く。
龍だ。
【炎の龍】
先の学生たちでは発現することが出来ない上位魔法。
その龍は次第に大きさを増す。
気がつけば、その全長は数十メートルはあるであろう巨体。
舞台の上空を舞い踊る炎の龍は観客の心を掴み取る。
空は次第に暗さを増し、炎がより一層の美しさを増す。
だが、この程度で終わるほどヤワではない。
次に現れたのは水の龍。
対局の属性を平行で相性している。
それには思わず、近くにいた魔術師たちも言葉が出なかった。
上位魔法の同時使用、ましてや無詠唱など自分たちが通ってきた道では決して触れることのできなかった技。
それが目の前で行われている。
「踊れ」
その掛け声に二頭の龍はお互いを対峙する。
ドラゴンから放たれるファイアブレスとウォーターブレスがぶつかり合い、水が押している。
流石に相性が悪い。
…………とだ。
ここで会場全体が驚愕に包まれる。
十数秒の死闘を繰り広げていた二頭の龍が消えた。
いや、飲み込まれた。
地から天へ、
舞台の表面からそれは姿を現わす。
「…………ありえない」
誰かがそう告げた。
先の龍たちの比ではない大きさの氷龍。
その巨体はこの狭い空間では全体像を捉える事が出来ないほどにだ。
氷龍と共にクリスの地面から氷の土台が現れ、龍と同じくその身を上空へ運ぶ。
ここまでは完璧。
俺と話し合った通り。
最後の仕上げだ。
するとクリスの背中から氷龍の翼らしき物が生まれる。
「【太陽の光球】」
上空へ放たれたそれはまるで、太陽の光が現れたかの様な眩しさを注ぐ。
「砕けなさい」
一言、
氷龍はそれに従うようにひび割れ、氷の破片と化す。
氷の結晶ほどの大きさに砕かれたそれは乱反射し、一粒一粒が輝きを露わにする。
これこそ俺とクリスが考案した幕を引くのに納得の現象。
ダイヤモンドダスト。
そこから舞い降りる1人の少女。
題を名付けるとするならば、それはこう付けられるだろう。
天から降臨した氷装の女神と。




