139話 翡翠の騎士の姿
目の前には敵が六人。
ステータスを下げる結界が張られ、精神ダメージへ変換する結界は打ち消された。
このままでは観客にも被害が出るため、俺は新しい結界を観客のギリギリまで張る。
これでこいつらはこの空間からは逃げられないし、被害もこの中で抑えられる。
「涼太……さんですの?」
「ああ、あとは任せろ。これは俺の領分だ」
「お願い……しますわ」
ロゼッタはそう告げると意識を失う。
寝そべりながら、上げていた手が地面に落ち脱力する。
俺は回復魔法でロゼッタを全回復させる。
すると苦しげな表情から安らかに吐息を立てて眠った。
そのまま、エリスのいる部屋まで転移させる。
あそこなら、エリスが陛下たちを呼びにいけるだろう。
親バカなジグルさんのことだろうから、救護班を支給呼ぶはずだ。
さて……。
「貴様は何者だ! なぜこの結界の中で魔法が使える! それに隣にいるのは指名手配中の裏切りものか」
フィルフィーって指名手配になっていたのか。
確かに魔王軍を裏切って人側に付いたのだから、魔王軍から指名手配されるのは道理か。
本当にうっとうしい結界だな。
一時とはいえ、ステータスを下げるのは特にフィルフィーにとっては厄介だ。
俺の場合は逆にステータス上昇のスキルを使えばいいが、フィルフィーにはそのすべがない。
もしもの時は俺がバフ掛けをすればいいが。
「やれッ! 相手は二人、弱化している」
男の声に一人のマントを被った男が俺たちめがけて走り出す。
その両手には短剣が握りしめられている。
俺へ近づき甲冑の隙間へ刃を通そうとする。
こいつの職は暗殺か何かかな?
まぁ、俺には関係ない。
「【超重力】」
今の俺の重力操作の限界は約10万倍。
元いた世界の宇宙には40万倍の重力を持つ星もあるそうだ。
それに比べれば優しいだろう。
俺の中心から半径2メートルに重力波が発生し空間が軋む。
舞台の石畳はそれに耐えきれずに砂状へ変換される。
空間に振らめく陽炎は近くにいた人物たちの肌を震わせ生存本能が告げている。
あの空間に足を踏み入れようものなら、自分は跡形もなくゴミくずへと変えられてしまうだろうと。
フィルフィーですら、異様な光景に後ずさっている。
そこに突っ込んだ男を見てみろ。
入った瞬間に男の体は地にひれ伏し、全身の骨が瞬時に粉砕される。
息をする間もなく即死した体は、メキメキと音を立ててあり得ない方向へ曲がっていく。
血が噴き出し、あたり一帯を赤く染める。
流石にこちらまで気分が悪くなりそうなので消滅させる。
「な、な……」
リーダーの男は圧巻の光景に後ずさった。
「来い! この剣に誓って貴様ら魔王軍は私が成敗しよう」
俺はアイテムボックスから一振りの剣を出す。
その名は疑似聖剣エクスンカリバー(改)。
ビンゴ大会の景品でもある自作した聖剣である。
この剣の能力は聖剣っぽい光と属性を放つことのみ。
魔力を常に注げば、眩い光が辺りを包み込み勇者っぽい演出が誰にでもできる剣だ。
しかし、魔力がある上限を超えないと、その能力は発動しないため、あとは普通の剣と変わりない。
ただし試し切りをしたが、岩くらいなら力を入れずに切れる切れ味を持っている。
なのでビンゴ大会の景品の注意事項にも、
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~疑似聖剣エクスンカリバー(改)取扱説明書~
製作者;月宮涼太
注意事項;①子供の手の届かない場所に保管してください。
②遊びでは決して使わないで下さい。
③何かあっても、製作者は一切の責任を負いません。
④一定の魔力を持たない者には能力は発動しません。
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と書いてある。
俺の膨大な魔力をつぎ込む事により、エクスンは刃から光り輝くオーラが煙のように溢れ出てくる。
観客は今までに経験のしたことのない光景に絶句する。
陛下からの要望のエンターテイメントとしては申し分ないだろう。
「バカな、貴様は勇者とでもいうのか! ならば魔王様のため、この場で殺す!」
そういうと、男の体がメキメキと怪音を上げて大きくなる。
纏っていたローブは破れ、本来あるべき形の者へと変わった。
それは竜であった。
その合図に周りにいた奴らも竜へと変わる。
これはあれだな、竜族ってやつか。
魔族では定番ですね。
「我は紅蓮の魔王軍第21師団団長ザッハル。貴様の名前を聞こう」
えー、言わないといけないのか。
どうしよう、本名を名乗るわけにもいかないしな。
普通にどっかの騎士でいいか。
「私はセリア王国の名もないただの騎士だ」
「よろしい、いざ尋常に……ィ?」
男の視界が反転する。
何が起きたのか分からずに肢体のみが動く。
戦いは名を言った直後から始まる。
ならば先手必勝。
俺は瞬間移動でドラゴンの隣へ移動し、エクスンで首を真っ二つに切り捨てる。
良かった、首が切れてドラゴンが首なしの人の形に戻ったらどうしようかと思ったが戻らない。
これが本来の姿なのだろうか。
それならば素材とかはぎ取れるしありがたい。
グルワァァァァァッ!
流石はドラゴンさん。
リーダーを失っても全員で襲い掛かってきた。
動揺がないのは誇りか、はたまた訓練のたまものか。
だがしかし、俺を相手にするには物足りない。
なにより……。
「全く、私を無視とは愚かしい。喰らえ、【竜嵐の氷刀】
一匹の竜が巻き上がる竜巻に体の自由が奪われる。
そこに生成された無数の氷の刃がいとも容易くドラドンの体を切り刻む。
あー、もったいない。
あれでは素材としての質が落ちてしまう。
まぁ、今回は倒すことがメインだ。
派手に倒すとしようか。
「ふんッ!」
一匹を蹴り飛ばす。
ダンプカーにでもぶち当たったかのような鈍い音が響き、他のドラゴンにぶつかり、ゆっくりと倒れ込む。
そこに閃光の光線を脳天に当てて巻き込まれた二頭を含めた三頭が動かぬ屍となる。
最後ははじめ同様、竜の首を切り落として舞台は静寂に包まれた。
紅い魔石はその効果を失ったのか、砕かれ結界も消えた。
「涼太、この後はどうするのだ?」
「あー、とりあえずこうかな」
俺は剣を握る片手を天へと掲げる。
眩い太陽の光が刃に反射して思わず目を瞑ってしまった。
早くしろと、陛下の方を向くと納得したかのようにテラスから身を乗り出した。
「我々の勝利だ!」
二呼吸を置き会場にいた誰かが抑えた雄たけびを上げる。
それが伝染してか、左右から徐々に大きな歓声が響き渡った。




