137話 シャル、キレる
「よし、今日はシャル、クリス。トーナメントの予選だ。レオンの野郎は違うブロックになっているから安心していい」
俺は朝食時に2人へ応援メッセージを送る。
一番の懸念材料がレオンだったからな。
あいつが以前に出会った時から、どの程度の成長をしているかが警戒しなくねばならない。
「ツッキー、なんで分かるの?」
「俺は、講師だし」
「あぁ、なるほど」
ガウスさんに聞いたらすんなりと教えてくれた。
やはり学園長も俺が育てた生徒と学園で生徒会長かつ王子の試合を見たいらしく、予選では当たらないようにしたそうだ。
「というか、ロゼッタちゃん! なんで僕はこんな格好をしてるんだよ!」
「あら、闘うにあたっての服装は動きやすい服としか書かれておりませんわ。何か問題があって?」
「うぅ、確かにツッキーも手を加えてくれてるから動きやすいけど……」
シャルの格好はアルマス家の紋章が大きく入った戦闘服だ。
俺が軽量化しているので動きやすさは問題ないはずだが。
「シャル、私たちは騎士です。ならば、誇ってお嬢様のために働くべきです」
「そっか、働く……うん。ロゼッタちゃんとジグルさんのために頑張る!」
あれ、なんか納得したのか、今まで以上に気合が入っている。
いつも説得しても弱音を吐くはずなんだが。
「あれですよ、シャルは自分に弱いですが、何か成すべき事があれば強くなるんですよ」
つまり、プライベートではグダグダ言っているが、仕事になればスイッチが入るタイプなのね。
そうなら、それで頑張ってほしい。
♢♦♢
俺とシャルとロゼッタは闘技場内の待合室に待機している。
部屋にはモニターがあり、闘技場の中継が繋がっている。
『さてさて、魔法聖祭の三日目がやってまいりました! 本日の注目カードはラバン王国第一王子レオン様です!』
司会者の声が裏返り、今日一番の拍車のかかった高揚が会場に浸透する。
観客、特に女性は待ちわびた登場人物に黄色い歓声を上げる。
『さて、今回からは試合という形なので、昨日と同じく解説にはゼロスさんが来られています』
『よろしく』
『ゼロスさん、ズバリ今回から明日に行われるトーナメントの注目は誰でしょうか』
司会者が隣に座るゼロスへ拡声器の魔道具を渡す。
今回は昨日のような気だるさはない。
むしろハキハキとした声が感じられる。
『稀代の天才と名高い王子。確かに彼も気になるが、私は例のクラスが気になる』
『はい、私も気になります。中等部2年A組ですね。情報によると、今回出場されるのはアルマス公爵家令嬢とその騎士のシャルロット選手です。ロゼッタ選手の方は学年次席と素晴らしい功績を収められております。今までの経緯から、大いに期待できます』
やはり、目立ってしまう様だ。
隣にいるロゼッタは絶賛されているはずなのだが、なぜか不満げな表情だ。
腕を組んで、頬を膨らましている。
「どしたのよ、褒められてんじゃん」
「なぜ司会はシャルを褒めないのですの!」
「仕方ないよ、ボクの成績は落ちこぼれてるんだもん。前の試験もギリギリ受かっただけだし」
「納得いきませんわ!」
「落ち着け、ロゼッタ。確かにシャルの成績は芳しくない」
俺は司会の言葉に加えて追い討ちをかけるような発言をする。
「涼太さんまで、そんなこというのですの!?」
「あぁ、たかが成績などという数値しか見ていない教員どもを見返すチャンスだ」
「……それって!」
「シャル、お前は実戦経験はないが、体験はした事がある。さらに宮廷魔導師と変わらない強さ。普通の学生風情が勝てる相手ではない。お前は間違いなく他のクラスからカモだと思われているから、その常識をぶっ壊せばいいたけだ」
ロゼッタは納得したのか、頷いて黙り込む。
引き換え室にいる数名がざわめき、頭上のモニターへ注目する。
何かと思えば、試合が進みレオンの出番に回ってきたところであった。
対戦相手は同じ高等部だが、1年生の女生徒であった。
総合の部なだけあって、学年は関係ないんだよな。
高等部3年生が、中等部1年生ともぶつかる可能性もあるからその場合は理不尽だが、仕方ないとしか言えない。
たいていの場合は棄権するが、どうやら今回は戦うようだ。
試合の合図とともに、レオンはレイピアを抜く。
見たところ、真剣だが物理ダメージを精神ダメージへと変換するこの決壊の中だから遠慮はない。
もう一人の女生徒は腰にぶら下げていた短剣を抜く。
そして、大きなゴングの音とともにレオンへ突っ込む。
レイピアと短剣がぶつかり合い、甲高い金属のぶつかり合いが鳴り響く。
女生徒は細見と素早さを生かして、高速で打ち込む。
しかし、レオンはそれを簡単にあしらう。
一歩一歩、ゆっくりと後退はしているが、その重心は全くぶれていない。
まぁ、以前にレオンとの模擬戦(俺の一方的な暴力)でも、ボロボロになっていたが、体幹の安定だけはなかなかなものだったと言わせてもらおう。
「雷鳴よ、槍になりて敵を貫け【雷の槍】」
空中に展開された雷槍がはなたれる。
普通に躱せる距離とスピードだが、レオンは槍の当たるギリギリまで避けない。
何をしたいんだと思えば、レオンの足に魔力が集まり、残像となって回避し女生徒の背後へ回り込む。
そのまま、首に衝撃を与えて意識を失わせる。
意識を失ったものの、お姫様抱っこをされているゆえに、王子からのご褒美をもらえたことで、女性陣からは黄色いブーイングが発生する。
うん、キャーキャー言われやがって、し……羨ましいぜ。
あと、首チョップはよろしくないよ?
意識を失うにはかなりの衝撃が必要だし、頚椎ヘルニアになったらどうすんのよさ。
♢♦︎♢
『さてさて、予選も終盤に差し掛かり次は中等部2年A組のシャルロット選手と2年D組のグラハム君です』
大きな歓声とともにシャルが入場する。
やはりぎこちない足取りだが、騎士という名を背負っているゆえに堂々としているな。
変わって、2年D組の生徒は余裕の表情で入場してくる。
手をズボンのポケットに突っ込み、ガニ股だ。
「よぉ、なんでお前みたいな落ちこぼれが出場してんだ?」
「グラハム君……本当になんでだろうね」
「まぁ、ラッキーだぜ。お前みたいな雑魚が相手なら予選は通過だ。本当にアルマス家も落ちたもんだぜ、なんでこんなのを騎士なんかにするのかってな。俺様の方が強えぇだろ。目が腐ってんのか?」
あー、こいつはアカン。
二重の意味でアカンわー。
そんな暴言を貴族たちのいる闘技場のど真ん中で言うとはなにを考えているのやら。
隣にいるロゼッタも不快な顔をしているんだが、問題はシャルだ。
苦虫を噛み潰したような顔ながらも笑顔を作っていたが、アルマス家をバカにする発言から脱力して下を向く。
本当にバカだよな、一応言っておくがジャッファルはうちのクラスの中でも断然に強い。
しかし、序列をつけるならば5位だろう。
俺が一から毎日指導したシャルたちに比べれば到底及ばない。
ジャッファルが取得しているものをうちの4人が取得していないはずがないのだから……。
あいつは初っ端からシャルの、いや、うさぎの皮を被ったグリフォンの尾を踏んだ。
「ボクの……」
「あぁ? 聞こえねぇよ」
『試合開始です!』
「ボクの主人をバカにするなァァッ!」
魔力が炎となってシャルの周りをらせん状に吹き荒れる。
その炎はシャルを包み込む。
現れたのは、武闘士のような格好をしたシャルだった。
長いズボンは短パンに変わり、ヘソ出しノースリーブ、腕にはガンレットとナックルを携えている。
燃えるような赤、実際にシャルからは夏の暑さとは比較にならない熱量が発せられている。
シャルの顔は怒りに満ち、歯切りをし、こめかみには血管が浮かび上がっている。
今までシャルの切れた場面を見たことがなかった俺たちは驚き言葉を紡いでしまう。
シャルが一歩踏み込めば、大地と靴底の隙間からうっすらと炎の息吹が発せられる。
いやいやいや、シャルってこんなに強かったっけ?
セーブしてた力が爆発的に増大でもしたのか。
『バカな! 【アルマモード】に属性付与だと!?ありえん、なぜ少女が……』
『な、な、な、なんとーー! ゼロスさんすら目を見開くほどの事が目の前で行われています!』
観客側にいる人たちは結界に阻まれているものの、実際に灼熱の空間にいるような感覚に襲われ、飲み物を口にする。
審判は舞台から離れ、汗を流しながら義務を果たそうとする。
グリムさんは初めてのシャルの実力を目の当たりにして、歓喜よりも驚愕に染められた顔をしているな。
「いいよね……? この空間にいる限り絶対に死なないんだから……」
刹那、
シャルの姿は目の前の少年の背後に。
空中に佇むシャルの回し蹴りが背中にクリーンヒットして、グラハムは闘技場の端から端まで吹き飛ぶ。
「立て、そして謝罪しろ」
「ヒ、ヒィィィィ」
間違いなく、普通であれば折れているであろう重症だが、精神ダメージに変換されるゆえに無傷。
しかし、その変換したダメージは心を折るのには十分すぎるようであった。
グラハム君は足腰が立たずに震え、目の前の少女に慈悲をこうしかないまでに追い詰められた目をしている。
俺からしてみれば、何をしているんだと言いたいのだが、これが普通なんだよな。
実戦経験もない、卵から孵ってすらいない奴には相手にならなさすぎる。
「降参します! ごめんなさいぃぃぃ!」
なんとも呆気ない幕引き。
『し、試合終了! 本当に中等部2年A組は一体なんなんだーー!?』
大きな歓声と、ロゼッタの満足げな笑みでシャルの初陣は幕を閉じた。




