134話 ジャッフャル無双
『テイルラバー、優勝は中等部2年A組です。圧倒的なまでの強さを見せつけられました!』
しっぽ取りは最終的に、うちのクラスの圧勝に終わった。
レナちゃん先生のクラスとの最終決戦だったのだが、多少は苦戦したものの、ジャッファルの圧倒的な活躍によりしっぽを取るどころか、拳で次々にノックアウトして勝利に導いた。
「ジャッファル君って、あんなに強かったっけ?」
「さぁ?学生にしては強いのではないでしょうか」
「ミセル、余裕ね。まぁ、私もあの程度なら会得済みだけど」
うちのクリスとミセルは余裕をかました表情で、舞台の外からガッツポーズをするクラスメイトを眺める。
「ジャッファル、あいつ今日の障害物競争を忘れてないだろうな?」
「もし一位を取らなければ、私が制裁を下します」
両手をグーにして、鼻息を大きくするクリス。
ぶりっ子のつもりではないだろうが、可愛らしいという部類のものでもない。
クリス実力と行動力を考えると、ジャッファルが土下座をするシーンが眼に浮かぶ。
そんな事を考えていると、ジャッファルが舞台から降りてこちらへやってくる。
「先生!どうよ、俺の勇姿をしかとその目ん玉に焼き付けたか?」
「お前、この後に連チャンで障害物競走があるのを忘れてないよな」
「あったり前だろ。今日は俺の無双劇の始まりだぜ」
えらく調子のいい奴だな。
絶好調なのは分かるが、多少は自重を本当にしてくれないと困る。
理由は昨日にケネス陛下に言われた言葉だ。
♢♦︎♢
「涼太よ、お主の生徒の【限界突破】を使った少年。あやつは何者だ」
「何者と言われましても……。少し鍛えたら化けただけですよ」
「お主のクラスの生徒はすでに貴族どもの視野に入っている。特にあの少年は、どこぞの貴族に身勝手な勧誘をされるであろうな」
勧誘とは自分の家に取り込もうとする行為だ。
多くの学生ならば願っても無い行為だが、ケネス陛下から察するに良くないのだろう。
「下手をすれば脅しをかけてくるかもしれん」
「なら、ケネス陛下。よろしくお願いします」
「ふぅ、まぁ……私もそう言おうと話を持ちかけたのだがな。私のロイヤルガードを張らせてもらっていいか?それならば貴族どもも口を出せん」
「そこまでしますかね」
「大抵の成績優秀者は貴族の出だ。戦力増加のために血眼で探している貴族も少なくない」
学園側から聞いた話と随分と違う。
貴族は本当に欲しい者以外は手を出さないと思っていたのだが、意外に探している人が多いのか。
そのためにジグルさんはシャルを魔法聖祭が始まる前に取り込んだのか。
「分かりました。あいつにもそれとなく伝えておきます」
「頼んだ」
♢♦♢
って事があった。
「俺ってモテモテじゃん」
「お前なぁ、貴族ほど面倒なもんはないぞ。人によっては断れば、暗殺、脅迫、洗脳、拉致。やりたい放題だ」
「うわ、俺って冒険者になりてぇのにそれはごめんだ」
「だからもし何かあれば俺に通せ。うちの生徒に限り、俺が国と冒険者ギルドと商業ギルドを動かす」
商業ギルドにはコネがある上に、いつも世話になっているから頼める。
冒険者ギルドは金を積めば依頼と言う形で引き受けてくれるだろう。
いざとなれば、冒険者ギルド自体を数日間の間は雇う事も可能だ。
ケネス陛下は言うまでもない。
エリスから頼んでもらえば、並大抵の事は承諾してくれる。
「先生って裏ボスだよな。とんでもねぇぜ」
「涼太さんには誰も勝てませんからね」
「とりあえず、お前は今から障害物競争に行ってこい。魔力制御に関してはお前は文句ない。普通にしていれば勝てる」
「おう、行ってくるぜ」
ジャッファルは小走りで、次の競技の待合室まで向かう。
「さて、俺たちも戻るか。俺もミセルの時には駆り出されるだろうから」
「どういう事ですか」
先ほどまで黙っていたミセルが口を開く。
自分の競技なだけあって、俺が関与してくることに興味を示している様だ。
「ほら、ミセルのシューティングに関して、今の測定方法ではつまらないと学園長からの申請があった。だから今回に関しては一人ずつなのは変わらないが、俺がランダムで対象の周囲360°に的を展開して、それを生徒が打ち抜く。トーナメント式からのランキング式に変更になった。自分の成績が抜かれ、三位から落ちた時点で脱落だ」
「急ですね」
「学園長はやりたかったようだが、なかなか教員の賛否が分かれていた様だ。ようやく決が決まって変更になった」
いやはや、あの時は本当に苦労をした。
スピードシューティングは魔法師が的を生成して、生徒がそれを打ち抜くのだが、今のミセルの的を生成するのに普通の魔法師では間に合わない。
無詠唱が出来る魔法師を少なくとも三人は呼ばないと困る。
それが出来るかとガウスさんに聞けば、無詠唱を出来るのは自分くらいだという。
まったく役に立たないので、俺が出ると言えば急なので無理だと。
なので、研究材料として迷宮の魔物を含めた表ではなかなか手に入らない素材を無償提供して動かした。
「ちなみにその的は攻撃をしてきますか?」
「一応、全員を均一化するために的を無限に生成するだけだ。さすがにそれは怒られる」
「それなら余裕ですね」
ほっとした表情で一息をつく。
いや、普通じゃないからね。
前にも説明したが、そもそも的に上手く魔法を当てられすらしないんだよ、普通は。
君たちが魔法を本格的に習い始めたのは一年前。
それでこの世界を基準にしたらもう一流の魔法使いなのだ。
ミセルに関してはもともと剣術使いなので、今は魔法剣士という立ち位置だ。
無詠唱の使える剣術使いとかチートだろ。
「あ、始まりそうだよ」
シャルが闘技場の入り口を指さす。
『さぁて、次の競技は中等部による全員参加の障害物競争です。スタートからゴールまでは一周600メートル。その間に数々の障害物があるために潜り抜けてください。どんな手を使っても構いませんが、障害物の破壊は禁止とします。そしてこの競技には、先ほどのテイルラバーで大暴れした今魔法聖祭のダークホースのジャッフャル君が参加しています。見ものですね。司会は学園長に変わりまして、SSSランクのゼロス様に行ってもらいます。まさか彼が出てくるとはだれが予想できたでしょうか!』
『よろしく』
会場全体が大きな拍手で包まれる。
何だか知らんが人気者だな。
一応は聞いておくか。
「ミセル、ゼロスって誰?」
「説明通りの方ですよ。この国に一人しかいないSSSランク冒険者の方です」
「へぇー、それは凄い。その割には興奮していないな。ヒーロー的存在じゃないのか? 女子ってそういうの好きそうだけど」
俺も一応は英雄の肩書を持っているので分かる。
この世界の有名人に対する執着心は異常だ。
けだるそうは雰囲気だが、会場の多くの女性から熱い視線を送られている。
「だって、たかが迷宮に入って帰還してきただけの成り上がり者ですよ」
「凄いじゃないか、今まで帰還できたのは数名って聞いたけど、そのうちの一人か」
「涼太様、あなたはご自分の事を無視し過ぎです。涼太様と比べれば雑魚です。フィルフィーでもボコボコにできるかと思います」
あらあら、ぼろクソに言われてるじゃんか。
女の子にそこまで言わせるなんて凄いじゃないか。
俺の中で勝ってで悪いんだが、株が急降下しました。
そんなことを話している間に選手は位置に着いた。
人数が多いだけに、先頭に食い込もうとする人物が多い。
ジャッファルのやつは……最後尾にいる。
一応説明するが、障害物は全部で6つ。
一つは細いロープの上を渡るものだ。
ロープから地面までの高さは一メートルほどで、落ちた場合は緩衝材としてのプールの中に落ちる。
魔法って便利だよな、こういう設備を一気に作り上げることが可能なんだから。
二つ目は網の下をくぐる競技で、三つめは氷に入れられた鍵を魔法で溶かして、鍵と一致している番号の扉に入る競技。
四つ目は学園長が重力魔法を使ってその場を走る競技。
最後が目の前にそびえたつ壁を上る競技だ。
『位置に着いて、よーいどん!』
一斉に走り出す。
『おっと、ジャッフャル君、どうしたのか。出遅れたのか、まだ出発地点から動きません』
そう、ジャッフャルは目の前から動いていない。
目をつぶり、微動だにしない。
それはまるで気を待つ武人のようだ。
『ゼロス様、これは諦めたととってもいいのでしょうか』
『少し黙っていろ』
SSSランク冒険者の突然の突き刺さる言葉に息をのむ。
そのゼロスは深く腰掛けていた椅子から立ち上がり、身を乗り出して目の前にいる少年に目を凝らす。
『これは……ばかな、その歳で成したというのか』
『どういう事ですか』
『見ていろ、すぐに分かる』
ジャッフャルの気が体全体から渦を巻くように溢れ出し、まるでそれをコートを着込むかのように身にまとう。
実際、ジャッフャルの姿は少し変わっている。
体操服から武術をするかのような恰好。
俺の神纏衣と同じ系統かな。
『魔力による鎧。全てのステータスを大幅に上げる。【アルマモード】。なぜ少年が使えるのだ!?』
「はっ、しらねぇが吹っ飛ばすぜ」
ジャッフャルの足に魔力が集まり、地割れと共にジャッフャルの姿が消える。
会場が目を凝らして探すと彼の姿はすでに三つめの氷溶かしに入っていた。
「燃えろ」
その言葉に氷は蒸気を上げながら急速に溶けていく。
『無詠唱です! ジャッファル選手、無詠唱魔法ととてつもない火力で氷を溶かしました。これはもうA組の最強兵器の圧倒的勝利です』
『いやはや、嬉しいものが見れた。後ほど彼と話させてもらおう』
ジャッフャルはその後に、俺との訓練でおなじみの重力を意に介さずに歩いて攻略して、壁もクモのように張り付いて歩いてゴールした。
「涼太さん、最強兵器ですって」
「あぁ、実に良好な流れだ。あいつはあくまでも先鋒に過ぎないのにな……クククッ」




