131話 ダラダラと
さて、さっそく始まった魔法聖祭。
ただ今の時間は午前を過ぎ、学生は自分たちの持ち込んだ弁当を家族の席で食べたり、友達同士で食べたりしている。
日差しが強いので、日傘をさしている夫人も少なくない。
熱中症にも気を付けてほしいが、今のところは問題ないようだ。
「りょうたぁ、ご飯まだぁ?」
「はいはい、今用意しているだろ」
「メニューは?」
「そーめん」
「何それ、暑いのに麺を食べるの?」
恐らく、俺がキッチンでお湯を沸かしているのを察してエリスは言っているのだろう。
そう言えば、夏場にセリア王国にいたときはハイゼット家によく振舞っていたが、最近は全くしていない。
エリスと出会ってからは麺類と言えば、パスタくらいしか作ってなかったから知らないのも当然だ。
「そーめん……聞いたことのない料理だな」
「フィルフィーは麺を知ってるか」
「いや、しらん」
「細長くてのど越しが良い食べ物ね。クリームパスタはそんなにだけど」
新事実の発見だ。
どうやらエリスはカルボナーラを好まないらしい。
面にまとわりつくドロドロ系は嫌いなのかな。
今度からはメニューを考えて出すとしよう。
それはさておき、沸騰してきたので麺を鍋の中に入れる。
そーめんなので十数秒ほど茹でれば完成だ。
茹でた麺をざるに乗せて冷水で冷やす。
そして箸でつかみやすいサイズに丸く束ねる。
ついでに野菜やエビに衣をつけて油の中に投入する。
じゅわっ、と食わずとも舌が喜んでいるのが分かるほどに美味しそう。
「ほら、これに付けて食べな」
俺は7つの容器を出して3つにめんつゆを注ぐ。
エリスには箸を、フィルフィーにはフォークを置いて席に座る。
「なぜ七つなのだ?」
「後で取りに行くのが面倒だから」
「ふむ、それにしても山菜を衣にするとは変わった料理方だ」
「じゃあ食うわ、いただきます」
「私もいただくわね」
「ふむ、私も貰おう」
めんつゆに付けたそーめんは噛まずとも喉をスルりと通っていく。
やっぱり今日みたいな暑い日には最高だ。
「こんな暑い日に熱いものが出たら文句を言ったわ」
「この部屋の状況でよく言えたな」
部屋自体はきれいだ。
そりゃ、昨日にお披露目したんだから今日汚くなっては何してんのと叱っていただろう。
そういう事ではなく、積み重なった本の隣にはひざ掛けが置かれたリクライニングシート、飲みかけのトロピカルジュースにパフェなど、冷蔵庫に冷やしていた食べ物の残骸がある。
さらに冷房をガンガンにつけて、この世界では絶対にありえないコンビネーションを盛大に利用しているんだ。
文句を言われる筋合いはない。
いや、本当にこの部屋に入ってきた時はこれでもかってくらいに快適でした。
冷房を付けといてくれてありがとう!
フィルフィーは山菜の天ぷらに手を付ける。
サクッと奏でる音色が俺たちの耳に入ってくる。
「葉がここまで美味だとは思わなんだ。涼太は本当に分からん奴だ。だが実に面白い」
「そうよね、それに加えて持ち札が底をつく気配が全くしない。これほど飽きない人はいないわ」
「そりゃどうも」
びっくり箱な万能涼太さんだよ。
「なにやら人が来たか」
「よく分かったな、フィルフィー」
そんな話をしているとフィルフィーは外に目を向ける。
気配で察したのだろうか、いずれにせよ見ずに、同じ階に入った人間に気づけるのは凄い。
「なるほど、それで7つね」
察しの良いエリスは見ずとも事の事態を理解する。
この部屋へめがけて走ってくる足音。
『涼太さー……あれ開かない』
『クリスちゃん、そっちは103号室だよ。ツッキーは102って言ってよ……ってあれ開かない』
『暑いですわ! 飲み物が欲しいですわ!』
少し面白そうなので黙っておくことにしよう。
二人もニヤニヤと騒がしい外の光景を楽しんでいる。
『シャル、本当に102なの? 本当は上の階だったりして』
『ええっ!? でも朝にツッキーと別れる際に係員に話を通しているから、裏のエレベーターに回って102号室に来い、昼飯を用意しているって言ってたよ』
『暑いですわ! 死にますわ!』
『おそらくカードキーが無いと入れないのではないでしょうか』
おっ、流石はミセルだ。
カードキー式だという事は伝えていないが、俺の家にもカードや暗証番号を入力しないと入れない部屋があるから、それで理解をしたのだろう。
因みにその部屋は主に俺の実験部屋である。
クリスやミセル達だけなら問題はなかったが、最近は王族とか出入りする人たちが増えたから危険なものがある部屋には入れないように結界を展開させた。
『いないのかな』
『そんなはずは無いはずだけど』
『お願いでず、干からびでしまいますわ』
『仕方ない、どいてください』
『何をするの、ミセル。ちょっ、それって武器よね』
『鳴かぬなら壊してしまえホトトギス』
怖えぇよ!
なんだよその物騒な名言は。
「ちょいまち、すぐ開ける」
『やっぱりいるじゃないですか!』
「悪かったって」
何もなしは怒られるであろう。
冷蔵庫からきんきんに冷やしたオレンジジュースを四本出して扉を開ける。
「ヒャー、涼しい! 貰います!」
「飲み物ですわ!」
「ツッキー、ありがとう」
「いただきます」
四人はそれを受け取り、自然と部屋の中に入っていく。
しかし、渡した飲み物では全く物足りなかったのだろうか、すでに4人のグラスに溜められた物は無くなっていた。
「冷蔵庫の中に冷えた飲み物あるから好きに飲んでいいぞ。あと、俺ら3人の食後のデザートにジェラードを用意しようと思ってるんだがどうする?」
「「「「食べます!」」」」
はい、そう言うだろうと分かってたよ。
今から作るつもりだが、少し時間がかかってしまう。
時間を潰してもらう必要がある。
「シャワー室があるから汗を流してこい。服は洗濯機の中に入れてたら、午後からのしっぽ取りには間に合うだろう」
「「「「了解です!」」」」
4人は仲良く、浴場がある方へ向かっていった。
「あなた、すっかり保護者ね。私は分からないけど、言う所のお母さん?」
「言うな、自覚があるんだ……」
なんせ、神々の舎監ッスからね。
俺ってそういう気質がある事は事実だが、正直認めたくないよな。
「涼太、ジェラードとは何なのだ?」
「冷たい氷菓子だな」
「つまりアイスなのか」
「まぁ、そうかな?」
ジェラードとはイタリア語で氷菓子。
つまり、アイスと言って遜色はないが、より詳しく説明すると、日本ではアイスの基準は乳脂肪率などがジェラードより高くなくてはならない。
つまりジェラードはカキ氷は除くとして、普通のアイスクリームよりもヘルシーなアイスだ。
「何味があるの?」
「チョコとかイチゴとかメロンとか色々作れるが」
俺は冷蔵庫の中からエメラルドメロンを出して、皮を剥き半分に割ってから種を取る。
「美味そうだな」
「ほい」
半分を一口サイズに切ってから、皿に盛り付ける。
熟した芳醇な甘さが鼻から体の奥まで届く。
思わず口に入れてしまう。
フォークでそれを口に入れた2人もとろけるような顔をしている。
食べてしまったものは減らない。
アイテムボックスから新しいメロンを出して、同じ様に種まで取る。
その後に分子間の熱運動を止めて凍らせる。
それを他のフルーツでもおこない、砂糖をぬるま湯に入れて砕いたフルーツと混ぜてから再び冷やす。
後は待つだけ。
十数分後、
「サッパリしました!」
「まさか、シャワーが浴びれるなんてね」
「スッキリしましたわ」
「涼太様、ありがとうございます」
バスタオルを肩にかけて、ラフな格好になって出て来た4人は早速席に座る。
「クリス、おつかれさま。上から観させてもらっていたわよ」
「私たちは何もしてないです」
「ふふっ、そうね。あなたたちのクラスは午後からだものね。でも、次に当たる相手が午前に試合をしていたから研究になったんじゃないの?」
「あんなヤル気のないお遊びじゃないんですよ、殺る気で取り合いをしてこそのしっぽ取りですよ?…… 」
おお、準備は万端の様だ。
ならば任せても問題はないだろう。
俺はゆっくりと影から見守らせてもらおうか。




