126話 槍の英霊と◯◯◯
(あはははっ! 久しぶりにりょう君が纏ってくれました)
「テンション高いな、おい」
神衣纏をしたことにより、久しぶりの白銀長髪の姿になった俺。
アテナ自体は俺の内のなかでぴょんぴょん跳ね回っている。
『ガァ!』
「おっと」
ルーは俺を刺し殺すため、右手の槍を神速で振るう。
静と動。
ゼロからの初速度が感じられない攻撃だ。
捻じれた黄金の槍の矛先が俺の剣の先を挟み、ガリガリと悲鳴を上げる。
(余裕ですね。気が付けば目の前に槍があるのに)
「早いだけなら対処可能だ」
(やっぱり、りょう君って神化をしてからステータスを無視して爆発的に強くなってますよね)
「うーん、自覚は無いんだがなッ!」
挟まった矛先を器用にはじく。
英霊の手から離れた槍は弧を描くように宙を回り続ける。
「まず一本、ルーの槍」
ルーを足場にして身軽に空中へ羽ばたき、槍をアイテムボックスの中に入れる。
不敗の槍、通称ルーの槍。
これがある限りは全てにおいて相手は優位になり負けることはないとされている。
それがある限り勝てないのならば、奪うのみ。
これの一点に限る。
『ガァァァァァッッ!』
状況が理解できたのだろうか、ルーは先ほど以上の怒号をあげる。
体からは灼熱の炎と稲妻のオーラが具現化してその場にいるだけで危機感を覚える。
天使たちも、あまりにも凄まじいオーラに手を目の前に置き、風よけをする。
(まだ……まだだな……)
(何がまだなんですか?)
「いや、気にするな」
(はぁ……そうですか)
あやふやな回答をする俺にアテナは生返事をする。
「主様!」
「んぁ……?」
やる気のない声を戦闘中に出してしまう。
それが命取りになるのだと判断したか、ガブリエルは大声を上げる。
『ガァ!』
ルーの槍は俺を射殺さんと心臓めがけて突き出す。
障壁を展開するが、自分の甘さを憎みたい。
アッサルの槍は必殺必中。
この状態の障壁すらも突き破る。
あー、油断した。
全力でないことを理由に適当に戦い過ぎていたな。
(りょう君、油断しないでください。適当に戦わないでください。ガブちゃんたちも心配しているでしょう)
「ああ、反省する」
--修羅発動。
身体能力のステータスを全て500%上昇。
ーー風雷神の衣発動。
身体能力を120%上昇。雷属性と風属性を付与。
刹那、そこにあったであろう矛先は地上へ向く。
そこにいた者全て、アテナを含めて反応できた者はいない。
少し遅れて、アテナが反応する。
(いやいや、あり得ないでしょ)
確かにあり得ない。
ルーのステータスは俺と同程度。
しかし奴の右腕はスッパリと綺麗になくなっていた。
そしてさらにコンマ数秒後、ルーは悲鳴を上げてその場を後ずさる。
「二本目」
アイテムボックスに再び奪った槍を入れる。
「どうした、まだお前の奥の手は出していないだろう」
『ググァァァァァ!!』
ルーの雰囲気が明らかに変わる。
今まで溜め込んでいた魔力が溢れ出る感覚。
何やら鎧の中から呪詛のような声が聞こえたかと思えば、紫に光る魔法陣が足元に現れる。
「来たか。灼熱と稲妻。あなたの本気を」
ようやく見せるであろう3本目の槍。
俺が警戒し、それと同時に待ち望んでいたとも言える。
「あー、ちょっとゴメンねぇ」
そんな懐しく聞き覚えのある甲高い声。
傲慢に歪んでいた俺の心が一瞬にして冷える。
「(ッッ!)」
アテナと俺は反射的にその場から天使たちのいる方へ移動する。
『ガァ?』
「ねぇ、君。少し邪魔だよ?」
一刺。
ルーの体を手らしき物が貫く。
すると、その体は空気中に粒子となり消えていく。
何も出来ずに終えた英霊。
(なんで、あなたがいるんですか)
「悪いね、アテナ。少し彼と話したいから切るよ」
(は……え、ちょ!)
「主様!」
「あー、君たちも邪魔だね。今日の私は大らかだから特別に送ってあげるよ」
その言葉とともに神界の回線が切れ、天使たちもどこかへ強制転移させられる。
リンクを切られた俺は元の黒髪の姿へ変わった。
目の前にはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。
「久しぶりだな、ロキ」
「くふふっ、どうやら一皮剥けたようだね」
「あぁ、誰かさんのおかげでな」
「もうこの程度の相手じゃ、君の相手にはならないか……」
「何の用だ」
「うん、そうだね。まずは君に謝罪をしに来たんだよ」
「謝罪?」
何食わぬ顔でロキはそう告げる。
こいつに罪悪感情なんてあるとは初耳だ。
もっとえげつない奴だとおもったんだが。
「心外だなぁ。私にだってそれくらいの感情はあるさ……で、本題だけど。以前に君が倒した紫の迷宮のやつなんだけど、結論から言って私のミスだ」
「ミス?」
「うん、少しこちらでも面倒ごとが起きて調整が狂ったんだよ。だから、その謝罪」
「分かった、お前の謝罪を受け入れる……なんて事が出来ると思ってないよな?」
「うん、だから……」
言葉は紡がれる。
俺の中の全細胞が震え上がる。
畏怖を通り越した虚無感が感じられる。
「私と踊ろうじゃないか。神との闘争だ。君の全てを私にぶつけたまえ。そうすれば、少なからず君の足しにはなるだろう。それが謝罪だよ」
どう戦えと?
それが俺の脳裏によぎった言葉であった。
取り敢えず、ロキのステータスを鑑定してみる。
鑑定!
『レベル差が開き過ぎているため、閲覧できません』
帰っていいですか。
いや、ロキに空間を固定されてるから移動はできないんだけど。
「あぁ、ゴメンね。どうせだし君には見せておこうか。こんな機会は滅多にないんだよ?」
*
ロキ LV.ーーー
種族:神
性別:女
年齢:###
攻撃:SS+
魔力:SSー
俊敏:AAA+
知力:S+
防御:SSSー
運:100
特殊スキル
『閲覧できません』
技能スキル
『閲覧できません』
魔法スキル
『閲覧できません』
称号
『閲覧できません』
*
「……【神化】」
俺の内から神気が溢れ出てくる。
ロキは嬉しそうに微笑む。
天使たちは自分たちが手を出してたいけない戦いだと本能的に察し、後ずさるように俺とロキの側から離れる。
「そう、それでいいんだよぉ。さぁ、来なさい。1つ………いや……2つ上の次元の戦いを教えてあげるよ」
ロキがそう言うと、空間が捻れる。
どこかは分からない。
岩肌がむき出しの地平線が続く大地。
夜空に輝く星々が光となり俺たちの居場所を照らす。
「ここは……まさか」
「そう、空気で分かるんじゃないとかな?」
「神界……」
「そう、私が用意した場所だよ。安心していい。ここは地上からは時間が断裂した空間」
「つまり、ここで数時間過ごそうが、外では一瞬だと感じられるのか」
「正解だよぉ。流石に似た能力を持ってるだけあるねぇ」
「似た能力?」
「おっと、口が滑ってしまったよ。では始めようか。君の【超再生】もそこそこ高いレベルだから、私も殺さない程度に殺すとしよう」
気がつけば、手が目の前にある。
その手は俺の顔を掴み、そのまま地に沈み込ませる。
地が割れ、俺を中心に半径10メートルほどのクレーターが生まれる。
1つ1つの動きが明確かつ、美しいとさえ覚える。
完全なる静と動は先ほどのルーと比較することすら烏滸がましいと感じる。
「どうしたんだい。君の力はそんなもんじゃないだろう」
ロキの挑発が俺の心をいとも容易く動かす。
ーー神羅発動。
ステータスを1000%増加。
ーー限界突破発動。
ステータスを200%増加。
さらにギアを上げる。
体が軋む感覚はあるが、以前の様な圧迫感などは感じられない。
ここが神の舞台だからなのだろうか、それとも俺が慣れたのか。
「いくぞ」
アイテムボックスから先ほどルーから奪った四秘法ルーの槍を取り出す。
この槍は不敗の槍。
戦いにおいて、自身を優位な立場に立たせて戦う事が出来ると推測したからだ。
「はぁ、私は今ある君の全力で来なさいと言ったんだよ。そんな紛い物を使ってどうするよぉ」
ロキがゆっくりと右手を90度に上げ、俺が突き出した槍の矛を握った。
そうしてロキは、まるでリンゴを握りつぶすかのように槍に力を加える。
槍が悲鳴を上げ、次の瞬間にバキバキと砕く音が聞こえる。
亀裂は矛先から太刀打ち、石突へと進んでいく。
「ッ……なら!」
手刀を作り、振り下ろす。
空間断裂の能力を持つ【次元刀】の魔力がチェーンソーのように鋭く細かな振動をしている。
狙うはロキの右肩から胴体への切断だ。
「悪くはないが、甘いねぇ」
攻撃をかわしたロキは、そのまま空中を舞い、かかとで俺の顎をアッパッーする。
「どちらが甘いんだ?」
吹き飛んだ俺の手にはロキの足が、
逃すまいと掴んでいる。
「ふぅん。本当にやるもんだ。なら、約束通り1つ上の戦いを教えてあげよう」
ふいに俺の右足があり得ない方向へ曲がる。
激痛により、叫ぶとまでは行かないにしろ、顔をしかめる。
あり得ない。
攻撃の余波なんてものは一切なかった。
0から100の行動でもない。
なぜなら、ロキはその場から一切動いていないからだ。
だが、なぜだろうか。
この似た感覚を俺は体験したことがある。
「ふむ、まだ見えてはいないが流石は今まで紛い物とはいえ経験してきただけの事はある」
「どういう事だ」
「君の使う【神衣憑】。それは本来あるべき使い方ではない」
「……なに?」
こいつは一体何を言っているんだ?
「ほらぁ、次くるよ」
そう呟くと、右あごに強烈な衝撃が走る。
俺は地面を削りながら、後方数メートルまで吹き飛ぶ。
「ガァ! クソッ!」
出血は少ないが、あごにクリーンヒットしたため、脳が揺さぶられて脳震盪を起こした。
めまいと頭痛がひどい。呼吸すらも困難になってきて、目の前にいるロキの姿を上手く認識できない。
既に治った膝を地につけて、立ち上がろうとするが思わず前に倒れ、片手をつく体勢になる。
ロキは俺の前に歩み寄り、その強さとは不釣り合いなほどに小さな手で俺の顔を上げる。
「さてさて」
「……ゥァ」
「ごめんね、少しやり過ぎたよ。本当は君ともう少し遊びたかったんだけど時間切れのようだ」
なんの?
と疑問に思った。
時間が停止している空間では不必要な発言。
だが、その答えはすぐに分かった。
「クソッタレがッ!」
「りょう君はどこだァァァァ!!」
俺とロキを覆っていた結界にヒビが入る。
それと同時に聞き慣れた気合いでも入れるかのような怒号が響き渡る。
「ッッ! りょう君から離れろ!」
「おっと、危ないなぁ」
俺の姿を見たアテナはすぐさま、ロキとの間に入り込み腰にある剣を一振りして距離を取らせた。
「よぉ、お姫様。怪我はねぇ様だな」
「ヘファイストス、お姫様って俺のことか?」
「お前以外にいねぇだろう、馬鹿野郎」
まだ視力が完全に回復しきれていないが、薄っすらだがこの場にいる全員が怪我をしているのが分かる。
あのヘファイストスですら、至る所が赤く染まっており、呼吸も乱れている。
「なんでここが……」
「アテナに聞いたあと、天使たちの情報をもとにココしかねぇと察知したからだ」
「ヘファイストス、お喋りはそのくらいにするべきですよ」
「うむ、我らが久しぶりの出陣なのであーるぞ」
久しぶりのアポロンだ。
それと、隣には誰か分からない毛むくじゃらの筋肉なおっさんがいる。
口ひげは綺麗にカールされており、頭上に毛が生えていないのが印象的だ。
「お前が涼太であーるな。話は聞いている。私がトールであーる。フンッ!」
はち切れんばかりの筋肉をそれみよがしに見せてくる。暑苦しさと脳筋さが滲み出ている人物。
この人が例のヨルムンガルドに突っ込んで死にかけたトールか。
「ヘファイストス、まさか瀕死に近い状態とは言え、この領域にまで手を出すとはどういう事だい?」
「はっ、お前も薄々感づいていやがるだろ」
ここにきて、ロキの顔が初めて無意識に歪む。
「まったく、若いのは血の気が大きくて困るわぃ。少しは年寄りを待たんかぃ」
「オーディン……なぜお前が来ている。お前がいなければ領域にアレが来るんじゃないのか?」
「フォフォフォ、安心せぃ。アレスを置いておる。それに優秀な神は多いからのぉ」
「なるほど、限定解除のあの子なら確かにそこらの敵程度の時間は稼げるねぇ」
ロキは何やら納得した様に腕組みをして何度も頷く。
「で、どうするかのぉ」
「どうとは?」
「こやつはワシらの家族同然じゃ。悪いがお前さんに渡す気はないんじゃよのぉ」
「くくっ、なら最後に私からのプレゼントをして引くとしようかなぁ。流石にオーディン、君が出て来るのは想定外だ」
「なんじゃと?」
「さぁ、出番だ。気をつけたまえ。少し強いぞ」
ロキが闇に紛れるようにその場から姿を消す。
それと同時に二つの大きな魔法陣が俺たちの前に現れた。
二頭の獣の姿。
俺はステータスを見ずとも理解できた。
それが一体なんなのかを。
神話で語られるなどあり得ない存在。
ガウォォォォォォォォォォンッッ!!
アオォォォォォォォォォォォォんッッ!!
ケルベロスとフェンリル。
いや、それよりももっと恐ろしい何かだ。




